終末トレインどこへいく? 第7話感想 笑うゾンビは人間だ。

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「笑うゾンビはゾンビじゃない」

大きな出来事1

メインキャラクター:撫子

目標

 静留と仲直りする。

課題

 すぐ近くまで渡りゾンビが来ている。まずは静留がゾンビに襲われてしまう前に連れ戻さなければならない。

 撫子は玲実たちとの話しあいのなかで、自分が“たとえ静留がどんな人であったとしても自分が好きだと思うから友達なんだ”と思っていることを確認した。玲実たちも同じ認識だ。
 ただ、その場にいなかった静留がどう思っているかはまだわからない。そのことも確かめなければならない。

解決

 静留は渡りゾンビたちと行動を共にしていたが、ひとまず無事だった。
 撫子たちもゾンビに捕まってしまうのだが、そのとき静留は当たり前のようにみんなを助けてくれた。当たり前のように。
 どうやら、静留も撫子たちと同じ気持ちだったようだ。

大きな出来事2

メインキャラクター:黒木

目標

 自分の居場所を選ぶ。

課題

 7G事件のとき、黒木はドラッグストアでゾンビたちに襲われた。偶然ゾンビたちがエッチなものに弱いと気づいて命からがら脱出したものの、歩けど歩けどどこにも辿りつくことができない。
 もともと黒木はいじめられっ子だった。そもそもの話、黒木が居ていい場所なんてどこにもありはしなかった。

 2年後。渡りゾンビの女王になって以降、自分と同じ正常な人間である静留と出会ったのは貴重な機会だった。できれば行動を共にしたい。だが、自分の正体がゾンビではないことを気取られてしまうのも怖い。

解決

 ゾンビたちはどういうわけかドラッグストアで黒木の帰りを待っていた。言うことも聞いてくれた。ゾンビの群れは唯一黒木の居場所になりえた。
 ただ、ゾンビたちは自身の生存に無頓着らしい。体が腐ってカビが生えても、乾いて砕けてしまっても全然気にしない。黒木は彼らとともに長く生きるため、彼らを導き暮らしやすい土地を渡り歩くことに決めた。

 静留は黒木の正体を見破って立場を逆転させたあとでも黒木を虐げることがなかった。いじめようとしなかった。むしろ一緒に池袋に行かないかと誘ってくれた。こちらも黒木の居場所たりえた。
 ただ、黒木にはすでにゾンビたちがいた。彼らは黒木が導かなければあっという間に朽ち果ててしまうだろう。黒木は、自分に存在意義をくれる人たちの傍を選んだ。

地域の特徴

武蔵藤沢○

 ドクターと出会った稲荷山公園の1駅先。埼玉県入間市。

 黒木がゾンビたちと出会ったドラッグストア(ウィルシン入間武蔵藤沢店)がある。スワン仙人の地図ではマークなし。どうやら住民はみんなゾンビになってしまったようだ。マークが無いということは全員黒木と一緒に別の地域に移動したのだろう。
 稲荷山公園駅のボスもそうだったが、7G事件による異変は事件の瞬間いた場所ではなく、普段住んでいる地域の影響を受けるようだ。黒木だけゾンビになっていないのはそういう理由だろう。

保谷□

 静留たちが今いる清瀬から3駅先にある地域。東京都西東京市。

 黒木の出身地だという。スワン仙人の地図では目つきの悪い犬のマークが描かれている。◇マークだから次話あたりで何かしら重要イベントがあるかもしれないし、それは黒木のことだったということでスルーするかもしれない。地面から生える人のマーク。

※ 1駅数え間違っていました。

設定考察

渡りゾンビ

 人間を襲ったり大声に反応したり脳みそに執着があったりと、ひととおりフィクションのゾンビと同じ生態ではあるらしい。ただしその一方、生きた人間を噛んでゾンビ仲間にしたいなどの本能による行動というわけではないようだ。捕食したいわけでもない。

 おそらく、彼らも東吾野のキノコ人間たち同様、世界の終末と自身の死を受け入れた大人たちなのだろう。だからこそ、自身の体の崩壊には無頓着な一方で、まだ生きようとしている黒木の意思は尊重してくれるのだ。

池袋の女王

 黒木によると池袋には女王がいるという。池袋新聞に載っていたポンタローの近影写真を見る限り、彼の取り巻きで女性なのは葉香のみ。十中八九、葉香のことだろう。
 ただ、同新聞によると池袋の市長(区長ではない)は3期連続でポンタローらしい。架道橋を「ポンタロー賞賛橋」と改名するなどしょうもない職権濫用までしている。実権を握っているのはポンタローだろう。それを踏まえたうえで、池袋の人々は葉香こそが自分たちの支配者と認識しているわけだ。何があったのやら。

ピックアップ

パンツ丸見えになっちゃう!

