一夜がな 静寂に沈む暗黒の
久遠の流れ 照らせよ光
空に星満ち 地には霊満つ
山を越える緑風よ
海に溶ける白雨よ
空渡る雁行
闇を裂く稲妻
世を形作る万象よ 導き賜え
刻よ転
(主観的)あらすじ
主人公・月白瞳美は2078年の未来から来た高校生で、魔法使いです。未来の世界では現代よりもっと魔法が普及していて、多くの人がまるでスマートフォンのように身近に活用しています。けれど瞳美は魔法が好きではありませんでした。魔法は彼女の瞳から色彩を奪ったからです。
瞳美はお婆ちゃんの行使した時渡りの魔法によって2018年の現代にやって来ました。目的は瞳美にもわかりません。お婆ちゃんは「行けばわかる」「高校生の私に会いに来て」「楽しんできて」とだけ言っていました。
最初に降りた場所はどこかの男子高校生の部屋で、魔法によるナビゲーションも使えなくて、知らない街で使い慣れない紙の地図だけが頼りで、瞳美は途方に暮れてしまいます。ただ、景色を見れば60年後にも見慣れていたお婆ちゃんの家がある土地だということだけわかりました。
幸運なことに瞳美は親切な(そしてイタズラな)高校生グループと出会い、お婆ちゃんの家まで道案内してもらえました。彼らは写真美術部だそうです。道すがら鴇色の夕焼け空を見つけては夢中になってシャッターを切っていました。けれど、色覚異常のある瞳美はその感動を共有できません。
残念ながらお婆ちゃんは留学中で不在でしたが、事情を知ったお婆ちゃんのお婆ちゃんが居候を許してくれました。お婆ちゃんの家はまほう屋を営んでいて、店内ではたくさんのお客さんが色とりどりの星砂に目を楽しませていました。けれど、色覚異常のある瞳美はその感動に共感できません。
日が変わって、なくし物を探していた瞳美はひとりの男子高校生と出会いました。最初に降りた部屋の人です。彼は公園でタブレットデバイスを使って、なにやら絵を描いているようでした。
驚きました。金色の魚の姿が目に飛び込んできたのです。彼のペンで描かれた赤が、青が、緑が、金色が、鮮やかな色彩の数々が、瞳美の目にも映ったのです。久しく忘れていた感動でした。
今期こそは感想文をコンパクトにまとめようと思っていたのですが、あらすじからさっそくこのザマです。情報量はそこまで多いわけでもないのですが、なんというか、情動が豊かな作品ですね。どの描写をトリミングするべきか迷う迷う。
基本的には“孤独に慣れてしまった主人公が自己肯定感を取り戻していく”ストーリーが展開されると考えて良さそうです。なんか最近こういうテーマがトレンドな気がしますね。ウチのブログで感想文を書いたアニメもゲームも半分くらいそっち系統のテーマだったような。
現代人、そんなに自己愛に飢えているのか。それとも単に私のアンテナがそっちばかり向いているだけか。(たぶん後者)
同じ世界
「同じだ。海と山。お婆ちゃん家の近くの。同じだけど、ちょっと違う。違うけど、ちょっと同じ。・・・本当に来たんだ、私」
時を渡って訪れた2018年の風景は、未来とよく似ていました。
「いつからだろう、花火を楽しめなくなったのは。母と一緒に観た花火は、赤、青、黄、緑、オレンジ、全てが美しかったのに。私が大きくなって、大事な人は遠く離れて、いつの間にか、世界は色を失っていた」
瞳美は色彩を見ることができません。どういう事情によるものなのかはわかりませんが、少なくとも後天的で、おそらくは心因性。瞳美自身は自分が魔法使いであるせいだというように語っていますが、「いつの間にか」というからには直接的な魔法の副作用などではないのでしょう。お母さんがいなくなったことあたりに何か関係しているのでしょうか。
「『私は大丈夫』『ひとりでも平気』。言いつづけているうちにだんだん本当になっていく。これも魔法のせいなのかもしれない。自分を守る、ささやかな魔法。――魔法なんて大嫌い」
自分を守る、ささやかな魔法。守ってくれているのに、大嫌い。
色彩のない瞳美の世界では様々な色をした花火どれもが同じに見えました。
みんなが喜んでシャッターを切る夕焼け空がいつもと同じに見えました。
ひとつひとつ違う色に輝いている星砂が全部同じに見えました。
2078年と2018年の風景までも同じであることに、なんだか奇妙な感慨がありました。
「行けばわかる」
お婆ちゃんはそう言いました。
同じ風景の違う時間。
ふたつの時間の違いを瞳美はそこまで強く感じられません。むしろ近似を見出したことの方をこそ面白く思います。
ここには何があるのでしょうか。ここにあるものは未来と何が違うのでしょうか。
こんなところに送り出して、お婆ちゃんは瞳美に何を期待しているのでしょうか。
「瞳をそらさないこと。せっかく行くんだから楽しんでいらっしゃい」
お婆ちゃんは、ここには瞳美が楽しめる何かがあると確信していました。
・・・何を見つけたらいいのでしょうか。
瞳美が肌身離さず身につけているアズライト。
この輝石は人間の額に備わっている“第三の眼”を開眼させるといわれます。オカルト的なものを含めた感受性を高め、様々な事物を見通すためのパワーストーンです。
・・・何を見ろというのでしょうか。
違う世界
ふたつの時間の風景が同じだとしたら、違うものは人でしょうか。
「大丈夫ですか? えっと、もしかして何か困ってますか?」
