超人女子戦士ガリベンガーV 第78話感想 西遊記はグルメ紀行。(※ 違います)

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生徒役:電脳少女シロ、ドーラ、富士葵

親を殺された。

出演バーチャルYouTuber

電脳少女シロ

「えー。いないのか。英二が言ってあげなよ、動物園に」
「カッパじゃねえよ」
「カッパじゃなかったの!?」
「前、小峠さんカッパやってましたよね」

 バーチャルYouTuber黎明期にデビューし、今なお最前線で活躍の場を開拓しつづけている始まりの人。清楚で暴虐で奇矯で蠱惑的な独特の感性は、誰もの頭を為にする、華やかな魅力に満ちています。一方で共演者やスタッフへ心配りを欠かさない細やかさがあったり、多様な価値観へ理解を示す聡明さもあったりしますが、それらは基本的にギリギリまで相手を追い詰めるためにこそ発揮されるので油断は禁物です。

ドーラ

「火、吹けますよ。今は吹かないけど。危ないじゃないですか」
「今吹かないでいつ吹くんだよ。今だろ」
「ドーラちゃんに恋するとヤケドするんだぞー!」
「いやいやいや。もうちょっとヤケドしてるよ」

 業界最大手プロダクション・にじさんじに所属しているファイアードレイク。ドラゴンのお約束として洞窟に貯めこんでいたお宝のなかに、ある日スマートフォンを発見し、退屈しのぎとして配信業を始めました。1年半ほどにじさんじのマインクラフトサーバーを管理していたなど、何気に情報技術に明るいあたりはさすが神話生物。ちなみに体表を覆っているウロコは自前のものなので実質全裸での出演です。

富士葵

「リゾート地行ったらココナッツにストロー差して飲むようにさ、地獄のリゾート地は頭蓋骨にストロー差して髄吸うんだろ?」
「ちょっと太めのストローでね、いかないと。細いとちょっと吸いにくいから。たまにこう、ジュジュッと。身が入ってる」
「クリオネを食べる女、ついに人間の脳を食いはじめる」

 バーチャルYouTuberとしては最も早くメジャーデビューを果たした歌姫であり、歌わないときはシュールな動画をYouTubeに投稿しつづけている、よくわからない人。シュールな芸風ながらもどこか牧歌的な雰囲気が特徴で、奇人というよりは田舎のお婆ちゃん家に遊びに来た孫みたいな印象を受けます。元気で明るく朗らかなみんなの孫娘。ただ、昔から清楚だ為だともいわれていた子なのでほどほどに察してください。

超難問:西遊記の謎を解明せよ!

特別講師&授業テーマ雑感

 吉村誠先生は駒澤大学仏教学部所属の教授です。仏像や地獄の授業でおなじみの村松先生と同じ学部ですね。“唯識”と呼ばれる仏教思想のひとつを研究しており、その代表的思想家のひとりである玄奘三蔵と、西遊記について大学で教えています。
 高校生のころから夏休みを利用してお寺修行をしてみたり、バックパッカーとしてシルクロードを旅してみたり、なかなかアクティブなかたのようです。ちなみに、仏教学部で仏教思想を教えてはいますが、村松先生同様出家しているわけではありません。
 唯識は、簡単にいうと世界が主観によって存在しているという考えかたですね。そこに世界があるから私たちが目や耳を通して認識できているのではなく、私たちが目や耳を使って認識しているからこそ世界があるんだという考えかた。私の考えかたに近いですね。無意識領域の働きを重視しているあたりはちょっと相容れないかもですが。

 今回の授業テーマは西遊記
 そういえばちゃんと読んだことないなあ。絵本ですら読んだことがないんですよね。中学生くらいのときにも同じことを思って、あらすじくらい頭に入れておこうと図書室で(割としっかり目の本を)借りてきたことがあるんですが、やたら長ったらしい漢字の固有名詞のオンパレードで挫折した記憶があります。なので主人公一行の名前くらいしか知りません。あと三藏をひょうたんに吸い込んで酒に変えようとする鬼が出てくるのはなぜか知ってる。ヤニと硝煙の匂いしかしない三藏のことのほうがまだ詳しいかもしれない。

トピック1:西遊記ってもともとなに?

