色づく世界の明日から 第6話感想 私の宝物を、私が思う以上に美しいと言ってくれる人。

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さっき、――色が戻ったの。

(主観的)あらすじ

 瞳美が葵のためにつくった星砂から金色の魚が出てきました。
 それは瞳美が初めて彼の絵を見たとき絵から飛び出してきたものであり、葵が初めて賞を取った想い出の絵の題材でもありました。

 グラバー園での撮影会。
 みんな思い思いに写真を楽しんでいるなか、葵はいつも通りひとりしかめっ面で絵を描いていました。
 そんな彼の絵を瞳美が覗き見ると、なぜかひとりでに魔法が発動、絵の中の世界に迷い込んでしまいました。
 はじめは美しくも幻想的な風景でした。けれど段々と色あせ、意味のない落書きも見えるようになって、あげく、金色の魚が陸に打ち上げられて死んでいるところにたどり着きました。本来魚がいるべきところには暗い穴が空いていて、そこで不気味な人影が小さな雑魚を捕まえようと網を構えて徘徊しています。
 人影が雑魚を追いかけて穴の中心の深いところに進んで行き、沈みつつある彼に向かってそれ以上行ってはいけないと叫んだところで、瞳美の魔法は解けるのでした。

 絵のなかで見たことを話すと、葵は怒りだしました。触れられたくないことだったようです。
 傷つけてしまったと落ち込む瞳美でしたが、事情を聞いた琥珀たちはそこまで深刻に考えません。嫌われることもあるくらいの方が絆は強くなると言います。瞳美はそんなこと考えたこともありませんでした。
 葵の方も気にしていました。個展を開いた先輩の応援ついでに打ち明けてみると、率直に「サイテー」と言われてしまいました。自分の好きなものに打ち込む先輩の姿と重なって、新作を見るために応援しつづけてくれた瞳美のことがいっそう眩しく感じられたのでした。

 葵は瞳美に今の自分の率直な気持ちを伝えます。絵を描きたい。瞳美に見てほしい。
 瞳美が葵を応援しつづけたことはムダではありませんでした。葵のために魔法を使ったことはムダではありませんでした。
 その幸福感に浸っていると――突然、瞳美の目に色彩が蘇りました。

 絵画ってナンセンスだと思いませんか。
 カメラを使えば一瞬で切り取れる風景のために、何時間も、何日も、場合によっては何ヶ月もかけて一筆一筆キャンパスに色を塗り込めていくなんて。
 その労力にいったい何の意味があるんでしょう。センスや技術を身につけるためには途方もない時間を要します。画材だってタダではありません。たった一枚の絵、ほんの一瞬の時間を切り取るためだけに、いったいどれだけのコストをかけなければいけないのでしょう。カメラを使えば誰でもボタンひとつで似たような見た目のものをつくることができるのに。
 はたして絵画に一度きりの貴重な人生を費やす価値なんてあるのでしょうか?

 ・・・実際に人生をかけている人がいる以上、そこにはもちろん意味があるのでしょう。
 写真とは違う何か、絵画にしか込められない何かが。

朽ちた才能

 葵の絵のなかに迷い込んだ瞳美。暗い部屋の窓から抜け出して、最初に見たものは、美しい夜景と花火でした。
 第1話で瞳美が初めて触れた絵画ですね。
 このときの鮮烈な感動が胸に焼き付いて、これ以降瞳美は熱心に葵の絵を求めるようになりました。

 けれどよくよく考えたらこの光景はナンセンス。
 雨が降っています。雨天では普通、花火は上がりません。
 瞳美はいったい何を見ているのでしょうか。花火に似つかわしくないこの雨は、いったい何を意味しているのでしょうか。

 花火を抜けて歩みを進めると雨は上がり、代わりに深い霧が立ちこめてきました。空と霧の他には何も見えず、単調な風景が続きます。
 葵も納得できていないのか、黒ペンでジグザグやバッテンを描き刻んでいます。苛立つ思いが伝わってきます。

