きっと、心は人の体に収まるものじゃないんです。B.B.にパッケージされた人の意識とは別のものです。その人の生きかた、考えかたを映す、他の人の心があって、関わる全ての人のなかにも一人の人間の心は存在している。――私は、そんなふうに思います。
リンリー・クー

古の伝承

「あ・・・! ああ・・・! これではまるで伝承のとおりではないか。このままではワザワイが降ってくるゾ・・・」
バイアス人の声で、穏やかではないつぶやきが聞こえてきました。
声の主はニムウさん。語り部と名乗る大樹の民のお爺さんです。
「ワシらの星にはな、古の昔からこんな伝承が伝えられているんダ。『大いなる巨人が倒れしとき、世界は滅び、新たなる生を得る――』。1万年以上も前から我らが母星トゥルメインに伝わる伝承ダ」
ははあ。ニムウさんは言い伝えに出てくる巨人がだいぶ前に迎撃したズ・ハッグのことだと予想しているようですが、おそらくはアレスかウィータのことでしょう。
そういえば生物学者のベラさんが異星人について、これだけ種族特性がバラバラでも細胞を見ると一定の共通点がある、と話していましたし、古代サマール直系の星じゃなくても大なり小なりサマールの足跡が残っているのかもしれません。
本部のほうでついに作戦を次の段階に移す準備が整い、間もなく消失現象と世界間移動計画についてNLA市民向けにも情報公開があるはずなんですが・・・、ここで私が勝手に漏らすわけにはいかないですよね。
うーん、どう説明したものか・・・。
と。
「ニムウ様!! ケモノがこの地に向けてなだれ込んできているゾ! こ、こここ、これが! ニムウ様が言う世界のハメツなのか!?」
「な、なんだと!? ワザワイとは神聖なるケモノたちによりもたらされるものであったか!」
タイミング悪く異常事態が発生しました。
おそらくは消失現象により住み処を失った原生生物たちが大移動しているのでしょう。NLA周辺ではまだ消失現象が起きていないので、考えてみればこちらに押し寄せるのも納得がいく話です。
本部はおそらくこの事態を想定していません。ブレイドの大部分は作戦の進展に向けてNLA外に展開中です。伝承がズ・ハッグのことかアレスやウィータのことかはわかりませんが、とにかくここは民間人の力も借りて迎撃に当たらなければならないでしょう。

「ハハ。なんだい、ずいぶんとおもしろそうな話をしてるじゃないか」
話を聞いてスラブティさんが声をかけてきました。この人は岩窟の民でありながらNLAと協力関係を結んだ小隊長さん。現役の兵団を率いていますし、必ず頼もしい力になってくれるはずです。
ニムウさんも伝承に「破滅のときにはひとりの若者が現れ、ひとかけらの希望となる」との一節があると言っていました。(たぶん本当はアルさんのことでしょうけど!) これは大樹の民と岩窟の民が手を取りあう良いきっかけ――。

「信じられるものか! はるか古来より、お前たちは何度俺たちをダマしてきたと思ってるんダ! 今すぐ立ち去れ! さもなくば・・・、撃ち殺すぞ!!」
「・・・チッ。せっかく協力してやろうと思ったけど、やっぱり大樹の一族みたいなバカどもとは付きあってられないナ! アタイはアタイで勝手にやるよ! アンタたちはあいつらに殺されちまえばいいさ!」
売り言葉に買い言葉。
若い戦士たちを中心に、マ・ノン船の艦内に一触即発のピリピリとした空気が漂いました。
やはり大樹の民と岩窟の民の間にある溝は根深いようで、私がいくら間に入ろうとしても、残念ながら連携するには至りませんでした。
原生生物の群れは想像以上に大規模で、ギリギリの戦いとなりました。
ただでさえ民間人を巻きこんでしまっているので私も必死に戦ったのですが・・・、力及ばず。結局、何人もの犠牲を出してしまいました。
「接戦だったのダ・・・。もしかしたら、あのスラブティという女と手を組んでいたら犠牲は少なくすんだかもしれんゾ・・・。なあ。オヌシならどうしていた? 部族間のいさかいなど忘れて手を取りあっていたか?」
もちろんです。・・・そうしたかった。
事態の収拾後、ニムウさんは沈痛な思いでうつむいていました。私もくやしいです。本当に、今日までに大樹の民と岩窟の民が連携を取れるように関係改善してあげられていれば・・・。
ニムウさんは語り部です。どうか今回の後悔の記憶も語り継いでほしい、とお願いしました。
生をつないでいくかぎり、きっといつか誰かが教訓を生かしてくれる日は、必ず訪れるのですから。

