
だから、私は何かに迷ったとき星を見上げるんです。

(主観的)あらすじ
テレサの幼馴染みだというシャルルが日本にやって来ました。物腰爽やかでよく気がつき、そのうえ大学生ながら実業家でセレブのイケメン。ちなみに隠していますがその正体はラルセンブルク次期女王であるテレサの婚約者でもあります。有り体にいってスーパーマンです。初めは嫉妬していた我らが凡夫どもも上手に褒められて好感度爆アゲ。
さて、多田とテレサはそれぞれの事情から同じセレブなパーティに参加することになり、これまた偶然にそれぞれ会場を抜け出して、さらに運悪く通り雨に降られて、一緒に雨宿りすることになります。ふたりきりの時間は楽しいものでした。意外な共通点を見つけて、ちょっとした運命も感じました。
けれど、雨上がり。心乱されきった表情のアレクが駆けてきます。いつか川に落ちてしまったときと同じに自分を責めている様子です。またやってしまいました。テレサは自分の軽率さをひどく後悔します。
そして多田は、自分といたせいで辛そうな表情をしているテレサと、彼女を優しくフォローしてやれる距離感にいるシャルルの姿を目の当たりにして、なんともいえない苦いものを感じるのでした。
距離感を強く意識するお話。ふたり同じ北極星を見つめていながら、実際のところ多田はテレサの本当の姿を知りません。実際のところテレサの後悔の在処を知りません。実際のところシャルルほど彼女と親しくもありません。
触れあえた気がした彼女の指先は思いのほか遠く、どうすれば掴むことができるのか見当も付きません。手を伸ばしたらいいのでしょうか? ちょっと伸ばしたくらいじゃ届く気がしません。そもそも自分にはあえて彼女を求める理由がありません。そのはずなのに、胸の内にはどうしようもなく苦いものを感じるのです。
いいですね。ついに多田から恋の香りがしてきました。
シャルル・ド・ロワール
テレサの婚約者はいい男でした。
「どれもステキな写真だね」
なんといっても褒め上手でした。
「これは・・・」
「俺が撮った写真だけど」
目の前にある写真はナルシシズム全開な男性の顔。話を聞くとやはりというかなんというか、自撮りらしい。
・・・となれば、褒めるべき箇所は考えるまでもありません。
「なるほど! 写真もカッコいいけど、実物の方が断然カッコいいね!」
「この動物たちもいい表情をしているね」
「僕が撮った写真ですけど」
ラインナップはすべて動物の写真。なぜかどの動物も怒りの形相ですが、そういう姿を好んで撮影しているのか、あるいは単に動物に嫌われやすいタチなのかまでは読み取れません。
・・・となれば、間違いなく言えることはただひとつ。
「撮影した人の努力を感じるよ!」
「これも、とてもきれいな風景だね」
「当然だ。それはHINAがグラビア撮影をした場所、すなわち聖地なのだから!」
とりあえず無難に評してみると、撮影者本人から解説をもらえました。どうやら彼がこの写真に込めたコダワリは美しい風景そのものではない様子です。
・・・となれば、褒めるべきは写真そのものではありません。
「失礼。たしかに彼女は女神のように美しいね!」
つーかピン部長はマトモな写真を飾りなさい。第2話のときの面白い写真はどこやった。(実は今話でも貼られてある? え、じゃあシャルルはどこの壁を見ていたの?)
「こっちは可憐な花や鳥たちだね」
「長谷川さんの写真ですよ」
直前のやりとりで、彼女はどうやら控えめな人で、しかもこの場の人間に隠し事をしているらしいことがわかっています。
・・・となれば、大げさに褒められて場の注目を浴びることはあまり好まないはず。
「ステキですね。マドモワゼル」
「これは?」
「俺の写真です」
(ピン部長がバカやってるせいで)彼の写真群だけ明らかに毛色が違います。題材を練り、技巧を凝らして、真剣に良い写真を撮影しようとしているのが伝わってきます。
・・・となれば、褒めるべきは純粋に作品として見たときの芸術性。
「素晴らしい! これだけで日本が美しい国だってわかる気がするな!」
「で、テレサの写真は?」
「これです!」
「・・・石?」
何のつもりかさっぱり意図がつかめません。幸い婚約者殿は素直な人柄なので、こちらも素直に解説を求めるのが吉。どうやら石がペンギンに似ているということらしい。
・・・解説を聞いてもさっぱり理解できないので、褒めることは諦めて会話をつなぐことに専念します。
「これはコウテイペンギンだね」
「そうなの! 校庭で見つけたの!」
社交慣れしています。写真だけでなく積極的に撮影者と会話を持って、その人の趣味嗜好を総合的に読み取ろうとしています。それぞれの人物像に即した褒め方を選んでいます。
伊集院が「ペンギンってわかるんだ・・・」と驚いていましたが、あれにしたっていかにもペンギンっぽいペンギンといえばコウテイペンギンだろうというだけのざっくりした当て推量です。外してもいいと割り切って会話のタネのつもりで話題を振っているだけです。実際、「コウテイ」と聞いて「校庭」のことと勘違いしていたことからもわかるように、テレサはそもそも特定の種をイメージしていたわけではありませんでした。
良い人ですね。ともするとあざとい、狡猾そうな印象にもなりかねない振る舞いですが、今のところ彼からはそういう嫌味を感じません。少なくとも相手を喜ばすために褒め言葉を選んでいるのが明らかですから。テキトーな思いつきのお世辞ではなく、相手をよく観察したうえでの事実に即した評ですしね。
相手のことを知ろうとする。相手に喜んでもらおうとする。そして実際そういうことを可能とするだけの観察力と思考力を持っていて、驕りも謙遜もしない。
とても好感の持てる人物です。これでまだ20歳そこそこだと? 私とは住む世界が違う・・・。
ちなみにアレク評。
「で、アレクの写真はこれだろ。アレクはかわいいものを見つけるのがいつも上手だからね」
彼女に対してだけちょっと温度が違います。会話のなかから褒めるべき箇所を探る、みたいなことをするまでもなく、彼女のことはまるで兄妹のように初めから深く理解できている様子です。明らかに婚約相手よりも親しげ。
こう自然体で距離の近さを意識させてくるとね、そりゃね、アレクもグラッとくるよね。
嫉妬・・・?