 さらに霧を抜けた向こうには瓦礫の埋まった砂漠と、灰色の空と、腐り果てた金色の魚の姿。
 暗く淀んだ穴、色のくすんだ雑魚、徘徊する不気味な人影――。

 「あれも、色?」

 忌まわしい、醜い色彩の世界でした。
 これに比べたら最初の夜景と花火のなんと美しいことでしょうか。
 ・・・なのに、どうして雨が降っていたんでしょう。

 「賞もらったとき、唯翔の親父さんがすごく喜んでさ。それから絵を描くようになったんだ」
 金色の魚は葵がはじめて褒めてもらえた絵画の主題でした。
 写真越しであっても瞳美の目に色彩が映ります。やはり葵の絵は瞳美にとって特別なもののようです。
 葵にとってもこのときの絵は特別な想い出になっているらしく、たとえばそれこそ第1話のあの絵のように、たびたびこの金色の魚を自分の絵に登場させています。

 ・・・だというのに、現在、葵の絵の世界のなかで金色の魚は腐っていました。
 黒い人影が必死に追いかけていたのは銅色に色のくすんだ雑魚でした。
 あの人影はきっと今の葵の姿なのでしょう。自分の絵画に行き詰まりを感じて、過去の栄光に必死に追いすがり、けれどあのころほどの輝きを再現できずにいる矮小な自分の姿。

 夜景と花火の絵にも金色の魚は描き込まれました。けれどその姿は水中に留まり、外に出て行こうとしません。
 子どものころに描いたあの絵画は、金色の魚がダイナミックに水の外へ飛び出していくさまが面白い絵だったというのに。
 葵も自覚しているんでしょうね、あのころと同じ絵はもう描けなくなっているのを。
 だから、雨。
 第1話で瞳美が見た絵には描き込まれていなかったこの雨は、葵がこの絵を描いたときの苦しさ、悲しさの反映なのでしょう。

 そりゃあ瞳美の応援を素直に喜べないわけですよ。
 自分では納得できていない不出来な絵なんかを見て、あんなに嬉しそうにされてしまっては。

失敗

 「魔法なんて、大嫌い」
 何か大きな失敗をしてしまったように思えました。
 もう二度と修復不可能な、そういう深刻な失敗を。
 「心配してくれるのはありがたいけど、俺、全部話さないといけないの? カウンセリングでもするつもり? 魔法使いって何様?」

 絵の世界のなかで見たことを話したら余計なおせっかいだと言われてしまいました。
 星砂に込めた魔法にも金色の魚が現れたそうです。あれは葵にとって特別な意味を持つモチーフだというのに。
 裏目。葵のためにがんばった魔法は全部裏目に出てしまいました。ちょっと喜んでもらえたくらいで調子に乗って、ヘタクソのくせに張りきって、その結果がこのザマです。
 元々大嫌いだったとおり、魔法はやっぱり瞳美にとってろくなものではありませんでした。

 ずっと他人と距離を置いて、ひとりで過ごしてきた子ですからね。
 こういうちょっとした失敗でも深刻に捉えすぎてしまうのは仕方ない。
 瞳美は今回のことを重く考えすぎてしまいますが、こんなの琥珀や胡桃のような外向的な人たちにとってはちょっとした笑い話にしかなりません。

 ・・・うん、まあ、私もたいがい引きこもり気質なので、同じことがあったら瞳美みたいに落ち込んでしまうでしょうけど。
 頭ではわかっちゃいるんですけどね、普通の人にとっては大したことないんだって。ただ、普通の人にできることを同じようにやれる自信がない。
 「ほら、見て。みんなの顔。あはははは! サイテー!」
 こういう剛毅な感性、絶対持てる気がしないですもん。こうやって他人事として眺めているときならともかく、自分が当事者だったら絶対ムリ。

 ただ、瞳美はそういう私とはちょっと違います。
 この子は私みたいに臆病なんじゃなくて、単純にものを知らなさすぎるだけなんですよね。今回も、失敗したらもう挽回できないと本気で思い込んでいました。
 「どうしたの?」
 「・・・そんなふうに思ったことなかったから」

