デリシャスパーティプリキュア 第38話感想 ただ幸せなだけの平凡な一日。

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言葉だからね。忘れられることも、役に立たないこともある。でも、ちょっとだけでもいいの。もしも何かの力になれれば、私がいなくなっても大切な子たちを支えられるかもしれないでしょう?

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「おばあちゃんに会える!? おむすびと未来へのバトン」

Lead Character:がんばったひと

ゆい

Major Happening:大きなできごと

 20年前のおいしーなタウンに行き、ゆいは大好きだったお婆ちゃんと再び出会う。座右の銘にしている「ごはんは笑顔」の言葉に、ゆいが知っていた意味とは別にもうひとつ、未来の世代が幸せになる助けになれるようにという願いが込められていたことを知って、ゆいはますます自分の信念を強くした。

Sub Questions:小さなできごと

未来へのプレゼント

 そもそもゆいたちが過去の世界に行ったのは、当時ジンジャーが何の目的でおいしーなタウンに滞在していたのかを知るためだった。
 実際のところジンジャーは、レシピボン盗難を巡るシナモンの冤罪において国家そのものに食い込む大きな陰謀の匂いを感じとったため、一時クッキングダムを離れて外から調査していたにすぎなかった。

 ただし、ジンジャーはしばらく逗留したおいしーなタウンに深い愛着を持ち、また近い将来陰謀がこの街をも巻きこんで大きな事件を引き起こすことを予見して、この地を守護するためのほかほかハート蓄積装置を秘密裏に制作したのだった。
 その事実をゆいたちだけが知っている。ゆいたちはジンジャーに未来を託されたのだ。

Battle Depiction:どんなバトルだったか

 ゆいたちが過去のおいしーなタウンへ出向中だったため、ブラックペッパーが単独でブンドル団を足止めすることになった。ブラックペッパーは不利な状況で奮戦し、ちょうどゆいたちが帰還したタイミングで力尽きる。
 ここでもゆいたちはブラックペッパーに後を託されたかたちとなった。

I’m curious !:気になるポイント

品田さんちの門平さん

 ジンジャーはシナモンにスペシャルデリシャストーンの修復技術を託したらしい。直接の弟子であるマリちゃんではなく、なぜあえて彼を選んだのかは不明。むしろこれこそがシナモンが陰謀に巻きこまれた理由だったのかもしれない。

20年前のその後

 結局のところジンジャーは核心を突く情報を持っていなかった。ブンドル団にスペシャルデリシャストーンの技術が流出した理由もわからないまま。
 むしろ、スペシャルデリシャストーンの技術を持っているのがジンジャーとシナモンだけに絞られたことが最大の収穫かもしれない。
 少なくとも20年前の事件においてブンドル団はシナモンの身柄確保に失敗している。また、ジンジャーも帰国後に自身の保有するスペシャルデリシャストーンブローチを2分割して後進に託す程度には身辺警戒していたようだ。マリちゃんから見て没年までの彼の様子に不審な点もなかった様子。
 ならば、流出元はフェンネルだろうか。現物からのリバースエンジニアリングだから贋作止まりの技術力にしかならなかったのかもしれない。精神操作によるものか彼自身がゴーダッツなのかはわからないが・・・。もし後者ならゴーダッツのシンボルを猫仮面にしているところに歪んだ感情が垣間見える。

 ゆいは健やかな子です。大好きだったお婆ちゃんを亡くしてはいますが、それに関してトラウマや後悔を抱えているようなこともなく、だからこそ今回お婆ちゃんに再開できた貴重な機会に自分から伝えるべき言葉が思い浮かびません。彼女はすでにお婆ちゃんの死を自分なりに飲み下しているんです。
 過去の世界に行くエピソードといえば心の闇を払拭する展開になるのが定石ですが、このゆいに限っては大切な人の死すら自然に乗り越えられるくらい、きわめて健康な精神の持ち主。お婆ちゃんとの再会そのものには物語上案外大きな意味が生まれません。

