HUGっと!プリキュア 第40話感想 親の心子知らず、それでいい。

ルールー・アムール、君は君だ。他の誰でもない。君だけの心を――。
はい。愛します。

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(主観的)あらすじ

 ドクター・トラウムとハリーの口から未来で起きた出来事が語られました。
 実は未来の世界にもプリキュアがいて、未来を守ろうとしていました。あるときは未来を無くそうと企てるクライアス社の活動を妨害したり、またあるときは未来に絶望して暴れていたハリーの心に寄りそったり。
 その未来のプリキュアのなかでも、キュアトゥモローという戦士は未来を育む女神・マザーの力を授かっていて、クライアス社からひときわ脅威と認識されていました。
 彼女はクライアス社に捕らえられました。それでも彼女は未来を信じることを諦めず、その精神に胸打たれたハリーの手引きによって脱出、追っ手を振り切るためにマザーから授かった最後の力を使い果たして――。
 そして今、キュアトゥモローははぐたんとしてここにいます。マザーの力の所在をつかんだクライアス社はもう彼女を放っておかないでしょう。はなたちは改めてはぐたんを守ろうという思いを固めます。

 ところでドクター・トラウムはルールーの父親と名乗ってビューティーハリーを訪れていました。けれどルールーの知っている記録によると、彼は一度ルールーを捨てています。矛盾しています。ルールーにはその曖昧な態度が理解できません。
 ルールー・アムール。実はドクタートラウムによって与えられたその名には“愛”という意味がありました。ますます彼の気持ちがわかりません。わからないので、はなの助言もあって、ルールーは本人から詳しい話を聞いてみることにしました。

 ルールーはそもそも初めからドクター・トラウムの矛盾した思いによって製造されていました。
 彼にはどうしてもつくりたい人物がいたのですが、そのくせルールーにはのびのび育ってほしいとして、高性能AIを搭載しながらもプログラムに特定の指向性を持たせてはいませんでした。
 結果、当然彼女はドクター・トラウムの思うとおりの人格には育ちません。だというのに、思い描いていた人物とルールーとを比較して嘆いてしまう、自分の矛盾に気付いたドクター・トラウムはルールーをつくったことを失敗と判断し、彼女を自分から遠ざけたのでした。
 その後、ルールーははなたちと出会って自分の心を見つけました。ドクター・トラウムの元ではできなくて、はなたちの傍でならできた理由、それははなたちが彼女をひとりの人間として愛してくれたからでした。
 ドクター・トラウムは今になって自分の過ちの原因をようやく理解し、ルールーを“ルールー”というひとりの娘として受け入れようとしていたのでした。最初に思い描いていた人物とは違う人格に育ってしまいましたが、彼が昔も今もルールーを娘として愛そうとしていたことだけは本心でした。

 彼の昔語りを聞いてもなお、ルールーはいきなり彼の全てを受け入れられるわけではありません。けれど、もっと彼のことを知りたいと思うようになりました。今度一緒にご飯を食べようと約束するのでした。

 コメント欄でドクター・トラウムの立ち位置を『Rossum’s Universal Robots』に登場するガル博士と見るべきか、あるいは『鉄腕アトム』の天馬博士かという論戦(?)を続けていたんですが、少なくともルールー出生の理由については天馬博士寄りだったようですね。くっ、認めざるをえない。(というほど悔しいわけでもないけど)
 一瞬映ったあの子はドクター・トラウムの娘さんだったんでしょうか。アッシュブロンドの髪色にピンクのバレッタがよく似合う愛らしい子でしたね。そりゃあ蘇らせ(?)たくなる気持ちもよくわかる。
 けれど彼はルールーをその子に似せようとはしませんでした。意味わかりませんよね。あんなにかわいい子だったのに、わざわざ全然違う外見の娘をつくろうとするだなんて。
 それこそが、まあ、彼の偽らざる本心だったんでしょう。いいお父さんです。

