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魔法つかいプリキュア!第27話感想 自分でできることとひとりでできることの違い。

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みんなで一緒にいるためなら、できることは何でもやるの!

(主観的)あらすじ

 母親の許可を得て魔法学校へ遊びに来たみらいたち。魔法学校は夏祭りの準備の真っ盛り、夏休み中にも関わらずたくさんの生徒で賑わっています。はーちゃんの魔法はこちらでもやっぱり特別で、たちまち生徒たちの注目を集めてしまいますが、ジュンが「祭りの準備はどうしたんだい」の一言で散らしてくれました。食べ放題の学食や入道雲でできたベッド、みらいたちは魔法学校での夏休みを満喫します。
 一息ついた後、みらいはひとり懐かしの杖の木を訪れ、その場に居合わせた校長先生に自分の胸の内を打ち明けます。「私、決めたんです。ずっとずっとみんなと一緒にいるって」 そこに襲いかかるラブー。彼が張った闇の結界はリコとはーちゃんの合流を拒みますが、ふたりは力を合わせて結界を突破します。しかしプリキュアに変身しても新たな敵ドンヨクバールの力は強大。3人バラバラに戦っていては勝ち目がありません。マジカルとフェリーチェはひとり突出するミラクルをたしなめ、3人一緒に敵を撃退します。

 2度目のリスタート。ついに明らかになった敵の名はムホー(無法)。使役する怪物はドンヨクバール(貪欲)。そして親玉は“永劫の乾き”“終わりなき混沌”デウスマスト。ご大層な肩書きは要するに闇の魔法つかいたちの延長線上にあります。プリキュアたちの戦うべき敵は変わりません。変わるのはプリキュアたちの戦う理由、ただそれだけです。
 変わると予告されていたエンディングはカメラワークと背景美術が更新。新フォームじゃありませんでした。もともと「シロクマサイズへ」の振り付けがかわいらしくて好きだったのですが、新しい映像もこれまたかわいい。最後の「M・A・H・O! M・A・H・O!」が背中側を撮影していたのが個人的にはちょっとした衝撃でした。舞台では観客に背中を向けないのが鉄則と教わったことがあるもので。きっと円形劇場だとこういう後ろからでも映像映えする演出が必要になるのでしょうね。面白いです。

自由はステキといってもルールはありますお約束!

 「お母さんにはリコの故郷に遊びに行くって、ちゃーんと許可をもらったんで」 なんでわざわざそんなセリフを入れてくるのかと思いきや、なるほど、今度の敵は無法者でしたか。
 「手をつなぐ」ことの対極としてこれまで闇の魔法つかいたちが演じてきたのは、望むもの全てを独り占めにする欲張りの姿でした。彼らの困ったところは、リンクルストーン・エメラルド以外の何もかもに関心を払わず、それを手に入れるためなら誰かに迷惑をかけることも厭わないところにありました。おかげで特段エメラルドには執着していないはずのプリキュアから反発を食い、壊滅するに至りました。
 つまりはそもそも彼らもまた無法者だったわけです。プリキュアが否定したのはエメラルドを求めるという欲望ではなく、そのために街を壊したりはーちゃんをさらったりする彼らの迷惑さでした。今度の敵は屋号をムホーとするあたり、これまで以上に迷惑っぷりに拍車がかかるものだと思われますが、基本的なスタンスはそれほど大きく変わるものでもありません。

 欲しがること自体は特に悪いことではありません。いえまあ闇の魔法つかいたちはエメラルドを使って世界中の力を奪い尽くすという大迷惑を目論んでいたので結局ダメなのですが。けれどそこで履き違えてはいけません。他人に迷惑をかけなければ、エメラルドを所有すること自体は決して悪いことではありません。
 「その光はリンクルストーン・エメラルドだということまではわかっていたが・・・」 その表情を見て校長先生が悩んでいることに気付けるみらいは聡い子です。よくわからないけど世界に関わる大きな使命感を背負っている校長先生が、エメラルドのことで何か物思いに耽っている。それはもしかすると自分たちがワガママを言ったせいかもしれない。きっと彼女はそう考えたのでしょう。だからひとりで杖の木のもとへ出向きました。
 校長先生を見つけたみらいは改めて感謝の言葉を口にします。「ずっと探していたのに、エメラルドをはーちゃんと私たちに・・・」 自分たちのために校長先生がそういう遠慮をしてくれたんだという、若干の心苦しさを添えて。はーちゃんと再会したばかりの頃には思い至らなかった相手の都合に、いつの間にか彼女は気付けるようになっていました。はーちゃんの母親役を通してものの見方がまた少し変わったのでしょうか。とても心優しい気付きです。閉じた3人の輪から外へ手を伸ばすための大切な若葉です。けれど同時に、その発想はまだまだ幼くもありますね。