その未来を紡ぐためにも――。
まもなく決行される、第二次汎移民計画。これだけは必ず成功させなければ。
第13章中編 第二次汎移民計画
先日、アルさんに演習の相手をさせられました。
エルマさんが信頼する部下の実力をどうしても確かめたい、とのことでした。あの人結構オープンにエルマさんのことが大好きですよね。「お姫様」とか呼んでるし。
もちろん断りました。なんで私が統合地球政府軍最強のエースなんかと戦わなきゃいけないのか。絶対イヤですってはっきり言いました。ものすごく渋りました。
でもダメでした。ムリヤリ連れていかれました。
私がグズるのがよっぽど想定外だったのか、アルさんは「勝てたらひとつだけお前の願いを聞いてやる」と譲歩してきました。
私は「じゃあアレスをください」と答えました。チェンジなしです。もちろん、B.B.じゃ乗れないことくらいわかっています。嫌がらせ以外の何ものでもありませんでした。
「お前――。結構ムチャクチャだな。さりげなく強引なところはお姫様といい勝負だ」
なんか、また気に入られてしまいました。
ちなみに演習にはきっちり勝たせてもらいました。
私の乗機はフレスベルグ。相手はアレス。当然一瞬で撃破されてしまいましたが、あいにく私の本命は槍。愛機の(愛機ですよ?)爆発炎上に乗じて索敵をごまかし、あとはスピードスター! フラッシュカウントフラッシュカウントフラッシュカウント ボルテージマックスのウィータにも通用した必勝パターン。人類の偉大なる発明はドールだけではないことをきっちり思い知らせてやりました。
アルさんは生身なのでアレスが擱座した時点で演習終了。
「いいぜ。認めよう。お前は英雄と肩を並べるにふさわしいやつだ。たしかにこれならオレの背中だけじゃなく、アレスを任せてやってもいいが――、惜しいな。アレスに乗るにはもう一押し足りない」
「“想い”だよ。生きようとする強い意志。衝動。すなわち“愛”だ。お前に愛する覚悟はあるか? 結婚式の誓いとはわけが違うぞ。この世のもの全て――、世界を丸ごと愛するだけの“愛”だ」


唐突に始まったポエム劇場に呆れたふりをしてさっさと撤収しましたが、正直、アルさんの言わんとすることは少しわかる気がします。
私、NLAのみんなが大好きです。あの人たちのためなら何だってできると思います。みんなを守るためなら――、私が生まれ育ったこの故郷、惑星ミラを巣立つことだってやぶさかではありません。私自身の命をかけたって構いません。
それだけに、アルさんに「惜しい」と言われたことが胸に引っかかりました。

「この惑星で生きていく――。ここを安住の地、第二の故郷にとここまでやってきたが、消失現象、ゴースト、グロウス・・・。あらゆる脅威から同胞を守らねばならん。それには、ヴォイドからコアを取り戻し、別の世界に転移する。――つまり、この惑星を捨てる以外に道はない」
「さしずめ第二次汎移民計画ってところだ」
ヴァンダム指令,ナギ軍務長官,モーリス行政長官の連名により、ついに第二次汎移民計画が正式に発表されました。
第一次と異なり、今回は量子データではなく生身の移民を積み込んでの世界間移動。
時間もないので新白鯨はマ・ノン船をベースに改修することとし、受け入れる移民も現時点でのNLA住民や隠れ城に住むラースの民、ノポンキャラバンなどに限られました。
未だグロウスに与する異星人や、意思疎通の術を持たないミラ固有の原生生物たちは、申し訳ないのですが切り捨てて行くことになります。
「我々は神ではない。自分勝手な罪を背負って生きる、一生命体でしかないのだ」
ナギ長官が重々しく私たちのエゴイズムを糾弾します。これが今の私たちの限界でした。
「現段階でやることは2つ。脱出船の建造協力と、NLAへの移住希望者の補助。この非常事態だ。所属ユニオン関係なく任務についてもらう場合もある」
ヴァンダム指令からは全ブレイドに向けて任務が発令されました。
いつも通りのやつですね。・・・というか、やっぱりエルマチーム以外はちゃんとユニオンごとの縦割りで仕事していたんですね。今さらだからいいんですけど。
それからしばらくの間、ひっきりなしに任務が届きました。
マ・ノン船改修中の技術者向けにドールとアレスの仕様説明。これは本来アームズの仕事。
素材収集中に消息を絶ったチームの捜索と保護。これはインターセプターの仕事。
グロウスと交戦することになってしまったチームの支援・救出。これはアヴァランチ。
無念にも救出できなかった隊員が入手してくれていた重要機材の回収。テスタメント。
ミラに残ると言って聞かないノポン族への事情確認及び説得。コンパニオンの仕事かな?
せめて一部の動植物のDNAだけでも採取してやりたい。この任務はコレペディアンの隊員と共同でやりました。
任務の合間を縫って、アルさんが体験した話についても改めて詳しく聞きました。