 これまでのことを見てもわかるように、この子の本質は意外と行動派です。
 なんでギャラリーが入ったビルの前なんぞで葵に出くわしたかといえば、葵が部室に置いていった案内はがきを見て追いかけてきたからなんですよね、たぶん。一緒にいた琥珀が歩きながらスマホでナビか何か見ていましたし。
 そういう積極的に状況を改善しようとするところ、カッコいいと思います。

 「瞳美ちゃんに声かけたのは、私に似てるって思ったから。――だけど、そうじゃなかった」(第5話)
 あさぎの気持ちがよーくわかる。

温度差

 「後輩が選んでくれて」
 「へえー。お礼言っといてね」

 なんで後輩の話をしただけでこんな心底意外そうな顔をされるんだこの男。
 「去年の文化祭以来?」
 「そうですね」

 文化祭なんて秋の行事でしょうに、どうしてそれっきり先輩と会ってすらいないんだこの男。
 ホント、いったい何をやらかしたのやら。

 まあそれは追々わかることとして。

 葵の絵の話に戻ります。
 絵の世界のなかで、子どものころ描いた金色の魚は腐ってしまっていました。
 直近に描いた金の魚は水面から出てこようとしません。
 ・・・ですが、瞳美の見る世界においては、金の魚はいつも絵画から抜け出して空を泳いでいたわけですよ。

 葵が自分の絵をどう思っているかだなんて知ったこっちゃありません。
 そんなの関係なく、瞳美には特別で、感動的なものとして見えています。
 葵の描く絵が大好きで、とても期待していて、だからこそ嫌いだった魔法を練習してまで葵の役に立とうとがんばることができました。
 瞳美が葵の絵を見るときはいつだって、金の魚はちゃんと水中から飛び出してきているんですよ。葵が子どものころに描いたとおりに。

 「先輩はなんで絵を選んだんですか?」
 「そんなカッコいいものじゃないよ。今も先のことを考えると怖くなる。“自分には絵しかない”とか、そういうすごい人にはなれないから。――描いて、描いて、描いて、とにかく書いてたら何か見つかるんじゃないかって。好きだから」

 就職を選ぼうとしている葵の場合は逆にそういうひたむきな気持ちが折れかかっているわけですね。絵を好きな気持ちを、将来のことと天秤にかけられてしまう程度には。

 絵画に人生を費やすなんてバカのすることです。
 絵で食べていける人なんてほとんどいません。世のなかの大抵の人は絵のことなんか理解しません。興味を持ちません。大多数の画家は社会に必要とされません。
 それをわかっていても、芸術科の大学に入ったり個展を開いたりしなければつかめないものがある。芸術全般、なんかそういう世界です。
 将来それで食べていける自信なんて全然ないくせに、今は全身全霊をかけて突き詰めざるをえない。
 将来はたぶん地味なサラリーマンでもやることになるんだろうけど、今は無関係なこれに打ち込まずにはいられない。

 瞳美は、どうでしょうか。
 あの爆発的な行動力。自分の嫌いなものも挑戦したことがないものも、目的のためならどんな障害でも強引にねじ伏せて努力しつづけるあの熱意。
 瞳美は自分で絵を描くわけではありませんが、葵の描く絵に、まるで自分の人生がかかっているかのような切実な期待を向けています。たぶん、本人よりもよっぽど。

 嬉しくないはずがないですよね。
 たとえ自分にとってはそこまでのものではないと思えても、そこまで求められてしまっては。

 「俺、描くから! 今描いてる絵、できあがったら月白に見てほしい!」

 ・・・とまあ、そこで終わったらめでたしめでたしなんでしょうけどね。
 絶妙に嫌らしいタイミングで瞳美の目に色彩が蘇ってしまいました。
 たぶん、自分の魔法が誰かの役に立てている実感を得たことあたりが原因なんでしょうけれど。
 それ自体は瞳美にとってたいへん喜ばしいことですが、これで葵ははしごを外されたことになります。

 “葵の描く絵にだけ色彩が見える”という特別な理由があってこそ瞳美はあれほど熱心に彼の絵を求めていたわけです。
 その情熱の源泉が無くなったなら、はたして彼女はこれまでと同じ熱意で彼の絵を求めることができるのでしょうか。

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