 それがわかったうえで、あえて彼女の心に巣くう影を挙げてみるとしたら、やはりあのエピソードになるでしょう。

 「どうも食事に対して恨みがあるみたいなのよね。自分に合う食べものがあまりなかったうえに、好き嫌いも激しいらしいの。そのうえ極端な猫舌で、みんなと一緒に食事をするのが苦手だったみたい」
 「もしかして、『ごはんは笑顔』じゃなかったのかな?」
 「そうね・・・。プライドをこじらせ、居場所もなくて、それでブンドル団に入ってしまったのかも」
(第33話)

 『デリシャスパーティプリキュア』の物語全体を通して唯一、「ごはんは笑顔」が敗北を喫した事例。
 もっとも、ナルシストルー側の問題は前話で解決されたのですが、これにあたってゆいは特に何もしていません。ナルシストルーの事情を知ったあのときの無力感は、ゆいの心のなかでまだ完全には払拭しきれていなかったんでしょうね。
 結果、今話はゆいの「ごはんは笑顔」に対する信頼を補強するエピソードになりました。

 「ごはんは笑顔」は真理ではありません。法則でもありません。だから本当は、必ずしもこの言葉どおりのことばかり起きるとは、実は限らないんです。
 ですが、お婆ちゃんはそれをよくわかったうえで、あのときゆいにこの言葉を教えていたんです。必ずしも「ごはんは笑顔」になれる人ばかりじゃない。いつも「ごはんは笑顔」が通用するとは限らない。それでも、「ごはんは笑顔」なんだって信じる意味はある。
 だって、「ごはんは笑顔」とは祈りの言葉だったんですから。

楽しい想い出

 泣きはらした日がありました。

 お葬式。大好きな人を永遠に失ってしまう質感はあまりにも鮮烈で、あまりに心もとなくて。幼いゆいは厚ぼったく腫らした目蓋そのまま、ぼんやりと立ちつくすことしかできませんでした。
 今日はあの日の続きです。永遠に失われてしまったと思われたお婆ちゃんと再会できる、奇跡の一瞬。今度こそ本当の最後。

 どんな顔をして会えばいいんでしょうか?
 お婆ちゃんに会えたとき自分はどんな顔をするんでしょうか?

 喜ぶんでしょうか。切ないんでしょうか。あの日の続きで自分はまた泣くんでしょうか。それともあのときの思いをすっかり忘れて笑うんでしょうか。そしてさよならの時間になったらまた悲しみに暮れるんでしょうか。
 お婆ちゃんが生きていたころは毎日が楽しい日々でした。
 お婆ちゃんが死んでからもたくさん楽しいことがありました。
 あの日だけです。
 楽しい毎日の合間、唯一あの日が、ゆいのまだ短い人生において一番悲しい瞬間でした。
 今日はその日の続きだそうです。いったい自分はどんな気持ちになるんでしょう?

 緊張します。不安でいっぱいになります。
 なにせ、だって、自分で自分がどうなるのか全然想像できないんです。

 「いらっしゃい。ジンジャーなら出かけてるよ」

 答え合わせ。

 どうやら友達から見て、今の自分は“そういう”顔をするのが一番ふさわしかったようです。

 「大事な人に会うなら明るい顔色がいいと思う」

 懐かしい一声を聞いて。
 二度と見られないはずだった笑顔を見て。

 今日のゆいは、ただただ、嬉しい思いだけでいっぱいでした!

