
後悔したくたって後悔しようがない。そうだろ?

「笑い犬」
気になったポイント
この世界『祝祭の森』
戦争は「不気味なくらい優しくて、驚くほどつまらない」と評した。基本的に「人間の生存には適さない」(第2話)はずの「この世界」には珍しく住みよい環境。こだまたちの安住の地となった。
その正体はやまびこ先輩の能力によってつくりだされた世界。当時心を閉ざしていた彼の心象を反映して、この世界の内側ではいかなる手段を用いても別の「この世界」へ干渉することができなかった。
なお、後に長良たちが漂流してきて『ハテノ島』と名を変えることになる。
この世界『傷アート』
「心の傷が腫瘍となって具現化される世界」。人間の他、鳥や草花にすらその影響は及び、やがて物言わぬ腫瘍の塊となってしまう。漂流者は本来不老不死のはずだが、こうなってしまうと死んだに等しい。戦争はこの世界を勲章のかたちにして持ち歩いていたようだ。
やまびこ先輩の能力【?】
本人は「心の内側を具現化する力」と説明していた。具体的にはやまびこ先輩を中心にして新たな「この世界」を形成し、その世界に彼の現在の心象を反映したルールを設定する能力だったようだ。キャップの【万能部室】に似ているかもしれない。なお、必ずしも本人がその能力の発現を自覚できるわけではないらしい。
第3話に登場した『ヒキコモリの暗幕』や第4話の『モンキーリーグ』のように、どうやら「この世界」は複数が同時同地点に重なりあうことがあるらしい。戦争はこの性質を利用して『傷アート』の世界を『祝祭の森』に持ち込んだ。
通常なら長良たちがしていたように『傷アート』の世界を攻略することで事件を解決することが可能だったはずだが、『祝祭の森』にはいかなる手段を用いても別の「この世界」に干渉することができないルールが存在していたため、こだまの能力を持ってしてもどうすることもできなかった。
こだまの能力【M】
やまびこ先輩は【万物を司る力】と呼ぶ。「ここにある全てを意のままにコントロールできた」非常に強力な能力。こだまの仲間たちは彼女のこの能力を崇拝し、希望を託し、全ての選択を彼女に委ねていた。従って必然、彼女が選択を誤った時点で彼ら全員の希望は潰える結果となった。
朝風の【スローライト】に似ている気がする。
能力遺物【万物の力】
第6話でエースたちが発見し、現在明星たちの乗る箱船の中枢として用いられている能力遺物。どうやらその正体はこだまが遺した腫瘍の塊だったようだ。
また、こだまの遺品だということは、エースたちがこれを発見した場所は焼失した『ハテノ島』=『祝祭の森』奥地の大樹だったのだと思われる。
戦争
神殺しを目指す漂流者。長良たちと同じくヴォイスから漂流者の真実を聞かされているらしい。神を殺そうとしているのは行く先を与えられない自らの境遇から脱却するためか。しかし、実際のところ神は彼らから行く先を奪ったのではなく、最初から行く先のない存在として彼らを創造しただけだ。長良の言うとおり、神を殺したところで漂流者たちが何かを得ることはないだろう。
子どもじみたチューリップの刻印が施された勲章を全身にぶら下げている。この勲章は何百何千人と人を殺したことで何者かから授与されたものであり、同時にひとつひとつが『傷アート』などの「この世界」を内包した能力遺物のごときアイテムでもあるらしい。あるいは「この世界」の住人を抹殺して勲章化することそのものが彼の能力だろうか。
祝祭の森はそのルールを変えた
「私はただ、光を受けていたかった。光を失うことを恐れ、最後まで踏み出せなかった。でもやっと飛び出せた。・・・5000年かかった」
「森で暮らしていたんだが、このあいだの嵐で追い出されてしまった」(第6話)
「前に森で見たんだ。瑞穂が、その、燃える木の前に立っていて、それが同じ青い火だった」(第2話)
今回も時系列を整理していきましょう。
事前に第2話を見返すことを推奨します。きっと驚くほどたくさんの気付きを得ることができるでしょう。
