魔法つかいプリキュア!第46話感想 クリスマスの魔法。子どもたちには幸せになる義務がある。

もちろん大変ですが、すべては子どもたちの笑顔のため。今日は世界中をサンタのソリが鈴の音を響かせて走るのです。

魔法つかいプリキュア! Blu-ray vol.4

(主観的)あらすじ

 マザー・ラパーパの力を継ぐ者・・・前回もたらされた衝撃的な真実から立ち直りきれていないはーちゃん。けれど浮かない顔をしているとせっかくの毎日が楽しくなくなってしまいます。頑張ってみんなで気持ちを切り替えます。今日は楽しいクリスマス。
 なんと、サンタさんの正体は魔法つかいでした。もちろんみらいたちもサンタさんを手伝います。魔法界の子どもたちもナシマホウ界の子どもたちも、みんな同じでサンタさんのプレゼントを楽しみにしています。みらいにはそのことが嬉しく思えます。
 一方、勝木さんは魔法つかいに会えますように、とサンタさんにお願いします。彼女にとってそれは自分を信じるための信念でした。たとえ誰に信じてもらえなくても、自分に魔法つかいの存在を証明できたなら。けれどそんな彼女の隣にも、今は友達のまゆみがいます。
 そのとき勝木さんの前にベニーギョが現れ、それを撃退するためにプリキュアも現れます。念願だった魔法つかいとの対面。プリキュアは正体を秘密にしないといけないと言いますが、勝木さんはそれでも構いません。これで自分を信じられるし、それに今は一緒に信じてくれる友達もいるのですから。
 翌朝。不思議なことに、みらいたちの家にもサンタさんのプレゼントが届いていました。サンタさんは自分たちだったはずなのに。けれどそれは当たり前です。みらいたちだってクリスマスを楽しむべき子どものひとりなのですから。

 勝木さんの物語の決着と、はーちゃんの物語が収束するための前段階。そういえば勝木さんの「私は私を信じてる!」は自己完結していて、それだけでは「手を繋ぐ」物語にそぐわないんですね。カッコよすぎて気付きませんでした。その信念をまゆみという友達が拡張してくれるのは素晴らしい落としどころだと思います。はーちゃんのルーツにまつわる物語も、みらいたちが家族になったことが活きる展開になるようで何より。
 あなたのところにはいつまでサンタさんが来てくれていましたか? 私のところは物心ついたときから自分も一緒にプレゼントを買いに出かけていたので、そもそもサンタさんが来たことがありませんでしたね。まあそれはそれとして。
 サンタさんが煙突から入ってくるのではなく、家の人が招き入れているというのは現実に即した夢のある設定だと思います。だって日本の住宅に煙突なんてありませんし。サンタさんは壁をすり抜けるんだよ、みたいな説を聞いたこともありますが、そんな超常的な設定よりこちらの方がスマートで信じやすい。なにせお父さんお母さんは子どもより遅くまで起きているものですからね。大人の時間は子どもたちの知らない不思議な世界。
 次回ベニーギョ退場で、そこから3話使って最終決戦(or最終決戦2話+エピローグ)というところでしょうか。みらいの悲しいお別れへの恐れも、リコの夢の具体像も、はーちゃんの出自に対する不安も、結論に至るための材料はすでに揃っています。あとは答えを出すだけ。ミトメールもちょうど残り2回。振り返ってみれば今年も完璧なペース配分でしたね。

はーちゃんの笑顔

 いつもなら真っ先にはしゃぎだすはーちゃん。それが魔法商店街のクリスマスイベントを前にしてぼんやりしているのですから、みらいたちもどうしたらいいものか困り果てます。
 理由もわかっていますしね。「彼女こそ、かつて我らがデウスマストと渡りあったマザー・ラパーパの力を継ぐ者」 はーちゃんはラブーとの戦いの中で自分が「特別な」存在なのかもしれないと悩んでいました。前回ついにそれが真実であると確定してしまったのです。女神。特別な力。大好きなみらいやリコとの決定的な違い。
 はーちゃんにとってそれはあまりに重い真実です。半年前にも、「特別な」リンクルストーンであるエメラルドを持っていたがために、それをつけ狙うヤモーとの戦いにみらいたちを巻きこんでしまったばかり。それでもみらいたちは「はーちゃんが大好きだから」と助けてくれましたが、今度の真実はあのときのものよりもっと重い。エメラルドだけでなく自分自身も「特別」でした。
 デウスマストはヤモーよりもはるかに強大です。またみらいたちを自分のせいで傷つけてしまうかもしれません。それに、特別な力を授かったからには特別な運命も待ち受けているかもしれません。近い将来、みらいたちと離ればなれになってしまうかもしれません。
 はーちゃんにとって「特別」であることはただただ辛いことでしかありません。

