ありがとう。でも、私はアルムの村のみんなが好き。アルムのみんなの役に立ちたいってずっと思ってた。だから、戻るね。
(主観的)あらすじ
とある森のなかに動物の国がありました。この国にはいくつかの小さな村が点在しているのですが、そのなかでも若く聡明な村長・ハルシュトを戴くウルカ村は外の国の文化や技術を積極的に受け入れており、特段に賑わっていました。ユウたちももちろんこの村を訪れていました。
ハルシュトのところには別の村から縁談が来ていました。貧しい村に援助を乞うための政略結婚狙いでした。花嫁・リィリは村長の姫として生まれた自分の存在意義を充分に理解していましたが・・・本当のところ好きでもない人と結婚するのは少しイヤだな、とも感じているのでした。
一度考える時間を持つべきだというメルクの助言に従い、リィリはユウたちを巻き込んでウルカ村から逃げることにしました。幸運なことに森のなかでスティトという名の隠遁者と知り合うことができ、しばらく彼のもとに身を寄せます。
スティトは花火という異国技術の研究者でした。父親からその研究の意義を疑われており、誰にも邪魔されずに研究に打ち込めるよう、彼もまた自分の村から逃げてきたクチでした。
自分のやりたいことに正直に生きようとしている彼を見て、リィリは我が身をふり返ります。自分のやりたいことって何だろう。考えてみれば答えは最初から胸のなかにありました。結局、リィリの一番の願いは村のみんなの役に立ちたいというものだったのでした。
日が落ちるとととも雲行きが変わり、いつの間にかユウたちは未浄化のモンスターの群れに囲まれていました。
ユウたちはそれぞれ自分にできることを用いてこの危機に抗いました。リィリは自分を探しているはずの従者・ベルナーに助けを求め、ユウは襲い来るモンスターに癒術を使って自他の身を守り、スティトは完成したばかりの花火を狼煙代わりにして自分のいる位置を伝えました。
すべてがうまくいったあと、リィリは改めてハルシュトに自分の気持ちを伝えます。結婚はやっぱりしたくないけれど、お互いのためにできることを探して同盟したい。
ハルシュトはその申し出を喜んで受け入れました。実のところハルシュトはそもそも女性であり、また、多様な価値観を好む人物だったのでした。
第1話のコンパクトに整理された脚本から打って変わって、一気に情報過多ぎっちりみっちりな作劇に。ダイジェストを見せられているようなすさまじい駆け足展開ではあったんですが、その割に意外と飲み込みやすいストーリーでもあったように思います。たぶん、深夜アニメには珍しく話数単位でのテーマがカッチリつくり込まれていたからでしょうね。
ぶっちゃけ↑のあらすじでは今話で起きた出来事の半分も網羅できていません。それほどにたった1話でめまぐるしくいろんなものが描写されていました。けれど今話を理解するうえではこのくらいだけ押さえていれば充分かと思います。
自分の気持ちを見つめなおすことと、多様性を愛すること。一件とりとめなく登場したように見える今話のキャラクターたちはみんなこの2点を描くために配置されていました。
ハルシュトとベルナー
「イヌ族の女性は家を守るもの。戦いは男の役目だ」
「なぜ? 女性が戦っても別にいいだろう」
「何を言っている。女性は強いイヌ族の男と結婚し、守られていればいい。それがお嬢様にとって一番の幸せ――」
「・・・きわめて遺憾である。手合わせ願おう、アルムの番犬よ!」
ハルシュトとベルナーを通して描かれたものは典型的なジェンダー論争。ネットに首までどっぷり浸かっている私たちにとってはゲンナリするくらい見慣れた日常的な光景ですね。
特にベルナーが掲げている考えかたはカビが生えたような古くさい家長制度です。はいはい、それならポリティカルコレクトネスに則ってコイツが無様に三枚目を演じるに決まっている・・・とはならなかったのが個人的には今話の白眉。
別にふたりの決闘が引き分けに終わったことを言っているのではありません。形式的には引き分けであっても、ハルシュトの方が弁が立つのでハタ目からは彼女が勝ったように見えますしね。
そうではなくて――
「ベルナーの言ってたことしか知らないよ」
「うん。ベルナーは優しい」
「あっ! じゃあこの木の実の殻は? 魔法に耐えられるくらい堅いってベルナーが言ってた」
ハルシュトの憤りを尻目に、肝心のリィリがベルナーに感謝し信頼していることの話です。
ベルナーの考えかたはたしかに古くさいものではありますが、その思いやりは本物でした。彼はいつでもリィリの役に立とうと本気で考えていましたし、現実にリィリからも頼られていました。
あくまで古くさく見えるだけであって、けっして誰かを不幸にするような不適切な思想として描かれているわけではないんです。
もっとも、リィリが政略結婚をすることになったのも(ベルナーのせいではないにしても)彼と同様の古い思想が彼女を縛っていたせいなので、やっぱり諸手を挙げて賛同するわけにはいかないのですが。
