ゼノブレイド Definitive Edition プレイ日記 第1章「静かなる情景」

退かなきゃ死ぬが、退けば未来は掴めない。なら、掴もうぜ、未来。

※ 注意:このブログは基本的にネタバレに配慮しません。
※ 掲げてあるセリフと画像がチグハグなことには何の意図もありません。

(主観的)あらすじ

 今は遙か、神話の時代。世界には空と海と、そして2柱の神がいました。巨神と機神。2柱は昼も夜もなく争いつづけ、やがて、お互いの躯に刃を斬り込ませて骸となりました。巨神の骸はやがて緑を繁らせ、獣を育て、そして人間――ホムス、ノポン、ハイエンターの各種族を生みました。

 時は流れ、人の世に語られるもうひとつの伝説の時代、今より1年の昔。沈黙を守っていた機神界から突如機械仕掛けの兵団が襲来。彼らは物言う口を持たず、想いを訴える目を持たず、唯一鉄をも斬り裂く爪と銃弾を遮る殻だけを持ちあわせて、巨神界に住まう人々の命を冷酷に摘み取っていきました。
 この恐るべき蹂躙から人類の未来を守ったのが、神剣モナドに選ばれ“なかった”ホムスの英雄・ダンバン。彼は神剣の不適合に全身を苛まれながらも奮戦し、大剣の渓谷での撤退戦の折、戦友ディクソンとムムカを両翼として敵の大軍勢へ反転突貫。わずか3名でことごとくを斬り伏せて戦局を覆しました。

 以来、戦災の爪痕は深く残りながらも人々は穏やかな時間を享受してきました。
 巨神の脛にあたるホムスの街・コロニー9――。
 若き工学者・シュルクは、英雄ダンバンの持ち帰った神剣モナドの研究に情熱を注いでいました。ダンバンは機神兵の侵略から人類の未来を守ったものの、無理に神剣を振るいつづけた代償として右腕の随意を失っています。今は平和だといえ、いつか再び機神兵の襲撃がないとも限らない世の中。シュルクはモナドの秘密を解き明かすことで、ダンバンの守った未来をさらに遠くの未来へ繋いでいくことを夢見ていました。
 彼には歳近い友人がいました。ダンバンの妹であるフィオルンと、街の防衛隊員として働いているライン。ふたりとも気持ちがまっすぐで、思いやり深く、そして賑やかな、よい友人でした。
 今日はラインが受けた懲罰任務に3人連れ添って、郊外にあるマグ・メルドの遺跡へ出かけます。

 穏やかな日。守られた未来。何事も起きない平穏が、ずっと続くと思っていました。

 どこまでを一区切りにしてプレイ日記を書こうかなー(※ プレイ“日記”とは)、と考えながら、とりあえず巨神脚まで進めてから開いたイベントシアター。
 ・・・今作、ゲーム側で章分けされていたんですね。そして第1章がマグ・メルドの遺跡までだという。全部で何章になるんですか、それ。

 それにしても、追加ストーリーのときから密かに思っていましたが・・・、上級者設定、実は手動レベル調整以外あんまり意味ないなコレ。討伐クエストをこなしながらマップ埋め&目についたユニーク狩りをしているだけで普通にレベルが上がりすぎてしまうっていう。まあストーリーを進めるとき自分で下げるから問題ないんですが。
 ただ、私はバトルより人助けやハイキングを楽しみたい派なので、上級者設定を使うにしてもそちらでの経験値は貰いたかった派。どうせ手動でレベル調整するならフレーバーにしかならんのですけどね。でもRPGをロールプレイするゲームとして楽しむうえではそのフレーバーこそが大事なのですよ。次回作ではプールされる経験値の種類を自分で調整できるシステムになってくれないかなと密かに希望しております。

掴もうぜ、未来

 第1章はダンバンによる大迫力の剣戟を見たあと、ひたすらにのどかな時間を体験することになります。
 街がモンスターに襲われるようなことはなく、わざわざこちらからちょっかいをかけないかぎり争いになること自体ほとんどありません。
 シュルクは次の機神兵の襲撃に備えてモナドを研究しているわけですが、それにしたって別に焦りや危機感、憎しみのようなものを抱いているわけではありません。どっちかというと知的好奇心優勢な感じで、この頃のシュルクは若干マッドサイエンティストな印象すら漂わせています。
 コロニー9にあるのも誰かと争うことを想定した軍隊ではなく、もっと牧歌的な防衛隊。自走砲の操縦訓練でうっかり民家に激突しても大して騒がれることなく、腹筋を破壊する体育会系懲罰だけで許されるのんびりとした住民感情。
 まるでゲームのラスボス撃破済みの世界を歩いているがごとき平和っぷり。実際、この平和は英雄ダンバンの奮戦によって勝ち取られたものでした。

 一方で、過去に巨神界を危機に陥れた機神兵たちは顔無しの軍勢です。目も口もなく、つまり見るからに対話不能だと確信できるような相手。巨神界に人々にとっては天災みたいなものだったでしょうね。相手の目的やイデオロギーを知ることがなければ、そんなものイナゴの群れと同じです。
 だから、コロニー9では機神兵の恐怖を聞くことはあっても、彼らを憎む声は聞こえてきません。反攻戦力が足りていないという事情も大きいでしょうが、彼らを送りこんた国へ乗り込んで全滅させようといった過激な意見も出ていません。
 人々に絶望をもたらしたあの戦乱は天災。ただの理不尽であって、その裏に誰かの悪意があったわけではない。誰かを憎めば解決するような性質のものじゃない。過ぎ去ってさえくれたら諦めもつく。

 気まぐれな理不尽が世界に絶望をもたらし、それに抗う人間の意志が希望をもたらす。
 この世界はそういう構図として人々に解釈されていました。
 ホムス、ノポン、ハイエンターと多民族が暮らしているにも関わらず、これまで大きな摩擦が起きなかった過去が、そういう牧歌的な考えかたに拍車をかけてもいたのでしょう。
 戦乱からたった1年しか経っていないのに世間が殺気立っていないのは、おそらくそういう事情です。誰もが“憎むべき相手”の出現を想定していませんでした。だからこその平和。無条件の協調。
 このあたり、『つながる未来』の時代とは少し異なる社会情勢ですね。

 それゆえに、このあと現れる“顔付き”とその所業は、多くの人々に動揺をもたらすことになります。

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