さて、影が薄くなりがちな我らが主人公。
多田珈琲店を去るテレサとシャルルを見つめて、多田はなにやら変な顔をします。なんかちょっとさびしそうな表情に見えます。
「シャルルさんって本物の王子様みたい。あれじゃお兄ちゃん勝てないよねー」
「・・・何の話だよ?」
別にテレサに恋をしているわけでもあるまいに。
少なくとも多田自身はそれを自覚していないはずなのに。
それなのに、なんだかちょっと変な気分になりました。
「なんかシャルルとテレサちゃんってお似合いだな。光良」
「ああ、そうだな」
昼間は何のわだかまりもなくそう思えていたはずなのに。
昼に無くて夜にだけあったものは何だったでしょうか。
「ニャンコビッグにまた会いたいな」
「かわいいでしょう」
それはテレサの笑顔。
いいえ、ただの笑顔なら昼間だって昨日だっていつも見ています。
けれど、このときの笑顔はただの笑顔ではなく、テレサがシャルルひとりにだけ向けた笑顔でした。
たったそれだけのことなんですけどね。
そういうの、あって当然なんですけどね。
だって多田はテレサと出会ってまだ数ヶ月。対してシャルルは彼女の幼馴染み(実際は婚約者)です。積み重ねてきた年月が全然違うんですから、そりゃあ自分に関係なくて向こうだけが見られる表情のひとつやふたつ、当然あるでしょうとも。あって当然です。
当然なのですが・・・
だったら、どうしてあなたはその“当然”をどこかさびしく感じているのでしょう。
まさかあの子の全部何もかもを自分の目で見たいとでも思ったのでしょうか。
あの子の見せる喜怒哀楽ことごとくを自分ひとりが独占したいとか、そんな大それたことでも考えたのでしょうか。
ええ、もちろんそこまでとんでもないことはさすがに考えていないでしょうとも。
ですが、彼女の笑顔を見てさびしく思うということは、大なり小なりつまりそういうことですよ。
“当然”であることをさびしく思うということは。
“当然”ではない“特別”になりたいと思うことは。
思えば恋にきっかけらしいきっかけなんて無いのかもしれません。
彼女と出会ってからの毎日が以前よりちょっと楽しくなった。たったそれだけのことでも人は恋に落ちるものなのかもしれません。
その人と過ごす毎日が楽しいほどに。その毎日の永続たることを望むほどに。その人を失いたくなくて、その人を遠くに感じたくなくて。
そういうとき、人はその誰かとの特別な関係を切実に求めるようになるのかもしれません。いつの間にか。いつの間にか。
特に、多田は大切な人を喪うことの苦みを知っているのだから。
ならば多田の胸にわだかまった不思議な感情は恋ではなく、けれどいつか恋になるかもしれないものの萌芽なのでしょう。
「ありがとね、多田くん」
「じゃ、行こうか。テレサ」
遠い。
繰り返してしまう
「心配しました! テレサ!」
それはテレサが最も見たくなかったもの。
それを見たくないからこそ、テレサは強くなることを誓ったはずなのに。
「悪いのは私です。あなたをひとりで、行かせてしまった」
大好きな友達を従者に変えてしまったあの日を後悔したはずなのに。
また、自分の浅慮によって彼女を悲しませてしまった。
恋が楽しい日々の永続たることを求めるものだとしたら、後悔は楽しい日々が失われることを二度と繰り返さないためにある。
「アレク。今日はごめんなさい」
「これからはもっと気をつけます」
「多田くんや伊集院くん、長谷川さんやピン先輩、山下くんたちはみんな日本でできたステキないいお友達です。でも・・・」
「留学が終われば国に戻り、私はシャルルと結婚して女王になります」
「その覚悟は・・・日本に来るときからできています」
どうしたら大切な友達を悲しませずに済むだろう。
どうしたら楽しい毎日を続けることができるだろう。
決まっています。
自分を律することです。もう二度と今回のような浅慮を働かず、誰よりも立派な人間になることです。
やるべきことは初めから定まっていました。
なのに、どうしてでしょう。
瞳が北天の一等星を追いかけてしまうのは。
アレクのことは大好きです。だから彼女と過ごす楽しい毎日を守るため、強くなりたいと心に誓いました。
でも、多田たちとの毎日も楽しかったんです。今までよりももっと、楽しかったんです。
それはーーけれど、望んでいいものなのでしょうか?
あの楽しさに身を浸していると、またどこかで油断してしまうかもしれない。
また後悔することになるかもしれない。
また友達に悲しい顔をさせてしまうかもしれないのに。
守りたいものと、恋い焦がれるもの。
手放しがたいふたつの狭間で、遠い国のお姫さまはひとり星空に救いを求めます。
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