書き散らし / フレームアームズ・ガール なんのためにうまれて、なんのためにいきるのか。

 中途半端にしていた記事もう1本。

 人の親が我が子のために万難を排するように、フレームアームズ・ガールたちはファクトリーアドバンス社の開発者たちに最大限の祝福を注がれて生まれました。
 “アーティフィシャルセルフ”と呼ばれる自由な心と、食事等の生命維持活動から解放された自由な体。テストプレイヤーという名目で割り当てられた里親の存在。それから“バトルデータ収集”という存在意義。
 ですが元々ファクトリーアドバンス社で生活していたスティレットたちの態度を見る限り、彼らは被造物に対して非人道的な扱いをしていなかったように見受けられます。源内あおの部屋に居着くことになる彼女たちですが、ファクトリーアドバンス社にも一定の愛着を示していましたね。
 「私帰る! ファクトリーアドバンスに帰るー!」 ・・・とか。

 特に、感情の未成熟な彼女たちに対してあらかじめ存在意義を提示してあるのはなかなかの過保護ぶり。
 30年、40年生きても自分の存在意義を言い表せられない人たちだってたくさんいるのにね。
 もちろんそこには営利企業として製品化を目指す狙いもあったことでしょう。ですがなにかにつけてとりあえずバトっては絆を深めていくフレームアームズ・ガールたちにとって、“バトルデータ収集”は自分らしさの根底を支える基盤として機能していました。

 「やっぱりパーツを装着させてほしいです。組み立てたパーツを装備した状態になって、初めて私たちはフレームアームズ・ガールとなるのです」
 とりあえずやることが決まっていれば、生まれたてのまっさらな精神状態でも行動の指針を迷わずに済むでしょう。
 「ボクはひとりだし、ひとりでいいんだよ。あ、でも最初の轟雷とのバトル楽しかった!」
 とりあえず指針さえあれば、多少パーソナリティが拗くれていても健やかな成長を期待することができるでしょう。
 テスト機としての轟雷に期待されていた“感情の獲得”と“バトルデータ収集”は、一見互いに無関係な要素です。ですが彼女が感情を獲得していった過程には、あおとのコミュニケーションだけでなく、バトルの経験から得たものも少なからずありました。バトルするために生まれたからこそ、轟雷は轟雷らしい個性を獲得できたんです。

 “存在意義”というステキなギフト。
 まるで優しく手を引いてくれるお母さんの手のひらのように、バトルという存在意義はフレームアームズ・ガールを健やかな成長へと導いてくれます。

 存在意義といえば・・・そのことで一度、不幸な出来事がありましたね。
 己を構成する要素として誰よりもバトルを愛していたフレズヴェルク。そんな彼女の気質をより突き詰めたものとするようファクトリーアドバンス社が調整を施したところ、彼女は精神に異常をきたしてしまいました。
 いつも楽しそうにバトルをしていた彼女から笑顔が消え、無感動に暴力を振るうだけの機械になってしまいました。
 たぶん、ファクトリーアドバンス社に悪意はなかったんじゃないかと思います。きっと諸々良い方向に進むと期待して施したおせっかいが、結果的に裏目に出てしまっただけで。

 生まれつき与えられた“存在意義”は確かにステキなものですが、ひとりの個人を構成するものはなにも単一の要素だけではありません。
 フレズヴェルクはバトルに熱心でしたが、それは生まれついての存在意義に命じられての行動ではなく、バトルを通じて得た後天性のもの、彼女が自分で獲得した“楽しい”という感情に突き動かされてのものでした。
 ファクトリーアドバンス社はそのことを見誤ってしまったのでしょう。確かにバトルはフレズヴェルクを楽しませてくれるけれど、それは彼女の中にバトルを楽しむという感情が育っていたからこそ。感情を喪失してただ存在意義を全うするためだけのバトルを行うんじゃあ、ちっともフレズヴェルクらしくなんてない。
 「とりあえず勝って、ファクトリーアドバンスに文句言おう! 好き勝手してんじゃないぞ、バーカ! って」

 与えられた存在意義を全うしながら、やがて人は新しい存在意義を見出していきます。
 子どもはいつかお母さんのもとから離れて巣立っていくものです。子どもはいつか、親とは違う誰かに成長していくものですから。

 「あおの名字がほしいです」
 己の意志ではなくあおの元にやってきた轟雷。稼働したばかりでバトル以外はふんわりぽややんとしていた彼女でしたが、気づけばいつの間にか、フレームアームズ・ガールたちの先頭に立ってリーダーシップを発揮することが多くなりました。
 大きく成長した彼女は改めて己を振り返り、そして自分のいるべき場所を今度は自分の意志で決めます。
 あおの傍が好き。大好きなあおの家族になりたい。源内轟雷になりたい。
 成長した子どもが、自分の存在意義を自分の意志で規定します。

 「まあなんていうか、あんたが源内轟雷になったみたいに、私たちも私たちだけの名前が欲しくなっちゃったのよ」
 他のフレームアームズ・ガールたちは別の場所へ旅立ちます。彼女たちはバトルという存在意義に縛られてあおの家にやって来ましたが、轟雷同様、彼女たちも成長しました。バトルという理由なしで、自分で自分のいるべき場所を決めたいと願うようになりました。
 相変わらずバトルは好きです。だけどバトル以外のことも今は好き。
 そんな新しい自分らしさ、新しい自分の存在意義を確立するため、彼女たちはとりあえず自分に似合いのマスターを探すことにします。一足先に居場所を見つけた末妹の笑顔に憧れを抱きつつ。

 なんのためにうまれて、なんのためにいきるのか。
 己の存在意義を問いかけるこの有名な歌は、同時にあなたにふたつの愛のありかを教えてくれます。

 あなたは誰かに愛されて生まれてきたんだよ。あなたは何かを愛したがっているんだよ。

 そう。あなたには存在意義があります。

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