三ツ星カラーズ 第3話感想 アメ横のバナナを売るために斎藤は最終的にウンコになる。

おおーい、カラーズ! この街は好きかー?

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 毎期1作は異様に脚本の出来がいい日常アニメってあるよね。

 「ちゅーちゅーかぶりら」とかいう謎ワードの出し方と回収のタイミングとかね。
 Aパートのオヤジの電子工作がBパートではいい感じのマクガフィンになっていたりね。
 なんでこの世界の大人たちってこんなに子どもに優しいんだろう? と疑問が煮詰まったところに「おおーい、カラーズ! この街は好きかー?」とかね。
 いいよね。
 いいよね!

 そこらへんじっくりねっとり語ろうと思ったのに私に教養と語彙が足りないばかりにうまくまとまらなかったのだけれども!
 つまり感想ブログのくせに感想の言語化をぶん投げたのだけれども!
 いいよね!!

すべてがUになる – THE FECAL IMPACTION –

 「その肉のヤツもな、元気なときはウンコしてたんだぞ! その肉もやがてウンコになる! 最終的にみんなウンコになるんだ! 行き着く先は、みんなウンコだ・・・」

 ウンコという現実から目を背けてはいけません。
 ウンコウンコというと大人たちは顔をしかめますが、あれは良くない。逃げ癖がついてしまっています。大人はやっぱり汚い。この街の平和を任せられない。ウンコの方が汚いけどな!

 私たちみんなウンコにはじまりウンコに終わるんです。
 その現実から目を背けてはいけません。
 朝起きたらウンコをして、寝る前にも一度ウンコするんです。それが健康的な生活というものです。最低でも一日一回はウンコするべきです。人間として生まれてきたなら一日単位でウンコサイクルを回すべきです。三日に一度とかそういう不健全なウンコサイクルではいけません。それでは到底人間らしいウンコライフとはいえません。まずは食生活から改善していきましょう。あなたにもダイエットとかベジタリアンとかラマダンとか様々な事情はあるでしょうけれど、まずは実弾を装填しなければ出るものも出ません。リロード→エイム→ショット。良きウンキストになりましょう。新陳代謝は大事です。若さの秘訣です。小手先の美容術なんかより、ご飯をいっぱい食べて、全身の細胞を新鮮なものに入れ替えた方が肌年齢も改善するはずです。そしてウンコを出す。アイドルはトイレに行かないなんてウソです。アイドルこそモリモリ出すものです。目を背けてはいけません。彼女ら、ほら、食物繊維とか水溶性ビタミンとか摂取するのが大好きじゃないですか。あれらもすべてはウンコのためです。食物繊維を摂ればウンコが出やすくなるし、ウンコをすると水溶性ビタミンが排出されがちなので補うのです。アイドルはウンコして美しくなるのです。私たちもウンコしましょう。みんなでウンコしましょう。せーのでウンコしましょう。準備はいいですか? せーの。ウンコウンコ―!

 私たちみんなウンコにはじまりウンコに終わるんです。
 その現実から目を背けてはいけません。
 今朝何を食べましたか? 白米? パン? サラダ? 目玉焼き? 塩鮭? みそ汁? それらも全部、元を辿ればウンコです。誰かのウンコを肥料として植物は育ち、あるいはウンコで育った植物を食べて動物は大きくなるんです。私たちはウンコで育った食材を炊いて、焼いて、刻んで、茹でて、お醤油かけておいしく食べるんです。やがて私たちが死んだときは火葬場で煙となって体成分の大部分を地球に還し、微生物に摂取され、動物に補食され、そして植物を育てるウンコになるんです。もしくは自分でも毎日元気にウンコします。私たちのウンコが植物を育て、動物を育み、そしていつかまたウンコは食卓へと帰ってきます。食物連鎖はウンコ連鎖です。巡り巡って、たとえば今朝の目玉焼きにはかつてクレオパトラのウンコだったものが混じっているかもしれません。明日のハンバーグカレーにはかつて藤原道真のウンコだったものが混じっているかもしれません。私のウンコもきっと100年後、1000年後の人類の末裔たちの食卓に上がっていることでしょう。なんてロマンチック! 私たちはウンコで歴史とつながっていますウンコ。

