超人女子戦士ガリベンガーV 第19話感想 いつか文化にもなりましょう。

生徒役:電脳少女シロ、田中ヒメ、鈴木ヒナ

ねえな! ・・・いや、もしかしたらあったかもしれない。もう「ねえな」って言おうと決めてたから。

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→ TVerアーカイブ配信(放送後1週間限定)

→ 未公開シーンが投稿されているYouTube公式チャンネル

出演バーチャルYouTuber

電脳少女シロ → YouTube公式チャンネル

「コトウゲ教官の奥様になられるかたでしょうか。よろしくお願いします。娘です」
 最近ボケ倒してばかりだったような気もしますが、実は相当な読書家&勉強家なもうすぐ2歳児。過去放送分の録画を残している人は改めて彼女の発言を観かえしてみましょう。突拍子もない大喜利に見せかけて、実は微妙に正答にニアピンさせてある回答がチラホラあります。そして先生に勘づかれると照れる。
 やたらと語録が豊富、そしてやたらと逸話も豊富。というのも彼女は多趣味・多芸なうえ、やたらと柔軟な発想力も持ちあわせ、ついでに傍若無人な性格なため、自由にさせると大抵常人に理解できない奇矯な言動をしはじめるからです。彼女の動画を見てなんともいえない気持ちになったときは「シロちゃんの動画は為になるなあ」と、とりあえず納得しましょう。彼女はあなたが為になることを望んでいます。
 まるでアブない人のようですが、そして実際アブない人なのは確かなのですが、こう見えて彼女は共演者をよく見ています。聡明です。共演者の対応力を推し測り、ギリギリ捌ききれる程度のムチャ振りを仕掛けるのです。おかげでいつのまにか人脈の輪がずんどこ広がってきました。タチが悪いったらありゃしない。

田中ヒメ → YouTube公式チャンネル

「今日は覚えたことをお友だちに教えてあげようと思って、おうちでまたさらに復習して勉強しようと思います! よろしくお願いします! イェイイェイイェーイ!」
 ゲラ笑い姦しいコンビの赤いほう。あるいは相方にイジられて笑うほう。とにかく何をやらせても騒がしいキャラクターで、どこにいても独特の存在感を放ちます。今どきコマネチをこよなく愛する骨董品級のギャグセンスの持ち主。でも本人がやたら楽しそうに笑うので面白いギャグのような気がしちゃう。
 ソロではなくユニットとして活動するバーチャルYouTuberとしてはおそらく最も早い時期から活動していたコンビです。2人いる強みを最大限に生かし、ゲームで共闘したり、お互いクイズを出しあったり、カッコよくデュオ曲を歌ったり踊ったりしています。ただし田中ヒメがあまりゲーム慣れしていないので、対戦ゲームがなかなか成立しないのはご愛嬌。それはそれで美味しい。
 本人がまず女児ですが、彼女自身も女児をこよなく愛する人物なので、ファンと一緒に女児女児帝国を建国しては嬉しそうに君臨しています。女児はもれなく近う寄れ! 女児じゃないなら今すぐ女児になって来来来ー!

鈴木ヒナ → YouTube公式チャンネル

「刀とかある時代だから――あ、ピンポーン! 大将の首を獲ってくとか」
 ゲラ笑い姦しいコンビの青いほう。あるいは相方をイジって笑うほう。見た目おっとりしたキャラのように見えますが、ところがどっこいクレイジー。常識と良識をかなぐり捨てた言動で田中ヒメを振りまわしては、悪意を微塵も感じさせない天然の笑顔でやたら楽しそうに笑っています。
 どこぞの『天空の城ラピュタ』のごとくある日突然空から降ってきましたが、その設定に特に大きな意味はありません。田中ヒメも含め、年齢を聞かれて「女児」と答える程度にふんわりした設定しか持っていないコンビです。実は2人で同じ家に住んでいるのですが、この設定すらトイレの順番を争うときくらいしか意識する機会がありません。おかげでどの動画から観てもとっつきやすい。
 ホラーに強く、辛いものにも強く、ゲームやアニメの知識も豊かで、ついでに都合の悪いことは聞こえなくなる便利な耳の持ち主。おおよそ隙というものが存在しないので普段は一方的に田中ヒメをイジリたおしていますが、実はコンビのリーダーシップを握っているのは向こう側。こういう外部番組に出演するときはよく相方を頼っています。なんだかんだでバランスのよいコンビです。

授業構成おさらい(+ 補足事項)

超難問:遊郭の謎を解明せよ!