「ある新月の夜だった。――彼女と出会った」
事の発端はやまびこ先輩がまだ人間だったころにまで遡ります。当時、彼は一緒に漂流してきたクラスメイトから離れ、ひとりで様々な「この世界」を放浪していました。
やまびこ先輩は「この世界」の仕組みについて豊富な知見を蓄えていますが、その大部分はこの時期に見聞きしたものでしょう。こだまと出会ったあとはずっと『祝祭の森』跡地に留まっていたようなので。
また、彼は覚えていませんでしたが、この時期に戦争とも何度か遭遇していたようです。
少々疲れたのか、骨の山と血の池の「この世界」でやまびこ先輩は横になって目をつむりました。次に目を開けるとそこは『祝祭の森』。つまり、このとき彼は無自覚に自分の能力を発現させてしまっていたようです。
『祝祭の森』で目覚めたやまびこ先輩は全身が藻で覆われていました。ずいぶん長いあいだ眠っていたようです。
『祝祭の森』が形成されてからやまびこ先輩が目覚めるまで相当な時間が経過しており、その間にこだまたちが入植していたということになります。
やまびこ先輩がこだまたちのコミュニティに合流後、湖の浮島で朽ちかけていた大きな木をこだまの能力で再生。ただしこの木はのちにやまびこ先輩がねぐらにする大樹とはまた別物です。
さらにそこから少々の時間が流れたのち、『祝祭の森』には全身に謎の腫瘍ができる疫病が流行するようになります。
この疫病=『傷アート』の影響はこだまの能力を持ってしても治療することができませんでしたが、この時点ではまだこだまの仲間たちは彼女を信じ、そのうち彼女がどうにかしてくれるだろうと希望を抱きつづけていました。
一方そのこだまは何か心情の変化があったらしく、「僕どんな顔してる? 正直に言って」とやまびこ先輩に問いかけています。
疫病のせいで明らかにみすぼらしい外見になっていましたが、やまびこ先輩は彼女を気遣い「髪の毛が透き通って雪みたいだ」「唇が空のように青くて」「目元が前よりも優しげな印象になった」とひたすらポジティブな表現で応答。その自分自身よりも相手のことを信頼(もしくは依存)しようとする姿勢が彼自身の「心の内側を具現化する力」に反映されたのか、このときやまびこ先輩は犬の姿に変化しました。
後日、洞窟内で疫病に冒されていた(※ 実際には冒されたふりをしていただけ)戦争を発見。疫病をもたらした元凶ではないかと疑われましたが、こだまの意向により彼はコミュニティに受け入れられました。仲間たちは彼女に一切の選択権を委ねていたため、これといって大きな反発はなかったようです。
病状は日に日に悪化の一途。ついに全身が物言わぬ腫瘍の塊になってしまう犠牲者が出はじめました。仲間たちのこだまへの盲信も薄れ、彼らは希望を失いました。今さら戦争をコミュニティに受け入れたことへの反発が出はじめます。
このころ、戦争は疫病に冒されたふりをやめて、こだまを口説きにかかります。しかし、人の心を一切理解しようとしない彼は当然のことながら撃沈。絶望に打ちひしがれた彼は『祝祭の森』を去ることに決めます。
旅立つ直前にやまびこ先輩へネタばらし。
戦争がいなくなったあとも疫病は終息することなく、おびただしい数の墓標を残して仲間たちは全滅。こだまも力尽き、その亡骸から大樹が芽吹きました。やまびこ先輩はこの大樹のウロに隠れて5000年間を後悔とともに過ごすことになります。
5000年後、長良たちが元『祝祭の森』に漂着。『ハテノ島』と名付けて住みつきます。
間もなく青い炎による炎上事件が相次いで発生。この際、こだまの仲間たちの墓標も人知れず焼失しています。(※ さりげなく第2話に墓標の花輪が燃え上がるカットがありました) 墓標もまた対価を伴わない物品取得と判定されてしまったのでしょう。このタイミングで墓標が炎上していたことから、青い炎は長良たちが漂流してきてからこの世界にできた新しいルールだったことがわかります。
