メルクストーリア 第10話感想 私はまだ何も知らない。

だからこそですよ。私は・・・知りたいのです。

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(主観的)あらすじ

 ひょんなことからモンスターに運ばれて、ユウとメルクは期せず空の国を訪れることになりました。
 どうやらこの国では地上の人間は穢れた存在として忌避され、反対に水は神聖なものとして大切に扱われているようです。ユウは離島にて軟禁され、メルクは聖女への謁見を求められ、ふたりは離ればなれになってしまうのでした。

 ユウが連れてこられた離島には先客がいました。オルトス。全ての国民が背に翼を持つこの空の国に生を受けながら生まれつき翼を持たず、同胞に迫害されることを危惧した兄によって密かに匿われていた少年です。
 オルトスはこの小さな離島のなかと、遠くに眺める聖都の風景しか知りません。彼はまだ見ぬ世界への好奇心を抱いており、メルクとの合流を目指すユウとともに島から脱出することにしました。
 ところでオルトスはいかにも空の国の国民らしく、地上の人間への偏見を根強く抱いてもいました。彼は自分が翼を持たないせいで隠匿されていることを理解していました。ただでさえ被差別対象である自分が、地上の人間から穢れを受けてしまったら・・・。そう考えると、ユウと触れあうことにすら拒絶感が湧きあがるのです。

 メルクを聖女のもとへ案内したのはピスティアという名の侍女でした。
 ピスティアは幼いころ聖女の水浴び場に迷い込んでしまい、危うく罪に問われそうになっていたところを、聖女が侍女として召し抱えてくれたことによって救われた過去がありました。
 ピスティアは聖女のことをまるで姉のように愛しく思っています。けれど、彼女は聖女に対しての敬愛の念も深く、また自分の翼が小さいために身分違いを強く意識しており、素直に姉として慕うことができずにいました。

 一方、オルトスの兄にして騎士団長であるラヴィオルと、聖女ミシェリアは、それぞれ国内でも高い地位にいながら地上の人々への偏見は持っていないようでした。むしろこれまで知りえなかった多くのことをユウたちから聞きたがっていました。彼らがそういう思想を抱くに至ったのには、なにやら共有された秘密があるようです。
 周りに仕える人々は、彼らが新たなことを知ろうとする意図をまだ理解することができません。

 パンテオン、トーテム、ヤオヨロズ・・・。
 古来より神様は人間の営みの周辺あまねく全てに遍在していました。山に川に、草原、オアシス、海、太陽、野生動物や気象現象、はたまた炉などの人工物にさえも。
 ――恐ろしかったからです。
 それらはときに前触れなく、ときに破滅的なまでに災厄を引き起こし、それまで当たり前に営めていた彼らの日々の生活をしばしば脅かしました。理不尽も理不尽。なすすべなく翻弄されるばかりの怒濤、無数の死と喪失を前に、人間たちは自らの手の及ばない超越的意思が存在することを直観しました。
 理不尽な怒りを畏れ、その暴虐が再び振るわれないよう敬う。神様とは古来そういうものでした。

 ・・・にもかかわらず、人間はどうして神様から逃げなかったのでしょうか。山に川に、草原、オアシス、海、太陽、野生動物や天候、はたまた炉など、そういった神様の宿るものことごとくを可能なかぎり身のまわりから遠ざけてしまえば、もう理不尽な災厄に巻き込まれることなんてなくなるでしょうに。

 考えるまでもなくわかりますね。
 離れられないからです。それら全て、恐ろしくあると同時に豊かな恵みをもたらしてくれもするからです。人間の生活に欠かせない食物や飲用水、暖かな毛織物などは、全て神様の宿るところからしか授かることができませんでした。神様の存在しない地域では人間は生存できませんでした。

