
絶対応えたいって思った。ひとりじゃできなくても、ラビリンと一緒ならできるって思って。

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(主観的)あらすじ
ラビリンが出会ったパートナー・のどかはいい子でした。ラビリンたちやラテに優しくしてくれるし、マジメで素直だし、プリキュアとして戦うことにもやる気いっぱいでした。
すっかりのどかのことが大好きになったラビリンは、もっとのどかのことが知りたくて、学校までついていってみました。
そこで見たものはのどかのカッコ悪い姿。メガビョーゲンを撃退できたくらいだからスポーツ万能かと思いきや、まったく逆の運動音痴。プリキュアをがんばると言ってくれたくらいだから体力には自信があるのかと思いきや、体力にも全然自信なし。
ラビリンはショックでした。こんなんじゃのどかと一緒にプリキュアしていくことなんてできません。だって・・・、大好きなのどかを、いつか危険な目にあわせてしまうかもしれないから。
実は、のどかは最近まで大きな病気を患っていました。そのせいでまだ体力がついてなくて、体を動かすこと自体にも慣れていなくて。やっと自由に走りまわれるようになったのどかにはやりたいことがたくさんあって、だけど加減を知らずにがんばりすぎちゃってはすぐ疲れちゃうことの繰りかえし。
陸上部で毎日走り慣れているちゆが、そんなのどかにひとつアドバイスをしてくれます。まずは一番やりたいことを決めてがんばるといいんじゃない、と。
またメガビョーゲンが現れました。のどかが対峙します。
ラビリンがいないのでプリキュアに変身することはできません。だからといってビョーゲンズが地球を病気にしていくのをただ黙って見ていることもできず、のどかは今の自分にできる精一杯のことでメガビョーゲンを食い止めようとします。ただの女の子の力では、やっぱりどうしようもないのだけれど。
けれど、遅れて駆けつけたラビリンにその切ないくらいの思いが伝わります。
のどかは病気だったころ、お父さんやお母さん、お医者さん、たくさんの人に優しくしてもらえました。そのおかげで元気になれた今、今度はのどかからもみんなにお返しがしたいと思っていました。
プリキュアになれたのはとっても嬉しいことでした。だって、やりたい気持ちばかりで実際は思うようにできないのどかでも、ラビリンと一緒ならきっとできるって、そう思えたから。何があってもこれだけはがんばりたいって思えたから。
そう。ひとりじゃうまくできないのなら、危険な目にあわせちゃうかもしれないと心配するなら、ふたりで協力しあえばよかったんです。
のどかとラビリンはプリキュアに変身して、ビョーゲンズを撃退します。ふたりは今度こそ本当のパートナーになれたのでした。
どうしてパートナーが「大人で強くてカッコよくて、絶対失敗しないお医者さん」(第1話)じゃないといけなかったのか?
それはもちろん、ラビリンの使命が絶対に失敗できないものだったからです。ただ、それだけでは答えとして不充分。だって、失敗さえしなければいいのなら、必ずしもパートナーに全部を求めなくたって、ラビリン自身が失敗しないようにすればいいだけじゃないですか。
どうしてラビリンはパートナーに完璧を求めていたんでしょうか。
それを考えてみれば、自ずと別の問いに対する答えも見えてきます。
はたして花寺のどかはラビリンのパートナーとして不足なのか?
たしかにのどかには足りていない資質があります。すぐに失敗しちゃうという時点でラビリンの理想にはほど遠いでしょう。
だけど、だったらのどかではビョーゲンズと戦えないのかといったら、けっしてそんなことはなかったわけで。それはどうして?
