フリップフラッパーズED曲 FLIP FLAP FLIP FLAP 感想

 別の記事を書いている最中だというのにインタビュー記事を読んでいたら興味が湧いちゃって、結局買っちゃいましたよ。
 そのインタビュー記事 → リスレゾ・TO-MAS インタビュー

TVアニメ『フリップフラッパーズ』ED主題歌「FLIP FLAP FLIP FLAP」

 あんまり音楽については語れないタチなのですが、それでもこれがものすごくリッチな楽曲なのはわかります。
 どんだけ多種多様な音源を詰め込んでいるのやら。なんというか、きれいな石やおもちゃの指輪を詰め込んだ子どもの宝箱をひっくり返して、その中身を子ども自身の指でひとつずつ並べていく感じですね。これは紫。これは白。これは茶色だけどつるつるしているからこっちの仲間。これはなんかかわいいからお姫さま・・・みたいな。あと弦楽器が重厚で涼やかで滑らかです。(ソムリエか)
 たぶんハイレゾ音源を買うのが正解だったんだろうなあ。安いスピーカーしか持っていないのだけれど。

 以下、主に歌詞についての感想。割と感性だけで書いていて論理性少なめです。ここのブログいつもそんなもんな気がしますが気にしない。

信用できる鏡

 前半はふたりが一緒にいることのステキについて歌われます。「こっそりそっちを覗いたら、そっちもこっちを覗いてた」

 ちょっとした思考実験ごっこです。もしあなたが何もかも不確かな世界に迷い込んだとして、それでも絶対に確かなものをひとつ見つけようとするなら、どうしたらいいでしょう?
 コギト・エルゴ・スム。我思う、ゆえに我あり。例えば、かつてそういう答えを導いた哲学者がいました。
 けれど、そうだとしても、そんな自分を観測するにはどうしたらいいんでしょうね? あなたはデカルトのように具体的な根拠もなく「少なくとも自分はいる」と断言できますか? 自分って、実はあなたにとって一番不確かな存在だったりしませんか? 存在することだけは確かだとしても、それを観測する自分のことまであなたは信用できますか? 私だったら、私を観測するために、何かしらの確かな根拠を自分の外に求めたいところです。
 とりあえず鏡でも使いますか? けれどここは不確かな世界です。鏡がホンモノのあなたを映してくれるとは限りません。不確かな世界では鏡ですら信用することができません。
 さて、どうしますか?

 例えば、友達の瞳に映してもらうのがひとつの手段かもしれません。
 鏡を使って自分を観測できないのは、私がこの世界の鏡を信用できないからです。だから誰か信用できる人さえ見つけられたら、その人の力を借りれば、私は私を観測することができます。
 そもそも鏡を必要としているのだって、私が私を信用できないからです。だから誰かに私を信用してもらえるなら、私は安心して自分自身を観測することができます。
 同じ気持ちでいてくれる友達がいたなら、同じものを感じていてくれる友達がいたなら、同じものを見てくれる友達がいたなら。きっとあなたはどこにいたって自分が絶対に存在していることを確かめることができるでしょう。
 その確かさはあなたの友達への「好き」って気持ちが担保してくれます。

 どこにいても絶対に確かな自分。それを得られたなら、あなたはもうどこにだって行けます。逆を言うならそれがなければどこにも行けません。
 楽しい夢に遊ぶにも、遠い過去を振り返るにも、まずは確かな自分が必要です。そうでなければ周りに飲まれて自分を見失ってしまいます。
 あなたが確かにここにいるって教えてくれる、絶対に確かな鏡。友達がいるステキって、例えばそういうところがステキなんです。

 ちなみに歌詞からは外れますが(実は歌詞に沿って話を展開してきたつもりです)、別に友達だけが答えではありませんので念のため。私もここ数年ろくに友達と会えていませんしね! それでも案外自分を信じられるようになる手段ってあるものですよ。

有限の夢、無限の夢

 後半はあなた自身のステキについて歌われます。「ちょっと不安。でも優しい。ここはどこなのかなあ?」

 さて、友達が傍にいてくれることで、あなたは確かな自分自身を手に入れることができました。そのおかげで夢や過去、いろんなものに向き合う冒険をすることができました。とてもとてもステキなことで、とてもとても楽しいことです。
 けれどあなたが向き合うべき夢や過去は有限です。過去に向き合えばいつかあなたは嫌いだった自分を好きになるでしょうし、夢に向き合えばいつかあなたは本当に目指すべきひとつの道を選ぶことになるでしょう。夢も過去も、あなたが向き合うほどにひとつずつ消えていきます。どれほど冒険自体が楽しかったとしても、いつかは終わりが来てしまいます。

 ・・・なんて。それはあなたが何も変わらずにいたとしたらの話です。夢に遊び、過去を振り返るあなたが、そうする以前と全く変わらないだなんて、そんなの実際にはありえません。
 過去に向き合えばいつかあなたは嫌いだった自分を好きになるでしょうし、夢に向き合えばいつかあなたは本当に目指すべきひとつの道を選ぶことになるでしょう。あなたは変わらざるを得ません。だから、たとえ夢や過去がひとつずつ消えていったとしても、あなたの冒険が終わることはありません。
 夢に遊び道を選んだなら、あなたはいつかまた振り返るべき過去を生みだすことになるでしょう。過去を振り返り自分を好きになったなら、あなたはいつかまた新しい夢を見つけることができるでしょう。
 現在・過去・未来は連続しています。それでいて相互に影響しあっています。だからあなたの冒険先は有限ではありません。あなたが停滞に甘んじないでいる限りは。絶対に。

 なんてステキな運命! あなたは生涯を通じて無限に冒険し続けることができます。たくさん冒険して、たくさん世界を知って、ひとつずつ「不確か」を「確か」に変えて、それでもなお新しい冒険を見つけることができます。
 「FLIP FLAP FLIP FLAP」 パタ、パタ、パタ、パタ、世界はめまぐるしく変わっていきます。あなた自身が変わっていくから。
 もしあなたが冒険を楽しいと思えるなら、一緒に冒険してくれる友達が隣にいてくれるなら、あなたはいつまでも楽しい楽しい冒険を続けることができるでしょう。なんてステキな運命!

虹の彼方に

 児童文学『オズの魔法つかい』の主人公ドロシーは、きらびやかでめまぐるしい、オズ王国での楽しい冒険の果てに、それでも自らの意志で故郷のカンザスへと帰って行きます。
 別にオズ王国やピュアイリュージョンのような特別な場所だから楽しいってわけではありません。そこだから冒険できるってわけでもありません。本当は現実でだって楽しめるし、冒険できます。ただ私たちが気付いていなかっただけで。

 ひとたび確かな自分を得られたら、冒険する楽しみを覚えたら、たったそれだけで世界は変わります。
 「もう不思議はなくなっちゃうよ」 あなたが変わるたびに「不思議」はまた増えていきます。
 「見える世界がイリュージョン」 もはや現実だとかピュアイリュージョンだとかオズ王国だとか、そんなラベルは関係ありません。
 あなたが冒険する限り、停滞に甘んじない限り、あなたがいるところはいつだってどこだって、楽しい楽しい「夢なんだ!」

 さあ、「あなたとふたりでFLIP FLAP!」しましょう。

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