URAHARA 第5話感想 今回は主に演出面について。

灰色の空って原宿にあんまり似合わないなって、思ってたんだ。―― 主観的世界観

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 カワイイ画面の飽和攻撃!

 今話やたらと気の利いた構図が多いと思ったら、絵コンテさんがアクション作画の大御所・濁川敦さんだったようです。今作のオープニングも手がけている方ですね。私、少年漫画系のアニメはあまり観ないもので、恥ずかしながら実際に彼の仕事ぶりを見たのは今回が初めてなのですが。

 砂漠で干からびるところ、誇張全開のまりキャノン、PARKのドアから漏れる光だけで変身表現・・・などなど、パッと目を引くカットだけでも序盤から全力全開! そうじゃないシーンでもさりげにキャラクターの配置やポーズ、表示コマ数なんかがいちいちパリッとしてますね! いつも見慣れたワイプ表現ですらホップして見えるほど! 単純なスライドやズームも効果的に使えばここまでメリハリ効かせられるものだったんですね。
 単純な動画枚数も多いんですけどね、その3倍増しにコンテの腕が光っています。
 なんというか、そのときそのときにどこを一番見てほしいのか、ちゃんと意図をもって視線誘導してくれているんですよね。気が利いています。この感覚はアレだ。ゼルダの伝説BotWの最初の台地を本能の赴くままにブラついていたらほんの2時間ほどで祠全部見つけていたあの感じ。(わかりにくい)

 あーもう! 今回はいつもと趣向を変えて、脚本より動画の方メインで語ろうか!

今誰が喋っているの?

 今話明らかにいつもよりも動画の枚数が多めになっているわけですが、そのくせここ一番の見せ場をカッコよくするのではなく、むしろどうでもいい弛緩したシーンにこそ多くのマンパワーが割り振られています。

 アバンの
 「はあ。せっかくカラフルなお洋服着たのに、こんな空の色じゃ映えなくて残念だわ」
 とか、
 Aパート序盤の
 「あのね、街中の防犯カメラをハッキングしてみたんだけど・・・」
 とかの、話者が背中を向けているシーンがわかりやすいですね。

 顔が隠れると今誰が喋っているのかわかりにくくなるので、通常は真後ろからのアングルはなるべく避けるものですが、それでもどうしてもそういう絵が欲しくなることはあります。こういうとき、話者にちょっとしたモーションをつけるだけでもわかりやすさが全然違ってきますね。
 実は背中を向けているときに限らず、今話はこんな感じで話しはじめに話者にモーションがついていることがすごく多いんです。
 そりゃあもちろんこんなの無くても声質やセリフの調子だけで誰が誰だかの判断くらいつきますけどね。ですが開口一番からコンマ数瞬早く誰が喋りだしたのか見分けられるのって、普段はあんまり自覚することではないですが、観客からするとすごく気持ちいいんですよ。モニョる瞬間が一瞬たりとも存在しない快感。例えるなら掃除の行き届いた部屋でくつろいでいる感覚というか。
 お芝居の基本中の基本のひとつですね。ですが意外とこういうのを遵守しない人って多いんです。

 もっとも、URAHARAの場合はワイプ表現に寛容な作風なので、わざわざそんなところまで動画にしなくても顔をアップにした方が手っ取り早いんですけどね。実際今話でも重要寄りな発言のときはちょくちょくワイプを使っていますね。
 ですがワイプばっかりだと今度は画面がうるさくなりすぎちゃうので、そこらへんのペース配分を考えて、比較的重要度の低いセリフのときは身ぶり手ぶりだけでミニマムに話者を示しているわけです。

 もちろん、結局は身ぶり手ぶりやワイプを使わなくても話者の顔が見えるのが一番なんですけどね。
 中盤、みさを交えて4人で作戦会議をしているシーンのアングル選択なんかすごいです。どのカットでもセリフのある登場人物は必ず顔が見えるようになっていますし、逆にカット内でセリフがない人物は背中を向けていたりカメラ外にいたり。徹底しています。
 唯一みさの
 「みさ、カラフルでキラキラしている原宿がとっても好き・・・なんですな」
 だけはカメラに背中を向けて表情が隠されていますが、こういうカットですら、りとたちの視線を彼女に集中させることで(そして余計な身じろぎをさせないことで)、発言者がみさであることが一目でわかるようになっています。