 お婆ちゃんやみんなとごはんをつくって。
 お婆ちゃんやみんなとごはんを食べて。
 ゆっくりふたりでお話する時間もできて。

 びっくりするくらいいつもと同じ日常がそこにありました。
 お婆ちゃんが生きていたころと同じように、お婆ちゃんが死んでからと同じように、ゆいは今日もたくさん笑うことができました。
 泣きはらしたあの日の続きは、フタを開けてみればそんな、いつもの毎日の続き。

 一日の終わり、かわいそうにひとりだけずっと眠りつづけていたコメコメが聞いてきます。

 「プレシャス。お婆ちゃんに会えたコメ?」
 「うん。ずっと、私と一緒にいてくれてたんだ」

 そう振りかえるゆいの周りにはニチニチソウが咲いていました。この花は、小さくてかわいらしい花弁が毎日ポンポンと増えていくにぎやかな姿が特徴の花です。花言葉は「楽しい想い出」
 悲しいことなんてちっともなくて、たとえあったとしてもすぐに楽しい想い出ばかりでいっぱいになる、そんなステキな毎日を象徴する花です。

I pray for you

 「これからこの街にほかほかハートの蓄積装置をつくるニャ。いつか大いなる危機が訪れたとき、この世界を守れるように」

 ゆいたちが会いに来たジンジャーという人は、おいしーなタウンを愛していました。
 元々何か目的があっておいしーなタウンに来たわけではありません。国外に出られればどこでもよかっただけ。だけどこの街で出会った人たちのことを気に入って、この街のことを守りたいと思ってくれて。それで彼はこの街の未来のために、不可能を可能にしてまで、特別なプレゼントを残してくれたのでした。

 子どもの生きる世界は祝福されているべきです。

 どんな子も等しく恵まれていて、将来に何の不安も感じず、毎日を笑って暮らすことができる。大抵の大人はこの世界がそういう世のなかであってほしいと祈っています。
 残念ながら現実には辛い目にあっている子どもも少なくなくて、朝のニュースで心を痛めることになる日もしばしばです。そういう現実を知ったうえでなお、大人は子どもが幸せであることが当たり前であるべきだと信じるのです。

 『魔法つかいプリキュア!』などはその思いが顕著に表れた作品でした。あの世界の大人たちはみんな子どもに優しく、たとえプリキュアであっても大人が矢面に立って彼女たちを守ろうとしていました。
 結果、ヒーローである前に子どもであるプリキュアたちはみんなそろって健やかに成長し、大人になってからもけっして希望を失わない強さを示してくれました。

 プリキュアシリーズ自体そういう作品群です。地球のため、みんなのためと意気込むよりもチョコパフェとかイケメンとかの話題で盛り上がってほしい。世界が滅ぶ最後の一瞬まで卒業文集やアサリのお味噌汁を楽しみにしていてほしい。
 いつだって子ども自身の幸せが第一で、そのためならまあしかたない、子どもたちが傷ついてでも自分で世界を救おうとすることを認めてあげよう。そのくらいのスタンスで巨悪と戦う子どもたちの物語を描きつづけてきました。

 「ゆいちゃん。もしかして私に話したいことがあるのかな? ずっと何か言いたそうだったから」
 「よねさんと話したいって思うんですけど、なんだか傍に行くと言葉にならなくて。うれしくて。・・・すみません」

 今日、ゆいはずっと幸せでした。いつもみたいに幸せでした。
 あのお葬式の日の続きみたいで最初はちょっと不安もあったけれど、いざお婆ちゃんに会ってみたらう嬉しい気持ちしかありませんでした。

 「よねさんはステキな言葉をいっぱい持ってますよね。私、特に『ごはんは笑顔』が大好きです!」

 どうしてなのかな、と思うと、それはきっとお婆ちゃんはいつも傍にいたから。お婆ちゃんと一緒にいるのがゆいにとって当たり前の日常だったから。
 お婆ちゃんがいなくなった後ですらそうでした。お婆ちゃんがくれた言葉はいつもゆいとともにあって。いつも暖かさを感じていて。いつも元気をくれていて。
 だからゆいは毎日が幸せなんです。そして、だから言葉にならないんです。今感じているこの幸せは、せっかくお婆ちゃんと会えたとはいえ、ゆいにとって特別なものではなかったから。毎日感じていることだから。

 どうしてもお婆ちゃんに伝えなきゃいけない言葉が、ゆいのなかには特に見あたりません。だって、お婆ちゃんはいつも一緒にいるんです。言葉として。気持ちとして。想い出として。

