キラキラプリキュアアラモード第10話感想 保護者するのだって実は楽しいんだよ。

当然でしょ。私たちはここが好きなんだから。

キラキラ☆プリキュアアラモード! Blu-ray Vol.1

(主観的)あらすじ

 キラキラパティスリーが成功し、いちかたちは次の目標をいちご坂スイーツフェスティバルに決めました。出品するスイーツに使うフルーツはゆかりとあきらが買いに行くことになりました。
 おつかいの途中、ゆかりはアクセサリーショップに寄り道します。そこにはちょっぴり背伸びしたデザインのブローチを買ってもいいか悩む女の子がいました。ゆかりはその気持ちを尊重し、女の子の背中を押してあげます。
 あきらの方は道すがら指輪の石をなくしたお婆さんに出会います。見つかる保証はありませんでしたが、困ったお婆さんを放っておけないあきらは懸命に石を探し、そしてついに見つけだします。
 帰りを待ついちかたちのところにはゆかりとあきらの親衛隊がやってきて、キラキラパティスリーはふたりにふさわしくないと言いますが・・・心配いりません。誰かの頑張りを見守ることが好きなゆかりと、誰かのために力を尽くすことが好きなあきら、ふたりは好きでここにいるんです。

 高校生組の掘り下げ回。初見だとどうにもチグハグでとっちらかった印象に思えたのですが、あらすじを書くために整理してみると、ゆかりとあきらを保護者の立場として描くことに収束していたことに気づかされました。感想文を書くということはアウトプットだけでなくインプットも兼ねるものですね。
 保護者としての自由意志というのはなかなか描くのが難しいものです。肉親であればとりあえず「愛情」という便利ワードで説明をつけられるのですが、一方ゆかりとあきらはいちかたちと血が繋がっておらず、「愛情」だけではどうにも説得力に欠けます。
 愛情に縛られないふたりが、ではどうしていちかたちの保護者役を担ってくれているのか。そこを保護者であることから一旦離れて説明するのではなく、保護者役であることにちゃんと繋がる説明をしてくれたのはなんともユニークです。
 これがいかにユニークなことなのかを語るためには、そもそもどうして保護者であることを前提に自由意志を描く必要があるのかを説明しなければ伝わりにくいかもしれませんが・・・長くなってきたのでそろそろ感想文に移りましょうか。

どうして私の傍にいてくれるの?

 ゆかりとあきらはいちかたちより年上です。
 子どもにとって3歳差というのはそれはもう果てしなく遠く遠く、どれだけ親しくても「お友達」とは言いきりにくいものです。
 なにせ学校が違います。背丈が違います。趣味嗜好も違います。私たちがファンタをお伴に公園でボール遊びをしている間、お兄さんお姉さんはスタバのタンブラー片手に雑誌をめくってお喋りしていたりします。あんなの何が楽しいんだか。・・・なんて思ったことはありませんでしたか?

 普段はそんなよくわからない遊びをしているお兄さんお姉さんが、ときたま私たちと一緒に遊んでくれたとき、あなたはどんな風に思っていましたか?
 私たちに合わせてくれて嬉しいなあ。私たちより上手ですごいなあ。優しくてカッコよくてステキだなあ。私の場合はそんな感じでした。大好きなんだけれど、大好きのなかに尊敬が混じっていました。
 だからステキなお兄さんお姉さんは「お友達」じゃなくて「遊んでくれるお兄さん/お姉さん」。友達くらいに大好きではあるんだけれど、尊敬の分だけちょっぴり距離を感じていたんですよね。あの人たちが私のいないところでは私の知らない遊びをしていることも知っていましたし。

 だったらどうして私と遊んでくれるの? そこを考えたとき、子どもの頃の私には答えが出せませんでした。申し訳ない気持ちと泣きたくなる想像はいくつも浮かんできましたが。
 ああ、あのお兄さんお姉さんは、やっぱり優しいんだな、なんて。