むしろハルシュトの方こそ少々いきすぎた偏見と攻撃性向を見せていました。
「あなたからは傲慢が感じられる! 古き慣習に縛られ、婚約を交わした花嫁が本当に幸せだと思うのか!?」
ひどい曲解です。
「幸せに決まってるだろ! 女性は弱い! 男が守るべきだ!」
ベルナーは慣習を守るためにリィリに結婚を勧めたのではなく、リィリに幸せになってほしいからこそ慣習に倣ったというのに。最初に「戦いは男の役目だ」と発言したのもリィリを侮っているわけではなく、むしろリィリの安全を願ってのものでした。
彼は視野が狭いだけであって、けっして傲慢なわけではありません。それが傲慢に感じられるのはむしろハルシュトの方に“古い慣習は悪いものだ”という偏見があるからでしょう。
ハルシュトとベルナーの考えかたはどちらが間違っているというわけではなく、それでいてどちらも正しくありません。
ぶっちゃけどちらもジェンダーバリアになっています。ベルナーの思想に従えば女性は旧来の女性像からはみ出すことを許されず、さりとてハルシュトの思想のもとでは女性が旧来の女性像のままに生きることを嫌悪されてしまいます。たとえ本人が自ら望んでいずれかの生き方を選択したとしても。
ジェンダー論はひとりひとりの個人が差別や偏見に振りまわされず自分らしく生きるためにあるものです。古典的な生きかたも進歩的な生きかたも等しく推奨されるべきであり、けっしていずれかを批判して良いものではありません。
たとえばリィリは強制された婚約を嫌がりながらも、このことによって郷里の人たちの役に立てることの方はむしろ喜んでいました。彼女のようにどっちつかずな考えの人はいったいどうすればいいのでしょう?
ハルシュトとベルナー、ふたつの思想は、劇中においてどちらが正しいとも間違っているとも結論されません。ぶつかりあいながら併存します。
スティト
では、いっそ誰の思想にも縛られない生きかたはどうでしょう。
こちらはスティトが実演しました。
「スティトは自分のしたいことをしてるんだ」
「ああ。だけど、代わりに俺は村を犠牲にしている」
一見気ままそうに見えた森の隠遁者は、実のところ自ら望んでこの生きかたを選択していたわけではなく、あくまで村では思うようにできなかったことをするためにやむなく森に逃げ込んだだけでした。
もし叶うのなら自分の都合だけでワガママに生きるのではなく、村でみんなと支えあいながら暮らしたい。
だからこそ彼は初対面のリィリをあっさり受け入れてくれましたし、花火が完成したあとは喜んで自分の村に帰ったわけですね。
ちなみにスティトと違って本心からひとりで生きることを好む人も実際にはたくさんいるかと思いますが(私もだいぶそっち寄り)・・・そういう人たちは自助努力を怠っていないかぎりすでに自分らしくいられているでしょうから、あえて語られる必要はありませんね。
少なくともスティトにとって束縛されない生きかたとは逃避でした。
リィリが「女性らしくならなきゃ」と語るのを聞いて、彼はどういうわけか研究中の花火について語りはじめます。“女性らしさ”と“自分の研究”、彼のなかではそのふたつが関連していました。
「――リィリのやりたいことは何だ?」
だってそのふたつとも、それぞれ本心から叶えたい願いでありながら、同時に自分らしさを犠牲にしてしまうものでもあるんですから。
リィリにとって、花嫁となることで郷里の人たちの役に立てることは喜ばしいことでしたが、それでも好きでもない人と結婚すること自体はやっぱりイヤでした。
スティトにとって、憧れの花火を完成させることはもちろん大きな夢でしたが、そのために村を離れなければならなかったことはどうしても心苦しいことでした。
自分の“やりたいこと”って何だろう。
本音をいえば、そんなの最初からわかりきっています。
スティトにとっては花火を完成させることと、故郷の村で暮らすこと。両方を叶えることです。
けれどそれが叶いません。他人による束縛から逃れたところで、今度は自分自身の夢が自分を束縛してきます。
リィリ、それからユウとメルク
「もう。わかってるってば。ウルカの長の息子とお見合いを成功させて、ウルカにアルムを助けてもらうって話でしょ。安心して。ちゃんとアルムの長の娘として役目を果たすから!」
リィリは奔放に見えてとても責任感の強い子ですね。
ふり返ってみれば今回の政略結婚は強制された他人の都合なんかじゃなくて、彼女自身も心から望んでいたことでした。結婚そのものはイヤでも、それによって結ばれる同盟が彼女の本懐でした。
だからこそ悩みます。
どちらも他人の幸せを願っているはずのハルシュトとベルナーが、相反する方法論を持つせいで争うことになってしまったように。
花火の研究と村での暮らし、ふたつのやりたいことを持っているスティトが、片方を叶えるために片方を我慢していたように。
