
これはそんなお話。それが私たちの物語。最初はバラバラだった5人が出会って、仲よくなって、それぞれの大切なものを見つけるってお話。

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会議だよ! トロピカる部、集合〜!
ここまでフツーに総集編だと特に語ることがないので、私も軽くこれまでを振りかえろうと思いました。
↓だいたいの趣旨はこんな感じ↓
まなつ
1=A+C【誰の役に立ちたいか】自分
2=B+D【誰に支えられているか】後悔しないことを教え、自分でも実践してみせる両親
3=B+C【嬉しかった想い出】トロピカる部としての活動全部!
4=A+D【傷ついた出来事】名前を聞く前にローラと離別してしまい、探しに行くこともできなかった。
A=1+4【がんばっていること】今、一番大事なことをやる
B=2+3【任せてほしいこと】みんなのやりたいことを実現してみせる行動力と調整力
C=1+3【よく気がつくこと】気力が萎えてしまっている人を元気づけるアイディア
D=2+4【恥ずかしいこと】やるべきことがわかっているのにやれていない状況
α=1+2+3+4【守りたいもの】自分が“今、一番大事なこと”をやれる環境
「何が楽しいか、そのとき何が大事かって、人それぞれだから書類には書けません。生徒会長だってきっとあるはずです。今一番大事って思うことが。胸の奥からこう、ぶわーって湧きあがってくる、真夏のキラキラした太陽みたいな気持ち! だから、部活の名前は『トロピカる部』です!」(第6話)
β=A+B+C+D【変わるべきこと】どうして“今、一番大事なこと”をやるべきなのか改めて考える
「なんで? さんごだってすごいじゃん。かわいいものが好きで、メイクも得意だし」
「得意っていっても本気で勉強したわけじゃないから。でも、私もみんなみたいにキラキラしたい。もっと心からトロピカりたい――」(第39話)
γ=α+β+1+A【なりたい自分】みんなの“今、一番大事なもの”を応援できる人
「大丈夫! 絶対に忘れない。たとえ忘れても私が思い出させてあげる! 私だけじゃないよ。さんごも、みのりん先輩も、あすか先輩も。だから大丈夫!」(第37話)
一言でいうなら、まなつは「今、一番大事なことをやろう!」、この思いの伝道師です。
ちなみにこれはまなつが自分で考えついた思想ではありません。お父さんお母さんからの受け売りです。とはいえ、まなつ自身も幼いころから長年連れ添ってきた思想ではあります。けっして借りもの、まがいものの薄っぺらい考えかたではなく、きちんとまなつ自身の考えかたとして消化できています。
ただ、1点。
この思想は元々、まなつが自分の後悔を乗り越えるために修得したものでした。
まず「せっかくできた友達の名前を聞いていなかった」という失敗をしてしまった前提が自分のなかにあって、これを解決するためにこそ「いつでも自分が今、一番大事だと思うことをやろう」という発想につながっているんです。
まなつが底抜けに明るい子なので見落としがちですが、実はこの思想、素性は意外とネガティブなんですよね。
だから良くない思想なんだ、と言いたいのではありません。これまで多くの人たちの心を動かしてきた、とてもステキな考えかたです。
ただ同時に、今のままだとまなつは自分にとっての“大事なもの”が何なのか、うまく答えられないんじゃないかとも思うんです。後悔が前提にあるということは、まなつは自分の大事なものを守ろうと動いている、いつも受け身の姿勢でいる、ということになります。
だからこそ、自分の“好き”を自分から模索しに行こうとするさんごを、まなつはまるで眩しいものでも眺めるように見つめるわけですね。あの主体性は「後悔したくない」という思いを前提としている今のまなつには絶対に持ちえないものでした。すでに手元にあるもの以外のものすらも大事だと思えるようになるまでは。
この部分で、まなつにはまだまだ成長できる余地があります。
