てきとーにキュアップ・ラパパ!について考察してみる。

仲間とみんなで唱えよう、ほほえみになる魔法。

魔法つかいプリキュア! 魔法のレインボーキャリッジ&プレシャスブレス

 せっかくオルーバさんが伏線を張ってくれたのですから、いつものごとく当たらない考察記事を書いてみましょう。
 そういえば東映アニメーションの方の公式サイトにもようやくムホーの面々の紹介ページがつくられましたね。組織名は「終わりなき混沌デウスマスト」。長い長い。あんまりしっくり来ないのでこのブログでは今後もムホーと呼び続けます。・・・ムホーも公式表記はムホウらしいんですよね。どっちにしようかな。

魔法の言葉のルーツ

 「どうやらリンクルストーンとかいうもんが重要らしいですぜ。ほら、プリキュアになるときも使ってるじゃないですか」「・・・12の輝き、それにキュアップ・ラパパ。ラパパか」
 オルーバが着目するのと裏腹、そもそものチクルンの報告には「キュアップ・ラパパ」についての内容が含まれていません。そりゃあそうです。魔法界の魔法つかいはみんなこの言葉を唱えているのですから。チクルンはどうやら魔法界出身らしいので今さら気にするはずがありません。
 ではどうしてオルーバは「キュアップ・ラパパ」が気になるのでしょうか。

 「彼女たちの力、アレと関係がある。そう僕は考えている。そう、かつて僕らを地上に封じ込めた・・・まだこの世界に存在しているのなら、ちゃんとお礼をしないとね」
 「キュアップ・ラパパ」が問題になる理由として、オルーバはムホーを封印した存在について取り上げます。その詳細についてはまだ語られませんが。
 とすると、彼らを封印した何者かは「キュアップ・ラパパ」の創始者でしょうか。ただの思いつきですけどね。大昔の魔法つかいはもっと違う魔法の言葉を唱えていたのかもしれません。とある何者かが「キュアップ・ラパパ」によってムホーを封じる偉業を成したから、みんなそれに倣って「キュアップ・ラパパ」と唱えるようになった。そんな感じかもしれませんね。

 先ほど「魔法界の魔法つかいはみんなこの言葉を唱えている」と書きましたが、実はわずかながら例外がいました。闇の魔法つかいたち。「オボエテーロ」「イードウ」 彼らだけはどういうわけか「キュアップ・ラパパ」ではなく、いくつかの別の言葉を使い分けていました。
 闇の魔法はクシィが復活させた「禁じられた魔法」でしたからね。ルーツが違うのでしょう。
 あるいは魔法の言葉が「キュアップ・ラパパ」に統合される過程でつまはじきにされたと考えてもいいかもしれません。闇の魔法つかいたちが唱える言葉だけ複数あるのは、「キュアップ・ラパパ」以前は魔法の種類ごとに違う言葉を唱えるのが普通だったから。かも。

 今の魔法界には争いごとに使うための魔法が存在しないそうです。かつて魔法界ではそういう危険な魔法を禁じる運動があったのかもしれませんね。たぶん、それもムホーがらみ。
 闇の魔法の言葉が「キュアップ・ラパパ」じゃないのなら、禁じられたのは「キュアップ・ラパパ」以前か同時期です。そして闇の魔法はムホーを真似て成立したものですから、時期は相当に絞られます。というかたぶん同時並行で行われたのでしょうね、「キュアップ・ラパパ」への統合と、闇の魔法の排斥。
 「その頃、人魚は海の中だけじゃなく空も泳いでいたんだって。そうして人魚が外に出て、他のいろんな種族と交流してたって」 人魚たちはどうして海の中に引きこもるようになったんでしょうね。
 「はるか昔、この街が深い闇に覆われたときのことじゃ。光を失い、街は荒れ果て、人々が輝きを失いかけた。そのとき突然炎が吹き出した! 炎は人々の心に希望とそして情熱をもたらしたのじゃ。闇は消え、街は再び活気を取り戻したそうな」 デウスマストの闇が蔓延していた大昔ならわかります。魔法商店街の伝説にあるように、地上はどうもひどい有様だったようですから。とはいえその脅威はとっくになくなっていますし、人魚たちもそれを知っています。少数ながらロレッタ先生のように外の世界とのパイプを持つ人魚もいるわけですからね。
 ですがプリキュアが人魚たちの心に光をもたらすまで、どういうわけか彼女たちは外の世界を恐れつづけていました。ほんと、何があったのでしょう。どうして光を取り戻した直接のきっかけがみらいとリコの「ふたりなら恐くない!」だったんでしょうね。