リィリも結婚したくないという思いとみんなの役に立ちたいという思い、ふたつの狭間に立たされて、自分がどうするべきかわからなくなっていました。
そんな彼女が前に進めたのはメルクの助言のおかげ。
「一度逃げてみるのもひとつの手なのですよ」
「今のままじゃきっとダメなのですよ。一度逃げて、きちんと考えるのです。そして本当に結婚してもいいと思ったら戻ればいいのですよ」
メルクは答えをくれたわけではありませんでした。自分で考えろと言いました。そのための時間をつくってくれたのでした。
けれど、リィリの問題は案外その時間さえもらえたらそれだけで解決できるものでした。
だって出すべき答えははじめから自分の胸の内にあったのですから。
「私、このままだと好きでもない人と結婚させられちゃうの・・・」
「でも、私がウルカと結婚しないとアルムのみんなが困ることになる・・・」
リィリのやりたいことははじめからふたつでした。結婚したくない。でもみんなの役に立ちたい。
それなら両方を叶えるしか彼女が本当に幸せになる方法はないわけですが、彼女自身知らず知らずひとつの思想に凝り固まっていて、それが実現できることだとは思いもしていませんでした。
「『モンスターは危険な存在だから近づくな』ってベルナーに教えられてきたけど・・・、ウルカではためらいなく助けるんだなあ」
「モンスターのことをもっと知れば怖くなくなるのですよ」
「ベルナーの言ってたことしか知らないよ」
「でも、そのベルナーさんはリィリさんのことがとても大事だからこそ言ったのだと思うのですよ」
「うん。ベルナーは優しい。でも・・・やっぱり嫁ぎたくないなあ」
彼女は少しだけ考える時間をもらって、そのなかでいくつか新しい考えかたにも触れて、自分の視野がいかに狭かったのか気付くことができました。もっと別の考えかたをしてみてもいいんだと気づけました。
「――リィリのやりたいことは何だ?」
そうして改めて考えてみれば、結局答えははじめから自分の胸の内にありました。
「なあ、リィリ。ここにいれば誰にも邪魔されず好きなことができる。結婚したくなければここにいればいい」
「ありがとう。でも、私はアルムの村のみんなが好き。アルムのみんなの役に立ちたいってずっと思ってた。だから、戻るね」
結婚したくないけれど、みんなの役には立ちたい。だから。
「ハルシュト様。イヌ族の同盟の証ですが――、私とハルシュト様が婚姻せずとも同盟を結ぶことは可能ではないでしょうか」
あえてどっちつかずな第3の選択を。
第1話においてユウは森のモンスターに癒術を使ったことを街の人から感謝してもらえました。
完全に成りゆきで、きっとユウ以外の癒術士ならもっとうまく事件を解決できたでしょうに、それでも。
だって、あのときあの場所でユウがしてみせたことと同じことをできた人なんて、実際のところユウ以外にはいなかったのですから。
このアニメはどうやらそういう物語のようです。他人の都合に縛られず、自分の思い込みにも縛られず、もっと自分らしさを好きになろう。
外交交渉としては無策も無策なリィリの提案は、それでもハルシュトに歓迎されました。
「今回の見合いの話は無しになるだろう。リィリ殿は剣が得意と聞く。今度手合わせでもどうかな」
ウルカ村は自分たちにはない新しい発想を貪欲に受け入れて発展してきた村であり、その長は本来多様性をこそ最も愛する人物だったのでした。
コメント
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癒術で癒されてないモンスターは人を襲うので、
癒術士が訪れない村ではモンスターは危険な存在という認識は、
どうしようもないのですよね。
癒術の使い手は王国でしか生まれないという事もあり、
他国ではモンスターを癒して仲良く出来るという事を知らない
人たちも多いのです。
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ああ、そういう設定もあるんですね。ありがとうございます。
ということは、国外に出たユウは癒術を使えるということひとつだけでも、いろんな人から感謝を受けやすい構図になっているんですね。(逆に考えると、たとえば同業者とかちあうだけでも簡単に鼻っ柱を折られかねないということですね)
そこを踏まえると今話でのユウの活躍のしかたもなかなか興味深い気がしてきました。
今話、彼は唯一の取り柄っぽく描かれている癒術ではなく、馬車を押すことやモンスターの手当の手伝いなどの何気ないことで感謝を受けていましたっけ。妙に地味な役どころだなと思っていたんですが、あれってもしかしたら“ユウのステキなところは癒術だけじゃない”ってことをクライマックスで描くための仕込みだったりするのかもしれませんね。
まあ第2話早々から展開予想をしてもどうせ当たりっこないのですが。想像と期待がふくらみます。