
全部、僕が引き受けるさ!!

オープニングロール(=妄想)
旅の途中、トレサは小さな村に立ち寄っていました。
故郷からずっと持ち運んでいた民芸品はようやく売り切ることができましたが、さほど裕福とはいえない村のこと、あいにく高値で売ることは叶いませんでした。でも、まあ、珍しい品物の見物に来てくれた子どもたちのキラキラした瞳を見ることができたので、悪い商売ではなかったかなと思うトレサでした。
せっかくなので子どもたちにこの村のことを聞いてみます。主に特産品について。荷袋もだいぶ軽くなったので、もし何かいい商品があるならそろそろ仕入れておきたいところでした。
子どもたちは口々に答えます。
「アーフェン」「アーフェン兄ぃ」「オレはゼフさんの方が好きだな。カッコいい」「アーフェンが来るとウチの爺ちゃん、話が長くなるんだよなあ」「こないだおセキのお薬をつくってもらったの。お薬なのにちょっとしか苦くなかった」「でもアーフェンはゼフさんの薬の方がよく効くんだって言うんだよな」「アーフェン兄ぃ、バカだからな」「大人なんだからもっとしっかりすればいいのに」「でもお花のこととかいっぱい知ってるよ?」「そういえばニナちゃんたちどこまで行ったんだろ」
ピーチクパーチク。みんな一斉に話しだすので軽くクラクラしてしまいましたが、とにかく話を整理すると、この村にはどうやら薬師がいるらしい。しかも2人も。子どもたちの様子を見るかぎり慕われてもいるみたいです。
薬か。いいかもしれない。薬師がいない村は少なくないから、そういうところに持っていけば喜ばれるはず。なにより薬は軽くて高価です。荷馬車を持たないトレサにはうってつけの商品でした。
よし。さっそく商談に行ってみよう。
子どもたちに道を教えてもらい、村の真ん中にある大きな橋を渡ったところで、トレサは何やらひどく取り乱した様子の2人の若者の姿を見ました。
「・・・で、どうするの?」
途中、酒場の前で合流したプリムロゼが妙に嬉しそうな顔でトレサに聞くのでした。
(主観的)あらすじ
アーフェン・グリーングラスはクリアブルック村で生まれ育った薬師でした。幼いころに命を救ってくれた旅の薬師に憧れ、親友であるゼフの父親に師事して薬術を学びました。
その貴重な知識と治療への情熱、そして持ち前の気っ風の良さから、若輩ながら今ではすっかり村に欠かせない人物となっていました。
「いいかい。苦しむ人がいたから助けたんだ。当たり前のことだよ」
憧れの人の言葉は今も胸に響いています。
今日は村のもうひとりの薬師でもある親友・ゼフの妹を治療しました。
彼女は兄が好きなミズフラシの花を摘みに村近くの洞窟に出かけ、そこで毒蛇に噛まれてしまったのです。
診断と聞き込みによって蛇の種類を特定したアーフェンは、妹の傍から離れられない親友に代わって蛇を見つけだし、採取した毒から血清をつくって、無事に親友の妹の命を救うことができました。
これはいささか大変な部類のケースでしたが、しかしつまるところ、このように村の周辺だけで完結する小さな日々の営みが彼の全てでした。
けれど、彼の胸に燻りつづけている憧れは、本来はそういうものではありませんでした。
彼が憧れたのは旅の薬師でした。大陸じゅうを渡り歩き、病に苦しむ人を見つけては治療してまわる、そういう大きなことを為すことを夢見ていました。
ですが、できません。今のアーフェンは村に欠かせない人物です。今看ている病人たち。これから薬を必要とするだろう他の村人たち。彼らを放って旅に出るなんて許されないことです。誰が許せどもアーフェン自身がそれを許せませんでした。
そんなアーフェンの本心を、ゼフは見破っていました。
ゼフは全て自分が引き受けると言ってくれました。だから安心して行ってこいと。
親友に背中を押されてアーフェンの旅がはじまります。
旅の供はいくつかの薬の材料と、それを入れた親友のカバン。逆にアーフェン自身のカバンは親友に預けました。アーフェンはいつでも村とともにあり、そして大陸じゅうの人々が彼の薬を待っています。

実際問題トレサってどうやって行商しているんでしょうね。
普通の商人は彼女みたいに修行とかいうトンチキな理由でいきなり行商から始めたりしないので、駄馬なり荷馬車なりを運用できるくらいの財を蓄えてから、相応の規模(余裕を持って旅費をペイできる程度)で商売するものだと思うのですが、この子にそういうイメージは似合いません。だって毎朝市場に出向いて買い付けできる店舗持ちとは売買のスパンが違いすぎますし。
現地で商品を調達&販売することをメインにして、旅の荷物は自分の生活用品だけ、行商人というより旅する露天商みたいな感じで考えた方がまだ現実味があるように思います。
ですがまあ、知ったこっちゃねーや。ロマンだロマン。ロマン優先だ。かさばらなくて利ざやも大きい商品だけを適切に見極めることができれば19歳の若造でも背嚢ひとつで行商できるだろ。トレサの最大の武器は目利きだしな!
