えんどろ~! 第12話感想 古いロールの終わり、新しいロールの始まり。

これもユーシャ様が“勇者”であることを捨ててくださったからこそ。

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(主観的)あらすじ

 ユーシャは迷っていました。マオちゃん先生がローナ姫を攫って、魔王として活動しはじめました。勇者としてはもちろん魔王を倒さなきゃいけません。倒さないとだけれど・・・。そんなの、誰も嬉しくありませんでした。
 999代続いた勇者と魔王の因縁は思いのほか強固で、詳しく知れば知るほどに、勇者が魔王を倒さなければならない理由ばかり積み上がっていきます。あらゆる状況が、どうしたって勇者に魔王を倒させる運命を描こうとしています。けど、ユーシャはやっぱりマオちゃん先生を倒したくありませんでした。

 だったら、やるべきことはすでに決まっているようなもの。
ユーシャは勇者であることを放棄しました。勇者の剣を投げ捨てて、運命も何もかも全部投げ捨てて、ただのユーリア・シャルデットとしてマオちゃん先生を倒さないことを選びました。
 よく考えてみると、ユーシャにとって勇者であることは必ずしも必要なことではありませんでした。カッコいい冒険がしたくて、みんなの笑顔を守りたくて、そのための手段として勇者になることを選んだはずだったのでした。勇者であるせいでマオちゃん先生の笑顔を守れないのでは本末転倒です。

 こうして世界から勇者はいなくなり、対となる魔王という概念も消滅しました。
 晴れて自分の意志で無職になれたユーシャは改めて思います。なるほど私たちは何にだってなれるらしい。だったら、私はやっぱり勇者を目指そう。
 嬉しそうに、楽しそうに、いつものように、自分らしい未来を思い描くのでした。

 何にでもなれるだなんて嘘っぱち。自分という存在が白紙だなんて嘘っぱち。歳を取るごとにそういう幻想(キレイゴト)を信じられなくなってきました。作品テーマを否定するようですが、ぶっちゃけ私はユーシャほど無邪気に自分の可能性を信じることができません。
 過去と現在はどうしたって連続していて、そんな現在とまた連続していった先に未来があります。何を積み重ねてこられたか、あるいは何を重ねられずに来てしまったか。私の未来の可能性はきっと私の過去によって限定されるでしょう。

 ですが、それはこれまで自分が演じてきた役割(ロール)に縛られるということではありません。
 変わることはできます。絶対に。どこまで変われるかは自分次第でしょうが、だって私の全人生はたったひとつの在り方にだけ収束されるほど薄っぺらいものでもなかったはずですから。
 これまで学んできたこと、経験してきたこと、交友関係、学業、仕事、趣味、こだわり、成功体験、挫折体験、ふと思い立って試してみた気まぐれ。あれやこれやを全部たったひとつの目的のためだけに積み重ねてきた人間なんているものか。
 だから、ひとつきりのロールを演じつづけるしかない人なんて絶対にいません。
 未来の可能性は誰にでも残されています。あなた自身の生き様が、あなたの無数の可能性をつくったんです。可能性が無限にあるとまではさすがに言いませんが、数えきれないくらいにはきっと残っていると思います。
 一度探してみたらいいんじゃないかな。自分の現状には似合わない、けれど不思議と好ましい、そんな自分らしさ。私もあなたも絶対にステキな人です。人間らしく、厚みがある。

 ユーシャは勇者であることをやめて、これから改めて勇者になることを選びました。
 勇者というのはカッコいいものだからです。勇者になればみんなの笑顔を守れるはずだからです。
 そういう人になりたくて、ユーシャは勇者になることを夢見ました。
 だから、それができない勇者なんてやめてしまえばいい。
 だから、それができるような勇者を目指せばいい。
 ユーシャはユーシャらしくあるために、これから自分が演じるロールを自分自身で選ぶことにしたのでした。

ユーリア・シャルデット

 「さあ、補習の時間じゃ。おぬしらが戦いたがっていた魔王の力を見せてやろう」
 言いました。「魔王超倒したい」(第11話)って。
 だって、カッコいいからです。強大な魔王に臆することなく立ち向かう勇気ある者、勇者。勇者が出現するたびに冒険譚を編纂される程度には多くの人に人気のある物語です。そのなかでも一番のハイライト。勇者のロールを演じるからには当然やってみたい筆頭のシチュエーションですとも。

 「待って! 私たち――」
 けれど、望んでいたものはこんなかたちではないはずでした。
 倒すべき魔王が、友達みたいに仲よくしてくれた先生だったなんて。
 「マオちゃん! 私、ううん、私たち、やっぱりマオちゃんと戦いたくない!」
 こんな運命、ユーシャは望んでいませんでした。
 ・・・どうして?