 ヤスハラ先生は江戸文化の研究家です。「立教大学兼任講師」という肩書きで紹介されていましたが、これは特定の大学に所属せず、複数の大学で講義を持っているという意味のようですね。教授業よりも執筆業のほうを生業にしているようです。
 先生が風俗ではなく文化の研究者なので、遊郭の授業といっても下世話な話題が上がることはほとんどありませんでした。今回の授業では遊郭独特のならわしなど文化的側面を中心に語られました。
 大前提として、人と金とが集まるところならどこでも独自の文化が根付くものです。文化というものが生まれるには多くの人の多種多様な発想を束ねることが必要で、そして文化として定着するにはそれを生業にできるだけの経済活動が必要になるからです。明け透けにいうなら売春宿でしかない遊郭もだからこそ例外ではなかったわけで、そしてその要素はバーチャルYouTuberにとっても同じこと。この番組のようにいろんな方面に活躍の場を広げ、バーチャルYouTuberの事業で生計を立てられる人たちがどんどん増えてくれるといいですね。

トピック1:そもそも遊郭って何?

 「ハレンチなところ」
 「『お代官様ー』『そちもワルよのう』って言って、なんか金のものを渡す」
 「テーマパークだと思っていて、――食べて飲んで、もう、欲望のかぎりを尽くす!」
 遊郭と聞くと時代劇やらマンガやらで描かれるいろんなイメージが思い浮かぶでしょうが、そういう多様な需要が集まるところに生まれるものこそが今回の授業の主題。上でも書きましたが、文化というものは人と金とが集まるところに根付くんです。

 ヤスハラ先生は江戸時代には娯楽が芝居と遊郭しか許されていなかったと言っていましたが、もちろんこれはおおっぴらに語ることのできる有力な娯楽施設がこの2種類だったという意味です。賭博場だとか、遊郭以外の無届けの売春宿だとかも当然ありました。ただ、それらはちゃんとした文化として残らなかったというだけです。こういうとき政府公認であることはやっぱり強い。
 ちなみに“国立”といっても幕府は遊郭の設立を承認し、吉原などの土地を提供しただけです。当然のことながらそれぞれの宿の経営は民間ですし、遊郭内の風紀取り締まりも自治によって行われていました。

 遊郭は一晩の遊興を敷地内だけで完結させる娯楽場なので、単純に売春だけを提供する場というわけではありませんでした。遊女の寝室に入る前には芸者を交えた酒宴を楽しみますし、ヤることヤったあとも遊女と過ごす時間を楽しみます。
 遊女と芸者は明確に区別され、(表向きは)芸者が身体を売ることはありませんでした。また、遊女にも擬似的な伴侶として教養や手習が求められていたため、特に高級娼婦である太夫などは高嶺の花として一種のカリスマ性、アイドル性を備えていました。

トピック2:遊郭の入口で売られていたものは?

 電脳少女シロの言った「マップ」が正解。より正確にはガイドブックですね。テーマパークのイメージで考えると違和感なく納得できると思います。みんなとりあえず買ってくよね、アレ。そういえば現代の風俗街にも無料案内所なるものがあるそうな。
 なお、さすがにディズニーランドのようなポップコーンやミッキーカチューシャは売っていなかったようです。

 このガイドブックを「吉原細見」といい、おおむね年2回くらいのペースで定期刊行されていました。なんと160年ものあいだ売られつづけていたそうな。
 吉原細見にはそれぞれの宿の位置や遊女の名前、それからランク付けも記載されていました。ランクは大事ですね。なにせ最高級の遊女だと一晩何十万、何百万円の世界ですし。(そもそも一見さんがふらっと相手してもらえるようなものでもないですが)

トピック3:なぜ遊女は独特な言葉遣いだった?