 神様はいったい何がしたいんでしょうか。ときおり人間に災厄をもたらし、そのくせ普段は恵みをくれる――。
 人間たちがそれを真剣に考えるようになったとき、この世界に宗教が芽吹きました。
 「きっと神様は人間の犯した罪に罰を下しているんだ」
 「きっと神様は人間に試練を与えようとしているんだ」
 「きっと神様は人間が善く生きられるよう導いてくれているんだ」
 神様の意図は語る者によって様々。けれど、少なくとも神様が自分たちを愛してくれているという実感だけは、誰にとっても確かでした。

 だから。
 人間が理不尽を被らなければならなかったそもそもの原因はもはや神様のせいにできず、人間自身に求める以外なくなってしまったのでした。

清らかなる人々

 「団長! 地上の民に触っちゃダメですよ! 地上の罪に犯されて神のご加護を失ってしまいます! エンガチョです!」
 「今日は聖ミシェリアの日です。穢れた地上の民の手から逃れられるよう、神がここまでお導きになられたに違いありません」

 空の国の人々は――ありていにいって、ちょっと感じの悪い人たちでした。
 悪気がないことは見ればわかります。みんな心穏やかな善人ばかりです。悪心からではなくナチュラルに地上の人々を見下しています。
 彼らによると地上の人々は穢れているそうです。けれど穢れている=その人の心までもが悪であるとは考えていない様子。生まれながらに原罪を背負った者と見なして、ただただ純真に哀れんでいるだけです。

 彼らは穢れを知りません。白く美しい翼を背に生やし、白亜の聖都をその翼でいっそう輝かせています。
 彼らは穢れを知りません。地上の穢れとは具体的にどのようなものであるかを、誰も語ろうとしません。

 「神に遣わされる前の記憶がないということか。それは困ったな」
 「猊下なら聖なる水のかたがいったい何者なのかきっとおわかりになるはずです」

 彼らはいかに自分たちの知識が不足しているのかを理解していません。仮に自身にわからないことがあっても他の同胞を頼ればどうにかなると無邪気に信じています。

 どうして彼らは聖女ミシェリアに聞けばメルクの正体がわかると考えたのでしょうか?
 その思考過程はどうやらこういう感じのようです。
 メルクの体は水でできているようだ。 → 水とは聖なる天の恵みである。 → 聖なる存在のことなら聖女が知っているに違いない。
 ・・・安直にもほどがあります。目の前にいる未知なる存在を、そのものの特異性を考慮しないまま、既存の思考パターンにムリヤリ当てはめて解釈しようとしています。こんなの、対象を理解しようとしているのではなく自分を納得させるための思考でしかありません。

 そもそも「水は天が我らにお与えになる聖なる恵み」て。
 それ要するに雨のことでしょうが。高空かつ平地しかない国土じゃ保水力不足で真水が貴重になるでしょうとも。貴重なら当然信仰の対象にもなるでしょうとも。
 でもそれ地上から来たメルクには関係ないよね。

 かつて偉大な哲学者が“無知の知”を説きました。
 私は他の人より多くの事物を知っているわけではない。ただ、自分が知らずにいるということを自覚しているだけだ。私の知恵が他の知恵者よりも優れているというのなら、そのためだろう。

 これまでたくさんの人が無自覚な無知に苦しんできました。
 「こんなんじゃ長の娘として失格だよね。長の娘らしく、女性らしく、・・・ってね」(第2話)
 「わ、私にも母さまと同じ力があるの! だから・・・練習すれば・・・」(第4話)
 「優しい兄様。この身が忌まわしき星のもとに生まれさえしなければ――。兄様・・・」(第5話)
 「君は私といて幸せだと言ってくれた。だが、あの子はそう思ってくれているのだろうか。私には・・・そうは思えない」(第7話)
 「美しさ。美しさ。美しさ。愛されぬは醜さへの罰なのか。ああ、妬ましく憎らしい」(第8話)
 みんな自分が大切なことを知らないということに気付いてなくて、そのせいで肝心なところで壁を感じてしまって、思うように自分らしさを発揮できず苦しんでいました。壁の正体に気付いてしまえばどれも自分の力で乗り越えられる問題ばかりだったのに。

