プリンセス・プリンシパル 第3話感想 “普通”であるという、かけがえのない強さ。

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「私は姫様が好きー! 姫様の優しさも上品さも賢さも、みんな大好き! だから私が姫様を守る! 守って、守り抜いて、姫様の隣にふさわしい女の子になるー!!」
「私は、プリンセスなんて大っ嫌い!」

――互いの大好きなものについて語らう友人たちの肖像

 ああ、我がロンドンは天上まで蒸気と埃に覆われて、陽光の届かぬそこかしこに昏き影が淀んでしまった! 背を委ねるべき天使たちは権謀術数の投網をもって待ち構え、目の前では夜闇を捏ねて固めてつくられた悪魔が嗤う。而して我が腕はあまりにか細く、泣き濡れたところで救いも無し。

 今話の主役はプリンセス唯一の朋友・ベアトリス。血なまぐさいスパイたちの物語とは到底相容れない“普通”の常識を持った少女です。
 その“普通”っぷりときたら! 論理的に考えて一番マシな選択肢であるところのアンジェたちを感情論でつっぱね、作戦行動中に自身の危険すら顧みずケンカをふっかけ、生きるか死ぬかの鉄火場ですら平然と甘い理想論を振りかざす! なんて非常識な“普通”っぷり!!
 一般に、彼女のような首尾一貫とした“普通”っ子を馬鹿といいます。もしくは空気の読めない愚か者。あるいは・・・ヒーロー。

 私は彼女のような馬鹿を心から尊敬します。誰もが諦めた暖かいものを後生大事に守り続ける、その鉄壁の頑固さを美しいと思います。
 彼女は清らかなものしか知らない夢想論者ではありません。人並みにクソッタレな悪意に揉まれ、人並みにクソッタレな汚泥を啜って生きてきました。他人がクソッタレな世界に適応して大切だったものを手放していくなか、どういうわけか彼女だけは諦めませんでした。大切なものを手放すくらいならと、彼女は今日も歯を食いしばってクソッタレな世界に抗い続けています。
 その異常な“普通”っぷり。彼女のようなへこたれない理想主義者を、テレビを通して見守る私たちはしばしばこう呼びます。

 「ヒーロー」と。

ベアトリスの世界

 彼女を取りまく状況についてざっとおさらいしましょう。

 まず、プリンセスの置かれている状況は前回の想像どおり、かなり悪いようです。
 「警察はノルマンディ公の息がかかってるし、海軍大臣のアンキテーヌ候も姫様のお味方とはいえない」
 ノルマンディ公は当然のように政敵なんですね。彼と並んで海軍大臣の名が出てくるのは、おそらく王国最大戦力である空中艦隊の管轄が海軍にあるからでしょう。ドロシーが空中艦への潜入工作に利用したトイレのドアには「HEAD」と書かれていました。これは帆船が幅をきかせていた時代からの伝統的な海事用語です。
 治安維持組織とも軍隊ともパイプを持てず、つまりプリンセスは政治的に孤立していることがうかがえます。

 「本日は10時から皇太子殿下のお見送りが入っています。その後、生活改善協会の結成式にご参加いただき、女王陛下のお言葉を代読していただきます」
 幸い女王からの寵愛は篤いようで、名誉ある公務を賜ってはいますが、本当にただ名誉があるだけです。政治的には何の力も及ぼせない、自分の個人的な意思を表明する機会すらない、単なるお飾りとしての仕事です。
 そもそも本来学友でしかないベアトリスがメイドや執事のまねごとをしていること自体おかしい。身辺を警護する兵員が充実している割に身の回りの世話係を持てていないということは、この警備兵はプリンセスの私兵ではなく別の誰かが遣わせたものと考えるべきでしょう。彼女には有力な後ろ盾がいないことは明らかなので、その何者かの意図は推して知るべし。・・・というかこんな手配ができるのは女王からの信認高いノルマンディ公でしょ、どうせ。
 要するにプリンセスは事実上、クイーンズ・メイフェア校で軟禁状態にあるというわけですね。割と積んでます。

 こんなどうしようもない状況下で、アンジェの用意した逃亡計画を蹴ってまで、なおもプリンセスは女王への道を望んでいるわけです。
 もう単なる我欲という線はありえないですね。この状況から王位継承権の順位をひっくり返すなんてあからさまに無理筋です。それでも望むというからには、いったいどんだけ重たい理想があるのやら。