 さっちゃんはそこらへん実に良く理解しています。
 そう。人間の行き着く先は骨ではないのです。いいえ、よしんば骨だったとしても、骨って意外と食べるところありますしね。豚骨ラーメン、美味しゅうございます。鯖の味噌煮、美味しゅうございます。
 行き着く先の先、骨の先にある未来は、ウンコです。

 さっちゃんはそこらへん実に良く理解しています。
 「見ろ! 全部あっちだ! あはははは!」
 私たちはどこから来て、どこへと向かうのでしょう。
 エスカレーター。エレベーター。私たちをどこかへ運んでいくもの。それらと並んでトイレがある。
 どんなに迷おうとも、どれだけ流されようとも、どこへと歩もうとも、結局私たちの行き着く未来は最終的にひとつです。

 すべてがウンコになる。

大人につきあってあげるのも大変だ

 いやウンコの話なんてどうでもいいんです。
 さっちゃんのセリフを深読みしすぎて軽く感動してしまいましたが、どう考えてもあの子はクソガキだからウンコが好きってだけだと思います。ダジャレではない。
 いい歳した大人が熱弁を振るうほどのネタでもありません。

 今日も今日とて大人たちは平和を守るカラーズのために事件をこしらえます。
 「もしこのバナナが今日中に売りきれなかった場合は・・・今日からしばらく朝昼晩三食バナナよ!」
 「爆弾をつくった。解除しなければ・・・この街はドカンだ。さあどうするカラーズ」

 いやあ、おつとめ品のバナナなんてそんな何日も日持ちしませんし。オヤジに至っては一度きりの遊びのためにどんだけ凝るのよ、暇人か。
 今日も上野は平和です。カラーズ周りだけが非日常。
 もちろん彼女たちも小学生ですし、これら事件が虚構であることはちゃんとわかったうえで、あえて大人たちの遊びに付きあってあげているわけですが。
 この非日常はバカな大人たちと聡明な子どもたちの契約のもと、虚構として実在しています。ごっこ遊びのヒーローがニセモノだなんて誰が決めた。私は認めていない。

 バカな大人たちは祈るのです。
 どうか子どもたちの瞳がいつもキラキラ輝いていますように。どうかその瞳にキラキラの毎日が映し出されていますように。
 世知辛い現実のなかで祈るのです。
 だって、かつて子どもだった頃は私たちの瞳もキラキラ輝いていたのだから。目の前の毎日がキラキラ輝いて見えたのだから。
 今でこそバカになってしまった大人たちだって子どもの頃はもっと聡明だったんです。「ウンコ」というワードの深遠なる面白さだって、あの頃はちゃんと理解できていたんです。
 あの頃も世知辛かったのはちっとも変わりない、この現実のなかで。
 虚構の大冒険は親から子へ、子から孫へ、地域から新世代へ、連綿と継承されていく・・・といいよね。
 どうか子どもたちの瞳がいつまでもキラキラ輝いていますように。

 「さすがカラーズ。またこの街を救ったな」
 カラーズは上野の平和を守るヒーローで、そのことは大人たちからも許諾されています。
 むしろ大人たちが求めているのかもしれません。大人たちが押しつけちゃっているのかもしれません。
 子どもたちよヒーローであれ。キミの世界の主人公であれ。そんなふうに。

 「おおーい、カラーズ! この街は好きかー?」
 けれどそこまでいくとさすがに干渉が過ぎます。価値観の押しつけです。子どもたちには関係ない、大人の独りよがりなノスタルジーです。
 まったく大人ってヤツはいつも身勝手で、いちいちメンドクサくて、一緒に遊んであげるのも一苦労。
 まったく。
 「全然だな!」
 独りよがりを押しつけんな。子どもの思うことは子どもが決めるんだ。

 見ればわかるでしょ。
 カラーズの毎日がキラキラしているかどうかくらい。
 カラーズの瞳を見ればわかるでしょ。

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