トロピカル~ジュ!プリキュア 第22話感想 それはそれとしてやっぱり朝ご飯には重すぎるメニューだと思うんだ。

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ひとり迷子だ! トロピカル~ジュ!プリキュア!!

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「トロピカれ! やる気全開! キュアサマー!」

 練り香水とは、固形の油脂に香水(パフューム)を混ぜ込んだものです。軟膏みたいなものだと思っていただければ。
 なお、ここでいう香水(パフューム)というのは、よく化粧品売り場などで売られているスプレータイプのものではなく、その原液のことです。草花やスパイスなどの香り成分を凝縮したエッセンシャルオイルを調合してつくられます。(※ 安物だと合成香料を使っている場合もあります)
 オードパルファン、オードトワレ、オーデコロンなどと呼ばれる化粧用の香水はこの原液をエタノールで薄めた液体ですね。ちなみにこれらの呼び分けは原液の希釈濃度で決められています。濃いのがオードパルファン、薄いのがオーデコロンです。
 香水(パフューム)の原液を直接化粧用として使う人もいるにはいますが、独特のコツが必要なので(しかも高価なので)、どちらかというと上級者向け。普通はオードトワレくらいのものをスプレーにして体に振りかけます。

 練り香水最大の特徴は扱いやすさです。指で適量を取って肌や髪に塗って使うため、適量を調整しやすいんですね。エタノールフリーなので肌へのダメージもほとんどありません。おまけにオードトワレと違ってプラスチック容器でも香り成分が揮発しにくいので携行性も良好。(※ もっとも、いちいち指で塗るのが面倒くさいからこそ世間の主流はオードトワレになっているわけですけどね)
 また、エタノールフリーだということは香りの性質も異なるという意味でもあります。エタノールは揮発性が高いですからね。化粧香水はエタノールの割合が多ければ多いほど香りが広範囲に広がります。
 ということはつまり、練り香水の香りはあまり周りに広がらないということですね。シャンプーの香りがわかるくらい近づかないと練り香水は香りません。他人に香りをアピールするよりは自分で香りを楽しむことに向くでしょう。香水初心者がうっかり付けすぎても香害になりにくいというのもメリットかもしれません。
 ちなみに、太い動脈が通っているあたりに付けると体温のおかげでよく揮発して香りやすくなります。このあたりの使用感はパフュームやオードパルファンと同じですね。

 なお、練り香水の香りの持続時間は一般に1~2時間程度です。だいたいオーデコロンと同じくらい。短時間なのでトップノート~ラストノートみたいな時間経過による香りの変化はありません。
 化粧香水の持続時間は濃度によって決まるのですが、練り香水はカジュアルに持ち歩くことを目的にした製品なので、オーデコロンと同じくらいの薄めの濃度になっているわけです。香りを楽しみたいときその場でピンポイントに使う感じですね。

 まとめると、扱いやすく、持ち歩きやすく、周りへの迷惑にもなりにくく、比較的香りを落としやすいのが練り香水です。
 子どもに買い与えるオモチャとしては最適ですね。「ウチの子にお化粧なんて早すぎる」とか思っている親御さんは安心してください。(※ 要はそれが言いたかった)

 夏だ! 水着だ! 冒険だ! しかも板岡作監だ!
 そんなよくばりセットな今話。ついでにパワーアップアイテムもゲットです。

 「有孔・・・虫? って! 虫の死骸!?」

 星の砂はみのりも言っていたように、有孔虫の死骸です。虫と名前に付いていますが、実際にはアメーバ状の動物です。ご安心を。死骸というよりは貝殻ですね。貝類ともまた違うんですけど。
 沖縄土産として有名です。大きさは通常2~3mm。さんごが見つけたものでも相当大きい部類ですね。踏んだら痛そうな見た目をしていますが、実際には踏むと星の砂のほうが砕けます。このため、今回まなつたちが出かけたところのように、人の出入りの少ない砂浜のほうが見つけやすいそうな。
 なお、近年ではそれこそ土産物にするため乱獲する者が後を絶たず、有名な砂浜でもなかなか見つけられなくなったのが実情のようです。

 「なんなんだ、これは・・・?」
 「土蛍の一種だと思う」
 「また虫なの!?」

 土蛍というのはキノコバエ科の幼虫のことです。こちらはしっかり昆虫ですね。オーストラリアのグローワーム洞窟が有名ですが、日本の八丈島あたりにも生息しています。
 獲物を誘引するために青く発光します。また、そうして招き寄せた獲物を捕まえる罠として粘液を数cmほど天井からぶら下げるそうです。ということは、ぱっと見こっちもアメーバですね。さんごは安心していいです。・・・安心できるかな?