まなつがもう一歩先に進むための足がかりは、たぶん自分以外の“大事なもの”になるんじゃないかと思います。
たとえばローラが将来失うことを恐れている“記憶”。たとえばトロピカる部の活動を通して多くの人たちに与えた“楽しさ”。これらはまなつの後悔に由来しません。そもそもまなつ自身の持ち物ですらありませんから。これらは“今”のまなつが、みんなと一緒にゼロからつくりあげたものです。
まなつはそれら自分以外にとっての“大事なもの”を、自分のものと同じくらい大切に愛おしんでいるように見えます。みんなにとっての大事なものが、まなつの日常までトロピカったものに彩ってくれているようです。
そんな、出発点とは異なる新しい価値観を持てている自分の姿を自覚することが、まなつのさらなる成長に繋がっていくんじゃないかと、そういうふうに私は思っています。
ローラ
1=A+C【誰の役に立ちたいか】自分
2=B+D【誰に支えられているか】自分と同じくらいやる気に満ちているまなつ
3=B+C【嬉しかった想い出】女王様から自分のやりたいことを自分で決めていいと許してもらえたこと
4=A+D【傷ついた出来事】知らないところで自分の大切な想い出が消されていたこと
A=1+4【がんばっていること】まなつたちとの今を全力で楽しむこと
B=2+3【任せてほしいこと】チヤホヤしてもらえたり、いっぱい褒めてもらえたりするオイシイ立場
C=1+3【よく気がつくこと】自助努力できずにいる人の、その理由
D=2+4【恥ずかしいこと】自分を好きになれないこと(※ だから自分自身には恥ずかしいことなどない)
α=1+2+3+4【守りたいもの】自分のやりたいことをとことん追求できる自由
「女王様。私、まなつともっと一緒に遊びたい! さんごとコスメの話もしたい! みのりと人魚の物語のことも話したい! あすかと一緒にゲームもしたい! みんなと一緒に部活もしたい! もっとずっと、まなつたちと、みんなと一緒にいたい!! それが私の“今、一番したいこと”!」(第17話)
β=A+B+C+D【変わるべきこと】努力の成果が実らないこともありうる可能性にどう向きあうべきか考える
「じゃあ、今私たちがこうやって話したことも女王様の記憶からは消されちゃうの? 私の記憶も? 私がまなつやさんご、みのり、あすかと過ごしたことも!? 私が女王になっても!? そんなのひどい! 私は嫌! みんなのこと忘れたくない! そんなの、絶対嫌!!」(第37話)
γ=α+β+1+A【なりたい自分】自分にとっても誰にとっても最高の女王になること
「待って、まなつ! 伝説のパパイアは――!」
「みのりが考えたもので、実際には無いんでしょ。 ・・・まなつなりに何かしたいと思ったんじゃない?」(第40話)
ローラは努力の子です。努力する目的がアレなのであんまりカッコよくみえませんが、夢を叶えるのにふさわしい研鑚とその自負、誇り高さを持ちあわせています。
そういう子なので、彼女は誰でも努力すればそれだけ良い結果につながると思っていますし、誰よりも努力することの価値を信奉してもいます。
現実にはローラ自身よく空回りしていて、努力に見合わない結果になってしまった場面も多々あるはずなんですけどね。彼女にとって努力することは当然であって、湯水のように垂れ流しても惜しくないものになっているので、そういう“無駄な努力”というものがありうることに彼女は気付いていません。
ローラの前に今立ち塞がっている問題はそういう性質のものです。
ローラの努力は今、毎日を楽しく過ごすことに注がれています。だというのに、そうやって彼女ががんばった日々の想い出は、いつか機械によって根こそぎ奪われてしまうというのです。これでは何のために人一倍のがんばり屋さんをやっているのかわからなくなります。
無駄な努力。
ここでローラは初めて自分の努力が理不尽に蹂躙される恐怖を認識するわけです。
どうせ無駄に終わるんだから努力する意味はない?
一生懸命がんばっても、怠惰にあとまわししても、結果は同じ?