なぜなら――。
絶対
「のどかはきっと、最高の記録を叩き出すラビ!」
「なんでわかるんだよ」
「キュアグレースの活躍を見たらわかるラビ!」
ラビリンはのどかがすごい子だって確信していました。
だって、自分のパートナーだからです。
ラビリンのパートナーになるべき人は「大人で強くてカッコよくて、絶対失敗しないお医者さん」(第1話)。さすがにのどかが大人でもお医者さんでもないことはわかりますが、彼女はそれでもプリキュアに変身して、立派に地球をお手当てできる子でした。
だったら、やっぱりのどかはラビリンのパートナーにふさわしい子。本物のお医者さんに負けないくらいすごい子に違いありません。
約束までしてくれました。「ラビリン。私がんばる。絶対絶対、ビョーゲンズには負けない!」って。
だから、のどかは強くてかっこよくて、絶対失敗しないすごい子です。
そうじゃなければいけません。そういう人じゃないと絶対に務まらないはずのラビリンのパートナーになってくれたんですから、絶対にそういう子なんです。
「ラビリン、のどかと出会えてよかったラビ!」
・・・違いました。
「なんで、プリキュアやるなんて言ったラビ? のどか、『絶対ビョーゲンズには負けない』って言ったラビ。『一緒に地球を守っていこう』って」
実際ののどかは体力がなくて、運動が苦手で、いっぱい失敗する子でした。
「・・・ダメラビ。のどかとはムリラビ。ラビリンは新しいパートナーを探すラビ!」
のどかがウソをついていた、とは思いません。彼女はいい子です。友達としては大好きです。決意もきっと本物でしょう。
ただ、ラビリンが舞いあがりすぎちゃっただけであって。
「大人で強くてカッコよくて、絶対失敗しないお医者さん」(第1話)。自分の使命を考えたらそういうパートナーを探さなきゃいけないはずだったのに、心の肉球にキュンときたからって、必要な要件を確かめもせずパートナーに選んでしまいました。
「謝るけど、パートナーはダメラビ」
不誠実だったのは自分です。
のどかは悪くないけれど、のどかのことは大好きだけれど、それでものどかをパートナーにするわけにはいきません。それは絶対にやっちゃいけないことです。
だって――。
「だって、危ないラビ。ただでさえビョーゲンズの浄化は危険ラビ。なのに、あんなに鈍くさかったらもっともっと危ないラビ」
だって、ラビリンにはのどかを守る力がないから。
「ラビリンだってまだ見習いラビ。せっかく勇気を出してくれた優しいのどかを危ない目にあわせちゃったら・・・」
だって、ラビリンにはまだ何もできないから。
だからこそ、パートナーは絶対に完璧な人じゃなきゃいけなかったのに・・・。
この手が届かない
「ちゃんと運動やってた人にはわかるんだね。わたしはずっと、見てただけだったから・・・」
あらゆるものが、のどかの手の届かない場所にだけありました。
当たり前の自然の風景。
当たり前の人が住む街並み。
当たり前に走りまわれること。
当たり前に誰かに親切にしてあげること。
みんなの当たり前が、のどかには当たり前にできなくて、だから、いつかベッドから出られるようになったなら、当たり前のこと全部をやってみたいとずっと夢見ていました。
「だから今、いろんなことをやってみたくて仕方ないの。すぐ疲れちゃうんだけどね」
だけど、いざベッドを卒業してみたところで、依然としてのどかには手の届かない当たり前がすぐ身近に見つかってしまいました。
体力がない。体の動かしかたがわからない。加減もよくわからない。
ちゆが当たり前のようにやっているランニングやハイジャンプ競技。彼女と同じように走れているように見えて、のどかには同じようにできません。それからテニスも。剣道も。みんなの当たり前が、のどかにはまだ当たり前じゃありません。
前話の明らかに度を超えていた人助けぶりも、当たり前の加減がどのくらいなのかわかっていなかったからだったんですね。
彼女の知っている優しい人たちのイメージは、お父さんもお母さんもお医者さんも、きっと最初からのどかのお世話をするつもりで病室に来てくれた人たちばかりだったでしょうから。
ベッドのなかで、いつかみんなの当たり前全部に手を届かせてみたいと憧れていたのどか。
ベッドを出ても、どんなにがんばってみても、思っていたほど全部には手が届きません。
もどかしい思い。
「・・・ダメラビ。のどかとはムリラビ。ラビリンは新しいパートナーを探すラビ!」
私の手は、また届かない。
全部はまだ無理だとしても
