
この人は・・・私と同じただの人だ。ただの、優しい女の子なんだ。

(主観的)あらすじ
ユウとオルトスはそれぞれの目的のために聖都に入りました。翼を持たない者にとっては少々不便な街でした。追っ手の目をかいくぐり、雨から身を守ったり街壁をよじ登ったりするには助けあわなければならず、必然、ユウとオルトスの間には次第に友情が芽生えていきました。
ユウはオルトスに、もし翼が手に入らないようなら地上で暮らすと良い、美しい街は地上にもたくさんある、と言います。けれどオルトスは信じません。この聖都こそが最も美しいんだと頑固に信じつづけます。
オルトスの靴を買うために靴屋を訪れました。これまで買い物というものをしたことがないオルトスをユウは心配しますが、幸いなことに靴屋の店主はたいへん親切な人物でした。
足と翼をケガしたのだというオルトスの方便を微塵も疑わず、無償で靴を譲ってくれました。ケガが早く良くなるよう聖女に祈りを捧げることを勧め、聖宮への送迎まで申し出てくれました。そこまでしてもらうわけにはいきませんでしたが、オルトスは暖かい気持ちを受け取って店を出ることができたのでした。
一方、聖宮では聖女ミシェリアがメルクに対し、己が秘密を打ち明けていました。
聖女として祀られるべき根拠となった巨大な翼。実はこの翼で空を飛ぶことはできません。身体が未成熟だからではなく、単純に重すぎて支えられないのです。翼は天空の民が原罪を許された証。なのに、神はどうしてその翼によってこの身を大地に縛りつけようとするのか。ミシェリアの信仰は揺らいでいました。
「それならその翼、僕に分けてよ」
翼を持たないオルトスの訪問はミシェリアにとっても渡りに船でした。すぐさま落翼の儀の準備をはじめます。けれど、彼女が翼を失うことを望まない侍者ピスティアの手引きによって、オルトスとユウは騎士団に追い詰められてしまうのでした。
オルトスに友情を感じていたユウは彼のために自ら投降しようとして足を踏み外し、雲間に落ちてしまいます。
そのときです。偶然か神の御業か、儀式台にいたミシェリアの翼が遠く離れたオルトスの背に与えられました。オルトスはその翼でもってユウを救出します。
雲が割れた向こうに美しい地上の光景が覗きます。すぐそこには初めてできた友人の顔。オルトスは翼を得て、はじめて自分が本当に求めていたものを知るのでした。
天上から輝く陽光が差し込みます。眼下には手を取りあう天上の民と地上の民の姿。ミシェリアは翼を失って、はじめて自分が神に見守られていたことを実感するのでした。
古来より神様は人間の営みの周辺あまねく全てに遍在していました。山に川に、草原、オアシス、海、太陽、野生動物や気象現象、はたまた炉などの人工物にさえも。
けれど、やがて人間が信仰を宗教として体系化したとき、神様は唯一柱だけ、しかも人間ではけっして会いに行けない遠いところにいると説かれるようになりました。
かつて神様は人間に災厄と豊穣の両方をもたらす存在でした。
宗教化して以後の神様は人間に何もしません。ただ見守るだけです。
――どうしてでしょうか?