 一方ベアトリスは機械狂いの父親のもとに生まれ、声帯に機械を埋め込まれるなど、それなりに凄惨な幼少時代を過ごしてきたようです。彼女を冷たい目で見下ろしていた婦人は母親でしょうか。この婦人もベアトリスや彼女の父親同様、右手に機械を仕込まれています。見るからにマトモな家庭じゃありませんね。

 家庭に問題を抱え、周囲からも蔑まれてきたベアトリスにとって、プリンセスは唯一友達として接してくれた、かけがえのない恩人のようです。
 「ねえベアトリス。私たち、お友達になりましょう」
 出会った年齢は10歳そこそこくらいでしょうか。少なくとも前話にあったアンジェの回想よりは明らかに年かさで、つまりベアトリスと友達になったプリンセスは紛れもなく現在のプリンセスということになりますね。
 ちなみにこの「私たち、お友達になりましょう」については、実は前話でアンジェにも同じ言い回しをしていました。この言葉を大切な想い出としていたベアトリスにとってはさぞかし心中複雑な思いだったことでしょう。改めて見返すとすっごい変な顔をしていますね。そりゃ良い感情持たないわ。

 「姫様! 姫様! 姫様! 姫様! 姫様! ・・・」
 機械声帯の調律用フレーズにプリンセスの呼び名を選ぶほど、ベアトリスはプリンセスを敬愛してやみません。どうしてそこまで慕うのかといえば、それは彼女にとってプリンセスの傍にしか自分の居場所がないから、というわけですね。
 「私知ってる。神様は何もしてくれないって」
 家族もそれ以外も、ベアトリスを傷つける悪意の存在でしかなかった。誰も彼女を救ってくれなかった。ただひとりの例外、プリンセスを除いては。
 けれどプリンセスの周りにも救いは存在しなかった。ノルマンディ公は政敵。アンキテーヌ候は日和見。唯一の味方であろう女王の威光も残念ながら届いていない。
 ベアトリスの居場所はプリンセスの傍にしかなく、けれどベアトリス自身にもプリンセスにも味方はひとりとしておらず、彼女の大切な居場所は四面楚歌。その居場所を手放さない限り、このままでは遠くない日に彼女はプリンセスと共に破滅してしまうでしょう。

 「守れるのは、私だけだ」
 けれどベアトリスは諦めません。手放しません。彼女は誰もが捨てた大切なものを今日まで抱き続け、それゆえに彼女はこのクソッタレな世界において誰よりも“普通”でいられたからです。
 「大切なもの」とは具体的にいうなら真っ当な人間としての誇り、尊厳とでもいいましょうか。当たり前に接してくれるという、本当なら当たり前であるべき善意の有り難み、彼女たちの世界よりはマトモな世界に生きる私たちにとっても大いに共感できるものですよね。
 大切なものをなくしたくないという“普通”の感性こそがベアトリス最大の強み。追い詰められた鼠は猫にだって噛みつくもの。クソッタレな世界に残された唯一の日だまり、暖かな居場所を守るため、誰にも頼れず、自身の非力も自覚してなお、彼女は世界の悪意に抗い続ける決心を固めます。子鼠にだって矜持はあるんだ。

マウス・ヒーロー

 そんなわけで、ベアトリスはプリンセスの近くに現れたあからさまに怪しいスパイたちを厳しく警戒することになります。(「私たち、お友達になりましょう」を盗られた個人的な恨みもあるしね!)

 もっとも、決心を固めたとはいえしょせん子鼠ほどの力しかないわけで、基本的には思いっきり足手まといを繰り返しちゃうわけですが。
 うっかり装備も無しに送水機に落ちちゃったり、アンジェひとりなら突破できる兵員室越えを諦めさせたり、最悪のタイミングでアンジェの体に結んでいたロープを引っぱっちゃったり。あげくアンジェを困らせた諸々の原因が自分にあることに気づくことすらありません。これがアンジェ主人公のゲームだったなら、大抵のプレイヤーからワーストに嫌われる、いわゆる護衛ミッションってやつだ! やったね!