約束は守るって決めたから

 今話のAパートはほとんど設定の垂れ流しみたいなもので、ウチのブログのスタンスとしてはあんまり書くことがありません。

 「明日を失いつつある世界のため、剣は何も持たない少女を選んだ。そして少女は勇気を胸に戦った。なぜ少女は戦うことができたのか。誰かのために身を削ってまで」(第11話)
 キュアトゥモローら未来のプリキュアは誰かのために自分を犠牲にして戦いつづけました。ハリーに対する無私の慈愛やキュアトゥモローを逃がそうとする仲間たちの献身、追い詰められたときのキュアトゥモローの自己犠牲っぷりからも、なんとなくそういう姿勢が窺えます。
 彼女たちはどれだけ絶望的な状況に追い詰められても決して諦めず、未来を信じつづけました。

 「違うよ。必要なのは剣じゃない」(第11話)
 けれど失敗しました。・・・あー、「失敗した」といいきるのも正しくないんでしょうけどね。
 彼女たちはその手に剣を携えていて、彼女たちを脅威に思ったクライアス社から強硬な敵意を向けられてしまいました。その結果、彼女たちは敗れてキュアトゥモローを捕らえられてしまうことになりました。

 「心が痛い痛いって泣いている・・・。ごめんね。過去は返してあげられない。けれど、明日を一緒につくることはできる。一緒に、未来を――」
 彼女たちとて別に悪いヤツらをやっつけたいという気持ちでプリキュアしていたわけじゃなさそうなんですけどね。
 けれど残念ながらクライアス社とはわかりあえずに終わってしまいました。ハリーと違ってクライアス社の社員たちの未来に絶望した心に触れる機会は得られませんでした。

 「お願い。救って、未来を――」(第40話)
 そして彼女たちに為せなかったその願いは、「諦めない、負けない」プリキュアの精神とともにはなたちに引き継がれることになったわけです。

 今のところ彼女たちについて語るべきことは、まあ、このくらい。

 「私も頼まれたんだ。『未来を助けて』って。ね、はぐたん。約束は守るって決めたから。よし!」
 ところで今話のこのはなのセリフ、春映画を観た人にとってはものすごくグッときましたよね。

 「私、約束は絶対絶対ぜーったいに守るよ!」(『プリキュアスーパースターズ!)
 春映画において、はなは約束を守る人物としてフューチャーされていました。他のみんなが約束の時間に現れなくても、通り雨に降られても、きっと来てくれると信じてじっと待ちつづけていました。
 「・・・それが、ちっちゃいころ約束を破っちゃったことがあってね。結局『ごめんね』も言えないままそれっきりになっちゃった。きっとあの子はとっても傷ついたと思う。――だから、約束は絶対に守るって決めたんだ」(『プリキュアスーパースターズ!』)
 どうしてそんな頑ななまでに約束を守ろうとしていたのかといえば、それは過去に約束を破って後悔したことがあったから。
 実際のところ約束を破ってしまった事情はどうしようもないことで、はなに非があったわけではありません。それでも相手の子が傷ついたことに変わりはありませんし、はなの心にもずっとしこりとして残る結果になってしまいました。

 その悲しい思い繰り返すのがイヤだから、はなは「絶対に約束を守る」と誓っています。
 約束を破ることが単に道徳として悪いことだからではなく、あくまで自分と相手が悲しい思いをしてしまうという後悔に学んで。
 失敗したことを失敗として諦めるのではなく、失敗した苦い想い出を輝く未来に手を伸ばすための踏み台として活用することで、今代のプリキュアはどんどん成長していきます。

 キュアトゥモローたちの戦いはクライアス社の圧倒的な力に押しつぶされました。
 けれど、その悲しい過去はムダじゃありません。彼女たちの思いは次のプリキュアに引き継がれました。
 もう失敗は繰り返しません。キュアエールたちは彼女たちとは違う戦いかたを選びました。
 「メロディソード。プリキュアの剣があんな形になるとは思わんかった。あの姿を見て心の底から思った。お前らなら明るい未来を切り開けるって」(第12話)
 「諦めない、負けない」こそがプリキュアの合言葉。
 諦めなければ、負けません。