 アクションが巧みな演出家と聞いていましたが、それ以上にこういう基本を徹底遵守しているところにこそ熟練の腕を感じさせますね。

三次元空間はとっても賑やか

 白子。ハト。存在意義がよくわからないままにふわっと準レギュラー化した謎キャラたち。
 でもまあ、マスコットキャラクターってのはだいたいそんなものです。
 プリキュアの妖精だって、ハミィやモフルンのようなごく一部の例外を除けば、いなきゃいないでも物語は成立しますからね。
 彼らの存在意義の第一義は賑やかしにあります。

 今話は彼らの使い方もものすごくうまかったですね。
 「スクーパーズキタヨ! スクーパーズキタヨ!」
 何の説明もなくいきなり敵感知センサーとしての才能に目覚めた白子。そして一切の意味も脈絡も無しに画面中央を占拠しに来るハト。
 いいですねー。マジで賑やかし要員以外の何者でもない。最高。余計な意味を持たないからこそ、彼らが画面に映るだけでなんだか言語化不能なニギニギしたムードが醸し出されるわけですよ。

 「えー。ちょっと待ってよ。ケーキのディスプレイがまだなのにー」
 「まったく、本当に最高のタイミングだわ!」
 「オバケデタヨ! オバケオバケ!」
 「あなたたちってB級ホラー映画で一番最初に殺されちゃうタイプよね」

 直後のこのシーンもニギニギ感MAXで最高ですよね。ことこ→まりとカメラが上方向にスライドしたと思ったら、今度は手前方向から白子&ハトが飛んでくる。そして睨まれてまた手前方向に散っていく。三次元空間をグニョングニョン自在に動き回るこの自由っぷり。

 最初かわいくないとか思っちゃってゴメンね白子。お前なんで変身後シュシュと同化してんの。普通にかわいいと思っちゃってゴメンよハト。お前てっきりフードと同化するものだと思いきやなんでお着替えしてまで出張って来てんの。
 いつまでもシュールとともにあれ。

 賑やかといえば今回のみさ。アバンからさっそく上手登場の直後下手へ移動で、舞台をめいっぱい広く使っていましたね。鼻歌歌っているだけなのにもう今話の主役だということがわかります。全身全霊のあざとかわいさ・・・というか純真な幼児感アピール。だ、騙されないぞ!
 スクーパーズがPARK内に侵入したときも、上に下に右に左に奥に手前に、使える空間を全部使って彼女の世界観の広さを表現してくれました。もうね、この空間表現だけでご飯ムシャムシャ食べられます。
 直後まりキャノンのサイズ感が明らかに誇張されていても、事前にみさが空間を広くしてくれたおかげで不思議と納得できちゃうんですよね。

 そしてそれら空間的広がりの総まとめとして、りとが空に大きなお日様の絵を描いちゃうわけですよ。どこからでも見える華やかなシャイン。曇り空みたいなグレイッシュな閉塞感を吹き飛ばすカラフルパステル。
 やー、世界が広々してるのっていいなあ。

ほんのりびっくりところがどっこい

 もうしつこいくらい言及していますが、私やっぱり今話のアバンがすごく好きなんですよね。
 冒頭のカットイン、まず「CLOSE」の看板を中央に置いて、次に右側にりと。となると左側にはまりかことこが来るのかなと思いきや、なんとパフェ! 中央が切り替わってようやくまり登場です。
 まあね、りとの視線の先にあるものとしてパフェが出てくるのは間違ってないんですけど、まりはりとと対立関係にあるわけじゃないので対称位置に来るのはおかしいんですけど、むしろこの子寂しがり屋なのでりとのすぐ隣に登場するのは正しいんですけれども、それにしたってちょっとビックリしました。
 こういう意表の突き方ってやっぱりアクション演出のノウハウなんでしょうか。

 それからペンギン(?)型スクーパーズのシーン。あれも良かったですよね。
 「あれ? レーダーが・・・」
 と、嫌なフラグを立てておきながら(どうせURAHARAってこういうフラグ直後にマジもんの急展開は持ってこないよなあと油断させておきながら)・・・
 フツーに順当ーにキモ造形のペンギン型スクーパーズ登場ですよ。
 しかもそれに対することこのリアクションが「かわいいー!」と順当にズレていて、りとまりがそれに対して真っ当な疑義を呈しているからもうわけわかんない!
 ハタから見ている私はこの状況に対していったいどんな反応をすればいいのか。このペンギンかわいいの? かわいくないの? 周りに左右されない私自身の感性が試されています。
 で、りとたちは冷静に上方向に逃げるわけですが、なんと! なにやらペンスクさん(ペンギン型スクーパーズの略。なお今回限り)は賢しらにもチームワークで追いすがろうとします! ピンチ!
 ・・・と思いきや、フツーに順当ーに手が届かなくて、りとたち脱出成功。

