スタートゥインクルプリキュア 第24話感想 虹の足を探して。-“楽しい”の色-

何もない? そんなことないじゃん! 最高にキラやばー! だよ!

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→ TVerアーカイブ配信(放送後1週間限定)

(主観的)あらすじ

 暑い地球から涼しい星へ。ひかるたちの今日の冒険はアイスノー星が舞台です。この星は年中雪と氷に覆われていて、何もない、ちょっとつまらないところだそうです。この星に住むユキオがそう評します。
 ユキオには気になる女の子がいました。笑わない美人のイルマ。ユキオはなんとかして彼女の笑顔を見てみたいのですが、この星ではそれは叶わないと残念に思っていたのでした。

 けれど、ひかるたちからすればここは遊びがいたくさんの面白い星でした。かきごおりにスケート、スノーボード、雪合戦。つららを使えばコンサートだってできちゃいます。これならイルマも笑ってくれそう。
 さっそくイルマを呼んでコンサートをすることにしました。演奏者はピアノが得意なまどか。けれど、その演奏はキレイだけどなんだか退屈で、イルマどころかひかるたちまでムッツリした顔になってしまいます。

 まどかは以前からずっと悩んでいました。たしかにまどかのピアノは上手で、コンクールでも優勝できるほどです。けれど聞いている人たちはいつもムッツリ顔。誰かを楽しませることができません。本当は自分なんかよりもっとみんなを笑顔にしてあげられる子だっているのに・・・。
 宇宙アイドルとしてたくさんの人を楽しませているユニに、何かコツがあるのか聞いてみました。けれど彼女は答えるのにちょっと思案した様子を見せたので、もしかしたら何か言いにくいことがあるのかもしれないと思ったまどかは、自分からその質問を取り消してしまうのでした。

 退屈な氷の演奏会。
 その最中、ふとユニが歌いはじめました。そして彼女は歌に合わせて伴奏してみてとまどかに促します。
 わけがわからないままつららを叩いてみるまどか。最初は相変わらずつまらない演奏でした。だけど、ユニの歌声に釣られてひかるたちが手拍子を取りはじめたとき、はっと気付くのです。
 楽しい。
 なんだか楽しくなってきて、笑顔で演奏を続けていると、ひかるたちもますます楽しそうに盛り上がっていきます。まどかの演奏でみんなが笑顔になっています。これまでの自分の演奏に何が足りなかったのか、まどかはやっとわかったのでした。

 楽しい演奏会の途中、なぜかイルマが急に会場から飛び出していきました。
 後を追って(ついでにノットレイダーをやっつけて)話を聞いてみると、実は笑ってしまいそうになったから抜け出してきたんだと言います。
 イルマは本当は笑い上戸なんだそうです。でも、あんまり笑っていると周りの人に失礼かもしれないから、みんなの前では笑わないように我慢していたんだそうです。
 そう言って笑うイルマの笑顔はとてもステキでした。
 ずっと彼女の笑顔が見たいと思っていたユキオは、全然気にしない、これからも笑っていてほしいと彼女に伝えるのでした。

 プリキュアには意外とちょくちょくある、テーマ2本立ての複雑なエピソード。毎年4クール50話近く物語を描いていても時間はいくらあっても足りるものではないようです。
 今話の場合は、ひとつは誰か(何か)を気にして自分らしさを萎縮させてしまう“思考停止”について。
 もうひとつは誰か(何か)のおかげで自分にはない発想に触れて、自分らしい“イマジネーション”を拡張させていくものでした。
 どちらも『スタートゥインクルプリキュア』の物語の根幹を支えている大切なテーマです。このふたつが一見相矛盾しつつも実際は相互補完的に絡みあっているからこそ、『スタートゥインクルプリキュア』はイマジネーションの物語でありながら、同時に人の多様性を賛美する物語としても描かれてきたわけですね。

空蝉

 課題曲はショパンの『夜想曲第2番 変ホ長調』。

 「彼女は入賞すらしなかった。でも・・・」
 コンクールの結果をまどかは気にしていましたが、あれは当然の評価です。
 この曲はノクターン。本来は夜のお祈りや瞑想の時間をモチーフとした穏やかなピアノソナタです。楽しそうに、弾んだテンポで演奏するのでは曲解釈として大幅に間違っています。技巧や表現力以前に感性の問題です。そんなウキウキとお祈りの時間を楽しみたいなら昼にやれ。もし課題曲が『仔犬のワルツ』あたりだったらあの子も入賞できていたかもしれません。
 お母さんのピアノを聞いているならまどかにもそのくらいのことはわかるでしょうに、けれど彼女はこんな当たり前のことにも疑問を感じます。

 どうしてあの子じゃないんだろう?