 「ふふ、ありがとう。この言葉はね、バトンなの。娘を産んだとき思ったんだけど、この子もいつか私が感じたような幸せを喜び、そして同じように苦労もするんだろうなって。だからね、次の世代が壁に突き当たっとき、乗り越えられるようにお手伝いができたら。そうしてバトンを渡していけばきっとステキな明日が来るんじゃないかと思ってね」

 くすぐったいことに、お婆ちゃんもゆいと同じ気持ちでした。ゆいを支えてくれたあの言葉は、まさしくそのつもりでお婆ちゃんが残してくれた言葉でした。
 思いを正しく受け取れていたことが確認できて、またひとつ嬉しい気持ちが増えていきます。

 「言葉だからね。忘れられることも、役に立たないこともある。でも、ちょっとだけでもいいの。もしも何かの力になれれば、私がいなくなっても大切な子たちを支えられるかもしれないでしょう?」

 正直なところ、ゆいがいくらお婆ちゃんの言葉は正しいと信じていても、現実にそうならないことはときどきありました。たとえばナルシストルーは昔から「ごはんは笑顔」になれなかったんだそうです。聞いたときは残念な気持ちになりました。

 それでも、ゆいがお婆ちゃんの言葉を疑うことはありませんでした。
 今、お婆ちゃんの口からそれでよかったのだということが改めて確認されます。忘れられることも、役に立たないこともある。それは最初からそういうもの。「ごはんは笑顔」はこの世の真理でもなんでもないし、法則としてみんなを縛っているようなものでもない。
 ただ、お婆ちゃんが「そうだったらいいな」と祈っていただけ。そんなささやかな願いが、けれど現実に、ゆいを健やかに育ててくれたのです。

 それは真理ではなく祈りでした。
 それは法則ではなく方法論でした。

 よねお婆ちゃんはジンジャーのような特殊な力を持っていません。
 けれど魔法くらいなら使うことができたようです。
 現実に存在しないかもしれないものを現界させる、言葉の魔法。
 今、目の前にある現実を、もう少し幸せなものに変えてしまえる思いの魔法。
 キレイゴトという名の小さなおまじない。

 大人は子どもは幸せに育つべきだと常に祈っています。
 だって、自分の親もそうでした。
 だって、自分の周りにいた大人たちもそうでした。
 その結果として自分は幸せに育つことができたのです。

 だから子どもの生きる世界は祝福されているべきです。

 「ごはんは笑顔」。ゆいはこの言葉が大好きです。
 もしかしたら必ずしもこれが当てはまる場面ばかりとは限らないことを知ってはいますが、それでも好きな気持ちが揺らぐことはありませんでした。
 この言葉には、お婆ちゃんの温もりと愛情がたくさん詰まっていたからです。

コメント

  1. ピンク より:

    おばあちゃん、出産という一大イベントがきっかけとはいえお若いうちからめちゃくちゃ未来を見据えてる……やっぱり只者ではなかったようで。

    残念ながら思ったほど収穫は無かったですが、メンメンが言うようにレシピボンを奪われた事件そのものに関わるのはNGですからね。
    現場を見ちゃったら、やっぱ手出ししてしまうでしょうし。
    今はまあ、マリちゃんが『ブラぺはシナモンさんと関わりを持ってる(以上の情報を得られた可能性が、状況と声の調子から察するに高い)』とようやく確定できただけ上出来としときます。

    しかし服装からジンジャーさん=ゴーダッツだと思ってたんですけど、20年前の事件ではほぼ確実に捜査側なので結局どうなんでしょ?

