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魔法つかいプリキュア!ドラマ&キャラクターソングアルバム ドリームアーチ サウンドドラマ感想

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でも、なんでだろう。ふたりで乗った方が速く、高く飛べる気がする。

このブログはあなたが視聴済みであることを前提に、割と躊躇なくネタバレします。

 色々と記事をつくりすぎたフリップフラッパーズも一息ついたので、今さら感想。
 曲の方も感想を書きたいところですが、たぶんリンクルメロディーズも含めて長文になるでしょうし、そもそもアニメの感想とダダ被る気がするので書くかどうかは保留です。
 サウンドドラマはやや大人のファン向けな内容が多い気がしました。萌え的な意味で。やっぱりこういうファングッズの購買層ってオタクに偏るんでしょうか。はーちゃん探偵かわいい。

第1話 Dokkin! 魔法界はじめての夜!

 まず感心したのはリコ役・堀江由衣さんの演技。今話はアニメ第2話直後にあたるエピソードなのですが、その時系列を反映してリコの話し方にしっかりと壁を感じます。今(終盤)のリコの演技と全然違うんです。
 全体的に暗めのトーン、弾まない語尾、気負いすぎな「キュアップ・ラパパ!」、みらいに話しかけているようでその実自分に言い聞かせているようにしか聞こえない内向きな口調、遠慮しているのが見え見えな歯切れの悪さ、柔らかいのにあんまり暖かくない気遣い、などなど。

 私は普段アニメを見るときに声優をほとんど意識しません。物語や登場人物を知るうえで声優の正確や来歴なんて何の関係ありませんしね。せいぜいうまい演技を見たときにwikipediaで名前を調べる程度です。ですが、やはりこういう捻ったシチュエーションになるととたんにキャリアの差が如実に表に出ますね。
 実のところ、アニメ第2話時点でもリコはここまで固い話し方をしていません。そりゃそうです。まだ先行きが不透明な段階でこんなカチコチな演技をされたら、見ている私たちが気疲れしてしまいますよ。今回の堀江さんの演技は相当誇張されています。

 ですが、演技としてはこれが正解です。俳優は登場人物の物まねをしているのではありません。演じているんです。「この子のキャラクターならこのときこんな話し方をしているはず」だけでは足りません。さらに「この場面ではこういう役割を求められているんだから、この子がその役割を担うことになった状況を肉付けしていかないと」、ここまで要求されます。
 もちろんこれはある程度まで脚本が担うべき仕事でもあるんですが、物語も人物も、セリフだけで全てを表現しきれるものではありません。「役に生命を吹き込む」と表現されるように、俳優もまた立派なクリエイターです。顔や声がきれいなだけでは務まりません。脚本と演技指導から担当人物の来歴や人間関係、趣味嗜好まで想像して、ひとりの人物をつくりあげるのがクリエイターとしての俳優の務めです。(もちろんアイドルとしての役目もやっぱりあるんですけどね)
 学生演劇やっていた頃はこういう指導されてもピンとこなかったなあ・・・。ええ、さっきからエラそうなこと言ってますが、学生時代にちょっと演劇をかじってみた程度のシロウトのタワゴトです。

 けれどこの演技は本当にステキ。誇張されているからこそ、「そういえば出会うところから始まった物語だったんだなあ。特にリコは問題児だったもんなあ。ふたりとも本当によく成長したなあ」と、私たちに思い起こさせてくれます。
 みらい役の高橋李依さんの演技も相当上手いんですけどね。緊張して少し声がうわずっているところとか、不自然にテンションを上げようとしているところとか、乾いた呼吸音が多く混じったタハハ笑いとか。図書館の奥で迷子になったとき密かに体を震わせていたのを思い出します。けれど、そこまでやってもまだ堀江さんの方が2枚も3枚も上な印象です。

 しりとりを通して打ち解けていく過程がまたいいですね。最後には今のリコに繋がる気安い話し方に変わっていきます。ふたりの今後の関係を占うような、序盤の物語をぎゅっと圧縮したような、そんなステキな一幕でした。

第2話 マジヤバ! 変身ができない日!