 えぇ・・・。結局一連のシーンって何だったのって感じ。
 この意表を突かれまくったあげくの脱力感がクセになる。
 いやー、これでこそURAHARAですよ。さすが。別に今までこんな感じのシーン無かったはずだけど。

 巨大スクーパーズとの戦いでもね。中からコアっぽいボスっぽい特別なスクーパーズが出てきたのに、まりさん自信満々にブッ放したキャノン外すしね。あげく外したのになぜか当然のごとく決着ついたことになってるしね。
 なんでこうも今までやって来なかった類のフェイントかけまくってるのに、にもかかわらず私はこれでこそURAHARAだー、とか思っちゃっているんでしょう。楽しい。楽しい。

さて原宿色。ときどきケーキ色、みさ色。

 さてとりとめのない演出談義はぼちぼちおしまいにして、最後に少しだけ物語方面についても語りましょう。

 今回の話は結局のところ、りとたちが自分の思う原宿色で実際に原宿を染めあげる物語でした。
 スクーパーズが色を盗んでいくという事件はありましたが、それも単なるきっかけでしかありません。
 「はあ。せっかくカラフルなお洋服着たのに、こんな空の色じゃ映えなくて残念だわ」
 「うん。雪とか雨とか降ってきそう」

 バブルの外のときから原宿にだって曇りの日くらいあったさ。それなのにりとたちはこのグレイッシュな空の色を傲慢にも「原宿らしくない」と断じます。
 カラフルパステルな空よりかは、グレイッシュな曇天の方がよっぽどホンモノの原宿に近いんじゃないかな。
 けれどそうじゃないんです。客観的事実はこの際どうでもいいんです。今問われているのは、りとたちの心が思い描く原宿の姿。主観なんですから。

 だってバブルの中はりとたちがりとたちのために設えたモラトリアム、何もかもが都合のいいように進む世界なんですから。
 この場合、客観よりも主観の方がよっぽど真実です。この世界の常識は彼女たちのクリエイティビティによって定義されます。
 クリエイティビティとはつまり自己表現欲求の発露。自分に見えている世界のかたちを他人にも観測可能な姿で創造しなおすことを指します。
 これがクリエイターにはギャラリーが絶対に必要である理由ですね。どんなに独創的なアイディアをいっぱい持っていたとしても、それを誰かに見てもらおうという欲求がなければ誰もものづくりなんてしようと思いませんとも。
 だから、りとたちが原宿を「キラキラ楽しい場所」と考えるなら、この都合のいい世界においては事実として、原宿はそういう場所でなければいけません。住人たちは当然にカラフルパステルな空を受け入れなければいけません。
 それこそがこの世界の支配者たるりとたちにとっての、あるべき原宿の姿なんですから。

 そういうことが許されるツール・アマツマラをもたらした、みさの正体や目的は未だ不明です。そこらへん割とどうでもいい要素っぽいので私は今までスルーしてきましたし、たぶん次話以降もまたスルーするでしょうけれど。
 ただ、今回のことで少なくとも彼女がりとたちのクリエイティビティのファンであることだけははっきりしましたね。
 たとえばビーズのアクセサリのように、彼女は自分では想像も及ばないステキなものをりとたちがたくさんつくってくれることを期待しているようです。要はまるっきりスクーパーズたちと同じ行動原理ですね。多少手段が違うだけで。
 もしそうしてつくってもらった何もかもをいつか独り占めしたいと彼女が願うならば、さて、そのときりとたちはどう対処するんでしょうね。

 今のところは何の不自由なく好き勝手楽しくクリエイティブに遊んでいられています。けれどそれはりとたち自身がバブルの中の世界の主導権を握っているからこそ。もし誰かが自分たちの意に反する活動をはじめたら、楽しかった日々はたちまち崩壊してしまうでしょう。
 「ある日突然その日が来て、逃げだしたってどうせ満たされない」
 「私の世界、誰かが守ってくれるわけじゃない。そうじゃない」

 モラトリアムとはそういう、ちょっとしたことで簡単に崩れてしまうような脆い楽園なんです。
 そういうものに直面したとき、もしもそれでもまだクリエイターでいたいと思えるだけの自己表現欲求を心の中に滾らせていられるならば、そのときがきっとりとたちにとっての本当の戦いのはじまりになるんでしょうね。

 がんばってくれればいいなあ。
 私はそのへん、挑むことすらせずにあっさり逃げだしちゃったクチなので。
 アンチテーゼ・エスケイプ、最後までやりきってほしいものです。

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