「――死んだと思ったあの瞬間、オレの目の前で何かが開いた。同時にやけに生々しい重力を感じて、オレの体はアレスとともにその開いた先へと吸い込まれていった。――そこは、無数に存在する平行世界のその間、狭間の世界と呼ぶにふさわしい場所だった」
そこは人知を越えた場所。そこはあらゆる宇宙に存在する全ての生物の意識にアクセスできる場所。
五感を伝って膨大な情報がアルさんの脳に流れ込んで来ようとしましたが、脳神経が焼かれる前に、アレスがその大半をシャットアウトしてくれました。アレスだけがその空間にある全ての情報の入力をあるがまま受け入れることができ、アルさんにとって必要な情報だけ選り分けて出力することもできました。
アレスはアルさんに、この世界に帰ってくるための道筋を教えてくれたんだそうです。地球があった宇宙はすでに失われていたというのに、ちゃんと白鯨が不時着したこの惑星ミラを見つけて、アルさんを連れてきてくれたんだそうです。

ただ、狭間の世界にはヴォイドもいました。
アレスのないヴォイドは狭間の世界から脱出することができずに、今まではグロウスに用意させた器――、ウィータをB.B.のように遠隔操作して、グロウスを遠くから支配していたようです。
ところがその世界にアルさんが来て、アレスの力で脱出路を見つけてしまったがために、ヴォイドまでこちらの世界に帰還してしまったのだと。
ヴォイドが現れたのってそのせいだったんですね。もっとも、どのみちいずれ消失現象は発生していたはずですし、地球消失の余波で一時通信が途絶していたウィータのコントロールもすぐに取り戻していたでしょうから、いずれにしろ――、といったところですが。

「“死”を知りたい」
ヴォイドは地球人とともにこの宇宙を脱出しようとせず、あえて生存競争を持ちかける理由について、そう語りました。
「君たちの強烈な動機は死への恐怖だ。それは生への渇望よりも強い。私はそれを知りたい。――消え去るということは、純粋な存在の否定。だが、君たちが言う“死”には様々な感情が付きまとう。それを知りたい」
ヴォイドは長いあいだ狭間の世界に閉じこめられていたといいます。
アレスのような調律装置もなく、膨大な情報の奔流に抗うこともできないまま身を任せていたはず。“死”なんていくらでも観測する機会がありそうなものですが・・・?
感覚がマヒしているんでしょうか? 遠くから観察するだけでは真の理解が得られないと結論したんでしょうか? それってつまり――、ヴォイドには“死”を理解するために必要な感受性が決定的に抜け落ちてしまっている、ということにならないでしょうか。
私たちを殺したところで、彼が求めている“死”への理解が進むとは思えません。
バカバカしい。付きあってられません。
ヴォイドは私たちが当たり前に知っている、死別による喪失感、我が身を引きちぎられるような強烈な悲しみを知りません。だからたったひとりでこの世界から脱出しようとしています。
やろうと思えばもっと大勢を連れて、ちゃんとグロウスも連れて、私たちと争うことすら必要とせずに、みんなで脱出できるはずなのに。そうすることの意味がそもそもわからないから、彼は自分ひとりの生だけを望むのでしょう。
「突然だけど――、自分を絶対に裏切らない人って誰だと思う?」
いつかニールさんが、論理的に考えてそれは自分自身なのだと言っていました。
私はあんまり納得できませんでしたが、“死”すらも理解できないヴォイドが自分“生”にだけ執着しているのは、それが当然の論理だからなんでしょうか?
“生”は自分事であり、だから誰にでも当然に理解できること。一方“死”は他人との関係性での問題であり、だから後天的にしか知ることができない。――そういうことなんでしょうか。
「いろんな種族が助けあえる――。ミラっていうのは暖かい場所だな。ラオの言ったとおりだ」