 自覚がありました。自分の演奏は楽譜に精確であっても、誰かの心を揺り動かしてはいない。
 正しいけれど、それだけでしかない。
 香久矢家の一員として優勝するのは当然であるべきだけど、それ以外には何もない。
 本当ならピアノは誰かに聞かせるためにあるもの。あの子のように人を喜ばせられないようなら、いったい何のために弾いているんだろう。
 疑問を感じます。
 まどかはいつも自分に疑問を抱いています。
 だって、香久矢まどかの全てはお父さんに与えられたものなんだから。
 「私の言うとおりにしていれば間違いない」
 「・・・はい」(第5話)
 あの子は明らかに間違っていたけれど、一方まどかのほうもそれはそれで空っぽでした。

 「あの、ユニ。マオの歌を歌うときに何か気をつけていることとかありますか? マオの歌はなぜあんなにも観客を惹きつけられるのですか?」
 知りたい。
 いったい何を入れておけば、私は空っぽじゃなくなるのか。

 当のユニにもわかりませんでした。
 「ステキだね」
 「いい歌声だ」
 その歌声は彼女の大好きな人がたくさん褒めてくれたものでした。だから得意になってあの人の前でたくさん歌って、あの人がいなくなった後も便利に使える特技として歌いつづけてきました。
 けれど、じゃあどうして人を惹きつけられるのかというと、それはユニにもわかりません。
 最初に褒めてくれた人も今は石になっているので教えてもらえません。

 「ご、ごめんなさい! 私、余計なことを聞いてしまったみたいですね」
 本当は辛いことを思い出していたわけじゃなかったんですが、どちらにしろ今のユニに答えられることではありませんでした。
 だから、まどかが遠慮して一方的に打ち切ってしまうのも都合よく、それでこの話はおしまい。

 今話は誰もが空っぽでした。

 ユキオは気になるイルマの笑顔を見てみたくて、けれど自分では笑わせてあげられずにいました。
 もちろん努力はしました。鼻を付けかえるというナイスな十八番芸を身につけました。
 「昨日さ、転んだら鼻が折れちゃってさあ。こんなふうに――ほら!」
 「・・・そう」
 けれど未だ笑わせてあげられずにいました。
 「このアイスノー星じゃちょいと知られたイケメンさ。クールだろ?・・・反応薄いな。あ、この鼻がダメか? ――これならどうだ、クールだろ? ――ふん、こんなのもある。どう、ベイビー?」
 「どうって・・・」
 イルマどころか、別の星から来たひかるたちすら笑わせることができませんでした。
 「はあ・・・。ハハッ・・・。俺ってどんな鼻つけても似合っちゃうんだよなあ」
 気落ちします。
 自信なんて持てようはずがありません。空元気。虚勢。やっぱり自分じゃとてもイルマを笑わせてあげられない。

 そしてイルマのほうも。
 「私ね、笑いだすと止まらなくなるの。だから。だって、ユキオに嫌われたくなくて――」
 ユキオに嫌われたくないと思っていました。けれど、笑い上戸の自分ではそれは難しいとも思っていました。だってユキオときたら、何のつもりかわからないけれど、顔を合わせるたび自分の滑稽な話ばかり聞かせてくるんですから。
 人のカッコ悪いところを笑うだなんて失礼。失敗談を笑われたら誰だって傷つく。そういうのは笑っちゃいけない。
 だから彼とは二言三言言葉を交わしたらすぐに立ち去ることにしていました。きっと笑っちゃうから。傷つけちゃうから。嫌われちゃうから。そんなのイヤだから。
 でも、それはつまり気になるユキオに自分からは何もしてあげられないという意味でもありました。
 「きっとユキオを傷つけた。嫌われた。私が笑ったせいで・・・」
 こんな自分じゃ何もできそうに思えず、結局凍てついた仮面を被ることしかしない思考停止。