 実のところ、校長先生の悩みは別のところにありました。「蓄えておった魔法の力を使い果たしたわしに、もはやできることは・・・」 それは己の無力さです。確かにエメラルドの力があれば、また少し違った現在もあったかもしれません。教育者であり英雄気質でもある校長先生にとって、みらいたち生徒の協力を求めることは心苦しいことでもあるでしょう。けれど、彼にエメラルドを譲ったことを後悔している様子はありません。
 彼には自分のものにならなかったものに思いを馳せている暇なんてありません。たぶん大人ってそういうものです。現実が厳しければ厳しいほどに、私たちは自分にできることだけで現実と戦わなければいけないのですから。起こりえなかった空想に逃避している暇なんてありません。

 みらいが思うほど大人は昔に名残を落としません。ましてそれが子どもたちへのギフトとなるのであればなおさら。言ってしまえば気に病みすぎです。ひとりで勝手に思い詰めた魔法つかいの成れの果てを、彼女は見てきたというのに。

ワガママはオシャレじゃないね

 校長先生の悩みが別のところにあると気付かないまま、みらいは続けて自分の決意を語ります。「私、決めたんです。ずーっとずーっとみんなと一緒にいるって。悲しいお別れはもうしたくないんです。みんなでたくさんたくさん笑顔でいようって」
 将来の夢がないと言っていた彼女が夢を語る姿は、想像していたよりも感慨深いものですね。大好きな今を元に夢を描いたのはとても彼女らしくあります。みらいはみらいのまま、リコやはーちゃん、周りの大人たちの影響を受けて、少しずつ見方を変えて、ついにここまで来ました。本当に大きく成長したものです。

 けれど惜しむらくは、その決意に少々の自責の念が混じってしまっているところ。校長先生の大切なものをワガママで奪ってしまったのだから、せめてそれに見合うような強い願いを持っていなければいけないという、ちょっとした気負いが感じられます。別にそんなの必要ないのに。
 「だから校長先生、大丈夫です!」 いったい何を指して「大丈夫」なのか、彼女は説明できるのでしょうか。

 プリキュアの敵役としてこれ以上なく空気を読んだラブーは、みらいの決意の脆弱なところに的確につけ込み、彼女を校長先生とともに孤立させます。
 みらいの決意には問題があります。独りよがりなところです。「みんな」と言いながら、決めたのは「彼女個人」の気持ちだけ。もちろんリコやはーちゃんにも言えば一定の同意をもらえるでしょうが、しかし彼女は今そのことを念頭に置いていません。あくまで「自分は」一緒にいたいという夢を語っているだけです。そんな素朴な願いに対して必要以上に気負ってしまったとき、かつて何が起きたでしょうか。
 やらかしたひとりは隣にいる校長先生。彼は自ら災いと化した友人を止めるため、プリキュアの力も借りず、たったひとりで戦いました。結果、大いなる災いへの対抗手段として蓄えていた魔力を全て消耗したあげく、肝心の戦いにも敗れてしまいます。
 もうひとりやらかしたのは彼の友人クシィ。世界規模の災いへの対策をたったふたりで用意しようとしていた時点で気負いすぎにも程があるのですが、あげく彼は相棒の手を振り払ってたったひとりで闇の魔法に手を出してしまいました。
 みらいの決意は彼らに比べたら小規模ですが、しかしよく似ています。「みんな」のことをひとりの気持ちでどうにかしようだなんて、そんなのできるわけがないじゃないですか。「世界」だろうと「みんな」だろうと、それは果たしてあなたの2本の手だけで支えきれるものなのですか?
 せっかくリコとはーちゃんが助けに来てくれたというのに、彼女はわざわざたったひとりでミサイルの群れに突撃します。バリアを張るとかそういう勝算もなしに。「みんなで一緒にいるためなら、できることは何でもやるの! 私にできることを!」 それは「できること」とはいいません。ただの無謀、自滅です。

宿題もスポーツも自分の力で!