 「名前だけ見ると、西のほうに遠征したときに人間が綴った手記とかで、それが伝承したのかなって思ってました」

 「でもなんか、教官がさっき動物さんの話をしてたから、動物が動物園から脱走したときに書いた手記なのかと思った」

 電脳少女シロの回答。
 西“遊”記と聞いて、遊ぶんじゃなくて外遊の話だとわかるあたりすでに賢い。
 動物が動物園から脱走した話・・・。うん、間違ってはいないな! (斉天大聖と天蓬元帥が旅に参加した経緯を読みながら)

 「子どもを戒めるための教本みたいな。こうなったらいけないんだよとか、喩えて教えていくもの」

 富士葵の回答。
 子ども向けのおとぎ話はだいたいそういう要素がありますよね。まあ、そうなったのは割と最近になってのことで、源流の民間伝承を辿ってみると案外教訓めいた要素が全然出てこなかったりするんですが。ダメ人間がひたすら都合よく得する、みたいな話がちょくちょくあります。時代を経るごとに教育への関心が高まっていった結果、教訓を織り込んだ改編が進み、そうではない物語は淘汰されたというところなんでしょうね。

 「日本でいうことわざとか慣用句とか系の、めっちゃ長いやつ」

 ドーラの回答。
 寓話ってことですね。本人の言うとおり富士葵の回答に近いです。

 キーワードは「白話小説」。白話というのは口語、話し言葉のことです。誰しも古文や漢文を読んだことがあると思いますが、あんな感じで昔の物語文は話し言葉とは違うかしこまった文体で書かれていたので、話し言葉で書かれた小説は珍しかったんですね。

 西遊記の主人公のひとり、玄奘三蔵は実在の人物がモデルになっています。玄奘は敬虔な仏教徒であり、大変熱心な仏教研究家でもありました。中国からインドへ長い旅をし、自力でたくさんの経典を持ち帰って、さらに中国語に翻訳した人物です。有名な般若心経なんかも彼がインドから持ち帰った経典のひとつですね。
 この玄奘の旅行記『大唐西域記』を元にして、後世『慈恩伝』という伝記が書かれ、さらにそれをベースに痛快な勧善懲悪物語に仕立てたものが西遊記となります。

 当初は市場や祝いの席など、人の集まるところで物語を語り聞かせる口頭演劇(※ 辻講釈)の演目として語られた物語でした。西洋でいうところのトルバドール、吟遊詩人みたいなものですね。この手の口頭演劇は通常、一度の公演で演目の全てを語りきりはしません。催しものの内容に合わせて、あるいは見物客の雰囲気に合わせて、適宜ウケそうなエピソードを抜き出して語るものです。だから西遊記は全体を読むとものすごく長く、また、バリエーションに富んだ様々なエピソードを含んでいるんですね。
 長いあいだ人の間に語り継がれてきた物語なので、おそらく作者と呼べる人物はひとりではないでしょう。誰かが考えた作品にエピソードを付け足したり、あるいは一部改編したり、省略したりしながら、たくさんの人がたくさんのパターンの西遊記の創作に携わり、継承してきました。

 その後年月が経ち、今度は口伝で伝えられてきた種々の西遊記をまとめあげ、1冊の小説に仕立てようという人物が現れました。肝心の作者名は不明ですが。これは『大唐三蔵取経詩話』というタイトルになりました。元が口頭で読み上げる前提の物語を単純に文章化しただけのものなので、“詩”で“話”です。小説としてはあんまりデキのいいものではなかったようですね。
 さらにもう少し時代を経てやっと現代に伝わる『西遊記』のかたちになるのですが、このときも口頭演劇時代の名残である口語調はそのまま継承されました。
 いつの時代も口語調の小説って大衆にウケがいいんですよね。文語はある程度教養のある人じゃないと読み慣れないですが、口語なら(文字を読めるかはさておき)普段のお喋りで誰もが使い慣れていますから。西遊記は痛快さが売りのベッタベタな娯楽作品なので、ターゲット層を考えると口語体を維持したのは必然だったのでしょう。