 「ご、ごめんなさい! 私、余計なことを聞いてしまったみたいですね」
 「じれったいわね。笑わなかったらどうするのよ」
 「はあ・・・。ハハッ・・・。俺ってどんな鼻つけても似合っちゃうんだよなあ」
 「私ね、笑いだすと止まらなくなるの。だから。だって、ユキオに嫌われたくなくて――」
 やりたいことを諦めるための理由探し。
 どうせ前に進めないだろう自分が派手に転ぶ前のブレーキ。
 だって仕方ないじゃないですか。
 私は空っぽなんだから。どうせうまくできっこないんだから。

 「この星は何もないつまらない星。だから笑ってくれないんだよ」
 ああ、そもそも今自分が立っているこの星すらも空っぽなんだ。
 だから、仕方ないんだ。

蝉時雨

 「――何もない? そんなことないじゃん!」
 「は? 氷だぞ。雪だぞ。何か面白いところあるか?」
 いいえ。
 アイスノー星は空っぽなんかじゃありませんでした。
 見る人が見れば、こんな楽しい星はありませんでした。かきごおりにスケート、スノーボード、雪合戦。つららを叩いてコンサート。ただユキオが知らなかっただけで、ひかるのイマジネーションにかかればこの星で楽しめることはいくらでも見つかりました。

 ノクターンは夜のお祈りの時間を表現した穏やかなピアノソナタ。
 でも、この曲を楽しそうに表現する子がいました。その演奏を聴いて楽しい気分になれた観客たちがいました。
 ときには賑やかな夜があったっていいじゃないですか。どこかにみんなでワイワイ祈りを捧げる礼拝所があったっていいじゃないですか。たしかに普通とはちょっと違うかもしれないけれど。それはそれでひとつのありかたです。個性です。正しいかどうかとはまた別に、自分が好きか嫌いかを考えてみてもいいはずです。

 ひかるは、あるいはコンテストのあの子は、まどかやユキオたちと何が違うのでしょう?

 「私に何が足りないの?」
 残念ながらまどかにはわかりません。まどかはコンテストのあの子と違って空っぽの女の子です。
 もちろん、まどかと同じ側にいるユニにもその答えはわかりません。ユニはその答えをあの人から教えられていません。

 ただ、ユニにはひとつだけ知っていたことがありました。
 「好きよ。嫌いよ。どっちが本音? 謎が謎呼ぶ Cosmic Wonder Girl!」
 何がどう違うのかはよくわからないけれど、どうやらこの歌声には大好きな人が褒めてくれるだけの何かがあるらしい。たくさんの人が魅了されるほどの何かがあるらしい。
 だから、歌ってみました。
 まどかの助けになればいいなと思って。イルマが笑ってくれたらいいなと願って。
 自分ではこの歌にどんな力があるのかわからないまま、ステキだと言ってくれたオリーフィオの笑顔を信じて、歌ってみました。

 ここで歌いはじめたとき、ユニは本当に自分の歌声の秘密を全然わかっていなかったように見えます。
 だって、全く笑っていなかったんですよ、最初。ここでまどかが気付く、自分に欠けていたものが“楽しむ心”だったにも関わらず。そういう物語の流れだったにも関わらず。まどかにアイコンタクトを取る一瞬以外、つくり笑いすら浮かべず思いっきり真剣な表情で歌いだしました。イルマをにらみつけてどうする。
 彼女が笑いながら歌うようになるのは、まどかが答えを見つけたのとほぼ同時、みんなの手拍子のなかで歌えるようになってからです。

 さて、そういうわけで自分を空っぽだと思い込んでいた女の子たちは、探していた答えが思いのほか簡単なものだったことに気がつきます。
 「私に足りなかったものは、楽しむ心・・・!」
 本当ならピアノは誰かに聞かせるためにあるもの。どうしてわざわざ練習を繰り返してまで他人に演奏を披露しなきゃならないのかといえば、そりゃあもちろん、聞かせてあげられることが自分にとっても嬉しいことだからです。
 幼いころのユニはオリーフィオの前で夢中になって歌いつづけていました。大好きな人が喜んでくれて、笑顔になってくれて、すっごく嬉しかったからです。その幸せな原体験が、今も宇宙アイドル・マオの歌声の魅力として生きています。

 まどかという子は本当にいつも自分のことを疑ってばかりいるんですが、この子って自分では親の操り人形みたいな自己認識をしている割に、実際の行動原理はかなり主体的というか、いちいちちゃんと自分の思いを篭めて行動しているんですよね。
 「私も勝ちたいです。父のためにも」
 「父の邪魔をしてしまったので」
 「だから、なおさら弓道大会で結果を出したいんです」(第16話)
 なんといっても相当なファザコンですし。この子。
 この子が自分のなかにある熱い気持ちを未だに自覚できずにいるのは――、まあ、あの家族コミュニケーション音痴なスーツのオッサンのせいですよね。たった一言でもあのお父さんが素直にまどかを褒めてくれさえしたら、それだけで彼女の問題全部一気に解決しそうです。