「ねえ。あなた、運動が苦手なんじゃなくて、あまりやったことがないんじゃないの? なんとなく。どれだけ動いたらどれだけ疲れるかとか、自分でわかってないように見えて」
それは違う、と言ってくれる人がいました。
あなたはできないんじゃない。まだ足りていないだけなんだと。
「最初は欲ばらないこと、かな。まずは基礎体力をつけながら、自分の一番やりたいことを決めて、がんばるといいんじゃない」
今はまだできなくたって、いつかできる。
全部はまだできなくたって、何かできる。
だから、あなたはできないんじゃない。あなたの手は届かないんじゃない。できるんだ。届くんだ。
「こっちだよ、メガビョーゲン!」
プリキュアになれない今ののどかにできること。
別に本気でメガビョーゲンを倒せると思ったわけじゃありません。足止めにすらならないかもしれないことも承知のうえ。
でも。何の意味もないかもしれないけれど。ただの徒労のため身の危険を晒すだけかもしれないけれど。それでものどかにはまだできることがある。
「のどか! あんな格好意味ないのわかってるラビ! なんで逃げないラビ!」
「だって、助けたいんだもん!」
「ねえ。あなたたちはその“お手当て”の方法、知ってるんだよね。私に何かできることない? 私、何でもする!」
「あなたには無理ラビ! 早くここから逃げるラビ!」
「イヤだ。だからってほっとけないよ! この子、こんなに苦しんでるのに・・・」(第1話)
自分にできることを諦めたくなかったから、あのときのどかはプリキュアになったのでした。
この手を届かせて
「私ね、長い間病気で休んでいたの。ずっと、ずっと、思うように動けなくて。何もできなくて。辛くて。悲しくて。寂しくて。・・・でもね、お父さん、お母さん、お医者さんたち、たくさんの人が励ましてくれて。助けてくれて。そうやって元気になれたの。だから私、思ってた。今まで助けてもらったぶん、たくさんの人にお返ししたいって。いろんな人を助けたいって」
実際のところ、のどかの考えかたがはたして健全かどうかといわれたら、私はあんまり好ましいものじゃないなと思います。
自分の都合を度外視した人助け。明らかに自分の能力を超えた無謀。人が何のために他人に優しくするのかを考えてもいなさそうな空っぽの善意。そういうのはいずれ自分の身を滅ぼすだけだと思います。
ただし。彼女に限っては、今はまだそれでいいんだとも思います。
「――だから、プリキュアになれて嬉しかった! ラビリンが私を選んでくれて嬉しかったの! 絶対応えたいって思った。ひとりじゃできなくても、ラビリンと一緒ならできるって思って」
だって、のどかはひとりで戦うわけじゃないんだから。
「お願い、ラビリン。私は運動得意じゃないけど、お手当てだけは、プリキュアだけは、何があってもがんばるから! 苦しむ地球をラビリンと一緒に助けたい! これが今、私の一番やりたいことなの!」
ラビリンが一緒にいてくれること前提で、ラビリンと力を合わせること前提で、それならこんな私にもできることがあると。未熟な自分を恥じながら、それでも凜と胸を張る。自信はないけど虚勢じゃない、パートナーへの信頼がそのまま自分を信じることにつながる、自信になる。
だから、この手が小さいことは重々承知だけれど、きっとどんなところにだって届く! 届かせてくれる!
それが答えです。翻って、ラビリンにとってのパートナーが完璧なお医者さんじゃなくてもいい理由。
「ラビリンがのどかに助けてもらったみたいに、のどかに難しいことはラビリンが助けるラビ」
ラビリンが「大人で強くてカッコよくて、絶対失敗しないお医者さん」(第1話)を探していたのは、要するに自信がなかったからです。見習い妖精なんかじゃ大いなる使命のために何も役立てないと思い込んでいたからです。
彼女が探していたのはパートナーなんかじゃなくて、自分の代わりに使命を丸ごと代行してくれる、ロンリーヒーロー。
バカげています。第1話であんなにヒーロー願望バリバリだったこの子が、自分は弱いからってあっさり身を引くだなんて。そんなの絶対後悔する。向こう1年絶対つまらないことになる。この子ほどヒロイン面の似合わない妖精が他にいるものか。
完璧じゃなくたっていいじゃないですか。隣にあなたがいるのなら。あなたもたいがいミソッカスでしょうが、できないことが山ほどあるでしょうが、それでもパートナーにはできないことが少しはできる。
たとえば、ぶっちゃけ現時点でのどかはラビリンの実力やら性格やらをほとんど知りません。知らないくせに根拠もなく信頼しています。ラビリンを信じることで、やりたいことをやるための勇気を持とうとしています。