 けれど、笑います。はーちゃんはそれでも笑います。
 だってはーちゃんが「特別」を辛く思うのは、そのせいでみらいたちを傷つけてしまうかもしれないから。そのせいでみらいたちとお別れしなくちゃいけないかもしれないから。だから、自分が笑わないことでみらいたちの顔を曇らせてしまうのはそれらと同じことなんです。悩みを顔に出すことで自分がみらいたちを傷つけてしまっては本末転倒です。
 以前はーちゃんは魔法をかけました。「みらいとリコとモフルンと、ずーっと一緒にいられますように」 そのあどけない魔法が重すぎる運命を打ち破れるかはまだわかりませんが、少なくとも日々の努力なしには決して叶わないでしょう。
 だから、努めて笑います。みらいとリコとモフルンに向けて。「きれい! ねえ、これ何てお祭り?」

 「クリスマスっていうのよ」「魔法界にもクリスマスがあるなんて私もびっくりしたよ」 みらいたちもそれをわかったうえではーちゃんの笑顔に乗っかります。彼女が楽しく過ごせるように。
 プリキュア史上最も平穏なクリスマス回は、こんな思いやりに満ちた楽しいおしゃべりから始まります。
 笑いましょう。今日一日を楽しくするために。

 ・・・アバンから泣かせないでください。

勝木さんの信念

 「私は私を信じてる!」 勝木さんの信念は大人顔負けの、とてつもなく強固なものです。もし彼女が前作Go!プリンセスプリキュアに登場していたら、きっと七瀬ゆい並みに重要な活躍を見せていたことでしょう。なにせ彼女は形のないものを信じ、それを自信の拠り所としているんですから。形のないものは壊すことができず、従って彼女のようなタイプは絶望のしようがありません。

 どこかで語ったような気もしますが、私は愛を信仰しています。独り身で、友達も少なくて、私自身に愛が向けられる機会はそう多くないですが、それでも愛を信じています。たとえ私自身に向けられる愛がなくとも、外に出れば手を繋ぎあうカップルや、賑やかな友達グループ、仲睦まじい親子なんかをそこら中に見かけることができます。
 愛はいつだってどこにだって絶対にあります。それが、なんだかステキだなあと。そういう普遍的なものが確かにあると思うとどこか安心するんです。
 変な話ですが、私はそうして愛を信じることによって自分を好きになりました。客観的に見るなら能力的にも社会的にもしょうもない人間ですが、それでも私は私が好きです。自分の人生を後悔しません。なんで愛を信じることがそこに繋がるのかは我ながらよく分かりませんけどね。
 きっと神様を信仰するというのもこういう感じなんでしょうね。御利益があるから信じるんじゃないそうです。ただ神様がいるから、神様が好きだから信じているんだそうです。御利益は単なる実在の証明にすぎません。

 「魔法つかいに会わせてください。勝木かな」 彼女のサンタさんに届ける願いは、信仰におけるご利益のようなもの。
 「そして確かめたいんです」「今まで魔法つかいを見たとはいっても、遠くから小さく見えてただけでしょう? だからそれが魔法つかいだと思い込んでただけで、ひょっとしたら実は宇宙人かもしれないし、作り物かもしれない。だから本人に会って確かめれば間違いないでしょう?」 会うこと自体が喜びなのではありません。己の確信を強めるために、それを求めるんです。
 「気付いたらひとりになってた。いろんな本も調べてみたけど、ほとんどの幽霊やUFOは嘘かなにかの見間違いだって書いてあったわ」「私はただの嘘つきなのかな? ううん、違う! 私は確かにそれを見たはず。私は自分の見たものを証明するため、前に進むの」「たとえ誰も信じてくれなくても!」 ・・・強いなあ。何が強いって、そのせいでひとりぼっちになったというのに、証明することで失ったものを取り戻そうとは考えていないところですよ。友達を見返してやるために証明するなんて陳腐な話ではないんです。ただ自分が確信できればいい。自分が確信するためだけに行う証明。自分さえ納得できれば自信に繋がるという強烈な自己完結ぶり。

 そりゃあどれだけ奇異な目で見られてもめげないわけですよ。例えばみらいはリコやはーちゃんと繋がっている確信を自信の拠り所にしていて、だからこそ繋がりが絶たれることを何よりも恐れています。けれど勝木さんの場合はそれが自己の範囲で完結しています。自分が確信できていればそれでいいので、友達が否定しても、偉い人が否定しても、彼女の自信はちっとも揺らぎません。
 言ってしまえば魔法つかいや幽霊やUFOが実在しなくたって構わないわけです。勝木さんがその存在を確信できさえすれば。神様と同じです。科学的にはその存在を証明する手段がありませんが、信仰している人からすればそれは当然に存在します。それで充分。
 「私は魔法つかいさんが本当にいたってわかっただけで充分なんです!」

