HUGっと!プリキュア 第15話感想 透明な機械はバカと交わって赤くなる。

ニセモノでも、街の危機を放ってはおけないのです!

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(主観的)あらすじ

 きわめて絶望的なめちょっく大事件が勃発! なんとタイムセールス卵1パック20円(税抜き)! だのにオムレツ大好きのののの家のみなさんってば忙しくて誰も買いに行くことができません! しからずんばオゥジーザス! しかれどもノータマゴノーライフ! ・・・というわけで今日はルールーはじめてのおつかいです。
 そっちはまあ、特にトラブルもなくすんなりこなせたのですが。しかし道中でプリキュアの仮装をした珍妙な小動物に絡まれ、いつものようにマジレスで応対していたら、なぜか懐かれてしまいました。ついでにハウス(いやさキャッスル)にご招待されました。行くことにしました。
 珍獣――愛崎えみるは別にプリキュアではありませんし、誰かを助けられるだけの能力も備えてはいませんでしたが、それでも彼女に声をかけられた人々は不思議とみんな笑顔になっていました。彼女の奏でる音楽は感情を持たないルールーの胸すらも打ちました。実力不足を痛感しながらも誰かのために必死にならずにいられない、えみるの心にはアスパワワがあふれているのでした。でもそのウルトラダサいプリキュア衣装だけはカンベンな!

 えルっと!プリキュア結成回。去年の秋映画や一昨年のモフデレラ並みにギャグ全力投球な内容でしたが、まあ、アレですね。それ以上にプリキュア5のニオイを強く感じましたね。特にさあやとほまれ。
 なんでもできる、なんでもなれる。そんな未来を叶えるために、なにもできない、なににもなれない今の私ができること。それがまさにえみるの生き様です。ヒーローになるためには、まずヒーローになりたいと願わなければ何も始まらないのです。別にそれだけでヒーローになれるわけではないのですが、しかしなりたいと願うあなたは願わなかった以前よりも夢に近づけているはずです。プリキュアが保障します。

キュアえみ~る

 どことなくキュアエールっぽく見えなくもない市販服とスニーカーをベースに、プリキュアらしいたっぷりとしたパニエ、お花、リボン。動きやすさを考慮したスパッツとサスペンダー。そしてなんといっても両肘両膝のサポーター。だって女の子だって暴れたいもの。プリキュアごっこは斯くあるべしと言わんばかりの機能性完備な衣装です。
 「事故が起こる前にみんなを守る! キュアえみ~る!」
 転ばぬ先の杖もここまでカンペキ重武装ではあるまい。あらゆるハプニングを先読みして、キュアえみ~るはきわめて安全な格好で自ら危険に突っ込んでいきます。それがプリキュア・・・ってことはない気もしますが、これこそが愛崎えみるなのは間違いありません。
 「少しでも危険があるのなら、キュアえみ~るはあなたをお守りするのです! です! デス!」
 「その確率は1.57%です」「ありえません」

 「キュアえみ~るにおまかせ!」
 ズイズイっと大きく出ますが、いざ頼られてみれば失敗ばかり。むしろプリキュアを名乗っていないルールーの方が何事もソツなくこなすことができます。ルールーはプリキュアではないので、そもそも手助けを申し出たりはしないのだけれど。

 「キュアえみ~るはみなさんのお役に立てませんでした・・・」
 ガッカリします。自分がヒーローじゃないことに。
 「ヒーローはみんなを守るためにどこにでも駆けつけるの!」(第9話)
 ションボリします。いつか出会った憧れのヒーローとちっぽけな自分との果てしなく大きな違いに。
 なにもできない、なににもなれない。それが今の愛崎えみるでした。

ジェンダーバリア

 「やめたまえ。女の子がギターなんて」
 「女の子は女の子らしく、ピアノやバイオリンの方が似合っていると思う」

 やや唐突に感じるタイミングでバリバリのジェンダー主義者が登場してきましたが、えみるの兄がこういう人物として描かれているのは、つまりまあ、そういう物語を描くためです。別に作品テーマと無関係に社会派気取りでジェンダーを弾劾しようとしているわけではありません。

 彼は“らしく”ありなさい、と言います。
 なにもできない、なににもなれないえみるにとっては、今の自分こそが“違う”と感じているのに。
 変わるなと。今のままでいろと。
 上から目線で常識を振りかざして、えみるのほとんど幻想に近い夢すらも根こそぎ摘み去ろうとします。
 もし変わることを許されないのなら・・・私は一生、なにもできない、なににもなれないままなのでしょうか?
 ヒーローになりたいと思ってはいけないのでしょうか?

 この際、男と女の性差とか社会的理不尽とかそういう大きな枠の話はどうだっていいんです。
 語られるべきはもっと素朴な、私が私らしくなれるかどうか。たったそれだけのこと。
 「なんなのですか、あの人は! あなたは先ほど言いました。ギターは自由だと。カッコいいのだと。最も愛するものだと。それをあのように否定するなんて!」
 摘み去られようとしていたのは現在の“らしさ”を阻害する“違い”ではなく、いつかそうなりたいと夢見てきた未来の“らしさ”に手を伸ばすための“違い”。
 「私、なりたい野乃はながあるの。だからがんばるの」(第5話)
 なにもできない、なににもなれない私だからこそ、なんでもできる、なんでもなれる未来を掴み取りたいのに。

小さな種子は大地に抱かれて芽吹き

 タナカリオンの変身バンクといえばキュアフェリーチェ。(唐突)
 魔法つかいプリキュア!の花海ことはは愛されて育った少女でした。特別な、きわめて大きな力を与えられた彼女の魔法はいつも大騒動の素でしたが、けれど彼女の育ての親たちは彼女を叱りませんでした。彼女が魔法を使うときはいつだってみんなを笑顔にしたいときだと知っていたからです。実際、笑顔にはしてあげられていたからです。
 愛情に守られ、祝福を振りまく喜びを存分に学んだ彼女は、やがて世界をまるごと愛で包みこむ大きな女神へと成長していきました。
 「あまねく生命に祝福を! キュアフェリーチェ!」(魔法つかいプリキュア!)