 意外と中学高校と気づかず過ごす男性諸君も多いが、普通の女子はこういうパンツが見えそうな体勢になるとき、とっさに股でスカートを挟むものだ。体育座りするときなんかも手でまとめるだけじゃ心もとなくて股も使ってガードしている。完全に習慣化している。

武蔵野うどん

 武蔵野台地一帯の名物。
 前話感想文で触れたとおり、このあたりの地域は畑作が盛んではあるのだが、一方で水田は少ない。小さい川しかないため稲作に必要なだけの水を賄えないのだ。このため麦食文化が発達した。
 武蔵野うどんの特徴は足踏みでコシを出した力強い麺と、豚肉と地場野菜がたっぷり入った甘めの汁。本流は醤油ベースのざるうどんスタイルらしいが、コシの強さを生かした味噌煮込みうどんも人気だという。

THE HOUSE OF THE DEAD

 一昔前までゲーセンによくあった、自動進行式のガンシューティングゲームの名作のひとつ。銃口を画面外に向けるとリロードされるタイプ。
 世代によってはゲーセンにキーボードを置いてあった『THE TYPING OF THE DEAD』のほうが記憶に残っているかもしれない。
 従来このジャンルはテロリストと戦う作品が多かったのだが、この作品では敵をゾンビとすることで、弾を1発当てるだけでは倒せないゲーム性への説得力、じわじわと距離を詰められる恐怖感、そして遠慮なく血しぶきドバドバ出せる大義名分を獲得した。いかにも往年のセガらしいセンスだといえる。ストーリー分岐が多彩でプレイするたび展開が変わるのも大きな魅力。

ゾンビは性に弱い

 ゾンビものに適用する人は初めて見たが、下ネタが除霊に有効だというのはネット上で昔からよく語られている話だ。

 最も有名なのは『びっくりするほどユートピア』だろうか。
 「まず全裸になり、自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむき『びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!』とハイトーンで連呼しながらベットを昇り降りする。これを10分程続けると妙な脱力感に襲われ、解脱気分に浸れる」とかいうアレだ。
 元は2chの独身男性板に書き込まれたネタで、文面を見てのとおりオカルトとは一切関係なかった。
 これがオカルト超常現象板にコピペされる際、アスキーアートの挿絵が追加されるとともに「霊が逃げていく」という一文が追加されたのだ。そりゃ幽霊だってこんな変態の所業を見たら逃げていくだろう。納得しかない。

 まあ要するに、怖い話を聞いてビビり散らかしたあとでも、クッソしょうもない下ネタを聞いたらアホらしくなって怪談を真に受ける気持ちもどっか飛んでいくだろ、というのがこの怪情報の根底にある理屈だと思われる。
 最近では「性(生)は新たな命を生む営みだから、死の概念に属する幽霊に対抗できる」というもっともらしい建前で説明されることもあるのだが・・・。いやお前、『びっくりするほどユートピア』は独身男性の戯言の極致であって、子づくりとは1mmも関係ねえから!

「メラーズはねちっこく官能に塗れた手つきを、その女性らしい体の曲線の下へと這わせていった」

 イギリス文学の名作『チャタレイ夫人の恋人』の一節。
 日本国内では翻訳本を出版するにあたって大きな議論を呼び、わいせつ文書頒布等罪で一時期発禁処分とされた。この裁判は「チャタレー事件」と呼ばれ、その後の出版行政に大きな影響を与える判例となった。澁澤龍彦もこの流れで発禁処分を受けたことがある。