 ユーシャはずっと勇者になりたいと思っていました。勇者らしい冒険をすることがユーシャの望みでした。
 だったら、倒せばいいじゃないですか。ユーシャが勇者であることに、魔王がマオちゃん先生であることはまったく関係ありません。魔王を倒しさえすれば勇者です。それがマオちゃん先生だろうがとにかく魔王を倒した時点で、勇者になるというユーシャの願いは何ら問題なく叶えられるはずです。

 なのに、ユーシャはマオちゃん先生を倒すことを望みません。
 どうして?
 考えるまでもありませんよね。まともな感覚を持ちあわせた人なら誰だってこんなのイヤに決まっています。いくら夢のためだとしても、大切な誰かを手にかけてまで叶えたいとは普通思いません。
 どうして?
 夢を叶えることよりもっと大切なものがあるということでしょうか? いいえ。そんなまさか。少なくともユーシャがマオちゃん先生と出会ったのは、ユーシャが勇者を志したより後のことです。それにユーシャはたいがいの行動原理に勇者らしいかどうかの価値基準を絡める程度には重度の勇者狂いです。
 たぶん、本当に彼女にとって一番大切なのは勇者になることです。
 だけどそういう問題じゃないですよね。大切な誰かを犠牲にして夢を叶えるって。優先順位で割りきれる話じゃないですよね。当たり前のことです。

 さて。どうしてですか?

 「ユーリアさん。たとえばダンジョンなどで進む道に迷ったそのときは、スタート地点に引き返すのもまたひとつの手ですよ」
 うまく言葉にできないのなら、自分の夢の起源をふり返ってみればいいでしょう。
 「私はカッコいい勇者になりたかった。悪い魔王をやっつける、カッコいい勇者に」
 「みんな聞いて。私が勇者になりたかったもうひとつの理由は、みんな楽しく笑っていてほしいからなんだよ」

 たとえばユーシャの場合、それはふたつありました。
 だからです。これが答えです。夢を叶えることが何より一番大切だったとしても、それでも他の何かを優先せざるをえなくなる場合がある理由。

 どうして?
 それは、勇者になること自体がユーシャの夢そのものではないから。
 カッコよくなりたい。みんなの笑顔を守りたい。それらの願いを達成するためにこそ勇者になりたいという位置づけだったから。
 自分のそもそもの願いに反するようでは、それはとうてい夢と呼べるものではありません。
 「のう、姫よ。お主はあやつらを危険な目にあわせたいのか?」
 「え? だって“勇者”には危険がつきものじゃないですか。――あら? ですが、勇者様たちにそんな危険なことをさせるのは・・・。あら? あらら?」
(第8話)
 だって、そんな夢を叶えたとしても、そんなのちっとも嬉しく感じないに決まっていますから。ある願いを実現する手段として夢見たものを、その願いを踏みにじってまで叶えようとするだなんて。そんなの本末転倒にもほどがある。笑い話にもなりはしない。

 「マオちゃんを泣かせるぐらいなら、私は勇者でなくたっていい!」
 ここに至って、ユーシャにとっての勇者というロールは自らの幸せを妨げるものとなってしまいました。

ロールプレイ

 たとえばお母さんだったり、子どもだったり、学生だったり、会社員だったり、もしかしたらヒキコモリだったり。あるいは仲間うちでのまとめ役だったり、ツッコミ役だったり、新しいことを提案する役だったり、みんなの悩みを聞いてあげる役だったり。
 勇者や魔王なんて大仰な肩書きじゃなくても、どんな人だって例外なく日々何かしらの役割(ロール)を演じています。ときと場合に合わせて複数演じ分けることなんかもしょっちゅう。
 じゃあ、どうしてみんなロールを演じているのかといえば、ユーシャがそうであるようにみんな、何か自分の願いを達成するために必要があってそうしているわけです。
 初めから望んでそのロールに就いたわけではないかもしれません。そういうロールを演じていると気付いていないこともあるかもしれません。けれど、今まさにあなたがそのロールを演じているということは、あなたにとってそれを演じることに何かしらの目的があるということです。

 「はいはい! どーせ我で最後! 負けるために蘇らされるぐらいならさっさと勇者に滅ぼされたほうがマシじゃ!」
 一度は魔王のロールから逃れたくせに、また戻ってきてしまったマオちゃん先生。その目的は教師としての自分の停滞感から逃避するためでした。けれどこの魔王というのも想像以上にろくでもない存在だとわかってしまい、いよいよ捨て鉢な気分です。
 「遅い! 遅いのじゃ! まだ来んのか、あやつらは!」
 もはやさっさと死ぬためだけに魔王のロールにしがみついているようなもの。

 けれど、ひょんなことをきっかけとして、彼女の心情はまた少しだけ変化することになります。

 「マオちゃんへ。道に迷ったみたいだから、一度スタート地点に戻ってみるね」
 「アホかー!! ――関心しとる場合か! おぬしという人質がおるんじゃぞ」
 「きっと先生を信じているんです。マオ先生はローナを傷つけるようなことはしないと」

 信頼。それも、魔王ではなく教師としてのマオちゃん先生に対するユーシャたちからの信頼。
 前話で彼女は教師としてのステップアップに挑戦し、そして挫折しました。このときもきっかけはユーシャたちでした。今やマオちゃん先生とユーシャたちは、魔王と勇者ではなく、先生と生徒という関係性で接する方が自然に感じられるようになっていたのでした。