 天空の民は穢れを知りません。なぜなら知る機会がなかったからです。
 天空の民は穢れを知りません。なぜなら彼ら自身は穢れていないからです。
 天空の民は穢れを知りません。なぜなら自分たちの理解が及ぶ範囲でしか事物を認知しようとしないからです。
 「けど、ずっとあの部屋にいたらケガをする機会もないのか・・・」
 穢れを知ろうとせず、ただ遠ざけるばかりだったから。だから彼らは穢れを知りません。

飛べない天使

 「お願いだから静かに・・・! これは罰なのでしょうか」
 「どこかに隠さねばならぬ。聖都ではこの子の存在は――」

 生来翼を持たず、他の同胞たちとともに空を飛ぶことのできない少年がいました。
 両親と兄は彼を匿いました。
 「翼を持たない者は哀れだな」
 「猊下は神に近いかた。私のような小さな翼しか持たないものが侍者として召し抱えられたのは猊下の温情によるものですから」

 彼らの国では翼を持つことが同族としてのアイデンティティであり、ステータスでもあるからです。

 もし翼を持たない同族を見たら、空の国の人々は何を考えるでしょうか。
 きっと少年を迫害するでしょうね。現実によくある話です。
 でも、どうして器質が少し違うくらいで彼を攻撃しなくてはならないのでしょう。あなたはその理由を考えたことがありますか?
 私ならこう想像します。――だって、彼の存在は自分にとっても他人事ではないから。

 「はい。今日は聖ミシェリアの日なので特にです。神がミシェリア様を聖宮へ遣わしてくださったことを祝い、感謝の祈りを捧げる日です。毎年多くの巡礼のかたがたがいらっしゃるんですよ。“全ての翼を持つ者が”手を取りあい、恨みも諍いも忘れ、朝日が差し込むまで一晩じゅう喜びあうのです」
 翼を持つのが当然だと思っていた自分たちの同胞に、翼を持たない者が現れるのです。絶対にありえないと考えられていたことが起きるのです。それはすなわちアイデンティティの崩壊、これまで疑う必要のなかった常識が崩れ去ってしまうという意味になります。
 端的にいうなら、“翼を持っている”というだけでは自分が空の国の一員である確信を抱けなくなってしまうということですよ。そうではない例外がいるわけですからね。
 もしそうなってしまった場合、他に何をもって自分が周囲の人々の同胞であると証明したらいいのでしょう。光輪の有無? もしその常識も崩れたら? 次は肌の色? 言語? 地縁? 慣習? 趣味や嗜好? 普段からの人付きあい? それともいっそ首から血統書でもぶら下げますか? 考えてみただけでどんどん息苦しくなっていきます。

 「この光輪が見えないわけじゃないだろ。天空の民の証だ」
 「君が地上の民でさえなければな。この光輪まで失うわけには・・・」

 たとえばオルトスが徹底してユウとの接触を忌避するのには、きっとそのくらい重い意味があるのだと思います。ただでさえ同胞の証である翼がないのに、このうえ光輪まで失ってしまったら、次は・・・。

 さて、翼を持たないことが空の国の人間としてのアイデンティティに関わるというのなら、翼があっても飛ぶことのできない人はどうなるのでしょう。
 「寝台に坐したままであることを許してください。この重たい翼を羽ばたかせる力がないゆえに飛ぶことができず、ひとりでは長い時間立つことも歩くことも難しいのです」
 ミシェリアのことです。
 幸運なことに彼女の器質的異質性は同胞に神託として受け止められ、オルトスとは違って多くの人に歓迎されることとなりました。