 「背中に太巻きがいっぱい刺さってる!」

 三蔵法師が担いでいるものはもちろん太巻きではなく巻物です。先生によると、実際には当時のインドの経典は貝多羅葉(ばいたらよう)に書かれるのがメジャーだったようですが、中国人絵師によって巻物に脚色されたみたいですね。
 貝多羅葉はヤシの葉の加工品です。植物を一度繊維化する必要がある紙やパピルスなどと違って加工コストがかからず安価なのが特徴で、また、厚みがあるぶん両面に書くことができるのも強みです。墨ではなく表面を彫って文字を書きます。版画による大量複製がきかないということになりますね。また、厚みゆえに巻物や冊子にするには向きません。つまり書庫に収めるにも難ありです。
 中国が製紙技術を持っていたのがどれほどの強みだったのか伺える話ですね。まあ、あの国はあの国で国体がコロコロ変わっていたせいでちょくちょく焚書されてしまって、意外と古い文献が残っていないのですが。

トピック2:なぜ妖怪は三蔵法師を襲ってくるの?

 「途中でやっぱり『最近マンネリじゃない?』みたいなことを言われだしたと思うんですよ。聞いているかたから。だから『悪役やっぱいるかあ』みたいな感じで、マンネリを防ぐために登場させた」

 富士葵の回答。
 先生の求めていた回答ではなかったですが、もちろんそういう理由ではあります。だいたいどのエピソードも人情とバトル要素盛り盛りなんですよね、某週刊誌の海賊マンガみたいな感じで。元が辻講釈として成立していった娯楽作品なので、全体を通して聞かせるんじゃなく部分部分だけ聞いても楽しめるようにつくられているんです。むしろ全体の整合性はあんまり考慮されていないという。

 「親を殺された」

 やたらパワーワード感あるドーラの回答。
 子の復讐として親が襲いに来たエピソードならあります。牛魔王のことです。彼はもともと孫悟空の義兄弟でしたが、三蔵法師一行に息子の紅孩児を調伏され仏門に入れられたことに腹を立て、孫悟空と矛を交えることになりました。
 子と親の関係が逆ですし、そもそも紅孩児は殺されたわけじゃないので、まあ、正解とはいいがたいですね。(※ 牛魔王の奥さんなら殺されています)

 キーワードは「金蝉子(こんぜんし)
 三蔵法師はお釈迦様第二の弟子である金蝉子の生まれ変わりとされ、そのため10回転生を繰り返しても精液の一滴たりとも漏らしたことのない清廉な人物という設定です。なお、金蝉子は天界に住んでいたのですが、仏法を軽んじたことの罰として人間界へ追放されています。・・・うん?
 さておき、仏教徒は厳しい戒律を守ったり修業したりすることで現世から離脱し仏になることを目指しているので、三蔵法師のように徳の高い僧侶の身には神通力が宿るとされていました。それを、人魚の肉を食べると不老不死になれる、とかそういう感じのノリで、妖怪は自身の力を増すために三蔵法師の肉を食べようと狙ってくるわけですね。
 ちなみにお伴の3人は、それぞれ猪八戒と沙悟浄が仏門修行中でなまぐさ厳禁、孫悟空はすでに不老長寿の身なので、三蔵法師を食べる理由がありません。

 西遊記は「民以食為天(民は食を以て天と為す)」、人にとって食べることは最も大切だ、ということわざがある中国で生まれた物語作品です。中国といえば「四本足は机以外、二本足は両親以外、飛ぶ物は飛行機以外、水中の物は潜水艦以外なんでも食べる」というエスニックジョークも有名ですね。そのくらい、食に対する関心が強いお国柄なんです。西遊記以外にも、たとえば水滸伝など、食人要素のある古典の名作がたくさんあります。