 キラキラパティスリーでスイーツをつくるときの主役はいちか、ひまり、あおいの3人です。あきらも手伝いますが、いつも大して目立ちません。ゆかりに至ってはだいたいいつも後ろに突っ立っているだけです。
 「しかしさあ、あのふたりってなんでウチらと一緒にいるのかな?」
 あおいの疑問もごもっとも。もちろん邪魔だという意味ではありません。3人は彼女たちのことをステキだと思っています。いざというとき頼りになることも知っています。むしろそうだからこそ、どうして一緒にいてくれるのかがわかりません。
 「ふたりって高校でも人気者なんでしょ? なのに中学生の私たちに付きあってスイーツつくって、ここにいて本当に楽しいのかな?」
 そう、「付きあって」。いちかたちの目からは、ゆかりとあきらがスイーツづくりを楽しんでいるようには見えません。なのにどうしてここにいてくれるの?
 それは・・・とても怖い考えです。

もっとふさわしい場所がある?

 タイミングを見計らったかのように、ゆかりとあきらのファンクラブがキラキラパティスリーを襲撃します。
 「私たちは、美しくも高貴なゆかり様をお慕いするファンの集い」
 「そして私たちは、凜々しくも優しいあきら様をお慕いするファンの集いです」

 なにこの人たちキモチワルイ。声揃えないで、怖いから。
 単にファンクラブをコメディのネタにするだけならこんなキモチワルイ演出をする必要はありません。ドキドキ!プリキュアのまこぴーファンのように暗い情念をほとばしらせてくれた方がよっぽどかわいげがあります。
 この人たちの何が怖いって、状況的には明らかに自分たちの都合でゆかりたちをキラキラパティスリーから引き離そうとしているはずなのに、そういう我欲を微塵も見せないところなんですよね。いかにも対立してそうな2集団のくせに、ゆかりとあきらを呼ぶときは「ふたり」呼びのセット扱いですし。
 整然と統一されたスマイルはいっそ無機質で、言ってしまえば虫のような印象を受けます。虫モノのホラー映画とかホント最悪ですよねアレ。怖いの怖くないのって、激怖い。この人たち激怖い。

 「私たちの」「調べによると」「おふたりは近頃」「頻繁に」「こちらに通っておられるご様子」「そこで」「私たちは」「ご忠告に」「参りました」「もうあのふたりを」「このパティスリーに巻きこまないでください!」
 「ズバリこのお店は」「あのふたりにふさわしくありません!」

 キモチワルすぎて書き出すのがいっそ楽しくなってきました。つまるところこの一団は、ゆかりとあきらがキラキラパティスリーにいてくれる理由がわからないという、いちかたちの不安な気持ちそのものなわけです。だから我欲がない。だからホラーちっく。そういう概念的存在だから。
 魔法つかいプリキュア!におけるラスボスはデウスマストではなく「悲しいお別れ」そのものでしたが、キラキラプリキュアアラモードもその路線を引き継いでいます。悪い妖精たちは単なる外敵で、物語上の真の敵は日常そのものです。・・・しっかしキモチワルイなあ。概念敵を怪物化せずに具象化させるとここまで不気味になるとは。

 もし「遊んでくれるお兄さん/お姉さん」が「優しいから」私たちと遊んでくれるんだとしたら、彼らはきっといつまでもは私たちと遊んではくれないでしょう。彼らにとって得がないからです。ただ優しいから、自分のための時間を子どもの私たちに分けてくれているだけなんですから。
 もし彼らにもっとふさわしい場所が見つかったとしたら、彼らにとって得がある世界があるとしたら、彼らは私たちを置いて、そちらの方に行ってしまうかもしれません。
 そのときが来たら、子どもの私たちには彼らを引き留める術が何ひとつありません。

 「でも、ゆかりさんも嫌ならここに来ていないと思います!」
 「ゆかり様が来られるのはたぶんただの気まぐれです」
 「ですが、このとおりダンディな店長が!」
 「お優しいあきら様はきっと同情で来ているだけです」
 「で、でも、来るか来ないかを決めるのはおふたり自身じゃないでしょうか!」
 「おふたりにはもうここに来ないよう」「お願いしてきます」