 キュアフェリーチェがお姉さん役を務める貴重なお話。口調こそ大人びていますが中身がはーちゃんなので、いつもキュアミラクルキュアマジカルに対しては甘えた感じの話し方をしているんですよね。

 それにしてもみらいは「楽観的すぎる」「ひとりで突っ走りすぎ」「しばしば周りの人を振り回し、困惑させる」「直感で動きすぎ」「計画性というものがない」
 リコは「色々考えすぎ」「なにかに熱中すると周りが見えなくなります」「みんなから敬遠される」「案外不器用」「やることが極端」
 ・・・というのは、なんともふたりの欠点をコンパクトにまとめた表現ですね。この1年間はこれらの欠点をひとつずつ潰していった物語でもありました。第46話時点で残るはみらいの「ひとりで突っ走りすぎ」くらいでしょうか。いやはや、本当にふたりとも大きく成長したものです。

 まあ、フェリーチェが珍しくお姉さん役を務めてお説教しているといっても、結局子どもっぽさは見え隠れしているんですけどね。大人ぶった幼児が両親に向かってするようなお説教です。「ここがダメ! ここもダメ! 大人でしょ! モフルンを見習いなさい! 言い訳はダメ! モフルンはすごいのよ!」みたいな。
 あんまりうまく表現できませんが、説教している相手を下から見上げているような、その代わりにお手本としてモフルンを上に置いているようなところがたまらなくかわいらしいです。

第3話 夏だ!水着を買いにいこう!

 色々とドキドキするお話。3人の水着デザインの意図を紹介するエピソード。
 どんなデザインだったかなと第25話を見返してみたら、いきなりはーちゃんの頭突きスタートで吹き出しちゃいました。

 はーちゃんの水着にハートと星の意匠が施されているところまでは見ていませんでしたよ。よしんば見つけていたとしても、そこに意味を見つけようとは思わなかったでしょうしね。まだまだ視聴体勢がヌルいですね、私。
 良いアニメは画面に出てくるものことごとくにちゃんと意図があるものだといいます。そしてプリキュアは良いアニメ。オタク諸君よ、油断召さるな。

第4話 名探偵ことは! の迷推理!?

 迷推理といいつつ思いのほかちゃんと名推理していましたね。人が死なないミステリ、好きです。最近読んだものだと『雨の日も神様と相撲を』とか。いえまあ死体は出てきますが、話のスジも解くべき謎も別のところに比重置いてますし。

 というかはーちゃん探偵かわいい!(2回目) いやさ、名探偵ことはかわいい! いっそ1クールものでスピンオフしてくれないものか。小説でもいいですよ。元気だけどアホウじゃない探偵ってキャラクターがどうやら私のツボなようです。

 マジメな話をするなら・・・。ナシマホウ界の言葉を覚えはじめたリコがやたらと小難しい語彙を並べていましたが、物書きをするうえではこういうのはあんまり好ましくない文章とされます。特に日本語はひらがなカタカナ漢字(+アルファベット)と多様な文字が入り交じる言語なので、どれかひとつだけが紙面の多くを埋め尽くすようだとものすごく読みにくいです。それぞれをバランス良く含んでこそ読みやすい、美しい日本語になります。
 それから、書き文字ならともかく読み上げる脚本では熟語をなるべく減らした方がいいともいわれますね。熟語は同音異字が多いうえ、大抵は漢字を音読みするからです。訓読みは日本語における意味を表すのでパッと聞いただけでも伝わりやすいのですが、音読みは漢語での発音を真似たものでしかないので本質的に意味が伝わりにくいんです。日常語彙として定着した熟語なら使った方が通じやすいこともあるんですけどね。
 私も気をつけてはいるんですが・・・、なかなか難しいものです。語彙が足りないせいで変なところで頭を捻ることになりますね。

 マジメな話といいつつどうでもいい話をしました。どうも私の頭の中からはーちゃん探偵かわいい!(3回目)以外の感想がすっ飛んでいるようです。

第5話 月夜のふたり乗り

 これまでから続くこれからのお話。魔法つかいプリキュア!の物語が「太陽」魔法に着地する理由を紐解くエピソード。ところで「マホカ(おそらく改札や車内販売で使っていた電子マネー的なアレのこと)」って単語、アニメで出てきていましたっけ?