 まあ、日本の昔話に出てくる鬼や妖怪も似たようなものなので、日本人は割とすんなり受け入れているんですけどね。
 中国はちょくちょく西遊記の映画やゲームの大作をつくっているんですが、これをアメリカやヨーロッパへ輸出しようとすると食人要素でどうしてもレーティングに引っかかってしまうらしく、毎回なかなか苦労しているようですね。

 「いや、やっぱファイアードレイクも人間に襲われることあるんで」
 「あ、そうなの? 人間に襲われんの?」
 「勝手に仇にされたりとか。あの、宝物守ってるんすよ。洞窟で」

 そういえばにじさんじは意外とこの手のバックストーリーをよく引っぱり出してくる傾向がありますね。
 もっとも、ドーラが守っている宝ってそもそも冒険者の身ぐるみを剥いで集めたものなので、無実の被害者でも何でもないんですが。
 ちなみに実際どうなの? 食べたの?

トピック3:沙悟浄のモデルはなに?

 「落ち武者」

 電脳少女シロの回答。
 日本人の感覚だと前頭ハゲを見たらとりあえず落ち武者ですよね。
 ちなみに沙悟浄はもともと天界の高官だったのがヘマして都落ちして妖怪に身をやつしたって設定なので、実は当たらずしも遠からず。

 「霊媒師。首になんか丸いでっかいの下げてるし」

 ドーラの回答。
 修験者ってことでしょうか。なんかでっかくて丸いふさふさしたやつをぶら下げてますよね。あれは梵天と呼ばれるもので、六波羅蜜の修業を無事に終えられるようにという祈りが込められています。
 特徴的な衣装に目をつけたのは良い着眼点。また、キーワードの深沙大将は修験道の天部神なので、関連するモチーフとして実は正解に近いです。

 「関羽! 関羽!」

 顎髭だけで決め打ちした富士葵の回答。
 でも実際、中国人は困ったらとりあえず関羽を出してくるってイメージはあります。

 キーワードは「深沙大将」
 沙悟浄のモデルは深沙大将と呼ばれる天部神です。とはいえ、この深沙大将はトピック1に出てきた『慈恩伝』ならびに『大唐三蔵取経詩話』くらいにしか登場しない神様なので、ほぼ深沙大将=沙悟浄って感じですね。
 『慈恩伝』では旅の途中で行き倒れた玄奘三蔵をオアシスに導くという神様らしい活躍をしているのですが、『大唐三蔵取経詩話』では玄奘三蔵の前世を2回食ったとする恐ろしい存在として描写されています。この設定がさらに過激化し妖怪ということになって、沙悟浄というキャラクターとして完成するわけです。

 ちなみに沙悟浄が日本ではカッパとして認知されているのは、元ネタである深沙大将が川の神様であることからの連想のようですね。
 玄奘三蔵が深沙大将と出会ったのは沙河という地域で、この沙河とは中国語で太い河川が流れている流域を指します。ここから深沙大将は水神である毘沙門天の化身と解釈されるようになり、日本にもそのように伝わってきました。

トピック3-2:首にさげているドクロの意味は?

 「髄液をちょっと保存しておいて、パワーがなくなったら、こう、端からチューチュー吸ってる。パワーにする」

 往年の為と呼ばれていた時代を思い出す富士葵の回答。そんな恐ろしい10秒チャージがあってたまるか。

 「実は死んでなくて、逆にあそこから偉人を召喚する」

 ドーラの回答。
 元ネタはFateでしょうか。それともソシャゲのガチャ? この手の設定も昔から定番ではありましたが、最近すっかり一般化しましたね。

 正解は「玄奘三蔵の前世のしゃれこうべ」
 上でも書いたとおり、『大唐三蔵取経詩話』では玄奘三蔵の前に現れて、前世を2回食ったと発言します。なお、本人は今さらながら後悔していたようで、3回目となる玄奘に対しては川を渡るための橋を出して旅を支援してくれる神様として描かれています。
 沙悟浄になってからは三蔵法師の前世を9回も殺したというバリエーションもあるようで、なんというか・・・、つくづく中国人はかけ算が好きだなあ!

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