そのくらいのことは、半人前のパートナーにだってできます。信頼を受けとめ、こちらからも信頼を返してあげることくらいなら、「好きだ」って気持ちさえあればいくらでもできるでしょう。
のどかはラビリンのパートナーたりえます。心の肉球にキュンときた、大好きな友達なんですから。
「のどか。やっぱり――、ラビリンのパートナー、つづけてほしいラビ!」
「ありがとう、ラビリン。もちろんだよ!」
キュアグレースの胸元に飾られている花はシャクヤク。「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」の、あの芍薬です。消炎、抗菌、沈痛などの薬効がある漢方薬としてよく知られています。
花言葉は「恥じらい」「はにかみ」「謙遜」。
同じく、キュアグレースの変身バンクに咲く多弁の花はモモ。その果実は中国において、不老長寿をもたらす仙薬であると信じられてきました。
花言葉は「私はあなたのとりこ」「比類なき素質」「天下無敵」。
ひとりが不安ならふたりでがんばればいい。今はまだ半人前かもしれないけれど、いずれは十人前にも成長できるでしょう。
なんていったって、当たり前の枠をあっさり跳び越えて普通の人ならやらない人助けまでできてしまうのどかと、体の小ささをものともせずヒーローみたいな勇敢さで敵に立ち向かえるラビリン。
無茶無謀なんのその、それぞれやりたいことが大きすぎるふたりのコンビなんですから。
コメント
初めてメガビョーゲンが出たときスマホで通報とかしなかったのを「あれ?」と思ったんですが、やっぱりそういうことでしたか。
『最近まで長期入院していた』という近しい人なら考慮するべきだろう過去をちゆが知らないあたり、弱みを見せたくないとも思ってるのかもしれません。
先生は流石に知ってますかね。
今後仲間が増えたときにその辺どうなるか、ひとまずフォンテーヌとスパークルのバンクシーンを期待しつつ見守っていきたいです。
>スマホで通報とかしなかった
スマホ(というか携帯電話)は作家泣かせのガジェットだと聞いているのもあって、そのあたりのツッコミどころはもはや無意識にスルーしていました。
いかんな。さすがに認識すらできないのは脳が硬化しちゃっている証拠ですね。
のどかみたいに“当たり前”に憧れを抱いている子は、自分の普通じゃないところについて話したがらないだろうなあ、と思います。「隠したい」とかじゃなくて、そもそも「触れたくない」という意味で。
一応のどかの体の問題はぱっと見で運動音痴の範疇に収まる程度のものなので、周囲に黙っていても生活には支障なさそうかな。本人もこれから鍛えていくつもりですしね。
ただ、のどかが優しい子に育ったのはそれこそ大きな病気を経験したためでもあるので、いつかそのあたり全部打ち明けて、友達から過去を丸ごと肯定してもらえる日が来てくれるとステキですね。特にのどかの優しさを気に入っているひなたにはぜひ知ってあげてほしい。
「死んじゃうラビ」
自分はこの死にはっきり言及した発言に驚きました。おそらくプリキュアシリーズが16年、避けてきた言葉なんですから。
でも、我々視聴者は忘れがちですが本来、プリキュアの戦いって命懸けの過酷な戦いなんですよね。戦いの中で命を落としたコロンやロイヤルクイーン、マザー・ラパーパがいますし、実際に死んでなくてもノットレイダーは殺意の高い組織でした。
第一話冒頭のヒーリングガーデンの現状を考えると、真面目で優しいラビリンがのどかを突き放そうと考えるのは至極当然ですよね。心の肉球がキュンときた相手ならなおさら。まあ、端から見るとラビリンも同じように見えますが
プリキュアシリーズは毎作、挑戦的で殻を破ろうとしますが、2話の時点でこれですからどこまでいくのか怖くもあり楽しみでもあります。
「プリキュアとはこういうもの」という定義を自分の中につくっちゃうと足下すくわれるシリーズ作品ですよね。それでアンチに反転しちゃうメンドクサイ人たちを何人も見てきました。
まあ、私も「諦めない、負けない」「自分の日常を守るヒーロー」って自分定義は持っちゃってるんですけどね。このあたりの枠から外れるプリキュアが出てきたら我ながらどうなることやら。(不満は飲み込んで感想文を書くのをやめよう、と心に決めてはいます)
生き死にの話が出てきたことについては私は特に違和感を感じませんでした。今年は病気と治療のお話ですから。死の話題は当然に触れていくものだと思っていました。「モモの花といえば・・・寿命(病気によらない死)の話は扱うのかな?」とか考えていたくらい。テアティーヌ様とか。