 「共通言語を新たにつくって出身地をわからなくした」
 これも電脳少女シロが正解。

 ヤスハラ先生は「せっかくの夢の国が醒めちゃう」と、ぼかした言いかたをしていましたが、このあたりは突っ込んでいくと少々暗い話になります。
 当然のことながら、好き好んで自分の身体を売りたがる女性はまずいません。ほとんどの遊女は農村から売られてきた子どもたちです。何年か見習いとして他の遊女の身の回りの世話をしながら育てられ、ふさわしい年齢になったときに遊女としてデビューすることになります。自分が買われたときの代金やこれまでの養育費を借金として抱え、それらを返しおわるまで身体を売って働きつづけます。
 当時、誘拐された者を使役するのは非合法でしたが、親に売られた子を買うことは見逃されていました。吉原遊郭の建設を幕府に陳情した人物もこのラインを守ることを条件のひとつとして公認を受けています。
 悲しい話ではありますが、仕方ない側面もあります。どうせ農村に留まっていても貧しく充分な食事を得られず、家族ともども餓死していたかもしれないんですから。

 「方言かわいいけどね」
 現代の感覚でこそこうなりますが、当時の状況を考えると方言そのままでは少々生臭く感じられてしまったかもしれませんね。
 また、先ほどヤスハラ先生の言っていたことも間違いなく事実で、そもそも江戸の男性たちは吉原の遊女に都会の洗練された女性像を求めてもいました。次のトピックに関連する内容です。

トピック4:遊女が愛を誓うため渡したものは?

 さて、このトピックが今回の授業の核心です。
 どうして吉原遊郭がこれほどの盛況を博したのか。そして、特異な文化は何のために生まれたのか。
 その答えをヤスハラ先生は“擬似結婚”という言葉で表現します。

 江戸幕府が成立する以前、関東地方は有り体にいって田舎でした。京都や大阪のような巨大都市を擁してはいませんでした。従って、江戸幕府はこの地域から日本全土を治める役目を果たすために、早急に都市機能を整備しなければなりませんでした。
 要するに大規模な公共事業です。道や橋や、もちろん住宅、流通拠点、政府庁舎。ありとあらゆる施設が急ピッチで建てられました。当然地元の人足だけでは足りないので、必要な労働力は周辺の農村からかき集められました。ちょうど今東京オリンピックのために全国の技術者が東京に集まっているのと同じ感じで。
 そして言うまでもなく、そうして集められた労働力は全て男性でした。

 ピーク時には江戸の住民の男女比は2:1という極端な比率になっていたといいます。当然、伴侶との出会いに難儀する男性たちが多数現れます。恋愛という行為に自体に希少価値が、需要が生まれはじめます。
 だからでした。遊女が得意客の心を引き留めるには、彼らの恋愛への飢餓感を刺激してやるのがてきめんに効果的だったんです。
 遊女には豊かな教養と高度な手習いが期待されました。客にとって遊女が単なる性欲発散対象ではなく、生涯の伴侶(という夢を見せてくれる偶像)だったからです。さらに、血文字で書いた起請文。女の命である髪を贈る行為。生涯を共にする心中立ての約束。それら全て、客に擬似的な婚姻生活を楽しませ満足させるために考案されたパフォーマンスだったのでした。
 (あくまでパフォーマンスでしかないからこそフェイクでごまかすことも常態化されていたわけです)

トピックex:先生に聞いてみよう!

 高級な遊女の客になるには最低3回の顔見せが必要でした。1回目2回目は酒宴の席に同席するだけで、会話すらほとんどできません。3回目でやっと寝室に通され、しかもそのときですら本当にセックスできるかどうかは遊女次第だったようです。
 まあ、初めて出会ったその場で結婚する人なんていませんからね。建前でも段取りというものがあったほうがいいと考えられたわけです。
 ただしこれには遊女のほうにも打算があって、酒宴の席での羽振りのよさから客の経済力を見定める役にも立っていました。

 浮気すると罰を受けるというのも遊女の都合。なにせ借金を抱えて働いているわけですから、同業者に得意客を奪われるというのは死活問題でした。
 授業で紹介された半分坊主にされる(正確にはマゲを落とされる)という罰の他にも、女装させられるとか、シンプルに慰謝料を求められたりとか、遊女ごとに様々なパターンがあったようです。
 このあたりの慣習(というか感情問題)は現代のクラブなんかに今でも一部残っているらしいですね。私は行ったことがないので今回調べるまで知りませんでしたが、基本的に指名をコロコロ変えるのはあまり良く思われないようですよ。ねえ、土曜日お昼の神楽すずさん。

 なお、勝手といえば勝手なもので、本来は客の擬似恋愛の需要を満たすために生まれた吉原遊郭の各種慣習でしたが、洗練されるほどに(格式張るほどに)次第に客から面倒くさがられるようになりました。むしろサクッと出会ったその場でセックスさせてもらえる安い遊女に人気が移っていくんですね。
 時代が変われば需要も変わり、需要が変われば慣習も変わり。文化というものは本当に集まった人と金の動き次第で日々刻々と変化しつづけるものです。

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