ふらいんぐうぃっち第5話 日常を描く珍しい日常アニメ

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感性のアンテナを伸ばしていれば、だいたいどんなところにもドラマは見つかるものです。

 今回はセリフ数が少ない分、音楽での演出が光っていましたね。キャラクターの動作や心情に丁寧にリズムを乗せていく今回の作風は日常アニメの真骨頂。千夏がじっと観察すれば曲はそっと時間だけを刻み、チトが跳びはねれば曲もぱっとはじけ、真琴が困惑すれば曲もくるくる回る。知らずいつの間にか千夏や真琴に同調して、一緒にドキドキワクワクするひととき。
 思い返してみれば散歩ですらないただの通勤・通学ですら、道すがらひたすらしょうもないことを考えていたりするものです。花が咲いてた。小石を踏んづけた。走ってった車が赤かった。そんなどこにでもある題材からぼんやりと、どうでもいい物語を妄想してみたりして、そして直後忘れてしまう。私なんて、今朝は信号機の点滅を見つめながら結構面白い話を思いついてた気がするのですが、はて、あれはどんな物語だったのでしょう。もし考えたこと全部を余さず記録してくれる機械があれば、ひょっとして誰もが小説家になれるかもしれませんね。

 だいたいどんなところにもドラマはあります。気付かないだけ。ドラマとは出来事ではなく、人の心の動きなのですから。

千夏さんのであい

 「わかんない。けどきっとすごいとこ」 原作にはない千夏のお散歩。小学生にもなれば夢と現実を切り離すのが当たり前ですが、けれどそんなとき、日常の中にもホンモノの魔法があると示した真琴とチカはまるでピーターパン。空想の中にしかなかった世界が現実に降りてきて、さてどこまでが夢か、どこからが現実か、手触りを確かめに行きましょう。

 「魔法で木の中に封印された人?」 夢見がちな中にマンガかゲームのようなファンタジー成分の乗った、やや子どもっぽい感性。家に魔法つかいが住んでいるなら、当然ながら空想もファンタジー寄りに傾くわけです。

 トタン屋根にタイヤの乗った建物。雨漏り対策をするときなんか、ああやって波板を敷いて古タイヤで固定するわけですが、応急処置にみせかけて意外と何年もそのままだったりする家もあります。

 エサをひっくり返す犬。ナワバリを守るためなら仕方ないところもありますが、吠えることに一生懸命になりすぎて自分で皿をひっくり返してしまう犬もいますよね。そして飼い主に叱られる。

 桜。ひたっているところに毛虫が降ってくるのは本当にドッキリしますね。あれだけでも毛虫というものが嫌になります。穏やかな曲調の長い余韻を使って、視聴者まで驚かせる気マンマンな演出。木から下りてくるチトの足取りにリズムを合わせる演出もステキ。

 桜の花びらのおまじない。知らない人から不意に祝福を受けるという、どこにでもある非日常。こういうのって、たとえ恋愛には興味がなかったとしても、善意を向けられたこと自体に幸せを感じるものですよね。

 「ちかづくな」 ああいうの、絶対嬉しいですよね。事実としては偶然ですけど。憧れていたものの方から自分に働きかけてくれたっていう証明。サンタがプレゼントを持ってきたとか、節分に鬼がやってきたとか、アイドルに声援を送ったら手を振り返してくれたとか、そういう気持ち。それが善意か悪意かって以前に、遠い存在だと思っていた相手に興味を持ってもらえたということがなによりも嬉しい。自分も向こうの世界に溶け込んだような気分になります。・・・※ ただし思いあまって人に迷惑をかけてはいけません。