そうか。そういえばプリキュアシリーズは死や怪我を描くことに慎重でしたね。『ハートキャッチプリキュア』や『ドキドキ!プリキュア』のとき騒がれていましたっけ。
今作のオープニングで非常に印象深いのが、〆(放送局と制作会社のテロップが出るパート)を「プリキュア形態での集合ポーズ」とはせず「普段着姿でじゃれあう様子」としてきた点ですね。
プリキュアシリーズが第1作以来掲げてきた「皆を救うヒーローである前に、一人の女子中学生であるべし」という方針を忠実に具現化したオープニングを、苦節(?)17年目にしてようやく採用出来たんだな、と。
「地球のため皆のため、それもいいけど忘れちゃいけないことあるんじゃないの」……なんざクソくらえとばかりに「地球をお手当て」する任務に自らのめり込む主人公・花寺のどかを引っ提げて強烈なスタートを切った第17作「ヒーリングっどプリキュア」ですが、これまた異例のオープニングをも引っ提げてきたことで「シリーズが年来掲げてきた方針はキチンと踏襲する」姿勢を示してきたように思います。
それから、「小さい頃は病弱だった」キャラってスポーツ物の定番要素だったりもしまして。それゆえ、本作は(プリキュアとしても異例な)ハードな印象の導入の割には、以外と”穏健な”青春群像劇に仕上がっていくのかもしれません……と思いつつ、”生き死に”を直截に表現したセリフの多さなども考えると……やはり”油断できない”一年となるのか、な?
あ、提供クレジットに変身前の姿が来たのは今回が初めてじゃないです。何気に『スタートゥインクルプリキュア』も『HUGっと!プリキュア』もやっています。
ただ、おっしゃるとおりシリーズ数を重ねるごとにだんだん増えてきた印象はありますね。近年は特に「自分の日常を守るヒーロー」って属性の色がいっそう強まっているので、日常風景を押していくことにも納得感があります。
逆に『スタートゥインクルプリキュア』の初期メンバーが全員「フワを守る!」で初変身したのは衝撃的でした。びっくりしました。今さら先祖返りするの?と。もちろん、ちゃんと見返してみればそこにはそれぞれの個人的な思いがこもっていましたし、中盤には明確に「プリキュアだから」じゃなく「自分がそうしたいから」、フワを守るんだって明確に語ってもいましたけどね。
『ヒーリングっどプリキュア』はどういうふうに作品テーマをのどかたち一人ひとりの哲学として消化していくんでしょうね。死生観の話題と合わせて、そのあたりの今後が楽しみです。
すみません、提供クレジットではなくてオープニング映像の〆部分ね。「ABCtv」「ABCanimation」「ADK」「東映アニメーション」とテロップでる所。
玩具プロモーションなんかを考えると、セールスの”トドメ”アピールになる部分にプリキュア姿を持ってこなかったのは相当な冒険だと思うんですよ。
普段の姿が非常に地味なキャラデザとなっていることもあり、かなり勇気の要る演出だと感じたんですが。
横からすみません。
フレッシュプリキュアOPも変身前で締めくくってますね。
確認しました。そちらの話でしたら、たしかに『フレッシュプリキュア!』以来久しぶりですね。(あれ、『Go!プリンセスプリキュア』は? ・・・と思ったら最後の一瞬で変身してました)
ちなみに同じようにアピール力が強いと思われる、タイトルクレジット前に変身後の姿が登場しない作品としても『スイートプリキュア』『スマイルプリキュア!』『HUGっと!プリキュア』に続く4作目。
そして両方ともに当てはまるのが今作初ということになります。
『フレッシュプリキュア!』は旧来から続くプリキュアのイメージを色々と刷新していった挑戦的な作風でして、ストーリー自体もまず町を守るヒーローになることから始まって、やがて自分たちも町の人に守られている普通の女の子なんだと気付いていく逆転的な流れでした。オープニングの構成はそれを反映したものであって、同じ「締めのカットが変身前の姿」といっても今作とは若干ニュアンスが違うかもしれません。(もっとも、今作はまだ始まったばかりですが)
今作のオープニング締めが変身前の姿なのは、日常描写を推していると同時に、タイトルテロップ前と合わせて妖精との関係を強調したいんだというふうに私は受け取りました。
プリキュアの足跡に緑が蘇っていく→ラテの平和そうなあくび→キュアグレースからのどかへオーバーラップ→のどかたちと妖精たち全員集合――って流れなので。変身中だとラビリンたちがステッキの姿になっちゃうので、プリキュアの付属品っぽく見えちゃいますしね。