大学生活が始まるときワクワクした? ――それならきっと、楽しめると思う。
(主観的)あらすじ
今日、伊織ははじめて海のなかに潜りました。今日のところは足のつく岸辺でボンベを担いで水中呼吸の練習をするだけなのですが、泳げない伊織にとってはこれでも充分一大事。現実として空気を吸えるかどうかよりも、そもそも心が水に怯えてしまって、息をするどころではなくなってしまうのです。
けれど、それと同時に思うのです。自分をダイビングサークルに誘ってくれた先輩たちは海の魅力を共有したいから誘ってくれたんです。自分に海の魅力を知ってほしいからこうして練習につきあってくれるんです。それはつまり、これができるようになれば自分は新しい世界に出会えるということ。
伊織は心を落ち着かせて、もう一度海に潜ります。そこには見たこともない景色が広がっていました。
一方、千紗は少々奥手なところがある少女でした。それでいてけっこうな美人さんでした。というわけで伊織と耕平は千紗を大学のミスコンに出場させるべく画策します。さもなくば自分たちがミスターコンに出場させられるからです。脳髄までスピリタスが染み渡っているふたりはバカのひとつ覚えというやつで、とりあえず酒に酔わせて言質を取ろうと考えますが、まあそこはそれ、もちろん自爆します。
Peek a Booの女傑・梓さんの助け船でミスコンに出てほしいことを正直に白状したふたりですが、当然、千紗は拒否します。けれど、あえて口に出させたからにはこちらも梓さんが間に入ってくれるのでした。梓さんは千紗に言います。つまるところあの子たちは千紗が優勝できるくらいかわいいと思ってくれているんだよ、と。
千紗は勇気を出してミスコン出場を承諾します。ただし伊織たちもミスターコンに出ることを条件として。
原作マンガ2話分をほぼ無編集でアニメの枠にぶち込んでいるタイプの作品にあらすじも何もない気はしますが、ウチはこういうブログなので諦めてください。あらすじを書いていると案外いろんな発見があるんですよね。
まあ、大抵は制作者も意図していなさそうなヘリクツ気味の解釈なんですけれども。ですがアニメを観て感想を抱くのは常に私で、常にあなたです。制作者ではありません。であるならば、制作者の意図なんざ知ったこっちゃねーや!(若干酔ってる / 若干シラフ)
(とはいえ他人の目に触れる感想文を書いているんですから、それなりに説得力を持たせるために、それなりに制作者の意図を想像するようにはしていますけどね。文中には含めないけれど)
できないことができるようになる喜び
「恐いんですよ。水の中で息を吸うってことが」
「恐い? まあ最初は戸惑うかもしれないが、すぐに慣れるさ」
「・・・じゃあ、もう一回やってみます」
そもそもどうしてこんなしんどいことをしているんでしたっけ?
先輩がやれって言うから? シゴキ?
まさか。
最初はムリヤリ入会させられたようなものだったかもしれませんが、別のサークルに目移りするまでもなく割とあっさり馴染んだじゃないですか。
前話でも慣れない水に悪戦苦闘しましたが、それでも続けるって自分で決めたじゃないですか。
何のためでしたっけ?
「これが水のなかの世界」
「ううん。これはまだ“水のなかに近い世界”。世界にはここよりもっとすごい景色を全身で感じられる場所があるんだから」
「ここより、もっと・・・」(第2話)
興味を持ったんでしたね。自分が。
だから今、伊織はここにいます。
この訓練自体は伊織にとって楽しいものじゃないかもしれませんが、この訓練を必要としていたのは他でもない伊織自身です。それを忘れちゃいけません。
だって、それを忘れちゃうととたんに理不尽な感じが出ちゃうじゃないですか。「なんでこんなことやらされてるんだろう」って。「こんなことする必要あるのかな」って。
だって、それを忘れてしまうと何も見たくなくなっちゃうじゃないですか。周り全部苦手な水だらけなんですから。前話までは知らない世界を覗いてみたいって思っていたくせに。
「あれ、あのお客さんたち」
「ああ。出張前に潜りに来たらしい」
「なんか大変そうですね。忙しそうなのに、わざわざスーツまで持ってきて」
別にダイビングは義務じゃないのに。仕事は別にあるのに。どうしてこんなしんどいことをやらなきゃいけないんでしたっけ?
「へへへ。頼もしいだろう。だって、そうだろ? あの人たちは貴重な金や時間を使ってまで潜ってる。それってつまり、ここにはそれほどの魅力が詰まっているって証拠じゃないか」
伊織は教わりました。先輩に。奈々華に。千紗に。知らなかったダイビングの魅力を。
「これ、何だかわかるか? こいつはオクトパスといって、予備のレギュレーターだ。――自分の安全だけじゃなく、一緒に潜る仲間を助けられるように。安全確認はしっかりやった。ここにはお前だけじゃなくて俺もいる。大丈夫だから根性入れて潜ってこい。何があろうと助けてやる!」
そして、彼らは伊織に期待しています。自分が楽しいと思うことを共有できる仲間になってくれることを。だからこんな退屈な訓練にもつきあってくれています。
だから今、伊織はここにいます。
「今までとは違う環境で、俺はどんな出会いをするのだろう」(第1話)
新しい出会いに憧れていた伊織に、Peek a Booが見たこともない新しい世界を示してくれたから。
そして、Peek a Booにいればその新しい世界を覗く手助けをしてもらえるから。
「あのさ、伊織。大学生活が始まるときワクワクした? ――それならきっと、楽しめると思う」
伊織はここで、ずっと憧れていた新しいものに出会うために、自分のために、しんどいものと向き合っていたのでした。
やりたくないものをやりたくなるときめき
「ねえ、ちーちゃん。ミスコンくらい出てあげれば?」
「・・・イヤです」
どうしてそんなことしてあげなきゃいけないんだか。
そんなの千紗にはまるでメリットがありません。賞金はダイビング用品の維持購入費に充てられるということですが、千紗は自前のものを持っていますし、自分の家で好きなだけ潜れますし、そもそもこのサークルの男どもとはウマが合いません。父親の勧めで仕方なく所属しているだけで、都合を合わせてやる義理だって感じていません。
けれど、それならどうして千紗はここにいるんでしたっけ?