 ええ。子どもには「遊んでくれるお兄さん/お姉さん」を繋ぎとめられる手段が何ひとつありません。その関係が一方的な「優しさ」によって繋がれているだけのものである限り。
 だから、子どもにとってこういうことを考えるのはものすごく怖い。

 これがお父さんお母さんなら「愛情」の一言で納得できます。親が子どもを愛するのは当たり前。愛情がある限りお父さんお母さんは私を置いてどっかに行かない。だから安心して甘えられます。
 けれど元々愛情の介在しない関係だったなら。あるいは何らかの理由で愛情が揺らぐことがあったならば。子どもにとってこれほど怖いものはありません。抵抗できないんですから。
 子どもはある日急にベタベタ甘えてくることがあります。うっとうしいくらい四六時中ひっついて離れたがらないことがあります。それはたぶん、こういうとき。大好きな人に置いて行かれちゃうと思ったとき。
 お兄さんお姉さん、あるいはお父さんお母さんの優しさに見合うものをあげられないから、子どもたちは愛情に訴えることによって、なんとか繋がりを保とうとするのかもしれません。

 今話のエピソードはそういう怖い気持ちに苛まれている子どもたちのためのお話。ただ優しいから付きあってあげているんじゃなくて、ちゃんと大人は自分の自由意志で君たちと遊んでいるんだよ、というお話です。
 ・・・あー、やっと前提まで終わった。

あの人の好きなこと

 今話はゆかりとあきらの掘り下げ回なのにも関わらず、彼女たちのプライベートはほとんど掘り下げられません。あきらなんて入院中の妹という格好のネタがあるにも関わらず、今回全く触れられません。
 ゆかりという個人の都合、あきらという個人の都合で今回のテーマを乗り越えてしまったら、悩める子どもたちの救いになれないからです。子どもたちのお兄さんお姉さんはゆかりやあきらではありませんから。
 今回の彼女たちはあくまで「保護者として」一般化の度合いの強い解を提示しなければいけません。

 ゆかりの目の前に悩める女の子がひとりいます。大人びたブローチを選んだら店員さんに似合わないと言われて、迷ってしまっています。
 だからゆかりは大人のお姉さんとして彼女に助言します。
 「そうね。少し大人っぽいかもしれないわ。でも身につけていれば、いずれこれが似合うステキな女性になれるはずよ」
 保護者としての琴爪ゆかりは、誰かの頑張る姿を見守るのが大好きなお姉さんです。万事何事にも挑戦しつづけるいちかを気に入って、彼女を見守るためにキラキラパティスリーに入り浸っています。
 そんなゆかりですから、ちょっぴり背伸びしたブローチを身につけてみたいと願う女の子がいたらもちろん味方してくれます。あなたの心の赴くままに挑戦させてくれます。あなたの挑戦心が、この人は大好きです。

 あきらの目の前に困った顔をしたお婆さんがいます。どこかで指輪のエメラルドをなくしてしまい、途方に暮れています。
 だからあきらは大人のお姉さんとして彼女を手助けします。
 「あんな悲しそうな顔、嫌なんだ。琴爪さんはお婆さんと一緒にいてあげて。きっと不安だろうから」
 保護者としての剣城あきらは、困っている誰かを助けるのが大好きなお姉さんです。最後まで諦めずに頑張りつづけるいちかを気に入って、彼女を手助けするためにキラキラパティスリーに通っています。
 そんなあきらですから、探しものがどんなに困難なものであっても最後まで諦めずに手伝ってくれます。あなたの困り顔を絶対に放っときません。あなたが笑顔に変わる瞬間が、この人は大好きです。

 彼女たちはただ優しいからお姉さんをやっているわけではありません。たまたまいちかたちが自分の欲しいものを持っているから傍にいるわけでもありません。
 彼女たちは自分が好きなことをするために、自分の自由意志に則って保護者役を務めています。
 保護者というのはそういうものです。子どもたちめ、あなたがたは自分たちを見守るのがどれだけ大変なことなのか理解していないでしょう。あっちこっち好き勝手走り回りやがって。ただの「優しさ」だけじゃ、言ってしまえば「愛情」ですら、それだけではあんな大変なこと割に合いませんとも。
 そんな一方的な理由じゃ保護者役なんて務まりません。保護者には保護者を務めたがるだけの理由がちゃんとあります。例えばあなたの頑張る姿を見たいから。例えば頑張るあなたを助けてあげたいから。私がそれを楽しみにしているから、だから私はあなたをいつも見守っています。

