弱くてもいいんだよ。
(主観的)あらすじ
宗矢が敵対したヒーロー組織――グランドパラディンは、未確認飛行物体のことをネビュラ・ウェポン、宗矢たちのことをネビュラ・ソルジャーとそれぞれ呼称し、警戒を強めることにしました。彼らのボス・竜造寺隆はネビュラではなく自分こそが人類を導くべきだと考えていました。
一方、そのネビュラは2つの派閥に分かれており、ネビュラ・ウェポンを操る封印派は戦う力を進化させつつある人類を地球に封印することを目的としていました。対して宗矢を擁する穏健派は地球人から力だけを没収し、地球人が自主的に愛の進化をはじめることを期待していました。
ただし、宗矢にとってそういう話はどうでもいいことでした。彼はグランドパラディンに個人的な憎しみを滾らせていたのでした。宗矢は彼らを倒すため、信頼できない同居人たちの企みに乗り、学校に行くこともやめて、ひたすら自分を鍛えることを決意します。
ネビュラ・ウェポンの出現。今回戦ったのは因幡美羽という少女でした。彼女は幻像のなかで、親友であり憧れでもある熊代晴美に試合で勝つという甘美な夢を見ました。けれど今となってはただの茶番。彼女はすでに現実でヒーローという力を手にしていました。躊躇なく幻像を打ち砕きます。しかし、幻像は砕ける間際、彼女に語りかけるのでした。「弱くてもいいんだよ」
つづけて宗矢たちの襲撃。美羽は親友の晴美に背中を預け、まるで自分の力を誇るようにして次々と大技を繰り出します。しかし一瞬の隙を突かれてカウンター、敗北。宗矢たちに力の源である小瓶を没収されてしまうのでした。
また、一方でカタキ討ちに執着するあまり引き際を誤った宗矢の方も残りのグランドパラディンたちに包囲されてしまい、絶体絶命の窮地を迎えます。
あらすじが長いにゃー。しかも文量の大半が出来事ではなく状況説明だにゃー。各陣営とりあえずの立ち位置は確定したっぽいので、次回からは短くまとめられるといいのだけれど。
幻像を見て虎居が涙した一方、美羽は笑いました。彼女にとってそれは破壊することに躊躇の必要がないものでした。彼女はすでに欲しいものすべてを手にしていました。欲しいものすべてが“力”という一点に集約されていました。
――では、もしその“力(欲しいものすべて)”を奪われてしまったら?
望みを叶えるために
自分で自分の望みを叶えるための、最も効率のいい方法といえば、何でしょうか。
「学校なんてどうでもいい。どうせここは俺の世界じゃないんだし」
「ともかく。俺の復讐のためにはアンタの力が要るから、俺は当分ここにいるけどな、先生! 俺はコイツもお前らも、みんな大っ嫌いだ!」
自分のすべてを、ひとつの願いを叶えるためだけに一点集中させることです。
現実のところはどうだか知りませんが、少なくとも物語に登場するアスリートや有力者たちの多くはそういうふうにして力を蓄えてきました。
何といってもそのストイックな姿勢には説得力がありました。普通じゃない努力をすれば、普通には身につけられない力だって手に入りそうじゃないですか。すこぶる簡単な話です。
「『“どうせ”という言葉は良くないニャ』と、先生は仰って――」
「宗谷くん。『ごちそうさま』は? ・・・『ごちそうさま』は!?」
「黒井くん、風邪かなあ」
そのために心を砕くことになるのは、往々にして本人だけでは済まないのだけれど。
「重っ! 走りづらっ! ・・・もっと体力つけなきゃ。敵はあと6人も残ってるんだ。そして6人を倒しただけじゃ、終わらない」
しかも実際やろうとすると、意外に簡単にはできないのだけれど。
「なあ。学校は楽しくないかい?」
「ああ・・・。ごめんな。実はさっき遠くから君が泣いてるところを見ちゃってさ」
「じゃあな。鉄下駄カッコいいぜ。がんばれよ」
私たちは望みにすべてを捧げるストイックさに憧れるくせに、いざ実際にそういう人を見ると心配してしまいます。
