飼ってるわけじゃないから。あの子は自由な方がいい。
―― 少女を映す鏡

拒絶
「永遠に高校生なのはNO! 私高校好きじゃなかったー」
「私も」
「大丈夫。留年するとしたら私だけよ」
子どもは自分と他人が別の存在だと知って大人になっていくものです。今まで自分と同じ同質だと思っていた相手(親、友達、先生etc)が本当は別のことを考えていると知り、本当は別のものを好むと知り、本当は別の夢を持っていることを知って、分化します。
「お母さん、私がポテトサラダのきゅうり嫌いって知ってるよね?」
「ねえ、私こないだあの子とケンカしたばかりなのにどうして一緒に誘うの?」
「先生、私が予習してないときに限ってわざと当ててくるよね?」
――知らねえよ。
私とあなたは違う人間です。あなたのことを何もかも知ってあげられるわけじゃありません。
そのことに、ある日、何気ないことから、ふと気がつくんです。
親のくせに / 友達のくせに / 先生のくせに、私のことなんにも知らないんだ。
親が、友達が、先生が、ある日突然他人になります。
ハイティーンとはそういう自他の断絶を一番劇的に思い知る時期であり、そしてそのために一番傷つきやすい時期でもあります。
それがしんどいからこそ、彼女たちは自分だけの特別な何かを求めるんです。
絶対に私を傷つけない、絶対に私を叱らない、絶対に安全で安心できるもの。
「この街を守りたい」
「ここにいたい」
「ここが私のすべて」
――モラトリアム最後の砦。
大切な原宿から宇宙人や爆弾、それだけじゃないありとあらゆるものを排斥するガラスの壁。
青い少女たちが知らず知らずに抱いていた大それた願望。
「バブル」と呼ばれるこの砦は、まぎれもなく彼女たちの心がつくりだした最初の創作物です。
「ひとつ言えることは、このバブル状のものはみなさまの原宿を守りたいという思いに反応し出現したと思われますので、この状況はみなさまの願望であったのでは?」
ハタから見てるとものすごくマズげなシロモノを、あたかもイイモノであるかのように一旦受け入れさせちゃうこの青臭い展開。いやー、実に高橋ナツコですね!
GIRLS
「そうね。そのとおりね。わけのわからない宇宙人に襲撃されて、バブルに閉じ込められて、これからどうなるかもわからないなんて、ホントステキな週末だわ! 想像を超えるような、ね!」
わかりやすく恐慌するこの子、まりはとてもフツーの子ですね。
普段から派手な服装に映画的な言葉づかいで武装してはいますが、その実この子はものすごく小心者です。とてもわかりやすい子。3人の中で一番弱っちくて、そしてある意味一番大人でもあります。
現実志向なんですよね。3人の中で唯一、自分がモラトリアムの中にいることを正しく自覚しています。
読モをやっています。アイドルの卵です。原宿で人気の服だって縫えちゃいます。とってもマルチな才能を持っているのに、けれどそれでも自分は「魔法使い」じゃない。なんでもできるわけじゃない。そのことをちゃんと理解しています。理解したうえでモラトリアムに逃避しています。
だからこそ、この子は非現実に対応できない。
どんなに楽しい夢だって、そんなの結局一時しのぎのまやかしでしかないことを知っているから。
現実が非現実に優越するつまらない世界のあり方を知っているから。
だから、非現実が現実を脅かすこの異常事態に、彼女だけが恐慌します。
「私、ケータイもパッドも使いすぎって親に言われてたからちょうどよかったかもー。あ、いやよくないか。家族にも連絡取れないってことだもんね。あははは」
ことこのようにバブルのなかでいつものテンションを保っている方がおかしいんです。
この子ってば他人との関係性の中だけに生きてますからね。しゃべっていないと死んじゃう系。目の前に友達が居さえすればとりあえずそれで万事問題なーし! とか考えていそう。
甘えているんですよね。目の前の非現実について積極的に考えることを放棄しています。だって、そういうのはどうせ友達が考えてくれるし。自分は分析とかそういうお願いされたことだけやっていればいい。