Ruru Amour

 フランス語の“amour”の語源はギリシャ神話のエロースと習合した神様の一柱から来ています。
 愛の神・エロースが割とろくでもない神様だということは詳しいかたならご存じでしょう。射貫いた人間を恋に落とす愛の弓矢を持っていて、それをしっちゃかめっちゃか誰彼構わず遊び半分に射ってまわるトラブルメーカーです。いわば愛憎昼ドラ量産機。気まぐれで移り気な恋心が擬人化したような存在ですね。
 だから“amour”には“(ma) cherie”に比べて若干ビターなニュアンスも含まれているようです。愛とはままならないもの。愛は偉大ではあるが、ときに人を死に追いやるほど深く傷つけてしまう。

 「そうだ。私はいつも矛盾のなかで生きている。君をつくったのもそういう矛盾した気持ちのなかだった」
 “ルールー・アムール”と名付けたことからもわかるとおり、ドクター・トラウムは間違いなくルールーを娘として愛するために製造しました。
 ただ、その愛はどうやら少々複雑なかたちをしていたようですが。

 明確には語られませんが、どうやらドクター・トラウムにはかつて娘がいたようです。その子がその後どうなったのかはわかりませんが・・・まあ、ルールーをつくったということは、きっと悲しいことがあったんでしょう。
 けれどルールーは娘の代わりとして愛するには少々厄介がすぎるアンドロイドでした。
 掃除と称しては部屋中を破壊しつくし、マスターが落ち込んでいるとみてはなぜかサバ折りを仕掛けてきます。しかも無表情、無機質。挨拶すらも覚えません。不合理と判断したことには口答えすらしてきます。
 ドクター・トラウムがどれほど熱心に教育を施そうとしても、いつまで経ってもかつての娘とは似ても似つかぬまま。

 「どうしてこうなんだ。あの子なら・・・!」
 だからドクター・トラウムは彼女を突き放しました。
 愛せなくなったから。

 ・・・おかしいですよね。
 「のびのび育ってほしいとプログラムしたのが間違いだった」
 どうしてルールーの初期プログラムを娘に似せなかったんでしょうか。
 人格をプログラムするにはドクター・トラウムの技量が足りていなかったというわけではありません。初期化後のルールーはクライアス社のアルバイトとして自律した活動ができていました。多少は教育で補正するにしても、最初からもう少し娘に似た人格を持たせることは可能だったはずです。
 「私はずっとわからなかった。開発者がなぜ私に高性能のAIをつけたのか」
 どうしてルールーに学習させる前提でプログラムを組んだんでしょうか。
 娘のコピーが欲しいだけなら高度な学習機能なんて必要ありません。そんなもの、最初から持たせておけばいい。学習を前提とするから齟齬が生まれるんです。ドクター・トラウムの意図していない情報までどんどん吸収していって、彼の記憶のなかの娘の姿からどんどんかけ離れていってしまうんです。

 そもそもがどうしてルールーを長身・紫髪・紫色の瞳を持ったアンドロイドとして製造したんでしょうか。
 ドクター・トラウムの記憶のなかの娘はほんの5歳くらいの幼子で、しかもアッシュブロンドに青い瞳の持ち主でした。今のルールーの外見とは全然似ていません。

 どうして?
 何もかもが矛盾しています。
 「私は何を願っていたんだ・・・。これでは失敗だ・・・」
 ドクター・トラウムは結局何がしたかったんでしょうか。

ルールー・アムール

 ドクター・トラウムは結局何がしたかったんでしょうか。
 そんなこと誰の目から見てもわかりきっています。
 彼は愛する娘をつくりたかったんです。

 我が子の成長を何もかも自分の思いどおりに支配したいだなんて、そんなバカげたことを考える親がいるものか。
 いや、まあ、実際にはいるけども。でも私はその現実を悲しく思います。親というものにはそうあってほしくないと思います。だって、私はそうじゃない親のもとに生まれてそれなりに幸せですし。