何か事情があるんじゃないか。もしかして今の彼は不幸なんじゃないか。彼は誰かの助けを必要としているんじゃないか。せめて応援のひとつでもしてやれないものだろうか。
その人が全力を傾けていることを察するほど、自分が誰もの幸せを願うお人好しであるほど、私たちはそんな彼らを放っておけなくなるものです。
「おい、今すぐ逃げろ! 避難所に行くんだ! あ・・・。鉄下駄じゃ急げないか。ええい、この靴貸してやる。じゃあな! 早く逃げろよ!」
だというのに、ひとつの望みのために全力を尽くす彼らは、他人に自分がどう見えているかに気付けない。
私を私たらしむ1から10まで
美羽は幸せな夢を見ました。
柔道が得意な親友に、柔道の試合で勝利する夢。
自分の勝利を親友とふたりで喜びあう夢。
強くなったと親友に祝福してもらう夢。
遠い、憧れ。
「ずっとさ。はるちゃんみたいに強くて大きくなりたかった。力が欲しかった」
「今は美羽ちゃんの方が強いよ。優勝おめでとう」
めでたし、めでたし。
けれど、美羽にとってそんな幻像はとっくに捨て去ってもいいものでした。
「――私は強い。私は強い。私は強い。私は強い。・・・私は強い!!」
「私は現実で力を手に入れたんだ!」
憧れていた力はすでに手のうちにあるのだから。
もう、夢を見る必要なんて、ないのだから。
「こんなウソで人の心を自由にできると思うな! ネビュラ!」
「美羽ちゃん。すごいね。あんなおっきなのやっつけちゃうなんて」
夢の続きは現実で見ればいい。
「はるちゃん。戦おう! ふたりなら無敵だよ!」
夢の続きは現実で見ればいい。
――けれど。
「ウソ・・・。あ。あ。・・・ああ」
「そんな・・・。私の、私の、力・・・」
もし、現実がウソをついたら?
本当はその力が自分のものではなかったとしたら?
その自信 / その崩壊
前話と同様、今話でも美羽がヒーローになれた経緯は語られませんでした。
虎居と違って、特に美羽の物語においてはものすごく重要な転機であったにもかかわらず。
この都合のいい力があったからこそ、現実の自分に自信を持てていたからこそ、彼女は幸せな夢を破壊しても平気でいられたというのに。
そんなものがあったから、美羽はついぞ気付けずにいました。
「はるちゃん。根津屋くん。ゲーセン行かない?」
「美羽ちゃん。午後の授業だけでも・・・」
この優しい親友が、自分の幸せのために自分の望みと違うことを助言してくれていたことを。
「私、今幸せ。みんなに自慢したい気分。『私ははるちゃんと一緒に地球を守ったんだぞ!』って」
「私は・・・心配だな。美羽ちゃんには危ないことはあんまり・・・」
この憧れの親友が、自分が力を得たことを本当はあまり喜んでくれていなかったことを。
自分で自分の望みを叶えるための、最も効率のいい方法。
自分のすべてを、ひとつの願いのためだけに一点集中させること。
「並んで歩こう」
「ふたりなら無敵だよ!」
「私たち最強コンビは侵略者なんかに負けない!」
そうしてやっと叶えられた大切な“望み”は、そのためにすべてを一点集中していたがゆえに、それを支えるたったひとつの“力”を失っただけですべて儚く崩れ去りました。
「弱くてもいいんだよ」
地球人の力を求める意志を挫くための悪辣な言葉は、しかし彼女の親友もずっと訴えつづけていたものでした。
これからの彼女が不幸にならないように、と。
今の彼女の幸せが儚いものにならないように、と。
どうか、力だけでなく他のものも大切にしてほしい、と。
何が幸せにつながって、何が不幸せを呼んでしまうのか。
力か。
愛か。
復讐か。
あるいはもっと別のものを求める意志か。
問いかけは続きます。
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