かつて神様は人間に災厄をもたらしていました。けれど人間たちは神様がそんなことをする理由がどうしても納得できませんでした。
だって、神様は同時に豊穣をももたらしてくれるからです。そんな優しい存在が自分たちを傷つけようとするだなんて・・・。そんな理不尽な物語はどうしてもイヤでした。
だから、人間は神様のことを真剣に考えるようになりました。
私たちは神様にどういう存在でいてほしいのか、神様と私たちの関係はどうあるべきなのか。
考えて、考えて、考えて、その結論。偉大な宗教家たちの多くは、それぞれの奉じる神様に対して、いずれも同じような宣誓をしたのでした。
愛してほしい、と。
何をしてくれなくてもいい。
傍にいてくれなくてもいい。
ただ、どこでもいいから確かに存在してくれて、私たちを確かに見守ってくれているだけで充分だ。誰かに愛されているという実感を得られるならそれだけで私たちは幸せだ、と。
代わりに私たちは神様を愛そう。たとえ何をしてくれなくとも。たとえ傍にいてくれなくとも。
愛し愛されるだけの関係なら、神様は一柱だけの方がしっくりきたのでした。
かつて自然災害や大火事を神様の仕業と解釈して納得しようとしていた人間たちは、こうして神様を愛ある存在と定義したことで、それら災厄を神様のせいにはできなくなりました。神様の愛を信じるんだと自分たちで決めたんです。結果的に、災厄に対しては自らの責任で立ち向かう必要が生まれました。
治水し、灌漑し、土木し、建築し、文明と技術を高めました。
生活は飛躍的に安定するようになり、神様の恵みを受け取れなかった地域にまで入植を広げることもできて、人間は神様の隣で暮らしていた時代以上の繁栄をきわめることになりました。
自らの努力によって勝ち取った栄光のなかで、而して人間は、そう、神様に祈りを捧げるのです。
「おお、神よ。今日も我らを見守ってくださりありがとうございます」
愛したい
「この光輪が見えないわけじゃないだろ。天空の民の証だ」
「君が地上の民でさえなければな。この光輪まで失うわけには・・・」(第10話)
オルトスは自分が窮屈な生活を強いられているくせに、自分が天空の民であるという帰属意識は強固に持っていました。
「おっと。半径1メートル以内に近づかないでくれよ。地上の罪に冒されちゃうからな」(第10話)
自分が偏見の被害を被っているくせに、他の人々と同様、地上への偏見を頑迷なくらいに持っていました。
――どうしてでしょうか?
それはもちろん、知らなかったからです。
地上の実際を。聖都以外の広い世界を。だから、天空の民の狭いコミュニティのなかでの常識だけが真実であると信じて疑いませんでした。
けれど、彼は知りました。
草の感触。雨の冷たさ。モンスターの優しさ。それからもちろん、ユウという地上の民の人となり。
なのに。
「地上にはさ、聖都に負けないぐらいきれいな街がたくさんあるんだ」
「ウソはよしてくれよ」
「――とにかく、この国以外にもきれいなところはいっぱいあるんだって」
「地上は未だ罪を許されていない地だ。信じられないね」
どうして、それでもユウの言うことを信じられないんでしょうか。
ユウが善良で誠実な人柄であることはこれまでのやりとりで充分わかったはずです。これまで知らなかった世界に思いもよらないステキがたくさんあることも。
それなのに、どうして頑なに信じようとしないんでしょうか?
「16歳の誕生日おめでとう、オルトス。今日も聖都は世界で一番美しい街だ」(第10話)
・・・憧れていたからです。
聖都に。天空の民に。幼いころからずっと眺めてきた、あの美しい景色に。
地上にも美しい街がある可能性は否定できません。
地上の民が思っていたよりいいヤツだったことも否定できません。
けれど、認めるわけにはいきませんでした。
彼が仲間に加わりたいのは地上の営みなどではなく、幼いころからずっと憧れていた同胞たちの空だったからです。
彼は断固として信じつづけます。
「天気のいい日は飛び交う人たちの翼に光が反射して、聖都がキラキラ光って見えるのさ。みんなに交ざって翼を広げられたらどんなに楽しいだろう――って、いつも思うんだ」(第10話)
「きれいな街だな。地上にこんな景色はあるかい? 来年からは僕もあのなかに、聖都を彩る輝きのひとつになれる」
その美しいことを。その輝けることを。
いつかきっと自分も加わりたいと願っている場所なんです。世界で一番美しくあってほしいと思うのは当然のことじゃないですか。
「団長! 地上の民に触っちゃダメですよ! 地上の罪に犯されて神のご加護を失ってしまいます! エンガチョです!」
「今日は聖ミシェリアの日です。穢れた地上の民の手から逃れられるよう、神がここまでお導きになられたに違いありません」
「翼を持たない者は哀れだな」
「神聖なる猊下が自ら地上の罪へ近づこうとなさるなんて。神に翼を取りあげられかねない行為です!」(第10話)
彼は、そして彼らは、天空の民と聖都を何よりも愛していました。
たとえどんなに虐げられようとも。たとえどんなに偏屈になろうとも。たとえどんなに自分の無知を突きつけられたとしても。
愛したいから信じて、愛したいから知ろうとしないんです。
愛されたい
「神聖なる猊下が自ら地上の罪へ近づこうとなさるなんて。神に翼を取りあげられかねない行為です!」(第10話)
「だからこそですよ。・・・私は知りたいのです」
聖女という尊い役目にありながら、ミシェリアは神罰が下ることを恐れませんでした。
いいえ、いっそ神罰を求めてすらいました。
だって、わからなかったからです。
「この国の民は、いずれ私が天へ羽ばたくと信じて祈りを託していく・・・。でも、こんな重りを背負っては羽ばたくことなんてできやしない」
「翼は古の裏切りの罪を許された証。我々は神に選ばれ、天に近づくことを許された天空の民。だというのに、この神の翼こそが、まるで翼を持たぬ地上の民のように私を地に縛りつけ、押しつぶそうとしている」
翼は神様がくれた恩寵のはず。誰もがこれを授かったことを喜び、空を舞える自由に感謝しました。
こんなステキなものを授かることができた我々は神様に特別に愛されているに違いない! ちょっとした選民意識を抱くほどに、翼は彼らにとっての誇りでした。
・・・だったらなぜ、ミシェリアの翼だけは羽ばたくことができないのでしょうか。
ミシェリアだけ神様に愛されなかったのでしょうか?