キュアー・アップ→キュアップ・ラパパ

 「キュアップ・ラパパ」以外の魔法の言葉といえば、あと3人だけ使い手がいましたね。「フルフルリンクル」のキュアミラクルとキュアマジカル、それから「キュアー・アップ」のキュアフェリーチェ。
 「フルフルリンクル」の方はとりあえず脇に寄せておきましょうか。プリキュア・エクストリーム・レインボーの方でも使われていますから、プリキュアないしはリンクルストーンに関係する特別な言葉だと思われます。魔法界に普及している「キュアップ・ラパパ」とは別系統でしょう。
 気になるのは「キュアー・アップ」の方です。

 前期エンディングテーマのタイトル表記を当てはめるなら、「キュアップ・ラパパ」の綴りは「CURE UP RA PA PA」となります。そのまんま「キュアー・アップ」。ふたつは明らかに繋がりがある言葉です。
 おそらく「キュアー・アップ」は「キュアップ・ラパパ」の前身となる言葉なのではないでしょうか。オルーバの興味の向け方は少々特殊です。「キュアップ・ラパパ」でひとつの言葉なのに、彼は「キュアップ」の方には興味を示しません。
 前回の侵略で「キュアー・アップ」の使い手は問題なく倒せていたとか、そういうことかもしれませんね。ムホー以外の力に興味がないラブーは「お前の力だけはなんか違うものを感じるなあ」なんてぼんやりしたことしか言いませんでしたが。
 「キュアー・アップ」には勝てていたのに、よく似た「キュアップ・ラパパ」には何故か封印されてしまった。そういう記憶がオルーバには残っているのかもしれません。

 「キュアー・アップ」は「あまねく生命に祝福を」のキュアフェリーチェ、はーちゃんが使う魔法です。彼女の魔法はみんなを幸せにするためにあります。幼い頃に「幸せを運ぶ妖精」だなんて噂されていましたが、その性質は大きくなった今でも変わりません。海でのハチャメチャをみらいとリコが許したのは、はーちゃんが何のために魔法を使っていたかをふたりが理解していたからでしたね。
 プリキュア・エメラルド・リンカネーションの演出がそうであるように、彼女は種をまく人です。祝福という種をそこら中にばらまいて、あまねく生命のなかに幸せを芽吹かせる存在です。「cure up」はそういう使い手が唱える魔法の言葉です。
 たぶん、それではムホーには勝てないでしょうね。プリキュア伝統の論理として。その活動には自分の幸せという観点が抜け落ちています。他人を祝福するばかりで自分の幸福を鑑みていません。宝石を剥ぐばかりの幸せの王子です。
 幸せな気持ちが人を強くしてくれるのがプリキュアという物語です。他人の幸せばかりを求める良い子が自身を直接攻撃されると脆いのは、ハピネスチャージプリキュア!のめぐみと誠司を見ればわかるとおり。

 じゃあはーちゃんも脆いのかというと、今のところ案外そうでもなくて、それはどうしてだろうねというのが彼女の歩む物語の終着点になるんだと思います。
 かつて闇と絶望に覆われたこの世界で、どこかの誰かが「キュアー・アップ」「ラパパ」を付け足しました。特別な意味は持たず、なんとなく楽しそうな響きというだけで、なんとなくあっちこっちで使われる言葉、「ラパパ」。どうせ他人を幸せにするなら、ついでに自分も幸せになっちゃおう。そんな気概を感じます。

手と手を繋ぐ、奇跡の魔法

 このブログで魔法つかいプリキュア!を語るとどうしてもここに収束してしまいます。
 他人も自分も幸せにしてしまう。他人も自分も一緒に強くしてしまう。私たちはそんな奇跡の魔法をこれまで37週間応援し続けてきました。
 「ふたりの奇跡」「ふたりの魔法」 ただ手を繋ぐだけで自分も相手もプリキュアになれちゃうし、日常のたくさんの悩みも乗り越えちゃう。一方的に祝福をばらまくのではなくて、ふたりが対等に、ふたりで一緒に、お互い祝福しあうことで、お互い幸せになるとっておきの方法。手を繋ぎましょう。

 そして今、ふたりが手を繋ぐところから始まった物語は、精霊の試練によって閉じた輪の外へと飛び出そうとしています。
 「巡り会う奇跡」「繋がる魔法」「育まれし幸福」 ふたりで繋いだ手は、今度はみんなと一緒に。みんなが対等に、みんなで一緒に、みんなで祝福しあうことで、みんなが幸せになるとっておきの方法。・・・そっか、だからみんなの魔法の言葉が「キュアップ・ラパパ」で統一されていないといけないんだ。(←書いてて今気付いた)
 ふたつのダイヤよりも、伝説のエメラルドよりも、新しいアレキサンドライトよりも、12と1個のリンクルストーンみんなで力を合わせた方が強いに決まってる。手を繋ぎましょう。みんなで手を繋ぎあいましょう。そうしたら絶対に、ムホーなんか恐くない。「キュアップ・ラパパ! 怪物よ、あっちに行きなさい!」

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