「お待ちなさい。――残念ながら琥珀はいないけど、他に行くあてはあるの? 来たところへ帰れる? なら、あの子が帰ってくるまでウチにいてもらうしかないかしら」
瞳美は2018年でとても親切な人たちと出会いました。
未来において瞳美はひとりぼっちでした。
「ねえ。クラスの子たちみんな来てるんだ。月白さんもよかったらいっしょに――」
「・・・約束あるから」
瞳美はクラスメイトと行動をともにすることを好みませんでした。クラスメイトたちの方もそれをわかっていて、みんなが集まっても瞳美を熱心には誘おうとしませんでした。
いっしょに過ごす人といったらお婆ちゃんくらいで、そのお婆ちゃんも何やら忙しいらしくて、花火大会なのにひとりで。面白くもない花火を見つめる退屈を、チョコレートプレッツェルをかじって紛らわせて。
「『私は大丈夫』『ひとりでも平気』。言いつづけているうちにだんだん本当になっていく」
いつもつまらなそうな顔をしているのが当たり前でした。
「これも魔法のせいなのかもしれない。自分を守る、ささやかな魔法。――魔法なんて大嫌い」
「まあ友達や恋人と別れたくないとか、そういうのあるだろうけど」
まるで瞳美にはそういう人たちがいて当たり前であるかのようにお婆ちゃんは言います。直後の表情からして、お婆ちゃんも実際の瞳美がそういう子ではないとわかっていそうなのに。
「・・・別に。そういうの、どうでもいい」
けれど右も左もわからない2018年ではそうもいきませんでした。
人を頼ることに慣れていない瞳美は見ず知らずの他人に道を尋ねることすら憚られて、写真美術部だという気のいい人たちと出会えていなかったらいったいどうなっていたことか。
いきなり訪れた未来人を家族だからと受け入れてくれた高祖母たちが良い人でなければいったいどうなっていたことか。
こういう出会いが、未来にはなくて2018年にしか見つけられないものだったのでしょうか。
それから、なんといってもあの色彩。
瞳の色覚異常をたやすく乗り越えてきた奇跡。金色の魚に七色の世界。世界のありのままの色を切り取った写真ではなくて、一筆ごと人の意志で彩りを塗り込められたあの絵画。未来の世界においては瞳美が久しく感じられずにいた、涙が出るほどの痛切な感動がそこにはありました。
これこそが、お婆ちゃんが瞳美のために期待してくれていた出会いだったのでしょうか。
同じ世界
さて、どうなんでしょうね。といったところで物語は次話へ続きます。
実際どうなんでしょうね。
「あれ、月白さん。へえ、来たんだ。こういうの来ないと思ってた」
「人混みとかイヤそうだもんね。誰かと待ち合わせ? ・・・もしかしてひとり?」
「ねえ。クラスの子たちみんな来てるんだ。月白さんもよかったらいっしょに――」
未来のクラスメイトたちはイジワルで瞳美をひとりぼっちにしている様子ではありませんでした。むしろ瞳美を気づかってあえて誘わなかったように見えますし、反応の重い瞳美の様子から察してこの場でのお誘いも途中で切り上げていました。
もし瞳美が望んでいたら、喜んで仲間に加えてくれたのではないでしょうか。・・・もちろん瞳美にはお婆ちゃんとの待ち合わせがあるし、そもそも花火を楽しめない瞳美がいっしょに行ったってしんどいだけだったでしょうけども。
「私が魔法使いじゃなかったら、花火は今もキレイだったかな」
それもどうでしょう。私は色覚にハンディキャップを負う体験をしたことがないので実際の心情はわからないのですが、花火というのは色だけを楽しむものではないと思うんですよ。お腹に響く音に雰囲気、屋台、友達とのおしゃべり。そういったものも魅力の一部だと思います。(残酷な言いかたなので当事者に向かっては口が裂けても言えませんが)
「お婆ちゃんのいつもの笑顔と、震えるほど大きな花火の音。気付いたら――」
少なくとも瞳美は花火は色だけでなく音もすごいんだということを認識できています。ただ、それが彼女のなかでは感動に結びついていないだけで。
いっしょに観てくれる人についても、お婆ちゃんがいますし、瞳美が望めばクラスメイトとも一緒にいられたでしょう。
ものの見かたさえ変えることができたら、瞳美が2018年で体験したことの大半はみらいでもそのまま体験できたと思います。
まあ、それが一番難しいんですけどね。いうまでもなく。
「一夜がな静寂に沈む暗黒の久遠の流れ、照らせよ光。空に星満ち、地には霊満つ。山を越える緑風よ。海に溶ける白雨よ。空渡る雁行。闇を裂く稲妻。世を形作る万象よ、導き賜え。――刻よ転」
お婆ちゃんは愛する孫のために祝福の言葉を詠唱しました。
永遠に続くように思われた孤独な闇夜を、光が照らしてくれますように。
天下蒼生、花鳥風月、あらゆるものの導きが、この子に授けられますように。
これはきっかけです。
「あなたの悪いクセよ。瞳をそらさないこと。せっかく行くんだから楽しんでいらっしゃい」
瞳美が本当はひとりぼっちではないということに気付くための。
瞳美にも本当は世界の美しさを楽しむことができるということに気付くための。
瞳美が気付いたとおり、たかだか60年程度で世界はそこまで大きく変わりません。片方だけにしか存在しえないものなんてありえません。
これは彼女自身のなかにあるステキなものを再発見するための旅路です。
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