 けれど彼女の美点は、これら諸々のトラブルの原因になってなお“普通”の常識を忘れていないことにこそあります。なんだかんだでパニックすら起こしてないんですよね、この子。本当に強いと思います。
 “普通”の何が強いか。それは人としてあるべき正しい選択を見失わないことにあります。
 「アンジェさん! 大丈夫ですか!?」
 どれだけ憎々しく思っている相手であっても、傷ついた姿を見たら心配できる、人として正しい感性。
 「国とか主義とかそんなもののために命かけてるんですか!? 死んだら終わりじゃないですか!」
 生命という取り返しのつかないものをかけがえなく思う、人として正しい倫理観。
 「一か八か、ケイバーライトが砕けたらふたりとも死ぬかも!」
 「構いません!」

 それらの“普通”の精神性の上にしか立脚できない、人として正しい選択。

 「私はここで死んでもただのスパイよ。でもあなたが捕まったらプリンセスが疑われる。そんなこと絶対に許さない!」
 状況から鑑みて合理的なのはもちろんアンジェの考え方です。何にせよ目的は達成できる。これがリスクも犠牲も最小にできる最適解のはず。プリンセスへの誠意も強く込められていて、感情的にアンジェを疑っていたベアトリスをも充分に納得させうる言い分といえるでしょう。ベアトリスがマトモな子だったなら。
 ですがベアトリスさんってばちっともマトモな子じゃありません。自分の身に危険が及んでなお“普通”でいられる、とびきり肝の据わったヒーローです。
 “普通”の感性を持った人なら、どんな状況であれ誰かを死なせることを良しとはしないでしょう。常識で考えて生命はかけがえのない大切なものです。それを捨ててもいいと考えることが合理的だというなら、それはもう、そういう発想をさせる状況の方が異常なんです。改めて言うようなことではないけれど。

 アンジェはスパイだから死んでもいい? そんなふざけた話があるものか。そんな常識は“普通”じゃない!
 黒蜥蜴が提案した合理的な作戦を蹴っ飛ばして、子鼠は子鼠らしく巨大な猫にも噛みつきます。“普通”の道理をゴリ押すために、無茶の力で理不尽な道理を引っ込めます。アンジェが常識としてきたスパイの世界の非常識に、ベアトリスの“普通”の感性が風穴を開けます。アンジェにはたどり着けなかった、誰もが幸せになれる理想の「第三の選択肢」を見つけだします。これがヒーローじゃなくていったい何だというのか!

子鼠と黒蜥蜴

 「私は姫様が好きー! 姫様の優しさも上品さも賢さも、みんな大好き! だから私が姫様を守る! 守って、守り抜いて、姫様の隣にふさわしい女の子になるー!!」
 ベアトリスの“普通”さは、今後アンジェの大きな助けになるでしょう。アンジェには理想があるからです。プリンセスを女王にするという、マトモにしていたら到底叶えられない大きな理想が。
 ですが不幸にしてアンジェはスパイとして生きるためにベアトリスのような“普通”さを押し殺してきました。(なんとなくまだ燻っている気配もするけれど)
 このあまりにも途方もない理想を叶えるために、ベアトリスの“普通”は頼りになるでしょう。彼女には自分を取りまく全ての世界を敵に回してなお大切なものを手放さない強さがあります。

 「私は、プリンセスなんて大っ嫌い!」
 「・・・やっぱり嘘つきですね、アンジェさん」

 アンジェという信頼に足る友人は、今後ベアトリスにとっての大きな救いとなるでしょう。今まで彼女の周りには敵しかいませんでしたから。大切な日だまりを守るためにクソッタレな世界で孤軍奮闘してきた子鼠は、背中を黒蜥蜴に預けて少しは肩の荷を下ろせたと思います。
 スパイらしく、全ての秘密を打ち明けてもらえたわけではありませんが、それでも構いません。彼女にとって大切なのは、アンジェがプリンセスの助けになりたいと願う同志だという一点のみなのですから。

 「私、紅茶は塩派なの」
 「黒蜥蜴星のお塩です」
 「このお塩甘いな」
 「高級品ですから」

 プリンセス・プリンシパルはスパイの物語ではありません。スパイの「少女たちの」物語です。
 夢や希望を忘れて子どもの物語が成立するものですか。

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