さらに瑞穂が引き起こした札束の雨と、それに伴う大火災によって大樹も焼失。やまびこ先輩は強制的に叩き起こされた構図です。朝風のせいじゃなかったネ。(※ やまびこ先輩が目を開くカットも第2話に存在します)
ちなみにこの後、長良たちが『ハテノ島』にいながら『ヒキコモリの暗幕』や『モンキーリーグ』などの「この世界」を攻略していたことから、『祝祭の森』にあった別の「この世界」に干渉できないルールはすでに失われていたことがわかります。
およそ8ヶ月後、やまびこ先輩は長良たちと合流。
同時期、謎の宝の地図に導かれたエースたちが大樹跡から能力遺物【万物の力】を発見。
現在に至ります。
彼らは響きあえなかった
「まったく困ったヤツだ。いつまで経っても甘えんぼうで。――もう来るんじゃないぞ」
「あれほど飛んでいけと言ったのに・・・。悪いことをした。僕が助けないでいれば、この子はどこか遠い世界へ飛んでいけるはずだった。僕はこの子を助けたつもりでいて、本当は邪魔をしてたんだ」
おとぎ話によると幸福を運んできてくれるという青い鳥。
本当の幸せはすぐ近くにあるのだとも語られる青い鳥。
こだまに助けられた青い鳥は、彼女のもとに幾度となくカシスの実を運んでいます。自らが死に至るそのときまで。
カシスの花言葉は「あなたの不機嫌が私を苦しめる」。枝に鋭い棘が生えていて果実を摘む邪魔をすることに由来しています。それからもうひとつの花言葉「私はあなたを喜ばせる」。そうして摘んだ果実が甘酸っぱくておいしいことからこの花言葉を託されました。
一言で言うのなら、やまびこ先輩とこだまは響きあえませんでした。
「私には、彼女の優しさは不気味にすら感じられた」
「ここはとても穏やかで、優しい世界だ。信じられないくらいに」
心根は似た者同士のふたりでした。どこまでも優しく、嘘くさいほど優しく、どうしてそこまでしてくれるのかわからないくらいひたすら優しく、そして優しい。
そこだけ見るのならお似合いのカップルだったように思えるかもしれません。
あなたの不機嫌は私の不機嫌でもある。私の喜びはあなたをも喜ばせられる。お互い思いやり深い彼らは、死がふたりを分かつまで、もしかしたら比翼の鳥にだってなれたかもしれません。
けれど、そうはなりませんでした。
「私は彼女のためならどんなことでもするつもりだった。何にだってなるつもりだったんだ。そう、何にだって――」
「ねえ、約束だよ。一緒に歩こう。君がいつか話してくれたガイコツだらけの道をさ、アイスクリームでも食べながら。ふたりで」
疫病のせいではありません。
戦争のせいではありません。
漂流のせいでもありません。
彼らは、どうしようもなくお互いの求めるものが異なっていたからです。
やまびこ先輩はいつまでもどこまでも相手の選ぶ道を支えたいと願いました。
こだまは一途に熱心に相手が選んだ道を添い遂げたいと願いました。
それでは、ふたりはちっとも願ったことを叶えることができなかったのです。
こだまの私室にはクローバーの花が生けてありました。花言葉は「約束」。それから、「私を思って」。
やまびことこだまは、はたして本当にお互いを思いあっていたでしょうか?
「ねえ、やまびこ。僕どんな顔してる? 正直に言って」
「髪の毛が透き通って雪みたいだ」
「それから?」
「それから、唇が空のように青くて」
「それで?」
「目元が前よりも優しげな印象になった」
思いあっていたでしょうとも。これ以上なく。
「目をそらさないで。お願い。もっとよく見たいんだ」
お互いの瞳に映る自分の姿になりきろうと思ってしまえるほどに。
お互いの望む自分らしくあろうと思ってしまうほどに。
「本当だ。前よりずっとナチュラルでさ。これが本当の僕だ。・・・だけど、誰もがそう思えるわけじゃない」
そう言って、こだまの心の傷はまた一筋、血を流しました。
同じ優しさを持ち、けれど違う願いを抱き、お互いのために尽くそうとすれ違いつづけるふたり。
やまびことこだまは、はたして本当にお互いを思いあえていたでしょうか?
