多田くんは恋をしない 第4話感想 今はまだ、ありのままのあなたに応えられなくて。

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でも、もう少し。私が自分に自信を持てたときに打ち明けるわ。

(主観的)あらすじ

 ピン部長がなにやらテンパっています。憧れのHINAと間近に会えるイベントに当選したそうです。けれどHINA愛あふれまくりのピン部長は挙動不審極まりなくて、このままではとてもうまくいきそうもありません。幼馴染みの委員長をHINAに見立てて練習をすることにしました。
 実はその委員長こそがHINAその人なのですが。彼女は彼女でピン部長にガッカリされたくなくて、本当の自分に自信を持つ猶予が欲しくて、大好きな彼に自分の秘密を打ち明けられずにいたのでした。テレサはそんな彼女に、HINAも本当の委員長の一部ではないかとアドバイスします。
 イベント当日。案の定ダメダメに固くなっているピン部長に対し、HINAの格好をした委員長は素直な自分としてアドバイスを贈ります。ピン部長はその言葉によって自分を取り戻し、一言だけ愛の言葉を返します。今はまだお互いをまともに見つめ合うことのできないふたりですが、それでもこうしてHINAを通してなら、それぞれ自分の素直な気持ちを伝え合うことができたのでした。

 テレサが多田のいる日常に馴染んだところで、今話からちょっと新しい展開に入ります。いよいよ恋のお話が本格的に描かれます。といってもテレサ自身ではなく周辺の恋愛模様なのですが。この周辺のエピソード群にも3話使って、第7話あたりから多田とテレサの恋の話が進展する構成でしょうか。
 ハタから眺める恋の面白さときたら! 自分が恋するときとはまた違う恋のあり方が見えてくるものです。HINA委員長の恋模様を見て、テレサはふと自分と彼女を重ね合わせます。大好きな友達に対して偽りの仮面をかけている自分の姿。けれど、どうかその仮面も本当の自分の一部でありますようにと、そう祈っている自分の姿に、テレサは気がつきます。ハタから眺めることでしか気付けないものもあるのです。

「日向子」

 「はじめちゃん。緊張したら深呼吸よ」
 彼女は幼馴染みの彼のことを“はじめちゃん”と呼びます。
 「仕方ない。じゃあ委員長、お前が付き合え」
 彼は幼馴染みの彼女のことを“委員長”と呼びます。

 すごく違和感がありました。
 だってふたりは幼馴染みで、ピン部長はHINA委員長が委員長になる以前から彼女と親しかったはずなんですから。どうしてわざわざ後付けであるところの“委員長”なんて三人称を使うのか。
 ちなみに彼のスマホのアドレス登録では「日向子」だったりします。

 「ザンネンじゃないのよ。バカだけど、ちょっと変態だけど、はじめちゃんは照れ屋で繊細なだけで、根は優しいし。いざとなったら守ってくれるの」
 なるほどー。
 そういえば普段は「おい」とか「お前」とかってしか呼んでいませんもんね。そのくらい気安い間柄だと逆に名前で呼ぶ機会は少なくなるわけだ。で、名前で呼ぶ機会が少ないと、いざ3人称で呼ばなければならないとき呼び名に困ってしまうと。
 テレサのように「長谷川さん」と呼ぶには今さら他人行儀すぎ、かといって「日向子」と呼ぶと特別な間柄を意識せざるをえない。だったら半ばアダ名みたいな感じでみんなが使っている「委員長」呼びしか選択肢は残っていないわけですね。

 「じゃあ、HINAじゃなくて私だと思って言ってみて」
 「ひ、日向子さん・・・」

 だからこそなおさら、ただの名前呼びがふたりの心に鮮烈に刺さるわけです。
 「言えたァー!!」
 「それ、私の名前だから・・・」

 呼び慣れていないから。呼ばれ慣れていないから。
 ヘタしたら日頃ギャアギャア連呼している「HINA」呼びの方がまだ馴染みいいかもしれません。
 「日向子」呼びはふたりにとってそれほどに特別なものでした。
 というかこの期に及んで“さん”付けかい。

 あんな繊細な写真を撮ることができるピン部長なのに、グラビアアイドルの手相やら耳輪やらまで把握している変態のくせに、どうりでHINAの正体には気付けないわけです。
 幼馴染みだからこそ、普段の彼女を正面からまともに見つめる機会が極端に少なかったんですね。照れ屋だから。
 彼は初めから彼女を特別に意識していました。それが恋心かどうかはともかくとしても。憧れのHINAがどうとか関係なく、きっとずっと昔から。

ペルソナ

 「落ち着いて。どうしても緊張するときは、どうするの?」
 (・・・気付いた?)

