ID:INVADED 考察 名探偵とカエルちゃんの存在必然性について。

名探偵2人ってことは、カエルも2人? あともうひとつ。お姉さん、ミステリ読んだことある?

「世界のために何か自分の役割が用意されている、と信じることはおかしいだろうか」(第1話)

 おかしいです。
 だって、現に私たちは自分や周りの人の役割を認識していませんから。

 それを認識できるのは役割を決めた人、あるいはその人物と同じ視点に立てる人だけです。
 すなわち作者。もしくは読者。
 私たちが誰かの役割を確かに認識できる媒体がひとつだけあります。
 すなわち物語。アニメや、映画や、マンガや、ゲームなど。架空の物語の、架空の登場人物たち。
 物語の登場人物にはそれぞれ役割が当てられています。そして、物語がひとつながりの流れとして描かれるものである以上、その登場人物たちにはそれぞれ物語を構成する一部として果たすべき役割があります。
 私たちはそういうふうに物語を読解することができます。登場人物たちは自分たちがそういう目で見られていることを認識できないでしょうけれどね。現に私たちがそうであるように。

 たとえば――、
 推理小説には謎を解き明かす名探偵がいて、
 謎を仕掛ける犯人がいて、
 そして名探偵が謎を解こうとするきっかけとなる被害者がいます。
 推理小説は基本的にこの3者が揃って初めて成立します。(例外はありますけどね)

 名探偵がいなければ謎は解かれずに終わるでしょう。
 犯人がいなければ解くべき謎はつくられないでしょう。
 被害者がいなければ謎は気付かれることがないでしょう。

 だから、なのでしょうね。
 イドの世界に必ずカエルちゃんの死体が存在するのは。
 名探偵と犯人がいるだけでは物語になりません。それぞれが担うべき役割が与えられません。それでは犯人の無意識の世界を、読者(井戸端スタッフ)が読解することができません。
 ミヅハノメがイドの世界を描写するにあたって必ず名探偵とカエルちゃんの死体を配置するのは、それが犯人の無意識に潜む謎を物語として読解するために絶対に必要な構造だからです。

 すなわち、名探偵とは犯人の無意識領域に最初から存在していた登場人物ではありません。
 これはわざわざ書かなくても当たり前のことですね。私たちは名探偵の正体が鳴瓢たちだということをすでに知っています。

 そして、そうであるならばこそ、カエルちゃんもまた犯人の無意識領域に最初から存在していた登場人物ではないはずです。
 人間の無意識というのは本来物語の体裁を取るものではなく、従ってそのままで他人に読解できるようなものではなく、従ってまるで推理小説の導入部のごとく都合よく謎の在処へと導いてくれるカエルちゃんの死体なんて存在しようはずがありません。
 彼女は現実に存在しています。
 鳴瓢たちと同じように、現実世界からミヅハノメを通じてイドの世界へ侵入しています。おそらくは鳴瓢たちがイドの世界に侵入するのと連動して、同時に、同じイドに。

 犯人に自分を殺させるために。

 ・・・ところで、無意識領域での出来事とはいえ、自分の心のなかで人を殺すというのはどういう感覚なんでしょうね。
 私たちは当然の常識として、「人を殺してはいけない」と家族や学校の先生などから教わっています。「人を殺してみたい」とぼんやり思うことくらいはあるにしても、よほどの理由がないかぎり本気で「人を殺そう」だなんて考えないものです。
 それが、もしミヅハノメとカエルちゃんによって、本人の意思によらず強制的に人殺しさせられてしまったとしたら。そのとき私たちの心はどうなってしまうのでしょうか。

 ちなみに、井戸端スタッフが捜査に使用しているイドの世界は事件現場に残された思念粒子によってつくられたものなのでご安心を。本人の精神からは切り離されている・・・はずです。
 ここでなら何度カエルちゃんが殺されようと、イドの主の心に影響は及ばないと思います。
 ここでなら。

シェアする?

フォローする!