 水道に流れていく花びら。それは非日常の証で、幸せなことの象徴なのですが、あくまで今日というドラマの中のほんの1ピース。何気ない日常には一瞬一瞬にドラマが生まれて、そして消えていきます。ひとつの幸せが手を離れたとしても、きっとまたすぐに新しい幸せと巡り会うでしょう。だから何もかもを形に残さなくたって、なんとなーく、今日も楽しかったなあと思えたならそれだけでいいんじゃないかなと思うわけです。
 水道管に吸い込まれていくようにフェードアウトしていく音楽が、千夏の気持ちの切り替えとともにカットインで元に戻るのがなんとも日常の連続性をよく表していて、ここの演出もまたステキですね。

真琴さんのであい

 ピクルス。瓶詰めで自家発酵ってことはないでしょうから酢漬けタイプ。この場合の食べ頃は漬けはじめから1週間くらいです。弘前でまだ桜が咲いているってことは今は4月下旬、漬けたのが10月3日なら、もう7ヶ月近く漬けていることになりますね。殺菌や保管に気を遣っていればそうそう腐ることはありませんが、逆を言えば発酵することもないはず。なので漬け液以上に酸っぱくなることはないのですが・・・。津軽人って飯寿司や酢の物系の郷土料理をよく食べる割に、なんとなく酸味が苦手なイメージがあります。
 ところで真琴さん「お菓子ならつくれますよ」と言いながら、なかなかどうして、お菓子のみならず結構な蔵書のラインナップ。なぜかワインの本まで持っていますが魔法にでも使うのでしょうか。

 「全然似てませんよ」「4歳の頃ですか?」「私、こんな顔してました?」 このセリフ運びは種明かしとして秀逸ですね。たしか平田オリザだったでしょうか。どこかの劇作家が「公的すぎる関係でも私的すぎる関係でも物語は生まれない」 みたいなことを語っていましたが、ここでは親密な関係を活用して上手いこと情報を小出し小出しに回りくどく開示しています。さりげなくこういう技巧を見せてくれるから、ベテランの脚本さんの書くお話は好きです。

 犬に追いかけられる。真琴さん良く逃げ切りましたね。私も一度だけ犬に追いかけられたことがありまずが、自転車に乗っていたからようやく逃げ切れたってくらいです。歯を剥き出しにして吠えながら追いかけてくるので本気で命の危機を感じるんですよね、犬。

 花びらのシャワー。チトさんこれを認識してたってことは木の上から地面を見下ろしていたってことで、つまり追いかけていた千夏にも気付いていたってことですよね。・・・物語的にはだからどうしたってこともありませんが。
 あるいは毛虫落としのイタズラを楽しみにしていて、真琴が毛虫に気付きもしないからさっさと次に行ったか。

 毛虫。チャドクガかマイマイガか。北東北だとマイマイガの方が多いイメージ。どちらにせよ害虫で毒虫です。毒自体は大したことがないものの、刺されるたびにアナフィラキシーで症状がどんどん酷くなっていくという地獄。彼ら本当にちょくちょく木の上から落ちてきますし。
 弘前公園の桜の歴史は害虫との戦いの歴史でもあります。葉っぱを食い荒らされると翌年の花の付き方が悪くなるのですが、そこのところ弘前公園の桜は日本で一番管理が行き届いているんだとか。リンゴ畑のノリで徹底的に手を入れますからね、あそこのスタッフ。

 「このあたりは昔、農業ですごく栄えていたんだって」 青森県ではなぜリンゴ栽培が盛んなんだと思いますか? 単純な話、商品作物だからです。明治時代、まだ稲やその他の品種改良がそれほど進んでいなかった頃、青森県は貧困にあえいでいました。元々流刑地だったくらいですからね。そう簡単に農業が成立する土地柄ではなかったのですよ。お上から遠く離れては観光もままならず、岩手のように工業技術の蓄積があるわけでもなく、八方ふさがりでした。
 そこに西洋から、寒さに強くて高く売れるリンゴの苗が入ってきたのです。本州最北端ではなによりも貴重な商売の種です。もちろんみんな一斉にリンゴを植えはじめて、そこかしこに小金持ちの農家が誕生したわけですよ。
 中央アメリカのバナナ共和国みたいなものですね。政治的に乗っ取られこそしませんが、国内でのリンゴ人気が落ち着いたとたん、またみんな貧乏になっちゃって今に至ります。立派な建物が多い割に新しい家が少ないのはそういうことです。