夏蝉

 空っぽだと思っていた自分のなかには意外にもみんなと同じものがちゃんと納まっていて、欠けていると思い込んでいたものは単に自分が見落としていただけでした。ひとりで気付けなかった答えは周りの誰かが教えてくれました。

 ユキオのイルマに笑ってほしいという願いは、本当はとっくの昔に叶えられていて、ただ本人が知らなかっただけでした。
 イルマのユキオに嫌われたくないという思いも同じく、本当は笑い上戸に嫌われる要素なんて最初からありませんでした。
 ふたりとも自分ひとりでは気付けなかったことのせいでひとりで無力感に苛まれ、自信を失っていました。前へ進む勇気を萎えさせてしまっていました。

 そういえば、ユキオがプリンセススターカラーペンを譲り渋ったのは、ペンを鼻に使ったときのひかるたちのリアクションが比較的好感触だったからだと思われます。この様子ならイルマにも少しはウケてもらえるかもしれない、とか考えたのかもしれませんね。だからイルマに笑ってもらえたらペンを譲ってもいいと言っていたわけです。
 まあ、実際はペンがもげた瞬間こそ大ウケだったわけですが。

 「私ね、笑いだすと止まらなくなるの。だから。だって、ユキオに嫌われたくなくて――」
 『スタートゥインクルプリキュア』の物語において、基本的にひとりで結論づけることはあまり良い思考として扱われません。それがたとえ誰かを思いやっての優しい理由であったとしても。
 「イルマ。全然気にしなくていいよ。笑ってくれよ。俺、嬉しいよ!」
 思いははっきり伝えることを推奨されます。物語全体として、勇気を出して伝えてみたら思いもよらない良い方向へ転がっていくかもしれない可能性を常に提示しています。

 「昔、人々は南の空に輝くサザンクロスを目印にして旅をしていた、そう教えたけどね。ただの目印じゃないんだよ。旅人はね、サザンクロスを見ながら遠くで待つ大切な人や、新たな大陸を思い描いたんだ。サザンクロスは人々に進む力を――イマジネーションをくれる星座なんだよ」(第11話)
 本作における“イマジネーション”とは可能性です。常に、あくまでも可能性でしかありません。
 これからどんな未来が待っているのかを想像してみる思考は良いものとされますが、「こんな未来が待っているに違いない!」と決めつけることはNGです。なぜなら前者は前へ進む意欲を湧きあがらせてくれますが、後者はむしろ減退させて足を止めてしまうからです。

 もちろん、それが可能性でしかない以上は、悪い未来につながる可能性だってもちろんあるんですけどね。最初から諦めてかかるよりは建設的とはいえ、可能性だけを信じて前へ進むというのもたいがい恐ろしいことです。
 ですが、そこで“多様性”というものが生きてきます。
 「スターは遠く離れた宇宙からフワを呼んだルン。イマジネーションの力で。すごい想像力ルン。スターの想像力のおかげで、私、プリキュアになれたルン!」(第11話)
 人はひとりひとりみんな違う。違うから、お互いに手を取りあえば、ひとりでは想像することもできなかったより良い未来の可能性が見えてくるかもしれない。
 だからこそ、人にはっきり思いを伝えるという望ましい行為の結果には、いつだってまた新しい不確定未来の可能性が提示されます。絶えず思考を回転させるために。けっして思考を停止させないために。どんなときも可能性というものを絶対に諦めないために。

 イマジネーションが人を前へ歩ませ、多様性がその道行きの明るいことを担保します。
 恐れず前へ進めばいい。
 私から見たかぎりだと、まどかのお父さんは相当な親バカです。オリーフィオはユニに何にも縛られずに生きることを望んでいます。ユキオとイルマは相性ぴったりバカップルの素質ありです。
 けれど、もちろんそれはまだ可能性でしかありません。私はそうである可能性が高いと思っていますが、確定しているわけではありません。確かめたければそれぞれ前へ進むしかありません。たとえどんな暗い未来のイメージが頭のなかをちらついたとしても。

 「諦めない、負けない」が私の知るプリキュアの合言葉です。

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