 とはいえ、では自己完結できる信念が最上なのかといえば、実はこれまたそうでもありません。先ほどご利益が信仰を強めると書きました。信仰した時点で揺るがないものを得たはずなのに妙な話です。信仰を得たうえでこれ以上何を求めるというのか。
 簡単な話です。信仰を持つことは、あるいは信念を持つことは、それ自体が幸せなことでもあるからです。より強い信念はより大きな幸せとなります。
 「かな。早く追いかけなきゃ!」 まゆみが我が事のように勝木さんの信念を信じてくれたことは、勝木さんを幸せにしました。自己完結できるからといって、誰かと手を繋ぐことを無意味とはしません。それが無意味ならまゆみの初恋のときにわざわざ干渉したりしません。

 「やっぱり信じてくれる人がいた方がいいなって」 ひとりでもいいかもしれないけれど、ふたりなら、みんななら、もっといい。
 巡り会う奇跡と繋がる魔法は、これほど成熟した人の心にすらも幸せを育みます。

あまねくみんなのクリスマス

 クリスマスは子どもたちを幸せにします。これはもう、キリスト教における聖誕祭という原義を超えて、もはや絶対的な不文律です。おいしいごちそう、楽しいパーティ、ステキなプレゼント。ありとあらゆるものが全部幸せ。一種の魔法ですね。
 きっと魔法の言葉を唱えたのは大人たち。「すべては子どもたちの笑顔のため」と。

 その魔力の強大さたるや、特に理由もなく偶然にベニーギョを勝木さんの前に呼び込み、魔法つかい召喚のための贄とするほど。「魔法つかいに会わせてください」という子どもの願いを叶えるためなら、サンタさんはどんな大仰な仕込みだって厭いません。

 はーちゃんに対してもそうです。楽しく過ごすために笑顔になる? そんな大人びた不健全、ゼロ歳児には20年早い。無理に笑わせてなんてなるものか。
 「サンタさんになってみんなに夢を届けられるなんてワクワクもんだあ!」「よーし、私も頑張るぞー!」 サンタさんのお手伝いという楽しいイベントを呼び込んで、その笑顔を心からの笑顔に変えてしまいましょう。
 代償はアイザック先生のぎっくり腰。子どもたちの笑顔のためだ、喜べ。

 かつてマザー・ラパーパはたったひとりでデウスマストと戦い、倒れました。はーちゃんはそんな悲しい力を受け継いでいます。
 けれど、はーちゃんは子どもで、みらいとリコとモフルン、3人のお母さんの愛情を受けて育ちました。彼女のいるところには幸せが満ちています。
 「あまねく生命に祝福を」 そうは言うものの、今の彼女は一方的に祝福を与えるだけの存在ではありません。自分が祝福を振りまいた分だけ、3人のお母さんや周りのみんなから自分も祝福してもらえる存在です。
 「うん? なあに?」「はーちゃんが元気だから嬉しいんだよ」「はー! みんなが一緒なら私はいつも元気だよ!」
 大丈夫。あなたはマザー・ラパーパにはなりません。

 ペリドットは暗闇の中にいる人のために光明をもたらすパワーストーンです。たとえどんな不幸の中にいたとしても、どんな悩みを抱えていたとしても、希望は絶対にあなたのすぐ傍にあります。だからどんな人だって、幸せになっていい。

 今日はクリスマスです。すべての子どもには幸せになる権利があります。あえて条件をつけるなら、みんなが良い子でいてくれることくらい。
 大人たちは手ぐすね引いて、あなたたちを幸せにするチャンスを今か今かと待ち構えています。いっそすべての子どもたちには幸せになる義務があるといってもいいくらい。だから今すぐ良い子になりなさい。大人たちにあなたを祝福させてあげるために。

 正義のヒーロー、プリキュアだって例外ではありません。大人たちに並んでサンタさんの手伝いができるくらい立派なみらいたちですが、それでもやっぱり彼女たちは子どもで、良い子です。
 「みらいさん、リコさん、ことはさん。あなたたちのおかげで無事子どもたちは笑顔になれました。ありがとう」
 世界中の子どもたちと同じように、彼女たちにもプレゼントを受け取る権利があります。クリスマスの日に幸せになる義務があります。

 魔法つかいプリキュア!は、どこにでもいる普通の子どもたちが、たくさんの祝福の中で幸せな毎日を過ごす物語です。
 「キュアップ・ラパパ! 今日もいい日になあれ!」

今週の魔法文字

魔法商店街のあちこち、みらいたちのクリスマスケーキ:「MERRY CHRITMAS」
「メリークリスマス」
 言わずもがな。チョコレートプレートにみらいたち3人の似顔絵を描くあたり、この世界の大人たちはつくづくいい仕事をしますね。

リコのクリスマスプレゼント:「MAHO WO MANABU」
「魔法を学ぶ」
 魔法は超楽しい。彼女の立派な魔法つかいになるという夢は義務感ではなく憧れから来ているんですよね。

女の子の手紙:「MAMA- DAKARA EPR?」
「ママと~ だからエプロン」
 エプロンの部分が謎スペルになっていますが、正しくは「APRON」あるいはローマ字書きで「EPURON」ですね。
 このシーンも「手を繋ぐ」テーマに繋がるいい小エピソードでした。

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