ところで、狭間の世界を脱出する途中、アルさんはラオさんにも会っていたんだそうです。
全宇宙全生物の意識につながる場所。そこはどうやら、死後の世界にすらつながっていたようで。
「弔うとか、報いを与えるとか、そんな上っ面の感情より深い絶望が俺を暴走させた。――わかっていたんだ。わかっちゃいたが、止めることはできなかった。・・・だが、あの子は。リンは。それが人間だと言ってくれた。『汚くて醜い』。『人間なんてそんなもんだ』と」
「優しい子だ。最後まで俺をわかろうとしてくれた。――やりきれないじゃないか。あんな子どもにそこまで言わせてしまうなんて。俺の絶望があの子まで辛くさせてしまったなんて」
ラオさん、そんなことをいっていたんだそうです。
「・・・私は優しくなんてありません。ラオさんをかばおうとしたことだって、結局自分が悲しいのがイヤなだけだったんです。理解なんてできていなかった。私は子どもっぽい、未熟な感情で動いているだけだったんです」
リンさん、あのあとずっと悩んでいましたもんね。セントラルライフでラオさんを死なせてしまったときの悲しみ、まだ整理できていなかったみたいで。

私はね、黒鋼の大陸でリンさんがラオさんをかばったあのとき、並んで立った私は、どちらかというとエルマさんをかばったつもりだったんですよ。
あの人に責任を負わせたくなかったから。地球人の命運を、おそらく地球人ではないあの人ひとりに背負わせるのは違うと思ったから。そうじゃなくて、私や、みんなで背負いたいと思ったから。だからエルマさんにラオさんを撃たせたくなかった。
だから、あのとき本当の意味でラオさんに優しくしてあげられたのって、やっぱりリンさんだけだったんです。
リンさんが優しかったからこそラオさんは救われた。リンさんに生きてもらうためだからこそ、ラオさんは自分の死に意味を持たせることができた。
身勝手で誰にも理解してもらえない復讐だけで終わらない、誰かを守り、誰かに悲しんでもらえる最後を迎えることができた。
私はそう思うんです。

「戻ったらリンに伝えてくれ。人は確かに醜い。生に固執し、他者をも踏みにじることがある。だが――、それを知った君ならば“その命は醜くなんてない”。生きてくれ、と」
アルさんが言うには、ラオさんは最後にそう言い残して、光になって消えていったんだそうです。
仏教の教えに“涅槃”という概念があります。
それは生でも死でもない状態。生きては苦しみ、ようやく死んでも、また新たに生まれてしまう。輪廻転生、止まることのない永遠の苦しみから抜け出し、完全な無になること。全てからの解放。それが涅槃です。
ラオさんはきっとその境地に達したんでしょうね。最後に思い残していたリンさんへの心配をアルさんに託すことで、全てを脱ぎ捨てて。
その遺言はラオさんからの祝福でした。
自分は生死の巡る円環から去っていったくせに、それでも、生きるっていいものだって、リンさんにだけは信じてもらいたくて。
ただのキレイゴト。根拠なんて何ひとつ示せない。だけど、そうあってほしいって祈るから。少なくとも自分はリンさんに救われたから。救ってくれたリンさんのこれからも、どうか、救われていてほしい――。

「アルさんの心は、アルさんを英雄と呼ぶみんなの心のなかにもあります。私の心も、私を知ってくれる全ての人の心のなかに存在しているはずです。だから、――だから、最後まで私のことを忘れないでいてくれたラオさんの心も、私のなかで生きつづけます」
私は――、このミラの大地で目が覚めるまで、いったいどういう人たちに生かされていたんでしょうか。何人の死を見届けてきたんでしょうか。
未だ何も思いだせません。きっともう思いだすことは二度とないのでしょう。
・・・でも、その割に“ミルストレア”の心は満たされています。
このミラで出会った全ての人、助けあえた仲間たち、救えた命、救えなかった命――。
ミラで経験したたくさんの想い出が、今、私の心を満たしてくれています。

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