 おばあさんの家。この家は風除室をつけていないのですね。だからなのか居間は玄関そばではなく奥にあるようです。地吹雪が吹き込むと寒いし、風が戸を叩いて騒々しいですしね。

 魔女のおまじない。こういう可愛いおばあさん好きです。私はお婆ちゃん子でした。
 好きな人がいないのに恋のおまじないに興味を持つなおの感性は、千夏のそれと連続していますね。別に叶えたい願いがあるから占いやおまじないに嵌まるわけじゃないんです。きっと、大抵の人は。日常の中に、ちょっとだけ非日常なことがあったらいいな、世界のどこかに魔法があったらいいな、なんて、不思議なことの存在そのものを願って、ちょっとだけ本気で興じるんですよ。きっと。

 タイムカプセル。そういえば埋めたなあ。掘りに行ってないなあ。・・・まあそもそも埋めたのヨソ様の土地なんですが。

 姉。何気にじわじわ家の中へ移動していますね。最後らへんは西日に追い立てられて一気に行った感じでしょうか。

イカメンチ

 わざわざ別に区切って語れるほどの知識もないのですが、他に言及しているところを見かけなかったので。

 今回倉本さんちの食卓に上がっていた謎の揚げ物はイカメンチだと思われます。ローカルフードってやつですね。ググってみたら最近は「弘前いがめんち」としてB級グルメで売り出そうとしているようですね。・・・ほら、こんなところでもいちいち訛りを絡ませようとする津軽弁愛。

 津軽海峡はスルメイカが良く捕れます。豊漁のときなんて、ご近所さんに1家庭あたり10杯20杯と大量にお裾分けして回ることもしばしば。(お返し? 農家は農家でリンゴの収穫期には20kg箱単位で配りますし)
 筒の部分はお刺身、イカ飯、飯寿司といくらでも使いどころがあるからいいとして、問題はゲソ。少量ならともかく10杯分20杯分も消費するアイデアはなかなかありません。その数少ないアイデアがイカメンチ。ちなみに弘前以外でも津軽全体で食べられている(はずの)ポピュラーな家庭料理です。

 大量のイカゲソをまな板の上で叩きます。叩いて叩いて叩きます。するとミンチ状になったゲソからハンバーグのような粘り気が出てきます。ハンバーグのノリで冷蔵庫の余り野菜や卵、小麦粉なんかの繋ぎを加えてさらに叩きます。メンドウだったらフードプロセッサでも可です。圧倒的に楽です。
 そしたら適当に掬ってフライパンで焼きます。ハンバーグのノリで。あるいは揚げます。メンチカツの要領で。(ただし衣はつけない) なんかモコモコしたすり身系の生地の中にコリコリした食感が散らばってる、イカメンチの完成です。醤油かなんかをつけて食べましょう。

 全体的に書き方が投げやりなのは、正直なところ私はそれほど好きではなかったからです。
 なにせ先ほど10杯20杯まとまった量をもらうって書いたじゃないですか。だからイカメンチって大抵一度に大量につくるのですよ。毎食食べさせられるのですよ。倉本さんちも朝昼2度出ていましたね。ああいうものなんです。
 ただまあ・・・やっぱりこういう郷土の味があるってことはやっぱりステキなことなんでしょうね。歳をとるごとにこの手の郷愁がジワジワ効いてきます。なんとなーく自分を好きでいられるための後ろ盾のひとつになってくれます。話の種にはなりますし、ついでに何かしらの思い出を蘇らせることもできます。・・・たまに食べてもやっぱり美味しいとは思わないのですが。

 けれど、そういうものです。

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