そういう命題に突き当たったとき、まなつがいつも言っている「今、一番大事なことをしよう!」が救いになってきます。
たとえ未来視点では無駄に見えたとしても、今の視点からなら無駄な努力なんてひとつもない。そして、今において何らかの意味を持つのであれば、未来でだってけっして無駄にはならない。絶対に何かの影響を及ぼせる。爪痕を残せる。だって、“今”をたくさん積み重ねていった先にあるものこそが“未来”なんだから。
初め、ローラは次期女王になるという“未来”を大切にしていました。
今のローラが大切にしているものは、まなつたちと過ごす“今”です。
さんご
1=A+C【誰の役に立ちたいか】自分
2=B+D【誰に支えられているか】果断な性格でどんどん前へ進んでいくまなつ
3=B+C【嬉しかった想い出】ファッションショーを通して自己実現しようとする集団の一員になれたこと
4=A+D【傷ついた出来事】自分だけ紫色の球根を選んだことを、自分で後悔してしまったこと
A=1+4【がんばっていること】自分らしさを表に出すこと
B=2+3【任せてほしいこと】周りの友達の手伝い、フォロー
C=1+3【よく気がつくこと】今よりもっと変わっていける可能性
D=2+4【恥ずかしいこと】周りから浮いてしまうこと / 周りに合わせてしまうこと
α=1+2+3+4【守りたいもの】自分独自の感性、自分だけの“かわいい”
「ちっちゃいころは私もそんなふうに思ってた。でも、今は――、シンデレラが受け取った一番のものって、舞踏会に出て自分の新しい運命を切り拓く、そのための勇気だったんじゃないかって。そう思ったんだ」(第9話)
β=A+B+C+D【変わるべきこと】周りに協調しようと考えてしまいがちな自分のことも好きになる
「そうなんだ。ここにいるのは私とは違う世界の人たちだって思ってたけど、みんな、気持ちは同じだったんだ!」(第32話)
γ=α+β+1+A【なりたい自分】自分のものと同じくらい、みんなの“かわいい”も大切にしたい
「やっとわかった。私の本当に好きなもの。私の“かわいい”がみんなに伝わってもっとかわいくなる。私の力がみんなを助けてもっとかわいく、もっと強くなる。そう――、私の『好き』はここにある!!」(第39話)
最初、さんごは自分が自己主張できるようになることにこだわっていました。そして実際、彼女はどんどんそういう心の強さを身につけていきました。
ですがそのくせ、当初彼女が自分で毛嫌いしていた、自己主張できるようになることと対極にあるはずの気質、周りに合わせたがる性格は、少しも変わることがありませんでした。
さんごにとって、この2つの性質は同時に両立しうるものだったのです。彼女自身がそれを自覚するようになるのはずいぶん先になってからでしたけどね。
振りかえってみればこの子は最初からそういう子でした。
そもそも他人の価値観を批判するってことをしませんからね、この子。自分が紫の球根を選んでも、ピンクを選んだ他の子はセンスがない、とかそういうふうには絶対考えません。自分は自分、他人は他人。きっぱり分けて考える子です。まなつが突拍子のないことを言い出したときですら、自分が理解できなかった部分はほどほどにスルーしていましたっけ。
そういう、天然でありとあらゆる価値観を受け入れてしまえる子なので、彼女の興味はいわゆる「多様性」と呼ばれるものにどんどんシフトしていきました。
どんなところでも場の空気に振りまわされない意志の強さを保っていられるならば、多様な価値観がひしめく環境なんてただひたすら魅力的なだけの宝石箱です。
みのり
1=A+C【誰の役に立ちたいか】自分
2=B+D【誰に支えられているか】好きだという思いをはっきり口にできるまなつ
3=B+C【嬉しかった想い出】人魚やプリキュアのようなファンタジーが現実に存在すると知った
4=A+D【傷ついた出来事】自作の小説に自分の体験が反映されていないと指摘されたこと
A=1+4【がんばっていること】トロピカる部で自分なりのやりかたで活躍すること
B=2+3【任せてほしいこと】目に映る全てのものに想像力をはたらかせることによる名(迷)推理
C=1+3【よく気がつくこと】本から得た豊富な知識を役立てられるタイミング
D=2+4【恥ずかしいこと】目立つこと
α=1+2+3+4【守りたいもの】ファンタジー小説が好きだという思いを誰にも壊されたくない
「私には無理。できない。空想と現実は違う。私はファンタジー小説の主人公じゃないもの」(第4話)
β=A+B+C+D【変わるべきこと】現実とファンタジーを区別しない
「自信満々だったぶん、恥ずかしさで耳まで真っ赤になって。それでも足りなくて。私はその日からもう1行もお話が書けなくなった。――でもね。そんな気持ちが、みんなに会って変わったの。プリキュアになって。トロピカる部に入って。そのとき大事だと思えることをどんどんやって。これまで興味が無かったことでも、やってみると楽しいことがすごくいっぱいあるってよくわかったの」(第28話)