「君はどう思う? 僕は、どうしたらいいと思う?」
「俺は・・・、君の考えが正しいと思う」
「本当に? 本当にそう思っているのかい?」
「当然だ。君はいつだって正しい。そうだろ?」
「・・・僕、そんな立派な人間じゃないよ」
後悔の果てに
「君たちはそれを解決しないといけなかった。――君自身が変わればいい。自分の殻を破って外へ飛び出せばよかったんだ。・・・だけど、もう手遅れだ。僕が帰るからね」
そう、やまびこ先輩とこだまが救われるには、もうとっくに手遅れでした。
ふたりずっとすれ違っていたまま、どうしようもなくお互いの求めるものが異なっていたまま、それではお互いの願いが叶えられないことをわかっていながら、それでもふたり、いつまでも今のままで甘んじることを選んでしまったのですから。
不老不死の漂流者に時間がいくらあったってそれでは意味がありません。
「今まで幾人もの先人が元の世界を目指し挑戦したが、成功した者はまだいない。だが可能性はゼロではない」
「え、帰れるの?」
「ああ。まだ間に合う。――君たちはこっちに来てまだ1年も経っていないんだろう?」(第6話)
あのときやまびこ先輩が言った言葉の真意は、そっちでした。
漂流1年未満だから、卒業前だったから「まだ間に合う」という意味じゃなかったんですね。
「わかるよ。君の言いたいことは。だけどしょうがないんだ。僕ら切り捨てられた存在はね。僕らに選択肢はないんだよ。君も聞いただろう、声をさ」
手遅れになるのは、そう、自分に選択肢が残されていないと錯覚したとき。
やまびこ先輩もこだまも、それぞれ自分で選択肢を選ぶチャンスはいくらでもありました。他の仲間たちもそうでした。だけど彼らみんな、自分以外の誰かに運命を選択する権利を委ねてしまいました。やまびこ先輩はこだまに、こだまはやまびこ先輩に。
それで誰も選択しようとしなかったせいで、彼らひとり残らずみんな、『祝祭の森』からどこへも抜け出すことができなくなってしまいました。
不老不死者にとっての“手遅れ”とは、つまりそういうこと。
「寝てないのか」
「うん。色々考えちゃって。『僕はあのときどうしてああしてしまったんだろう?』とか、『ああしなかったんだろう?』とか、そういうどうしようもないことばかり考えてたら眠れなくなっちゃった」
「私はただ、光を受けていたかった。光を失うことを恐れ、最後まで踏み出せなかった。でもやっと飛び出せた。――5000年かかった」
「・・・僕にもできるかな?」
「ああ。やれるさ」
後悔してもいい。間違ってもいい。いくら悩んだっていい。それでも、前へ進もうとする意志を失わなければ。まだ間に合う。
8ヶ月経とうと、1年経とうと、5000年経とうと。まだ間に合う。
どうせ、長良たちには永遠の時間が与えられているんですから。
「みんなわかっているはずだ。結局どこにいたって僕らは抗いつづけなければならないって。誰も長良を批難することはできないし、――僕がさせないんだなあ」(第7話)
諦めないかぎり、彼らはまだ間に合う。可能性は永遠にゼロにはならない。
「8ヶ月くらい、人生にとっては誤差の範囲内だろう。・・・私にはもう無理だからな」(第6話)
何をおっしゃる。5000年かかったって、永遠の時間に比べたら誤差みたいなものでしょうに。
やまびこ先輩は今、再び歩みはじめたんですから。
こだまの【万物の力】は今、仲間たちと再び旅をはじめたんですから。
「やまびこ。何でも僕の言うことを聞く? じゃあ、いつか僕とした約束を果たして。君はここから旅立つんだ。ここは本当の世界じゃない。ねえ、そうしてくれるよね?」
ううん。そうじゃない。それすらも本当の約束じゃない。
「彼女の願いは『一緒に外の世界を歩いてほしい』。それだけだった」
「ねえ、約束だよ。一緒に歩こう。君がいつか話してくれたガイコツだらけの道をさ、アイスクリームでも食べながら。ふたりで」
本当の願いだって諦める必要はない。中途半端に妥協する必要すらない。まだ間に合う。
だって、ふたりは5000年かけて、それでも再び前へ進みはじめたんですから。
時間ならまだ永遠にあります。
だから可能性は、永遠にゼロにはなりません。
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