馬鹿だよ、あんた――。
道をなくした少女 カギロイ

ストーリーイベント
葛藤
メインキャラクター:カギロイ
目標
命の火時計から解放された状況に適応する。
課題
成人することだけが希望だった。失った戦友たちは数知れず、彼らの分まで生きなければならなかったカギロイには彼らの遺志と異なる願いを抱くことが許されなかった。しかしカギロイが成人の儀を受けられる日はもう来ない。
カギロイは自分の生きる目的を自分で見つけなければならなくなった。
解決
アグヌスに帰る手段として自分がリベレイターの人々を犠牲にしようとしたことを頭ではわかっていた。そのくせ、自分がそういう考えを好ましく思わない人間であることも。ただ、理解することを拒否していただけだ。
帰る場所は無くなった。成人の儀を迎えられる希望も失われた。それでも自分の人生にはまだ続きがあるらしい。
考えなければならなくなったようだ。これまで戦友たちの遺志を言い訳に自分で考えることから眼をそらしていたが、今、それくらいは理解できるようになった。
メモ
カギロイ
陽炎(かげろう)のこと。地上から立つ水蒸気によって光が揺らいで見えるもの。もしくは、焚き火などによって空が赤く染まって見える様子。
ホムラとヒカリのふたりにあやかって名付けられたことが見て取れる。
パナセア
Panacea。ギリシャ神話における医療の神アスクレピオスの娘、癒やしの女神パナケイアのラテン語読み。現代では「万能薬」という意味で用いられる言葉でもある。
浅黒い肌と赤髪、口元のほくろにカルナの面影がある。
リンカ
燐火。気化したリン化水素の燃焼による自然発火現象のこと。空中に青白い光の塊が浮かんで見える。鬼火、狐火などといわれるものの正体。
エメラルドグリーンの髪色と眼鏡、変な関西訛りはサイカを連想させる。
馬鹿
「仲間のところに戻りたかったのか? 俺たちを犠牲にしてでも。知らなかった、とか言うなよ。結果を想像できてたはずだ。お前はただ見ないふりをしただけだ」
キツいキツい。
子どものころから自力で生計を立てていて、海千山千のサルベージャーや商人相手に対等に渡りあっていた自負が、レックスにはあります。『ゼノブレイド2』でのレックスの年齢は若干15歳。カギロイが10期=19歳相当ですから、彼女より4つも下のときには大人顔負けの聡明さと胆力を併せ持っていたことになります。
カギロイのクローン元はおそらくレックスの実娘なのでしょう。だから無自覚に自分と同じ水準を期待してしまいます。親と全く同じ経験を積んだ子などいるはずがないのに。
幼くして自立したとはいえ、レックスにはセイリュウがついていました。また、故郷には家族がいました。彼らに仕送りすることがレックスにとって大きな励みでした。
カギロイに家族はいません。コロニーの仲間は全滅しました。あえていうなら、大切な人はみんな想い出のなかに。彼らのために生きることだけがカギロイの生き甲斐でした。
どちらが苦労してきたとか、どちらが人間として優れているとか、そういう話ではありません。単純に違う人間なんです。レックス自身になら納得できる言葉であっても、カギロイが受け入れられるとは限りません。
そのうえで。
レックスの言うことはまったくもって的を射ていました。カギロイはアグヌスのコロニーに戻るためにリベレイターの人々を犠牲にしようとしました。執政官に対してはまるで手土産のごとく手柄をアピールしてすらいました。
その割に、彼女はリベレイターのキャンプを脱出するとき見張りを傷つけませんでした。殺すどころか大きなケガを負わせることもありませんでした。これでも歴戦の兵士です。人を殺すこと自体にためらいがあるわけではありません。戦場以外で無闇に人を殺すべきではない、という真っ当な良心を持ちあわせているだけです。
その矛盾。
彼女は眼をそらしていただけです。後ろめたさから。そしてその後ろめたさがどこから来ているものなのかから。
ちなみに、兵士としては正しいことをしたはずです。火時計無しが粛清対象だなんてことは教えられていませんでしたから、最後の一兵になるまでケヴェスと戦いぬくこと、シティーの人間は敵対勢力として認識すべきこと、所属が壊滅したら別の部隊に合流して速やかに戦線復帰すること。カギロイはアグヌスで受けた教育に忠実に従っていました。
そのうえで自分のしたことを誇ることができないのなら、それは。
「お前、言うな――。敵にお前呼ばわりされる筋合いはない! こんなの誰も頼んでない! あと少しで成人だったの! 仲間と一緒にここまで来たのに・・・! 必死で戦ってきたのに・・・」
わかってしまう。
目の前にいる「敵」が、自分のことを思いやってくれていること。助けてくれたこと。自分のためになる何かを教えてくれようとしていること。
だから拒絶するしかありませんでした。
彼らを「敵」としなければ。悪意と見なさなければ。彼らの全てを拒絶しなければ。
10年の人生ほとんど全てを預けていた、これまでの価値観が根底から崩れてしまう。
「2つ言っておく。1つ目、お前の敵はあいつだ。2つ目、お前に仲間はもういない」
言ってることは合ってるんだけどさ、いちいち致命傷を与えないであげて。
頑なだったカギロイの価値観が崩れようとしています。
変わることが許されるかもしれない世界だということにやっと気付いて、恐る恐る心の殻から顔を覗かせようとしています。
「よく笑われた。僕、ブレイド出せないから。役に立たないから。・・・笑った人たちは、みんな死んだ」
「・・・そう。よかったじゃない。せいせいしたでしょ」
「僕なんかが生き残った。――生き残っちゃった」
兵士としての自分に自信があったかどうかの差異こそあれ、カギロイとニコルの価値観は一致していたようでした。
戦える者が優れている。より強い者に誉れを得る権利がある。全ての兵士に共通する単一の価値観。
だからこそ、戦死した仲間たちの名誉を高めるためにこそ、彼らの生き残りたるカギロイにとって成人を目指す意義があったわけで。生き残ったからには誰よりも優れた兵士であることを証明できなければ、死んでいった戦友たちまで侮られてしまうわけで。
その思いがカギロイを頑なにしていました。
だけどもし、他の方法でも自分を誇れる生を全うできるかもしれないのなら。
「だけど、ここなら役に立てる。そんな気がするんだ。本当は誰と戦わなくちゃいけないか、それだけはわかったから」
「もうひとつ、よかったこと。あのとき君を殺さなくてよかった。こうして仲間になれた」
これまでありえなかった、新しい価値観が、カギロイの目の前に広がっていました。
何ひとつ後ろめたいことのない、正義と良心を一致させられるかもしれない、戦友たちの魂に責任を押しつけずとも誇りを持てる――。そんな生きかたが、目の前に広がる未来のどこかにあるのかもしれないと思えるのでした。

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