 んなもん暗唱できるほど読み込むな、中学生。

ツユクサ

 艶やかで青く可憐な花はツユクサ。聖母マリアの服の色にちなんで「尊敬しているが恋愛ではない」という花言葉を託される一方、たった一日でしぼんでしまうことから「密かな恋」「敬われない恋」「恋の心変わり」など、不倫を表す花言葉も合わせ持っている。
 一日で萎む花なんてツユクサ以外にもいくらでもあるのに、聖母と結びつけられるこの花にわざわざ背徳的な花言葉をつけるあたり、昔の人もなかなか業の深いエロスを嗜んでいたようだ。

大丈夫じゃない

 「それでも怖がられたり嫌われたり、下手すると攻撃されたりするかもよ?」
 「慣れている」
 「え?」
 「だが、今の私はかつての私ではないし、仲間のゾンビたちもいる。心配には及ばないということだ」

 ゾンビの女王は人間でした。

 保谷から武蔵藤沢まで電車でおよそ25分。ちなみに池袋までなら電車で15分です。実は池袋の方が近い。もちろん、街の規模も池袋のほうがずっと大きいです。
 どういう用事だったのかは知りませんが、黒木はたまたまひとりで武蔵藤沢に来ていたタイミングで7G事件に巻きこまれ、ゾンビに遭遇しました。
 池袋にも友達と一緒に行ったことが無いようですから、まあ、ひとりで出かけることに不思議はないでしょうね。

 運よくゾンビを切りぬけたあとは、当然ながら保谷にある家に帰ろうとしました。
 だけど、歩けど歩けどたどりつけなくて、賽の河原みたいなところに迷いこんで。それでようやく諦めがつきました。
 諦めでした。
 ひとりぼっちでいるのが辛くて、辛くて。だけど、あてのない道を歩みつづけるのも辛くて。今ごろ保谷はどうなっているだろう? みんな心配しているだろうか?
 道を引き返したところで武蔵藤沢に待っているのはゾンビだけです。あんな地獄に戻ったところで黒木の孤独は変わることがありません。だったら、歩みつづけるしかないでしょう。前へ。前へ。
 それでもし保谷に帰れたら、ひとりぼっちじゃなくなる・・・?

 引き返すことにしました。

 武蔵藤崎に戻ったところで誰も待っていないってわかっていたけど。
 引き返すことの無意味さが、先へ進みつづけることの空虚さと大差なく思えてしまったから。

 「おやめ。――久しぶりだ。連れていこう」(第6話)

 あれから2年。

 本当に久しぶりでした。
 黒木はゾンビが人間を食べるかどうか知りません。
 襲う習性があることまではわかっています。自分も襲われたから。だけど、その先はわかりません。自分は助かったから。助からなかった人間を見たことがなかったから。
 だから、ゾンビじゃない人間と出会ったのは本当に久しぶりでした。

 静留を連れて帰って何をしようという考えはありませんでした。
 ただ、お互い自己紹介をして、ゾンビのことについて教えて、向こうが黒木のことまでゾンビだと思い込んでいることに少し笑って。
 助けに来た友達を見つけたからついでに捕まえて。で、やることといえば、目の前でおいしそうに武蔵野うどんを食べてやったり、セガサターンで遊ぶのを見せびらかしてやったり。

 まったくもって意味のない行動でした。
 黒木はゾンビが人間を食べるかどうか知りません。むしろ食事の必要がないことなら把握しています。
 映画でよくある設定なら、何らかの手段で人間をゾンビに変えることもできるかもしれません。だけど黒木はゾンビたちに何もさせませんでした。一貫してただ静留たちを「捕まえろ」と言うばかり。
 それ以上のことなんて、黒木はこれっぽっちも考えていませんでした。

 「うちら池袋に行くんだよ。黒木んはどうするの?」
 「いきなり馴れ馴れしい」
 「いいの! 友達なんだから」
 「友達・・・?」
 「一緒に池袋行かない? 黒木んちゃん」
 「友達――と、池袋・・・」

 保谷から武蔵藤沢まで電車でおよそ25分。池袋までなら15分。
 黒木はいつもひとりぼっちでした。
 友達と一緒に出かけることなんてありませんでした。

 7G事件の前からずっとそれが当たり前で、そういうことに慣れているつもりでした。

 ・・・そんなわけがありませんでした。

それは大丈夫じゃないよ

 「なんで?」
 「・・・何が」
 「バレると食べられちゃうから?」

 いいえ。ゾンビたちが黒木に付き添うようになったのは、黒木が顔にコンシーラーを塗りたくるよりも前からでした。
 エッチ攻撃で爆発四散させられるのが恐かった可能性もありますが、・・・それも、いいえ。もし命が惜しいという理由だったら、カビが生えるほどにおとなしく黒木の帰りを待つはずがないでしょう。
 なんだかよくわかりませんが、とにかく、ゾンビたちは黒木と行動を共にしてくれます。別に化粧なんかしなくても。