    • 疲ぃ より:

       お婆ちゃん、自分の死後を真剣に考えるには若すぎですよね。ああ見えて孫が生まれるまであと5年もある人だと思うと。やはりプリキュアのお婆ちゃんは強い。

       ジンジャー=ゴーダッツ様の線は私もまだ捨てきれていないんですけど、それだとスペシャルデリシャストーン関係者のなかでフェンネルだけ浮いちゃうんですよね。
       変なメタ読みをしないのならジンジャー説もまだまだ生きていると思います。自分がブンドル団の手に落ちることを察知して手元のスペシャルデリシャストーンをマリちゃんとフェンネルに託す展開とかきっと胸アツです。

  2. 与方藤士朗 より:

    ごはんは笑顔。

    多分、私がもう20歳若ければ、ふざけたプロパガンダの出来損ないを持込むなと、その言葉に怒っていたに違いありません。
    というのも、私が、妙に群れ合う生活を押し付けられたからね。
    ~それが、今の作品群を書いていく原動力になっていますから。

    私にとって、ごはんが笑顔になったのは、正直、大学に合格して、酒を飲むようになってからです。
    私にとっては、ご飯より、酒が笑顔ですねん(苦笑)。
    ~その点は、プリキュアの子らには、笑いものにされてちょうどいいくらいだと思っております(みのりんパパの開き直り)。

    そんな私に対しても、好意を示してくれた人はいました。
    小学校の同級生でNHKに入り、映画監督になった黒崎博君も、その一人。
    小学生でスカウトされた岡山大学鉄道研究会の先輩方も、そうです。
    もちろん、黒崎君や鉄研の先輩方のような人たちばかりじゃなかった。
    一見その方向に向けてくれているように見えて、自分たちの土俵に引きずり込んでやろうという人も、存外多かった~そういう人たちとの縁は、現在では、切れています。ただ、そこに至ったときには、もう50歳になっていました(苦笑)。

    しかし、今回のゆいのおばあさん、「よね」さんです。
    私の本名の苗字と、共通しておりましてね。

    この回、じっくり観るほどに、言葉の可能性とその限界をしっかりと認識できる良きテキストになりはせぬかと、かく考えておるしだいであります。

    へびのあし:私の作品群ですが、私の影の他に、その黒崎博君の影、それに、スタートゥインクルプリキュアのまどかの父親の香具矢冬樹氏の影を加え、「岡山市立半田山小学校3人組」で、何やら展開して行ければ面白いかなと、そんな構想を、今練っております。

    ~プリキュア御意見番・二代目喝御大

    • 疲ぃ より:

       自分なりのスタンスを定めたうえでものを語れる人はステキだと思います。
       その場合必ずしもひとりの人が全てに対して正しい見識を持てるわけではありませんが、人間集団の内部において多様性を担保してくれるのは間違いなく彼らです。中庸を標榜して風見鶏している連中よりもよほど好感を持てます。やつらってば多数派の名の下に少数意見を封殺することしかしない。(私怨)
       私自身そうならないように、できるだけ「作者の気持ち」の代弁者にはならないよう気をつけています。

  3. 亀ちゃん より:

    今日のデリシャスパーティプリキュアは20年前にタイムスリップする話でした
    コメコメ1世が和実 ゆいに対して「よねの孫」と言い放ったのはシックリ着ました!!☆☆♬
    女子寮の寮長の小学校の時の男子の同級生は、キュアベースボールギャンブラーのことは「○○の娘」で、キュアアイドルギャンブラーのことは「○○プロの姪っ子」と通します
    だから半分プリキュア的に感慨深いですね!!☆☆♬
    さらにキュアフィナーレの「何故それを」ってな感じのセリフがシックリ着ました!!☆☆♬
    チャンピオンに3年半連載されたギャンブルフィッシュの4巻では、ビリヤード編の完全決着がついた後で、主人公が舎監の先生に「○●○。何故お前がそれを」と聞き求めるので、私がチェックしているメディア作品的に感慨深いですね!!☆☆♬
    で、私のお母様は久しぶりにプリキュアを視て、2回は笑って、なおかつ面白いと言い放ちました!!☆☆♬
    だからいとこのお姉さんの次女にも感想として、いとこのお姉さんのスマホにLINEしました!!☆☆♬
    余談ですが、20年前というと、私は中学生の時ですね!!
    で、今年はクリスマスがデリシャスパーティプリキュアの年内最後の放送日と重なり、丸焼きのチキンのレシピッピが陥れられるとニラみます
    さらにプリキュアの店の宣伝CMも初めて岡山でも流れたと言っても良いですね!!☆☆♬