 アニメの方の感想では、はーちゃん/キュアフェリーチェが「あまねく生命に祝福を」与える存在でありながら同時に祝福される子どもでもある、という話をしました。この構図はみらいも同じだったんですね。
 「リコと出会ってから想像もつかないようなことばっかりだよ。モフルンと喋って、プリキュアになって、はーちゃんと出会って。ワクワクなことでいっぱいだよ」 この1年、みらいはたくさんの出来事からたくさんのワクワクを受け取ってきました。
 「やっぱりみらいは朝日奈がぴったりよ。朝日。みんなを照らす、太陽だから」 そうして受け取ったワクワクを無限の前向きさに変えて、彼女はみんなの明るく楽しい日々をずっと照らし続けてきました。
  みらいは運命の出会いを果たす以前から元々そういう子でした。ワクワクを受け取って、前向きさを返してくれる子。
 ほうきのふたり乗りがひとりで乗るよりうまく飛べるのも当たり前です。ひとりよりふたりの方がワクワクするんだから、ひとりよりふたりの方が大きな力を発揮できるに決まってます。(そしてこれはたぶんみらいだけの性質ではなくて、リコも、おそらくは私たちもそう)

 みらいのその性分は、実は1年間通してちっとも変わっていません。だったらみらいはこの1年間なにも成長していなかったのかというと、決してそういうことはなくて・・・。
 いいですか? バカバカしいくらい単純なお話ですよ。彼女はリコと出会ってからというもの、ものっっっすごくたくさんのワクワクを得てきました。そしてその分だけ、ものっっっすごくたくさんの前向きさをみんなに返してきたんです。たったそれだけのバカ正直な物量の拡大が、彼女の一番大きな成長。
 かつてまゆみひとりを元気にしていたみらいの笑顔は、今では魔法学校全体をまるごと動かしてしまうほどの大きな力へと変わりました。それができるだけの無数のワクワクを彼女は受け取ってきました。

 そっか。みらいは太陽か。それほどに大きな存在になっていましたか。だったら「悲しいお別れはもう嫌なの」という彼女が抱えている不安はなかなかにバカげているというか、実はとっくに乗り越えていたことになりますね。たぶんそういう着地になるんでしょう。
 太陽系において、太陽は唯一自ら光を発する恒星です。その意味で太陽は孤独。けれど一方で、太陽の周りには8つの惑星と無数の小さな星々が廻っています。太陽はみんなの中心にいます。
 みらいがみんなの太陽であり続けるなら、みんなはみらいの傍から離れずに居続けてくれるでしょう。物理的にはそりゃいつか遠く別れる日も来るでしょうが、その別れは悲しいものなんかではありません。別れた分だけいつか必ずワクワクする再会の日がやって来るからです。太陽の周りを星々が廻るように。ちょうど、魔法界での初めての友達であるジュンたちが再会するたびに新しいワクワクを届けてくれたのと同じように。
 一度繋いだ手と手は、たとえ「離れていても離れは」しません。太陽とその周りの星々は、近くても遠くても、どんなときだっていつだって、万有引力で互いに繋がっています。その証拠に、ほら、別行動していたはーちゃんとモフルンも、ちゃんとふたりを迎えに来てくれたでしょう。

今作の魔法界語

シルブペポンチョ:「しりとり」
フイッタンケタクタジントレア:「勉強」
フロヘラテッテケペンペチパーニャ:「授業」
フフベッケバッパ:「授業」
 かわいいかわいいリコ晒し。

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