 それをわかったうえで黒木はわざわざ化粧しているのです。ゾンビたちと同じ肌の色に。
 誰にも見られたくありませんでした。
 別にバレたところでゾンビたちに襲われることはないけれど、それでも生者らしい肌の色を晒すことには抵抗がありました。
 静留が自分をゾンビだと勘違いしてくれたときは少し愉快な気分にさえなりました。

 つまり、それは。

 「――それはできない。私は女王だから。引き留めて悪かったな。久しぶりに人と会ったので少し話をしてみたくなったのだ。だけどお前たちに目的地があるなら、それを邪魔するわけにはいかない」

 誇りでした。

 「あ・・・。待っててくれたの? ――カビにも負けず偉いぞお前たち。さすが女王の配下だ!」

 友情の証でした。

 諦めとともに保谷への旅路から引き返してきた黒木。
 これからこの終末世界で死ぬまでひとりぼっちなんだと思っていた彼女を、彼らは暖かく迎えてくれました。
 うれしかった。
 だって、7Gで世界が壊れてしまうずっと前から、黒木はもともとひとりぼっちだったから。友達なんていなかったから。いじめられていたから。
 武蔵藤崎は黒木の地元じゃありません。7G事件前からの知り合いがいたわけじゃありません。むしろ最初は襲われたんだと思ってドンパチしていました。
 なのに、彼らは黒木を自分たちの同胞として迎え入れてくれたんです。

 「うちらは好きでキノコやってんの。こんなクソみたいなノーフューチャー世界で何十年も生きるより、キノコ生やしてハッピーヒッピー&ヒッキーで1~2年で死ぬ方がダンゼンいいっつの」

 「バッカじゃねえの。お前らはせいぜいみじめに足掻いて血反吐吐いて死に損なってろ。もう知らねえ」(第3話)

 このあたり、東吾野にいたマツタケイコを思い出すふるまいですね。
 終末世界の大人たちはなんだかみんな優しい。自分たちは7G事件の影響を受け入れて退廃的な暮らしをしているし、子どもたちにもそういう生きかたを推奨してくるけれど、それでいて子どもたちのまだ生きたいという意志もちゃんと尊重してくれる。自分の生に執着しなくなったぶんだけ、子どもたちの無謀にも寛容でいてくれる。
 矛盾していて、筋が通っていなくて、だけど慈しんでくれていることだけははっきりと伝わってきます。

 「そっかあ。いいね、主従関係。それでゾンビを引き連れてあちこち移動してたんだ」
 「そうしないとあの子ら、カビちゃったり粉々になっちゃったりするから・・・」

 キノコ人間同様、ゾンビたちは自らの生存に執着しません。黒木が導かなければ、カビが生えようが干物になろうがその場を動こうとしません。ゾンビにとって致死性の毒になりうるミニスカ女子高生からも逃げようとしません。
 女王として君臨し、ゾンビたちの肉体保存のため各地を移動して回るのは黒木のワガママでしかありません。ゾンビたちに長く生きてほしいと願っているのは、彼ら当人ではありません。黒木です。

 それでも。

 「けっこういい女王だったんだ」
 「・・・しかたなくそうしただけ」
 「違うよ。ちゃんといい女王だよ」

 誰の目から見ても、そこには黒木の深い思いやりがありました。
 優しくされたから優しくする。そこには黒木の居場所がありました。

 7G事件が起こる前、黒木にとってひとりぼっちでいることは当たり前のこと。
 ・・・そんなわけなくて。ずっとずっと、そんなわけあるはずなくて。

 彼らを必要とし、彼らに必要とされたい。そう思ったときから黒木はもう、ひとりぼっちじゃなくなっていたのでした。

優しい人のなりかたを

 「どうしよう、静留ちゃんが脳みそ食べることしか考えないようになってたら」
 「葉香ちゃんのこと忘れて?」
 「無いよ。それは無い。大丈夫」

 ここで前話の復習。

 「静留ちゃんは私たちが勝手に着いてきたと思ってるの? みんなで池袋に行きたいと思ってたけど、静留ちゃんはそうじゃなかったってこと?」(第6話)