 魔法つかいプリキュア!は「できること」がたったひとりの力を行使するという意味になる物語だったでしょうか? この物語のテーマは「手をつなぐ」こと。彼女たちは5年ぶりとなる単独変身ができないプリキュアです。
 強大なエメラルドの力を持ってしても、はーちゃんはラブーの張った結界を破ることができませんでした。彼女は迷うことなくリコに手を伸ばします。だってこの子、前回ひとりで家を出て行って何もできないままヤモーに捕まってましたしね。
 単独変身できるエメラルドですらひとりで戦うことを許してはくれません。けれどふたりの力でなら、より強くなったエメラルドの輝きは闇の結界に打ち勝つことができるのです。

 ひとりで突撃したミラクルの無謀をマジカルとフェリーチェがたしなめます。「ひとりで無理しないの!」「みんなで一緒に、ですよね」
 彼女たちにはそれぞれ誰にもマネできない優れた力があります。互いに憧れあい、それぞれに高めあってきました。けれどそれはみんなで一緒に手をつないで初めて発揮できるもの。「自分の力」、それがたったひとりの力だなんて誰が決めましたか。もしたったひとりの力が尊いというのなら、エメラルドの力を取り込み、世界中の力を奪って肥大したドクロクシー以上に素晴らしいものはないでしょう。けれど実際はプリキュアがドクロクシーに打ち勝ったのです。ふたりで手をつないで。
 さあ、もう一度手をつなぎましょう。

 そんなプリキュアたちの戦いはひとりの悩みを解決します。ひとりぼっちの英雄譚を演じ、そして無様に力を失った校長先生。無力感に苛まれていた彼を救ったのはキュアミラクルの言葉でした。
 「できることは何でもやるの!」 今や懐かしい補習授業最初の課題は何だったでしょうか。紙でできたちょうちょ探し。アイザック先生はこれを「行動力を鍛える授業」と言っていました。まずは踏み出す一歩から。それこそが魔法を使うための初歩中の初歩。そんな当たり前のことを今さら生徒から教わるだなんて、いやはや、大人ってのは恥ずかしい生き物ですね。耳が痛い。
 たとえ人並みの力しかなくたって、あなたにしかできないことがきっといつだってあなたの目の前にあります。大切なのはそれを見つけ、行動すること。バリア1回で尽き果てる魔法の力だって、自分ひとりでなんでもやろうと思わなければ役に立てる場面があるのです。

 ひとりで「みんな」や「世界」を救える英雄なんてどこにもいませんし、必要ありません。この世界に生きているのはあなただけではないからです。
 ハピネスチャージプリキュア!の愛乃めぐみが行き詰まったのは彼女自身の英雄志向のせいでした。たったひとりで世界を救い、そのために自己犠牲を尽くして彼女が得たものはひとりぼっちの世界でした。そばにいる友達、近くにある小さな幸せ、そういったものを見つけてはじめて彼女の望む世界は救われます。
 誰にだって「みんな」や「世界」を救える力は備わっています。ひとりで行使できないだけで、そういう自分だけの力は誰にでもどこにでもあります。だから手をつなぎましょう。奇跡の魔法はきっとあなたを強くします。

 「平気よ。もしかいつか離ればなれ、なる日が来ても。輝いてる、つながってる、心はいつも」
 いつか、どんな形であれ、奇跡の魔法が「悲しいお別れはもうしたくない」というみらいの恐れを取り除く強さを、彼女の元へと導きますように。

今週の魔法文字

校長先生の本:「VODAM」「JINSEI」
 前者はMのスペルが鏡文字になっていることもあって意味不明。後者は「人生」。校長先生悩みすぎです。

次回予告でリコが読んでいる本:「JTHUKUSIKU HUSHIGINA SYOKUBUTU」
 「-不思議な植物」 上段はどこかでスペルミスをしているんだと思いますが、どう読むべきかわかりませんね。魔法界の固有名詞だったりして。

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