 「のびのび育ってほしいとプログラムしたのが間違いだった」
 そのおかげで、ルールーはドクター・トラウムの理想からかけ離れて自由に育っていきました。
 自主的に部屋の掃除をしたいと考える子になりました。親が悲しんでいるときはHUGして慰めてあげたいと思う子になりました。
 「私はずっとわからなかった。開発者がなぜ私に高性能のAIをつけたのか」
 そのおかげで、ルールーはドクター・トラウムの理想からかけ離れて自由に学んでいきました。
 自律的な学習により合理性を重んじる性格になりました。親の言うことすら鵜呑みにせず、自律した判断を下せるようになりました。

 すべて、ドクター・トラウムが愛娘のためを思って与えた機能のとおりに。
 ルールー・アムールはかつての娘とは全然違う人格として成長していきました。
 あえてあの子とは全然違う器を与えてくれた、ドクター・トラウムの愛情のとおりに。

 「君が失敗作なのではない。まっすぐ君と向かいあえなかった私の失敗。これでは君に心を芽生えさせることはできないと悟ったのだ」
 ドクター・トラウムの心は矛盾していました。
 彼にとってルールーは失った娘の代替品であると同時に、愛する娘でした。
 そのふたつは似たようなものにも思えましたが、実際には両立しえませんでした。
 だから彼はルールーをどっちつかずの視点からしか見ることができなくて、どっちにしても中途半端で、どちらの視点からも彼女を愛することができなくなってしまったんですね。
 「プリキュアに最初は嫉妬したよ。なぜ天才の私にできないことが彼女たちにはできたのか。・・・が、今ならわかる。彼女たちにとって、君はただひとりのルールー・アムールだったんだね」

 自分の支配下にあるものを愛するのはただの自己愛です。自己愛は自己愛でとても大切なものなのですが、それはけっして我が子に向ける愛ではありません。
 子どもは他人です。自分ではありません。自分とは別個の自律した意志を持っていて、だからこそ愛おしいんです。
 どうか自分よりももっと幸せになってくれますようにと、どうか自分よりももっと強く成長してくれますようにと、他人だからこそ心から願えます。

 「やめてくれないかねえ。泣きそうになる」
 「黙って聞きなさい」

 我が子といえど他人です。他人だからこそ、ときに自分では想像もできなかったかたちで喜ばせてくれることもあるのでしょう。
 私はどうかな。今のところちゃんと喜んでもらえるようなことをした覚えはないのだけれど、結局私の両親も他人ですからね。子どもの私じゃ本当のところはわかりません。いつか喜んでもらえたら、とは思いますが。
 「いい曲だ。思いだす。君とはじめて出会ったときのことを」
 もし生まれてきただけで喜ばれてしまっていたら、もう何というかホント、困る。

 「これが君の心か。ルールー・アムール、君は君だ。他の誰でもない。君だけの心を――」
 「はい。愛します」
 「それでいいんだ」

 ルールー・アムールは愛のプリキュアです。多くの人たちに愛されたことで愛を知り、今度は自分も愛してくれたみんなに愛を届けたいと考えているステキな女の子です。
 彼女はその出生もまた、お父さんからの愛にあふれていました。
 「今度、一緒にご飯を食べましょう。きっとそうすれば、きっと――。また、いつか」
 愛を知れば知るほどに、彼女の愛もまた強く深く、輝く未来へ向かって成長していくことでしょう。

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『HUGっと!プリキュア 第40話感想 親の心子知らず、それでいい。』へのコメント