いいえ。少なくとも翼を授かりはしたんです。翼こそが神様の恩寵。それを神罰としてお与えくださるのは道理に合いません。国の同胞たちも立派な翼を見ては口々に、あなたはひときわ大きな恩寵を授かったと祝福します。
また、側近のラヴィオルには翼を持たずに生まれた弟がいると聞きます。
ますます神様の意志がわかりません。彼ほどの人物が身命を賭して守ろうとする少年です。きっと善良なのでしょう。こちらもはたして神罰を受けなければならないほどの身の上だろうかと疑問が湧きます。
では、翼はそもそも神様の恩寵ではないのでしょうか。
いいえ。その可能性は想定すること自体認められません。恩寵たる翼を授かったからこそみんな神様を愛し、自らを愛し、同じ翼を持つ隣人をも愛することができるんです。自分ひとりの翼が特別だからって、彼らの大切な思いの根源を否定してしまうわけにはいきません。そもそも自分だって彼ら同胞たちのことを愛しているのですから。
わかりません。どうしてもわかりません。この翼があるせいで。恩寵でありながら神罰に等しい、極めつけの矛盾を授かってしまったせいで。
「私は知りたい。神を知りたい。けれど、その望みと同じくらい、こんな翼捨ててしまいたいんです」
思い悩むミシェリアは2パターンの解決法を望みます。
ひとつは単純、神様の意志を知ること。
そしてもうひとつは・・・、いっそこの翼を捨ててしまうこと。恩寵なのか神罰なのかはわからないものの、少なくとも神様から賜った大切なものであることだけは間違いないというのに。
どうして、そちらでも構わないと思えるのでしょうか?
「メルクさんが自らの真実を探すように、私もまた真実を知りたいのです。翼をなくした先に何があるのか、この身を賭してでも確かめたい。それが私の望みなのです」
それで神様を試すことができるからです。
もしもこの翼が恩寵であるなら、それを粗末に扱った彼女は神の怒りを買うことになるでしょう。
もしもこの翼が神罰であるなら、罪を許される前にそれを放棄した彼女はやはり神の怒りに触れるでしょう。
どちらにせよろくなことにはならないでしょうが、それこそが望むところでした。これが恩寵であったなら神様はもちろん自分を愛してくれていたことになるし、逆に神罰であったとしてもそれは原罪を禊ぐチャンスを授けてくれていた神の愛。いずれにせよ自分が愛されていたことは確認できます。
最悪なのは神の怒りが下らなかった場合ですが・・・。
「あなたが私をわからないように、本当はね、私にも神様のことがちっともわからないのです。だから確かめたかった。神様が本当にいらっしゃるかどうかを」
ミシェリアは自分が神様に愛されていてほしいと祈っていました。
それは我が身を犠牲にしてでもどうしても知りたい、切実な願いでした。
愛されたいから知りたくなって、愛されたいから試すんです。
・・・別に神職者独特の考えかたというわけではありませんよ。“愛されたい”だなんて、誰にでもある当然の欲求です。
「あ、そうだ。聖宮守護団の団長さんに歳が離れた弟さんがおられません?」
「いいえ、なぜです?」
「いやあ、さっき店に来た子がね、まだ小さかったころの団長さんに面影がそっくりでねえ」
「・・・はあ。でも団長には弟はいません」
自分の愛する人たちに愛してもらえないのは、やっぱり悲しいことですよ。
瞳を曇らすもの
かつて偉大な自然学者が地動説を唱えたとき、多くの人々がその学説を拒絶しました。
論理的な反論というわけではなく、ただ、自分たちが信じていたかったものを否定されることが耐えがたかったためです。
「こんなんじゃ長の娘として失格だよね。長の娘らしく、女性らしく、・・・ってね」(第2話)
「わ、私にも母さまと同じ力があるの! だから・・・練習すれば・・・」(第4話)