・・・といった感じの無粋な想像から今話のロールプレイが生まれました。
当たり前のこと
アーフェンの物語の第1章は、大切なものに束縛され、大切なものに解放される物語でした。
というか話の流れが『キラキラプリキュアアラモード』の最終回と重なって、どうにもプリキュアイズムを感じざるをえない。プリキュアファン以外は興味ない話でしょうから自重しますが。(実際に自重できているかは知らない)
「いいかい。苦しむ人がいたから助けたんだ。当たり前のことだよ」
つまるところこの言葉を座右の銘としてきたアーフェンはあらゆる人に対してひたすら優しい人物です。その善意は村の人々のみならず大陸じゅう全ての人々に向けられ、それどころか現在、過去、未来の全体にすら及びます。
たとえ遠く離れた国にアーフェンにしか助けられない病人がいたとしても、クリアブルックに咳で苦しんでいる爺さんがいたなら彼は身動きが取れません。あるいは万一クリアブルックの全ての村民の病を根治できたとしても、将来また誰かが病気に苦しむ可能性があるなら、彼はやっぱり身動きが取れません。
じゃあクリアブルックの人々を救うために村外の病人たちを諦められるのかといえば、これがまた困ったことに、アーフェンはそれすらできないわけですよ。すべての苦しむ人々を救うのは、薬師として、人として、当然のことだから。
無理です。
無茶です。
叶いっこないバカげた理想です。
だからアーフェンは村を離れられないとわかっているくせに、そのくせ悶々と過ごしているわけです。
それでも理想を叶えたいと思うのなら、それを実現する手段なんて限られています。
1人で手が足りないなら2人で協力しあうしかないでしょう。2人でもまだ手が足りないのならみんなで協力しあうしかないでしょう。ひとりの人間にできることなんて、どれだけ努力しようと、そう多くはないのですから。まったくもって当たり前の話です。
そして、その肝心の他人の手を借りる方法なんてものは案外難しいことでもなかったりします。
「いいかい。苦しむ人がいたから助けたんだ。当たり前のことだよ」
だって、苦しんでいる人を助けることは当たり前のことなんですから。
今はアーフェンが苦しんでいました。胸に抱いた理想を叶えられなくて。憧れを燻らせて悶々と過ごすしかなくて。
じゃあ助けますよ。誰かが。アーフェンの心を。
今回はそれがゼフでした。だって彼も幼い頃に同じ場で同じ言葉を聞いていたんですから。だって彼も薬師なんですから。だって同じ信念を抱いているんですから。そりゃ助けますよ。アーフェンが苦しんでいるのならば。
たったそれだけのお話です。
1人じゃ村を出られないなら2人で協力しあえばいい。1人じゃ村のすべての病人を診ることができないなら、そっちもやっぱり2人で協力しあえばいい。だからカバンも交換します。2人でどちらの問題も2人がかりで解決します。
現実に則して考えるならムチャな話に聞こえるかもかもしれませんが、だったら現実では2人じゃなくて4人、5人、もっと大勢で取り組めばいいだけの話です。今回はアーフェンとゼフの友情パワーのおかげで2人だけで足りました。彼らも足りなくなったらそのときに随時仲間を増やしていくことでしょう。
たったそれだけの、当たり前のお話です。
エンディングロール(=妄想おかわり)
「・・・え?」
新たな旅人の前途を祝うささやかな酒宴の席で、トレサは素っ頓狂な声をあげました。
「いや、だからさ、世話になったし頼まれれば薬はつくってやるけどよ。それを誰が処方するんだって話だよ」
・・・まったく考えていませんでした。
「ニナのことでもわかるだろ? 一言に毒といってもいろんな種類があるんだ。病気も、ケガもな。どんないい薬も処方を間違えたら効かないどころか逆に命を――」
「あー! あー! あー! わかった。わかったからー!」
恥ずかしい。こんなタイミングでこんな間抜けな商談を切り出した自分がものすごく恥ずかしい。
なぜかプリムロゼさんが後ろから抱きついてきました。お願いだから今は頭を撫でないでほしい。
「だったらさ、いっそ俺がついて行ってやろうか?」
「・・・・・・ええー」
なんでだよ! と、アーフェンがまるで私のこういう反応を想定していなかったように天を仰ぎます。
でも当たり前でしょ。だってこの人、薬を処方してもちゃんとお代を貰わないらしいし。そりゃ私だって人の役には立ちたいけどさ、それ以前に商人としては商品に真っ当な値付けをしてあげることが商品をつくった人への信義でもあるわけで。・・・あ、でもこの場合つくるのはアーフェンなのか。ぐぐぐ。
「・・・。じゃあ、アーフェンが旅についてくるのはいいとして、代わりにトレサは薬を売るんじゃなくて、彼に荷物持ちになってもらうってことで。どう?」
「はあ!?」
間に入ったプリムロゼの斜め上な提案にトレサとアーフェンの声が重なります。
プリムロゼはその声を聞いて心底満足そうに笑うのでした。
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