  1. 名前:東堂伊豆守 投稿日:2018/11/18(日) 17:56:16 ID:589fc6ab0 返信

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    たぶん、ドクタートラウムの実の娘は幼くして亡くなったんだと思うんですよ。で、トラウムは娘そっくりのアンドロイドを製作しようと思い立つも技術開発に思いの外時間がかかってしまい、そこで経過した期間分の成長を折り込んで(娘が生き続けた場合の姿を推定して)ルールーのボディをデザインした、のではないかと。
    では髪の色が違う理由はというと……"人間の髪そっくりの質感と遥かに高い耐久性を兼ね備えた繊維"をペンギン村在住の博士に発注したら則巻アラレに使用されている素材と同じものを供給されたから、とか。
    ……てな与太話はさておき、結局トラウムは「娘が亡くなった時の姿そのままのアンドロイド」ではなく「娘と"同じように"成長するアンドロイド」を作りたかったんだと思います。でも、"娘の過去"はトレース出来ても"娘の未来"まではトレース出来ないわけで……この矛盾にかつてのトラウムは耐えきれなかった、と。
    何にせよ、あくまで「時間を止める」ことにこだわるジョージ・クライ社長に対し、トラウム相談役は"娘と共に歩む未来"を求めていたわけで、ハナからクライアス社は同床異夢の寄り合い所帯だったんでしょうね。それにジョージ社長の最終目的が本当に時間停止なのかやはり疑問が拭えなくて(既に二回もプリキュアによって時間停止を阻止されているのに、今なお時間停止にこだわるのは不自然)もし別の目的があるんだとすると、トラウムほどの高級幹部にすら告げていないその目的とは何なのか……。
    ところで、エンディングのキャストクレジットで未来のプリキュア三人の役名が「未来の戦士」とされていたのが面白いと感じました。「未来のプリキュア」ではないという点が。おそらく制作チームの考えとして「戦士」="武力をもって相手を制圧する者"という発想があって、剣(=武力)を拒絶し対話と和解に活路を見いだしたキュアエールは「戦士であることを拒絶した者」という位置付けなんだと思います。
    そういえばシリーズ開始当初は「伝説の戦士」を標榜していたプリキュアが、最近では「伝説の魔法つかい」だの「伝説のパティシエ」だのになり、今作に至っては「伝説の~」というフレーズ自体が消滅しているんですよね。つまり「プリキュアは最早"戦士"にあらず」というコンセプトを主張してきている、と。
    ……あれ、マズイぞ、ギネス認定の内容を訂正してもらわないとイカンのでは……?

  2. 名前:疲ぃ 投稿日:2018/11/19(月) 00:16:54 ID:589fc6ab0 返信

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     仮にソフトがドクター・トラウムの狙いどおりの年齢相応に成長できたとしても、結局ハードは今の外見で固定なのでそっちの線は薄いかなー。ストーリーの趣旨から離れすぎるのでそもそもそこらへんまで詳しく設定されてなさそうですが。

     時間を止める以外の裏の目的があるかどうかはともかく、ジョージ・クライと他の幹部の間に温度差があるのは事実ですね。幹部たちは未来への不安が第一にあるのに対して、ジョージ・クライは現在の幸せを固定化するために未来を消そうとしているわけですから。見ているものが微妙に違います。
     まあ、今が幸せ絶頂!ってわけじゃなくてあくまで凪いだ幸せで妥協する思想なので、結局似たようなものといえば似たようなものでもあります。

     ギネスはアレ、戦隊ヒーローや仮面ライダーを登録したくなったとき競合しなければなんでもいいって精神でしょうから、細かいことは気にしないようにしましょう。
     ちなみに私はそもそも“魔女っ子”と“魔法少女”と“変身ヒロイン”は厳密に区別したい派のメンドクサイオタクなので、プリキュアをマジカル戦士として登録するって話の時点でまず一度東映に異議を訴えたい!(どうでもいい) 魔法の力で戦うアニメキャラって意外と変身しないし、逆に変身するアニメキャラは力の源泉が明確に魔法だって設定されてること少ないから!(どうでもいい)