 「お父さんのハムエッグは世界一だよ!」

 市販のハムの大半には着色料としてコチニール色素が使われています。他に、衣料品の染料や口紅の材料としても幅広く使われている、きわめて身近な着色料です。
 有名な話ではありますが、このコチニール色素はカイガラムシの体液から抽出しています。ちなみにカメムシの仲間です。なんならこれが今話登場した虫のなかでは一番虫らしい虫といえるでしょう。(※ 別に登場はしていない) さんごは諦めてさっさと虫嫌いを克服するべき。

 1ミリも関係ない話をしますが、そういえば最近初めてゴーヤチャンプルーなるものをつくりました。
 ゴーヤ1本に対して水切りした豆腐1丁、卵2個、豚バラ肉150グラムも入れるんですね。ずっと野菜炒めの仲間だと思い込んでいましたが、実際には超々タンパク質責めなご飯のオカズだったようです。おいしかったです。

 今朝の夏海家の朝食はそのゴーヤチャンプルーにハムエッグトースト、からあげ、ウインナー、フライドポテト、野菜スープ、キャロットラペ(人参サラダ)、ジーマーミー豆腐(甘い落花生豆腐)、フルーツサラダ、それと牛乳。
 ・・・若いな!

伝説と語り部

 「わしが子どものころ、長老のおばば様から聞いた話に『森の人魚』ってのがあってなあ。おばば様が子どものころ、満月の夜に森で人魚を見たのだそうじゃ。満月を背にして森のなかで跳ねる人魚の姿は、それはそれはきれいだったという。わしもいつか森の人魚を見たいと思うておったが、未だ叶うておらん」
 「その人魚が宝を隠したんですか?」
 「ああ。なぜかそのときおばば様は人魚が島に宝物を持ってきたんだと強く思ったんだそうじゃ」

 人魚が宝物を持ってきたんだと思ったのは、単に人魚の美しさを吉兆と解釈しただけなのか、それとも杯のやる気パワーが島民に何か影響を与えたことでも感じ取ったのか。

 そこらへんの細かい話をとみ婆は知りませんし、例年のプリキュアのノリならいちいち解説もされないであろうことです。
 今回大切なのはそういう部分ではなく、もっと根本的に、とみ婆がまなつたちに興味深い話を聞かせてくれたことそのもの。

 「南乃島では年寄りが語り部となって、いろんな話を今に伝えているんだ。俺も子どものころは話を聞きに行ったなあ。自分が歳を取ったら、昔聞いた話を子どもたちに伝える。それを聞いた子どもたちがまた歳を取って、次の世代に伝えるってわけだ」

 とみ婆はどうしてそんなことをしてくれるんでしょう? お金を取っているわけでもなく、長老としての使命で嫌々やっているわけでもなく。
 自分の親族でもない島の子どもたちのために、どうして赤の他人でしかないただ同じ島に住んでいるだけの大人が、こんなにも親切にしてくれるんでしょう?

 きっと、子どもたちはそんなこと疑問にも感じません。
 大人というものは自分たちが生まれた瞬間にはすでに大人で、みんなお父さんお母さんみたいに優しくしてくれて、大抵の子どもにとってはそれが当たり前のことになっています。大人というものは子どもに優しいものです。それが当たり前です。
 生まれたときからずっとそうだったのなら、子どもたちがそれを疑問に思うことはまずないでしょう。

 ただ、大人たちは言います。君たちもいつか大人になるんだと。いつか大人になったなら、今度は君たちの番になるんだと。
 こうなると、子どもたちも不思議に思うようになるでしょう。どうして僕が私が、わざわざそんなことをしなきゃいけないの? 仕事というわけでもなく、血のつながりがあるわけでもなく、ただの善意で? なのに同じことをやらなきゃいけないの?
 だからといって自分たちがやらなかったら、次の子どもたちはどうなるの? 自分たちみたいに大人から面白い話を聞けなくなるの?
 だとしたら、大人が子どもたちみんなに優しいのは、子どもたちのためなの?

 大人は本当は生まれつき大人ってわけじゃないのに、大人になったというだけで子どもの前で大人らしくふるわまわなくちゃいけなくなるの?
 これは、そういうシステムだと思っていた存在を、将来血の通った一個人として見られるようになるであろうきっかけのひとつ。

 何気ない不思議の正体は、今話、意外なかたちで、そして鮮やかに示されることになります。

 「森の人魚・・・。本当にいたんじゃな」

 「すごい!」
 「俺、今日のこと絶対忘れない。大人になったらとみ婆みたいにみんなに話して伝えてく!」

 それは驚きでした。
 それは感動でした。
 それは衝動でした。

 なるほど。これは誰かに話したくなる。
 とみ婆に話を聞かせてくれた昔の長老さんも、きっと今の僕と私と同じ気持ちだったに違いない。

 なんてことはありません。
 話したいから話すんです。大人は。
 実際子どもたちのためかもしれませんが、実際子どもたちに優しくあろうと努めていつのかもしれませんが、それ以上にまずは、ひとりの私としての自分が心からやりたいと思ったからやるんです。
 子どもたちのためでもあり、自分のためでもあるんです。
 ここに今日まで継承されてきたものは、誰かが決めたしきたりによるものではなく、ひとりひとりの「やりたい」という意志によって紡がれていました。

 「今、一番大事なことをやろう」

 その思いは子どもにとっても、そして大人になってからも、少しも変わることはないのでしょう。

 大人になっても変わるものではないのだから、さあ、子どもたち。
 今日も明日も明後日も、いつか大人になってからも、ずっとずっと。
 今、一番大事なことをしなさい。

 夏休みがやって来ました。

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