 精一杯の勇気。やむなく踏み込む一歩。

 「引っ込み思案な私が変わるきっかけになればって思ったこともあったんだけど。自信もないのにHINAがどんどん一人歩きしていくみたいで、そしたらはじめちゃんにも『ファンになった』って言われちゃって。打ち明けることもできなくて」
 本当は知られたくありませんでした。HINAではない自分に自信を持てないから。大好きな人にガッカリされたくないから。
 だから、少なくとも今はまだ。

 本当なら委員長はまだ自分がHINAだと告げるだけの自信を得てはいません。本当ならまだ隠し通したかったことでしょう。
 けれど、それでも委員長は自分の正体を気取られかねないアドバイスを口にする覚悟を決めました。
 テレサの助言に勇気をもらったおかげでもありますが、それより何より、目の前で好きな人が困っていたから。
 自分のためではなく、ただ、好きな人のためだけに。
 「好きになったら負けなんです。好きになったら言うことを何でも聞いてしまうんです」
 それほどの献身を捧げられて、ではピン部長の方は彼女に何をしてあげられるでしょうか。

 「う、生まれてきてくれてありがとう! 本当に、ありがとう!!」
 誠意を。
 こんなしょうもないことの練習に付き合わせてしまい、そしてこの場ですら心を砕いてくれた幼馴染みのために、せめて当初の目的の完遂を。

 元々彼はいかにもアイドルオタクらしい下心を抱えてこのイベントに臨んでいました。
 夜なべして書いたスピーチ(笑)の原案には「もっと感動的に!!」だの「HINAをメロメロにする言葉!!」だの、本気でHINAの心をつかもうとする粘度の高い情熱が盛りに盛り込まれまくっていました。
 ぶっちゃけクッサイ言葉でめっちゃカッコつけるつもりでHINAに会いに来ていました。
 イベントスタッフを振り切ってまで、余裕のない声色で感謝の言葉だけを叫ぶ。そんなどう考えても悪印象しか残らない醜態を晒すことは彼の本意ではありませんでした。

 けれど、彼はそれをやりました。
 どれほど見苦しくたって彼はそれをやり遂げなければなりませんでした。
 「落ち着いて。どうしても緊張するときは、どうするの?」
 事情はわからなくとも、今までずっと正体を隠していたはずの幼馴染みが、自分を勇気づけるためだけにその秘密をかなぐり捨てようとしてくれたのですから。
 彼女のその献身に報いるため、彼はせめて誠意で応えたいと思いました。
 「う、生まれてきてくれてありがとう! 本当に、ありがとう!!」

 さながら仮面舞踏会。
 社会的立場のある人間同士が立場を忘れて本来の自分として語りあえるよう、あえて匿名で参加する社交の場。
 普段の幼馴染み同士の関係ではお互いをまっすぐ見つめることができずにいたふたりは、グラビアアイドルとアイドルオタク、それぞれ普段とは別のペルソナを着用することで初めてお互いにまっすぐ向き合うことができたのでした。

 「好きになったら負けなんです。好きになったら言うことを何でも聞いてしまうんです」
 聞かずにいられなくなってしまうのは、なにも言葉として明確に発せられた要求だけじゃない。

唯一ペルソナを脱ぎ捨てるに足るもの

 「いずれピン先輩も本当のことを知る日がやって来るんでしょうね」
 さて、我らがヒロインは果たしてそれを望むのでしょうか。

 「私もみんなに本当のこと言ってないなと思って」
 「言ったからってどうなるんですか。留学が終わればいずれお別れするんですよ」

 テレサが自分の正体を明かすことに意味はありません。
 彼女は特別扱いされることを望んでおらず、むしろなんてことのない普通の営みに挑戦したがる人物です。どうやらそれなりの立場であるらしい本来の名前はむしろ、彼女のつかの間の休日を壊してしまいかねません。
 なのに、どうして彼女はどこか沈んだ表情をしているのでしょうか。

 「結局はじめちゃん、私だって気付かなかったみたい。でも今はこれでよかったんだと思うわ」
 HINA委員長はずっと自分の正体を隠しつづけてきました。
 どうしてかって、それは結局、HINAのペルソナを挟んだ今の関係もまた心地よかったから。自分の正体を明かしたらこの日々が変わってしまうかもしれない。それを惜しむ程度には、彼女は今の関係も気に入っています。
 今話の出来事を通して、彼女は自分のそんな本心に気付きました。
 テレサと同じなんです。少なくとも今この瞬間だけのことを考えるなら、彼女が正体を明かすことにはそもそも意味がありませんでした。

 「大事なことは最後に言いたいから」
 それでも、委員長はいつか自分の正体を明かすでしょう。
 自分を偽ったままでは手に入らないものに恋い焦がれているから。

 「落ち着いて。どうしても緊張するときは、どうするの?」
 そして、場合によっては自分の本意ではないタイミングで正体を明かすことも厭わないでしょう。
 自分を偽ったままではしてあげられない献身があると知っているから。

 テレサもHINA委員長も、自分を偽ることで心地良い今を手にすることができました。
 「私はHINAさんも本当の長谷川さんの一部だと思いますよ。大福は大福です。おいしい!」
 ペルソナを自分の一部として受け入れるのなら、その幸せな日々は最大限に肯定されるべきものです。わざわざ正体を明かして自らそれを壊さなければならない理由はありません。
 ただ一点の例外を除いて。

 「好きになったら負けなんです。好きになったら言うことを何でも聞いてしまうんです」
 誰かを好きになってしまったときだけは。
 恋だけは、自分にとって望ましいはずのあれこれをかなぐり捨ててでも、剥き出しの自分でぶつかっていきたくなるものです。
 恋はあらゆるものに優先します。困ったことに。喜ばしいことに。

 テレサが今の楽しい日々にどこか満足しきれないでいるのならば、それはつまり。
 「恋って複雑なものなのね。楽しかったり苦しかったり切なかったり」
 それはつまり、あなたは恋をしたがっているということです。

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