ファイアーエムブレム 風花雪月 プレイ日記 白雲の章Ep.9まで 復讐が人生の目的というのならそれはそれでいいけれど。

ええと・・・その。実を言うと、反省しているんだ。――未来の約束は、すべきではなかった、と。俺には、命を賭しても、遂げねばならないことがあるのに、な。

(主観的)あらすじ

 学級対抗試合をやって、テロリズムに憤怒して、ダンスパーティを抜け出して、そして、大切な人を失いました。

 あと教師だの騎士団だの小姓だの、教え子じゃない協力者がなんか大量に増えました。

感想

 ドゥドゥーは癒やし。
 フェリクスはお人好し。
 メルセデスは度量が大きい。
 アッシュはまっすぐな子。
 シルヴァンは思慮深い。
 アネットは折れない子。
 イングリットは愛情の濃い人。

 青獅子学級の生徒たちはみんな暗い影を背負っていながら、心の芯の部分は善良です。誰ひとりとして好き好んで他人に悪意をぶつけようとはしません。自分のなかだけで辛い思いとうまく折り合いをつけて、いかに善く生きるかを模索しつづけています。
 みんな真面目で、努力家です。どういう方向に真面目さや努力を発揮するかはそれぞれ違うけれど。

 こういう仲間たちに囲まれて、ディミトリは恵まれているなと思います。
 私のシンファニカだけでなく、級友の誰もが彼に健やかであることを望んでくれています。

 ドゥドゥーは何があっても絶対に味方でいつづける覚悟ですし、フェリクスやシルヴァン、イングリットは彼の捻れてしまった価値観に正面からぶつかってくれます。アッシュやアネットはまぶしすぎるくらいの正しさを彼に示してくれます。メルセデスはどんなことでも理解してあげようという構え。
 大概の悩みやわだかまりならシンファニカがいなくてもどうにかしてくれそうな、本当に心の健やかな生徒ばかり。あとは・・・そう、もうちょっとディミトリが彼らに心を開いてくれたら。

 ディミトリ、誰との支援会話を見ていてもどこか壁を感じるんですよね。肝心の所で気を許していないというか、誰にも助けを求めようとしていないというか。
 第一印象から寂しがり屋な雰囲気がありました。本音では味方を欲しがっているんだろうなあというのも。その印象は今も変わりません。彼がどんなに爽やか好青年っぽくふるまおうとしていても。明らかに腹芸ヘッタクソですしねこの次期国王。その手の芝居ならシルヴァンとか、なんならアネットの方がまだ上手。
 でも、そんなふうに彼の心が孤立しているのは、やっぱり彼自身に問題があるんだろうなと感じます。
 周りにいるのが優しい子たちばかりだから、なおさら。

 ディミトリが士官学校に入学したのは復讐のためだそうです。
 ずっとずっと、彼は復讐を果たすために生きてきたそうです。
 誰とも知れない人物への憎しみだけを支えに、地面に三つ足付いてようやっと立ちあがって、顔を上げて。

 「・・・俺はな、先生。立ち止まらずにいられるものだけが、強い人間だとは思わない。立ち止まって、死者を悼むことができるのも人間の強さのひとつだと・・・俺はそう思う。――だがな、先生。どんなに悲しくても、涙はいつか枯れてしまうし、腹は減る。自分は何をするために生きているのか・・・その目的に縋って、歩きだすしかないんだ」

 この子も大概優しい子で、自分が苦しい思いをしてきたぶん、傷ついた人の心に寄りそえる、血の通った言葉を渡すことができます。彼の言う言葉はいつも明瞭で、地に足が付いていて、しっかり前を向いていて、暖かくて、力強くて。

 けれど、今彼を立ち上がらせている、その“目的”というものは、そんなにも絶対的なものなんでしょうか?

 涙はいつか枯れ、腹も減る。
 それと同じように、心を支えている“目的”もまた、本当ならいつか風化してしまうものなんじゃないでしょうか。
 あの気のいい生徒たちを見ているとひときわそう思います。ドゥドゥーとかすごい穏やかですしね。
 今のディミトリには、ちゃんと周りを見渡したなら、もうとっくに、復讐以外の寄辺がたくさんできているんじゃないかと思うのですが。

 「・・・死者の無念を晴らす。それが、あの日ただひとり生き残った俺の、なすべきことだ。その意志が、再び立ち上がり歩きだす力を、俺に与えてくれた。――ジェラルト殿が亡くなった今、先生がなすべきことは何だ?」

 そんなの、決まっています。
 あの人は最近シンファニカが表情豊かになったことを喜んでくれていました。
 日々嬉しそうに生徒たちを指導している姿を好ましく思ってくれていました。
 彼自身、教会には複雑な思いが募っていたにも関わらず、娘が幸せそうだというただ一点をもって、ここに来たのも悪くないと言ってくれました。
 だから、シンファニカがなすべきことは、今は決まっています。

 今の自分をつくってくれた、今の自分がなにより大切に思っているものを、守らなければなりません。

 涙はいつか枯れ、腹も減る。
 生徒たちもいつか巣立つでしょうし、今愛おしいと感じているこの思いすら、いつかは新しい想い出たちに追いやられて心の隅に仕舞われてしまうかもしれません。
 胸を焼き尽くす憎しみもいつかは萎えてしまうでしょう。
 自分は何をするために生きているのか・・・いつかまた、わからなくなってしまう日は来るでしょう。
 でも、そのときになったらまた、新しい“目的”を見つけたらいいんじゃないかな。

 残念ながら今のディミトリはそういう柔軟な生き方ができそうにないぶきっちょさんで、だから彼を心配する一教師としては、まだまだ彼から目を離すことができません。

 ↓ちなみに応援したくなる女子No.1の近況。

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