    >で、プリキュアとは完全に無関係な雑談で言いたいことは
    シナモロールの年賀はがきを探すのに相当苦労しました!!(笑)
    で、尾道のイオンスタイルというスーパーマーケットでやっと見つけることが出来ました!!☆☆♬
    今年の年賀はがきに描かれているシナモロールもやっぱりかわいいですね!!☆☆♬
    そういう私が2番目に好きなサンリオのマスコットキャラクターはマイメロです!!
    マイメロもかわいいですから!!☆☆♬

    • 疲ぃ より:

       このブログでは、名前が明らかになっているキャラクターでも「ゆいのお婆ちゃん」などちょくちょく関係性ベースの呼び名を使っています。これは単純な話、私が人の名前を覚えるのが苦手だからなんですが、とはいえ私と同じタイプの人は少なくないでしょうし、そういう人にとってはこの書きかたのほうがわかりやすいだろうということで、半分くらい意図的にやっていることでもあります。「ゴーダッツ様」みたいに敬称をつけているのも同じパターンですね。

  4. 東堂伊豆守 より:

    愛する人達・子供達の笑顔を守りたい。
    その思いを共有する同志として20年前に友情を育んだジンジャーと和実よね。
    しかし――――“笑顔を守る”ためにこの二人が採った手段は非常に対照的なものだったと言えます。
    ジンジャーは「ほかほかハート蓄積装置の製作し、おいしーなタウンに設営」という、かなり急進的で、いかにもリスクの大きそうな劇薬に手を出した。
    一方、和実よねは「子供達に“言葉”を遺す」という、穏便で地道で迂遠な、そしてあまりにも不確実なやり方にこだわった。
    たぶんジンジャーは理想主義にはやる情熱家で――――対するよねさんは、いささか人間とか世の中というものを達観している人なんでしょうね。即効性・確実性にこだわると、大きなしっぺ返しを喰らいかねないし、別の大切なものを犠牲にしかねない。まだるっこしくても、確実に報われる保証がなくとも、あくまで気長に、高望みせずに、じっくりと、じっくりと……。
    ところで、今回なされたジンジャー氏の説明、どうにも話が出来すぎている感じが拭えないんですよね。ローズマリー達をミスリードして自分の手駒とするための、虚実織り混ぜた“物語”という感じがしてしまう。
    そして、シナモン/品田門平も、レシピボン窃盗犯の濡れ衣を着せられた無実の人などではなく――――師匠にして黒幕・ジンジャーの謀略からクックファイター達の注意を反らすため、「レシピボン窃盗はシナモンの単独犯」「シナモンはレシピボンを持って逃亡中」という擬装工作でクックファイター達の追及を一身に引き受ける“囮”役を担った共犯者――――だった可能性が見えてきてしまうんですが……。

    • 疲ぃ より:

       よねお婆ちゃんは堅実で、ジンジャーはロマンチストという見かたもできますよ。不確実といえば不確実ですが、派手なことをしないということはそれだけ日々地道な努力で日進月歩できるということでもありますから。
       一方のジンジャーのアレ、ゆいたちが未来から来ていなかったらどうやって伝承するつもりだったんでしょうか。いや、実際来たことをを計画に組み込んでやってるから全然問題ないんだけれども。

       ジンジャーの話は、たとえばシナモンとの関係性など追求しきれていない部分は端々にありましたね。聞き手のマリちゃんにそこまでの想像力が及んでいなかっただけなのでジンジャーのせいではないんですけど。
       あとは伏せられた情報がどこまで状況を引っかきまわすかですね。

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