自分と他人を分化できていません。友達の考えることがイコール自分にも適用できると無邪気に信じていて、だから自分では何も考えずにいられるんです。この子は3人のなかで一番幼い。
だから、この子は非現実のなかでも脳天気にぽわぽわしていられるんです。
「触らなければオーケーでしょ」
じゃあ中間のりとが一番安定しているのかというと・・・これがまた全くそんなことはないわけで。
現状一番危ういのが彼女です。バブルに閉じ込められてから妙に生き生きしています。第1話ではどちらかというと控えめな性格を見せていたのに、いきなり素手でバブルに触ろうとするわ、石を投げてみるわ、斬ってみるわ、あげくの果てにスクーパーズでできたドーナツに真っ先にかじりつくわとやりたい放題。
バブルはありとあらゆるものからの干渉を退けるためにつくられた壁です。
孤独を好む彼女にしてみれば、なるほど、こんな都合のいい環境もないのでしょうね。
孤独
「3人一緒だっただけでも今は良しとしよう。ね」
「私も怖いし、どうしたらいいか不安。でもまりとことこがいるから普通でいられてる」
それもウソではないんでしょうけれど。
けれど、彼女はそれでも孤独を好みます。
「ねえ、りと。ネコに名前とかつけないの?」
「うん。飼ってるわけじゃないから。あの子は自由な方がいい」
友達と一緒にいるステキを知りながら、そのくせネコには誰にも縛られない自由を仮託します。
ギョニソに手をつけなかったとしても、自分たちが姿を消せばこっそり食べに来てくれると信じます。
不思議な自己矛盾。
どうしてこんな子になったのか、今はまだその起源は明らかにされていません。
とはいっても矛盾しているなら矛盾しているでいいんですけどね。人間、どんなときでも一貫性を保っている人の方がむしろ珍しいですから。時により場合により、その都度都度にステキなものを選べることは幸せなことです。
ただ、りとの場合はバブルに入ってから急に友達の前でも個人プレーを見せるようになったのがすごく危うく感じられるんですよね。
バブルに触ろうとしたり斬ったりしてみせたこと。
まりとことこがキャイキャイ言っている横で躊躇なくドーナツを食べ始めたこと。
バトルでリーダーシップを示している・・・ようで、実は周りに無頓着なこと。どうして最後まりの砲撃に驚いた?
彼女のなかで、孤独を好む気持ちと友達を大切に思う気持ちのバランスが崩れつつあります。
それがすごく危うい。
第1話冒頭、大切なPARKを背にするまりとことこの方へ無表情で接近していく姿は、その危うさを暗示しているようでした。
まあ、あれ自体はスクーパーズの攻撃か何かで操られているだけなんでしょうけどね。紫色の謎クリーム浴びてましたし。
けれど孤独を好むというのは極論するとああいうことです。
りとを含めた3人の願望は、原宿からあらゆる干渉を退ける壁を創造しました。
宇宙人からの干渉。家族からの干渉。他人からの干渉。すべて。
けれどあなたに干渉してくる存在って、本当はもっと身近にもいますよね。
友達。
まりやことこのような志向の持ち主ならそれを嫌う理由はないでしょう。
けれど、りとは違う。彼女は孤独を愛する子です。
ときには孤独を求めるために、大切な友達すら邪魔に感じる日が来るかもしれません。
自己矛盾。
それに直面したとき、彼女は何を思うでしょうか。
クリエイティビティとは則ちその人の心のあり方です。
人は自分らしい何かを表現するためにあらゆるものを創造してきました。
表現したいものがあるから創造するのであり、創造するからには表現したい何かが必ずあるんです。
りとたちが最初に創造したものは、あらゆる干渉から身を守るモラトリアム最後の砦・バブル。
けれどそれが本当に自分らしい表現なのか、もっと自分にふさわしい表現はないのか・・・彼女たちの物語はまだ始まったばかり。
柔らかく、傷つきやすい思春期の葛藤。その先に彼女たちはいったいどんな答えを創造してみせるのか。
思春期をとうに終えた私は部外者として、さしあたってはハラハラしながら見守りましょう。
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