父親の勧め? たったそれだけ? 新大学生(20歳)にもなって自分の意志で自分の居場所を決められないんですか?
今話から登場する浜岡梓という女性は、人の心の機微に聡い人物です。
Peek a Booでは実質的に、拗れた人間関係のケア全般を一手に引き受けています。いわゆる“潤滑剤”というやつです。
ある程度の人数を抱えたサークルだとこういう人が必ずひとりは所属していますよね。むしろいないとサークル自体が空中分解するだけというか。あるいはある程度頭数が集まると人間関係でゲロ吐くほど苦労して経験を溜める人間がひとりくらい自然と育つというか。お疲れ様です。
「あのさ、ちょっと聞いていい? ちーちゃん酔わせて何しようとしてんの?」
「ダメだよ、頼み事するのにそんなんじゃ。頼む理由をちゃんと言わないとね」
千紗にはミスコンに出場するための動機が一切ありません。たぶん、仮に酔わせられたとしても言質は引き出せなかったんじゃないでしょうか。あの子はああ見えて優しい子ですが、そもそもそのくらい心底カンペキに興味を持っていませんでした。
梓さん、ホントよく人を見ているんですよね。だから千紗のなかに無い分の動機は、伊織たちが代わりに用意する必要があったんですよ。
「いやー。まー。・・・千紗が出たら優勝賞金ゲットできるじゃないですか」
「そうすると俺らが男コンに出ないですむんですよ」
とりあえずはそんな身勝手でもいいんです。元がゼロスタートなんですから無いよりはいい。その言い分に価値を見出せるかどうかは伊織たちではなく千紗が決めることですしね。
ところで、どうして千紗はここにいるんでしたっけ?
いくら父親に勧められたからといって、それでも入会したのは千紗ですし、未だ退会していないのも千紗です。さすがにひとつくらいは個人的な動機があるはずでしょう。
ありましたよね。
「実はね。ここに伊織くんを連れて行くよう言いだしたのは千紗ちゃんなの。――ダイビングを好きになってもらいたいからじゃない?」(第2話)
彼女はなんだかんだいいつつ、ダイビング仲間を欲しがっていました。
「あのさ、伊織。大学生活が始まるときワクワクした? ――それならきっと、楽しめると思う」
どうして千紗のような奥手な子の口からこんなセリフが出てきたんでしょうか。
これは大学生活がワクワクするものだと知っている人の言葉です。ダイビングと同じくらい、大学生活にも新しい何かを期待したことがないと、きっと出てこない言葉です。
そうなんですよ。あの子、あれで意外と仲間意識というものを求めています。
Peek a Booのなかでダイビング仲間の輪を広げていきたいと考えているわけです。Peek a Booのメンバーのためなら自分にできることをしてあげたいと思わなくもないくらいには、仲間意識を持ちたいと考えているわけです。
だから、伊織と耕平の身勝手きわまる言い分だって、意外と千紗がミスコンに出る動機になりえます。
「ねえ、ちーちゃん。ミスコンくらい出てあげれば?」
「・・・イヤです」
「女冥利に尽きると思うけどねえ。だって、ほら。あの子たち、ちーちゃんの優勝を信じて疑わなかったでしょ。それってちーちゃんが一番かわいいって思っているからじゃない。どう?」
彼らが信じてくれるなら。彼らのためにできることがあるのなら。彼らと仲間になれるなら。これから彼らと一緒にダイビングできるなら。
たったそれだけのことでも、案外千紗をときめかすのには充分だったりします。
「千紗! わかったよ、お前が言ってたこと! 海のなかで息ができるってすごいな! 俺全然泳げないのに! これが――新しい世界に触れるってことなんだな!」
「別に。何が何でも絶対に嫌ってワケじゃないですけど・・・」
今話、伊織は自分の知らなかった新しい世界に触れて感動していましたが、実は千紗の方も似たような心境でした。
伊織に新しいことへの挑戦心を抱かせたのはPeek a Booで、千紗に新しい世界への挑戦心を抱かせたのは伊織でした。千紗の方の挑戦の結果がどうなるかは次話に持ち越しですが、少なくともその挑戦しようと思えたきっかけを得られたことは、彼と彼女にとって幸せな巡り合わせだったといえるでしょう。
「あればっかりは、できることだけ選んでるやつには一生わからん喜びだな」
「あれだよ。できないことができるようになる喜びってやつだ」
それはきっと新大学生なら誰でも胸に抱いていたであろう、自分を変えてみたいという、ワクワクするような憧れのかたちでした。
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