 「私、ふたりを信じる。で、帰ってきたふたりを驚かせようよ。すっごくおいしいタルトつくったねって!」
 あなたは余計なことを考えてないで精一杯楽しんでください。私を驚かせてください。それが何よりも私を楽しませてくれるんですから。それこそが私があなたと一緒に遊ぶ理由なんですから。

 「私たちのタルトには」「指一本触れさせない!」
 私たちにあなたたちの保護者役を務めさせてください。

その他こまごましたことをとりとめなく

 ひまり。解説キャラとあざとイエローを兼ねているうちにだんだん妙なキャラクターになってきました。言動がいちいちあざといにはあざといんだけれど、素直にあざといというには芸人っ気が強すぎるというか。知的な天然芸人はプリキュア的には元々青系の役割だったんですが、青の系譜からツッコミ気質を抜いて代わりにあざとイエローを注入したものだから、かつてない妙な塩梅の奇人に育ちつつあるように見えます
 なんで一番ちっこい子が一番先にタルトを完食しているんだっていうか、頬袋にめいっぱい貯め込みやがってリスかこの子。(リスでした)

 いちご坂スイーツフェスティバル。あからさまに序盤の山場として用意されたシチュエーション。次回をお楽しみに。ついに決め技解禁です。
 ときどき表記揺れしていますが、地名としては「苺坂」で、愛称として「いちご坂」表記も普及している感じなんでしょうか。

 「仕方ないわ。帰りましょう」「それは今から考え・・・」 今回は保護者としての掘り下げでしたが、彼女たちもプリキュアである以上は当然達成すべき個人テーマがあるはずです。今のところはこのあたりの性格的難点が達成課題っぽく見えるのですが、こんなの1年かけるまでもなく今話のエピローグのようにさりげなく解決できてしまいそう。はてさて。

 額縁演出。演出レベルで悪い妖精たちよりよっぽどワルモノやってますが、これが近年のプリキュアの平常運転です。

 「どうしたんですか?」 あきらはトランスジェンダーではないので、男装っぽい服装をしていても平気で女の子走りをします。かわいい。

 「あーん」「ガリッ」 単なるエッグタルトがどうすればこんな食品サンプルレベルの硬度になるんでしょう。ちなみに歯形から見て一番ひとくちが大きかったのはいちか。一番小さかったのはあおい。やっぱりあおいはお嬢様なんでしょうか。(妙な偏見)

 「ゆかり様にいちいち付きあう必要もないと思います」「あきら様にいちいち付きあうのもムダだと思います」 この人たちは仲がいいのか対立しているのか、ものすごく気になります。いえまあ脚本の意図はわかりますけど。

 今週のトドメ技。高速回転して残像が見えているからって技まで分身しちゃう無茶苦茶感は結構好きです。見た目華やかでしたし。

 クルクルチャージキャンディロッド。今年はおもちゃCMが先出し。いかにも子どもが分解して遊びたがるデザインなので、お父さんお母さんは頑張ってたくさん買い直してあげてください。(他人事)

 ハリネズミフルーツタルト。難易度星2つ。タルトなんてのは実際器型にしたクッキーでしかありませんから割とお手軽です。フィリングによっては砕いたクッキーを敷き詰めるだけでも成立しますしね。
 ちなみに劇中ではカスタードを流し込んでから焼いてエッグタルトにしていますが、公式レシピではタルト台を焼いてからカスタードを詰めています。果物のフレッシュ感を味わうならたぶん後者が正解。私は前者も食感のアクセントが効いていて好きですけどね。焼くときにタルトストーンを用意しないで済みますし。
 なにやらハリネズミどころかそもそも動物に見えないともっぱらの評判ですが、おもちゃ版ではそれなりにハリネズミっぽく見えるので許してあげてください。

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