 「魔王から逃げるような冒険者に育てた覚えなどないわ! こうなれば我が直々に出向くのみ。行くぞ、姫、メイゴ!」
 同じ魔王というロールを演じつづけているようで、マオちゃん先生がこれを演じる目的は目まぐるしく変化し続けます。
 はじめは逃避。次に諦め。そして――。
 「そんなもの・・・バカバカしいほど楽しかったに決まっとるじゃろうが! じゃが、このまま我が倒されず魔王でいつづけたらこの島は滅ぶ。あとに残るのは永遠の孤独。さびしく、冷たく、何もない。あんなものはもう嫌じゃ。――ならば、我が手ずから育てた教え子に倒されるのも一興じゃろうが」
 大切な教え子の夢を叶えるため、少しでも役に立ってやりたい。

 自分が本当は何を望んでいたかの本質を見つめなおすほどに、自分にとってのロールの意義はめまぐるしく変遷します。
 あれだけ勇者であることにこだわっていたユーシャに、もはや勇者のロールに固執する理由はなく。
 「チビちゃん、ご飯だよ!」
 巡り巡って元のところへ帰ってきたマオちゃん先生も、結局本心では魔王以外のロールに心惹かれて。
 「いえ、これを待っていました」
 歴史だけは一丁前だった勇者と魔王というロールは、もはや悲しみしか呼ぶことなく、ついに当事者にすら求められなくなったのでした。
 誰もやりたがらない役割にいったい何の価値があるものか。そんなものさっさとポイしちゃいなさい。

 人はときと場合に合わせて様々なロールを演じ分けます。
 だって、人の心はたったひとつの願いしか思い描けないほど単純なものじゃないから。ひとつのロールで人生の全てを満足させられるほど無欲じゃないから。
 「本来ゴーレムは自分の意志で動けるようにはできていません。ですが、このおかたによりそれが可能になったのです」
 私たちは幸せになるために生まれてきました。
 幸せになるために願いを抱き、その達成のため自らが身を置くロールを選びつづけてきました。
 「待て待て待て! つまりそやつはおぬしの“ゴーレム”という概念を食ってしまったということか!?」
 「はい。それと同様に、このおかたであれば“勇者”と“魔王”という概念を消去することで、両者を縛る運命をも消去することが可能ではないかと考えました」

 だから、ずっとひとつのロールに固執しつづける必要なんて、ない。

エンドロール

 さて。望む道を進みましょう。
 自分の思うままに。自由に。気ままに。自分らしく。

 ユーシャという少女はずっと矛盾したものを抱えていました。
 「今日は勇者っぽいことができたと思う。みんな、ありがとう!」(第4話)
 本人はやたらと勇者らしさにこだわっているくせに、
 「それは“勇者様だから”、ですか?」
 「それとはちょっと違う・・・ぽい? えーと、えと、・・・“私だから”! かな?」
(第5話)
 いざ行動してみると勇者らしさなんて意識せず、思うまま好きなように動いてきました。
 ――なぜなら。
 「私はカッコいい勇者になりたかった。悪い魔王をやっつける、カッコいい勇者に」
 「みんな聞いて。私が勇者になりたかったもうひとつの理由は、みんな楽しく笑っていてほしいからなんだよ」

 ユーシャは魔王を倒したいとかそういう具体的な目的を持っていたわけではなく、ただ、もっとふわっとした憧れによって勇者になりたがっていたからです。
 カッコよくなりたい。みんなの笑顔を守りたい。そういうことができる人になりたい。

 ユーシャの願いを叶えるためには別に勇者になる必要なんてなかったのでしょう。
 きっと他のことでも英雄的な活躍さえできれば彼女は満足することができたでしょう。
 ただ、たまたま憧れたイメージが“勇者”だった。それだけです。
 勇者だとか魔王だとかのどうでもいい運命を無視することさえできれば、ユーシャの勇者願望には何も矛盾はありませんでした。

 「マオちゃん! 私たちのこの先はまだ真っ白だから、何だってなれるよね。それなら私は――やっぱり勇者になるよ!」
 だからこそ、ユーシャが望む勇者物語には必ずしも勇者の剣は必要ありません。
 だからこそ、ユーシャが望む勇者物語には必ずしも魔王は必要ありません。
 “勇者”と“魔王”という概念が消失したこの世界においても、彼女は問題なく自分なりの勇者を目指すことができます。ユーシャの願いの本質は、ただ勇者という肩書きを得たいというだけのものではないんですから。

 そんな奔放な夢があったっていいでしょう。
 彼女はこれまで、そういうエンドロールが似合うだけの物語を描いてきました。
 「ありゃ。――真っ白だ」
 ひとつの物語が終わったあとにはまた新しい物語が続きます。
 私たちは過去も現在も未来もいつだって、そのときの自分に合うロールを探して演じつづけるでしょう。

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