「優しい兄様。この身が忌まわしき星のもとに生まれさえしなければ――。兄様・・・」(第5話)
「君は私といて幸せだと言ってくれた。だが、あの子はそう思ってくれているのだろうか。私には・・・そうは思えない」(第7話)
「美しさ。美しさ。美しさ。愛されぬは醜さへの罰なのか。ああ、妬ましく憎らしい」(第8話)
リィリは大好きな里のみんなの言うことだから盲信し、サローディアは大好きなお母さんに連なる血筋だから自分を過信し、シャオリンは大好きなお兄さんを絶対視するあまりに問題を見定めそこない、ジャントールは娘を愛するからこそ愛情表現が不足していることを疑い、アンテルはセレナを愛する気持ちばかりに気を取られて間違いを犯しました。
彼らが大切なものを見逃してしまっていたのはいつも、何かを愛する気持ちと隣りあわせにいるときでした。
では、愛することは愚かなことなのでしょうか?
まさか。
「16歳の誕生日おめでとう、オルトス。今日も聖都は世界で一番美しい街だ」(第10話)
愛することはただそれだけで孤独を癒やすほどに幸せな思いであり、
「おめでとう。16歳の誕生日、おめでとう。・・・まあ、俺に祝われてもイヤかもしれないけど」
愛されることはただそれだけで涙が出るくらい幸せな思いです。
それがなにより幸せなことだからこそ、一途に追い求めているうちになにかとメンドクサイ思いへ迷い込んじゃうこともしばしばなんですが。
「今、天使じゃなくなった。いいさ。僕は『天使』じゃなくて『友達』と呼ばれたいから」
「きれいだ。僕が欲しかったものは翼がなくても手に入るものだった。これからは君の世界も天の世界と同じくらいに好きになれる。――ありがとう。僕、君のことが好きだ」
愛することを求めるあまり、最初に愛したいと思えた聖都にこだわりつづけてきました。
でも、彼にとって本当に大切だったものは聖都ではなく、何かを愛したいと思う自分の愛そのもの。
オルトスの愛は、まずはユウに届きました。それはとても幸せな体験でした。きっと次は聖都に住む同胞たちにも届くでしょう。彼は愛する喜びを知っています。
「私には見えなかった。だから罰を受けようとしたのに・・・」
「神は最初からここに、等しく我らの心のなかにいる。はじめから翼など要らなかった。必要なのは体でもない、心――」
愛されていることを確認したいあまり、神様を試すようなことを考えてしまいました。
でも、彼女にとって本当に大切だったものは必ずしも神の愛ではなく、自分を包む世界がたくさんの愛に満ちていることの確信。
ミシェリアの愛は奇跡となってふたりの少年を救いました。神の意志が介在していたかどうかははっきりとわかりません。けれど誰もが望んでいた結末でした。彼女は自分が愛のなかにいる実感を得ました。
愛したいから見失って悩み、愛されたいから探してまた悩み。そうして悩んでいるうちに、自分が本当は何もわかっていなかったんだということに気付きます。
悩むことで瞳は曇り、けれど探求するからこそ自分のなかに隠れていた大切なものにたどり着くんです。
「私はユウさんと出会う前の記憶がないのです。そんな私の記憶を探すために、ユウさんはモンスターが苦手なのにもかかわらず、一緒に旅に出てくれたのですよ」(第10話)
旅に出る前は自分の記憶を探すことが第一の目的だと思っていました。
「私は・・・。ユウさんと一緒に旅をしていたい、と思っているのですよ。ユウさんがどう思っているかわからないのですが」
ふり返ってみれば、一緒に旅をすることそのものがメルクにとって一番大切な思いとなっていました。
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