 けれど、それだけです。
 ミシェリアは飛べません。歩くことすらままなりません。離れ小島に軟禁されているオルトスといったい何が違うでしょうか。
 「天気のいい日は飛び交う人たちの翼に光が反射して、聖都がキラキラ光って見えるのさ。みんなに交ざって翼を広げられたらどんなに楽しいだろう――って、いつも思うんだ」
 オルトスの想像する人並みの幸せは、実のところ彼だけではなく聖女ミシェリアのところにも欠けていました。
 周囲に仕える人々は気付きません。ミシェリアの持つ翼が自分たちとは明らかに異質であることを。
 聖女なのだから特別なのは当然だ、という先入観に目を奪われて、ミシェリアという人が自分たちには当たり前にできていることをできずにいる実態に目を届かせられません。

 だからこそ、なのでしょうか。
 自分の無知に無自覚な人ばかりのこの国で、ただふたりだけが自分の無知を自覚していました。
 「メルクさん。私もそのユウさんという方にお会いしてもいいでしょうか。――知りたくなったのです。地上の民がこの聖都に訪れたこと。きっと神のご意志がメルクさんたちを導いたのでしょう」
 ひとりは我が身に理不尽が降りかかったミシェリア。
 「まずは猊下への報告だ。それからじっくり彼から事情を聞こう」
 もうひとりは理不尽を背負う弟を守りつづけたラヴィオル。
 無知なままでは、自分の目の前に立ち塞がる理不尽を乗り越えられそうにありませんでした。

裸足で草を踏む感触

 自分が無知であることに先に気がついたのは、理不尽を背負った本人であるオルトスではなく、その兄のラヴィオルでした。

 「全てがその子の敵だというのなら、弟を私ひとりでも守ってみせます」
 ラヴィオルにとってこの国の常識は到底受け入れがたいものだったからです。

 「慰めてくれるの? 大丈夫。僕には兄さんがいるから。ほら、もう行きなよ。群れからはぐれたら大変だ」
 オルトスにとってはその反対。彼はいつか同胞に受け入れられる日を願っていました。今はどんなにさびしい身の上であったとしても、遠くに望む聖都の人たちと同じ価値観を共有していれば、いつかは彼らと同じになれるかもしれない。
 むしろこの国の人々と同じものを見たいと思っていたから、彼は必要以上のことを知りたいとは望みませんでした。

 「16歳の誕生日おめでとう、オルトス。今日も聖都は世界で一番美しい街だ」
 けれど、もう16年です。16年間、彼はお兄さん以外の人から誕生日を祝福されたことすらありませんでした。

 ユウとの出会いというきっかけを得て、オルトスはそれまでの自分のあり方を少しだけ改めてみました。
 「こうしよう。僕は君が友達に会えるよう協力する。その代わり君は僕が翼を手に入れるのに協力してくれ」
 どうやら待っているだけでは何も変わらないらしい。ならば、この国のみんなと同じになりたいという願いはそのまま変わらないにしても、それが叶うまでは多少普通とは違うこともしてみよう。
 別にどうしても離島の外に出なければならないというほどの切羽詰まった思いではありませんでした。彼の兄がこの展開を予想していなかったように、オルトスにとってこの決断はそれまでの自分らしからぬものでした。
 あえて理由を挙げるなら、そう、今日が旅立ちにちょうどいい天気だったから。

 彼の気まぐれな冒険心は、はたして正解でした。
 「これが草の感触・・・。気持ちいい! 石畳とは全然違う! はは、壁がない! ははは! あはは! どこまでも走って行ける! そうか、これが自由か!」
 外の世界は自分の知らないものに満ちていました。遠くに眺めた景色、書物から得た知識、それだけでは誰もが知っているような常識を知ることはできないようでした。転ぶと痛い。切るともっと痛い。こんなことすらも。
 誰もが知っていそうな当たり前のことを、彼は今日、初めて知ることとなりました。

 自分が本当は何も知らないということに気付くための第一歩。

 きっかけはユウとメルクが運んできました。
 「私はユウさんと出会う前の記憶がないのです。そんな私の記憶を探すために、ユウさんはモンスターが苦手なのにもかかわらず、一緒に旅に出てくれたのですよ」
 ふたりはずっと、自分が知らないことを知るために、長い旅をしてきました。

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