 「私、なんて危険なことを・・・」
 えみるは無力な少女です。
 誰かが危険に巻き込まれることを放っておけないくせに、それを取り除く術を持ちません。むしろ空回りしすぎてわざわざ自分からアクシデントに飛び込んでしまいます。
 「危険です。なぜ来たのですか。あなたは本物のプリキュアではないでしょう?」
 「でも、でも・・・、ニセモノでも、街の危機を放ってはおけないのです!」

 だって、それでもなりたい愛崎えみるがあるのだから。だからがんばるんです。
 「えみるちゃんはいつでも何かに必死です」(第9話)
 がんばるしかないじゃないですか。何にもなれない自分が、どうしても何かになりたいのなら。

 だから、兄に可能性を否定されて悲しかった。
 だから、ルールーに可能性を認めてもらえて嬉しかった。

 「キュアえみ~る」
 「そうでしょうか。あなたが声をかけた人は皆笑顔になっていました」
 「いいですよ」
 「そうですね」
 「行きましょう」
 「お邪魔いたします」
 「歌・・・。苦しいです。その歌というものが私のなかで響きつづけていて。もっと聞きたい、そう思います」

 情けないところも、恥ずかしいところも、自分では大したことじゃないと思っていたところも、全部そっくりそのまま受け止めてもらえて嬉しかった。
 そこに宿る可能性は、今の自分“らしさ”にもがいている自分の姿は、今の自分よりか少しだけ憧れの自分に近づけているはずだから。

 今回ルールーがしてみせたことって、要は普段はながしていることと同じなんですよね。現在の有様ではなくそこからつながる未来を、自分では信じることのできないその人に代わって信じてあげること。
 ルールーにそのつもりはちっともなくて、色々と下心や無意識がもたらした行為ではあったんですけどね。それでも、結果としてえみるの未来はルールーによって応援されました。

 「見てたよ」
 「ありがとう」
 「あなたもヒーローだね!」

 そのおかげで、ちょっとは憧れに近づけた気がした。

 「ルールー! 私と一緒にプリキュアになりましょう!」
 だって、きっとあなたの傍でなら、私の小さな可能性も大きく育ってくれると信じられるから。

ギュイーンとソウルがシャウトする

 えみるの方はそういう物語。
 ところで、ルールーはどうしてえみるの兄から彼女を庇ったのでしょう。感情のない機械のくせに、どうして彼女の歌をそんなにも気に入ったのでしょう。
 「ルールーが好きだから! それじゃ、ダメ?」(第13話)
 「ルールーだってかわいいと思ってる。きっと。ルールーの表情、見てればわかる」(第14話)
 それはもちろん今さら確認するまでもなく、彼女が人間の愛というものに強い興味を抱いているからなワケですが。

 でも、どうしてその興味の対象が今回は歌だったのでしょうか。
 「私が最も愛する楽器、ギターなのです! ギターは自由なのです! ノれるのです! カッコいいのです!」
 「ギュイーンとソウルがシャウトするのです!」
 「ギュイーンとソウルがシャウトするのです!」

 そういうことだからですね。
 えみるの愛はギターを弾いているときが最もドストレートに伝わるんですね。ギュイーンと。ソウルから。シャウトとして。

 すでにこれまでもさんざっぱら感化されてきたように、今回もまたルールーの心には愛が芽生えます。
 「苦しいです。その歌というものが私のなかで響きつづけていて。もっと聞きたい、そう思います」
 愛を欲します。
 「あなたは先ほど言いました。ギターは自由だと。カッコいいのだと。最も愛するものだと。それをあのように否定するなんて!」
 愛を守ります。
 彼女の愛は特に、これまで体験してきたものと比べてもいっそうに、素直でまっすぐな愛だったから。

 「ルールー。美しい名前ですね」
 「ニセモノでも、街の危機を放ってはおけないのです!」

 どうしてみんなの安全を守らんとするこの子が、逆に自ら危険に突っ込んでしまうのか。それはこの子が日頃から愛に満ちあふれていて、みんなに愛を振りまかずにはいられない、もう自分でもどうしようもない子だから。
 そんなどうしようもない愛を、歌として直接叩きつけられたら、そりゃね。

 「ルールー! 私と一緒にプリキュアになりましょう!」
 ヤです。そんな子どもっぽいコスチューム。珍獣とコンビのお笑いユニットなんて。
 それ以前に、ルールーにはまだえみると釣り合うほどの愛がありません。
 何でもできる彼女はえみると違って上手に人助けができるかもしれませんが、けれどそもそも彼女にはえみると違って人助けをせずにいられないほどの強い愛がないのです。
 ルールーにはえみると違ってプリキュアする動機がありません。

 「・・・命令されたわけでもないのに、私はなぜ?」
 のののの家の言い方からは特に言外の圧力みたいなものは出ていなかったように思うのですが、それでも自らおつかいを引き受けたルールー。
 案外、自覚していないだけのような気もするけれど。

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