 撫子は静留の薄情さを厳しく咎めました。
 静留のそういう性格は今に始まったことはありませんでしたが、だからといって撫子に彼女の冷たい物言いは到底許せるものではありませんでした。
 静留は撫子の追求に耐えかね、ひとり電車を出ていってしまいます。

 「あのさ。ひどい男と付きあってる女の人が『ギャンブルさえなけりゃ、お酒さえ飲まなけりゃいい人なんです』って言って、それに対して『お酒飲むからそれは悪い人なんです』ってみんなアドバイスするじゃん。――これって、そういうこと?」

 「むしろ逆かも。『こんなにだらしないのに好き!』『こんなにワガママだけど許す!』とか!」(第6話)

 少し感情的になりすぎていた撫子に対し、玲実があんまりにもあんまりな例え話を展開します。どこからどう見ても隙のないダメ男と、共依存気味なダメ女。
 とはいえ静留の薄情っぷりもまた誰から見てもダメなやつでしたから、例え話としては案外的確。

 撫子は答えます。正論はさておき、客観性とか論理性とかもさておき、自分が静留を好きだと思うかぎり、彼女がどんな人間だったとしても疑いようなく友達なんだ、と。
 要するに、撫子は静留を信じることに決めたのです。たとえ口からどんな暴言が飛び出したとしても、それはきっと静留の本心じゃない。撫子の知っている静留はそういう人じゃない。だから友達になったんだ。

 「け・・・、喧々囂々? しょぼしょぼ、グズグズ? ・・・ダメダメ。くよくよ。――ぺ、ペコペコ」

 果たして、静留は撫子が信じたとおりの人柄でした。
 お前本当に高校生かって疑いたくなるくらいひどい語彙力で、だいぶ自己肯定感しおれてて、話題転換もヘッタクソでしたが、つまるところ裏表のない素直な性格ではありました。
 人の気持ちは気遣えません。空気なんて読みません。でも、だからといって思いやりがないわけではけっしてありませんでした。撫子も本当は優しい子だって知っているから友達やっていられるんです。

 続けて静留は黒木の正体を暴きました。
 女王はゾンビじゃないということ、それだけでなく、彼女にはみんなが思っているほど強い敵愾心があるわけじゃないところまで見抜いていて、話しあいによってゾンビ軍団との正面衝突を回避する道を探り当てました。
 黒木のゾンビたちへの思いやりに満ちた言葉を真っ直ぐに肯定し、「ちゃんといい女王だよ」と好感を示しました。わざわざ確認するまでもないことかもしれませんが、静留もまた、優しい人が好きだったわけです。
 これもまた、撫子の思っていたとおりの静留らしさでした。

 「・・・静留ちゃん」

 さて。自分のほうはいったいどう謝ったものか。
 撫子が言葉選びに困っていると、静留はその顔を見ただけで気持ちを汲み取ってくれました。
 撫子は静留の良いところも悪いところもみんな知っているし、静留だって撫子の良いところも悪いところもちゃんと両方わかってくれる。もちろん、玲実や晶だって。

 「黒木ん、昔いじめられっ子だったのかなあ?」
 「は? 関係ないじゃん」
 「・・・あるよ。これまでのことは今に繋がってて、これからのことになるんだよ」
 「いいことも悪いことも」

 撫子は静留の薄情さを目の当たりにしてなお、静留が本当は友達思いであることを信じました。正論なんて関係なく、まして客観性とか論理性とかどうでもよく。・・・あえていうなら、これは長年積み重ねてきた経験に基づく確信。
 一言二言許せない言葉を言われたところで、十数年間同じ時間を過ごしてきた友達への信頼が揺らぐほどではありません。

 ずっと自分の居場所を求めていた黒木が渡りゾンビの女王に収まったように、友達思いの静留は諦めることなく葉香の足どりを追いかけます。

 「優しい」というのはひとりの思いだけで培われるものではなく、周りの人の理解や応援、信頼によって育っていくものなのかもしれません。
 もしもあなたが優しい人ならば、きっとあなたの周りには――。

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