γ=α+β+1+A【なりたい自分】自分自身のことも好きになる
「見つかったよ。みんなと出会って感じた、たくさんのトロピカってる気持ち。それが私にとっての“伝説のパパイア”」(第40話)
日陰を使った演出が頻繁に出てきたみのりの物語。みのりにとって日陰は、“好きじゃないもの”の象徴でした。
みのりが日陰に引きこもっているのって、よくあるパターンの「弱い自分を外界から守るため」じゃないんですよね。むしろその逆。みのりが守りたいものは日なたのほうにこそありました。たとえばファンタジーだったり、才能だったり、そういうやつ。そういうキラキラしたものが自分の手に届かない世界にあってほしくて、自分だけ日陰に引きこもっていたんです。拗らせていますね。
要は、みのりはずっと自分だけを嫌っていたんです。それに尽きます。
文芸部の先輩に『マーメイド物語』をメタメタに批判されて以来、みのりはとにかく自分をダメなやつとして見ようとしてきました。自分が物語の主人公じゃないなら、自分のいないどこか遠いところではファンタジーが実在できるかもしれなかったからです。
大好きなファンタジーを自分の無力感から遠ざけるために、あるいは自分以外のあらゆるものが物語世界と同じくらいステキなんだと信じるために、みのりは自分を悪役に仕立ててきました。
けれど現実にファンタジーはみのりの目の前まで迫ってきて、明らかにキラキラしてみえるステキな友達もみのりのことをすごいって褒めてくれて、みのりのなかで自分とファンタジーとの境界は少しずつ曖昧になっていくことになります。
ファンタジーはけっして手の届かないものではありませんでした。
あすか
1=A+C【誰の役に立ちたいか】自分
2=B+D【誰に支えられているか】自分が思うから仲間なんだと簡単に言いきるまなつ
3=B+C【嬉しかった想い出】考えかたの異なる白鳥さんと抜群のチームワークを取れていたこと
4=A+D【傷ついた出来事】テニス部の仲間が自分の呼びかけに賛同してくれなかった
A=1+4【がんばっていること】仲間の期待どおり部長としての役割を全うすること
B=2+3【任せてほしいこと】理不尽な目にあっても絶対に考えを曲げない意志の強さ
C=1+3【よく気がつくこと】様々な意見をとりまとめて折衷案を導き出せる
D=2+4【恥ずかしいこと】自分自身が仲間の期待を裏切ってしまうこと
α=1+2+3+4【守りたいもの】仲間を守りたいと思う自分の気持ち
「仲間なんて――、意味あるのか?」
「へ? 意味? ――あ。私たちって、今一緒にメロンパンを食べる、メロンパン仲間? へへっ。なーんて」(第5話)
β=A+B+C+D【変わるべきこと】自分が仲間を裏切ってしまったことのほうをこそ気にしていたのだと自覚する
「棄権します。テニス部の部長として、仲間のために」
「仲間のため・・・。そんな仲間なんて。仲間なんて、要らない――」(第31話)
γ=α+β+1+A【なりたい自分】仲間だと思った相手に何の引け目もなく自分の本心を伝えられるようになる
「――テニスをやめたんじゃなかったの?」
「やめた!」
「じゃあ、なぜまた?」
「まなつたちだ! トロピカる部が教えてくれた。仲間も捨てたもんじゃないって。またテニスができるんじゃないかって。そう思ったんだ!」(第38話)
つまるところあすかは不器用な子でした。
「仲間」にこだわっていた彼女が気にしていたのは、実のところ最初から一貫して“自分にとっての”仲間の意味。思いっきり白鳥さんとケンカしまくっていたような気もしますが、それでも周りからの仲間意識を疑うことがありませんでした。まあ、自分から「仲間なんて要らない」って言った手前ね?
いかにして自分がもう一度仲間を信じられるようになるかが問題でした。
必要だったのは気持ちを整理しなおす機会でした。
その意味で、トロピカる部の仲間に頼りつつも最後にはそれぞれ自分の努力に帰結する空気感は今のあすかによく噛みあっていました。
コメント
この10ヶ月間、何か起こるようであまり大したことは起こらない両陣営の行く末や如何に。
「今TVerで振り返り配信してるから1話分無駄じゃん」という批判もありますが……
まあ再放送とか円盤は公式チャンネルと連動しなくなるわけですし?
ていうかTVerって広告長い上にスキップできないから、そういう目的で使いたくない!(本音)
まなつたちは今をやる気全開にがんばることがより良い未来をつくることにもつながっていく。あとまわしの魔女たちは今を怠ければ未来に負債が、未来を怠けたければ今をがんばるしかない、という自己批判的な構図になっていて、どちらの陣営の立場にしても結局がんばることが大正義という結論に収束しつつある感触はありますね。
日常的なテーマを真っ正直に日常を通して描いてきたというか。
ネット広告の単価がゴリゴリ安くなっている(らしい)昨今、TVerで1話平均2分程度のCMを見せられることに私はそこまで不満はありませんが、あのサイトちょくちょく自前のCMを流してくるので経営大丈夫なのかと心配になります。
今日のトロピカル~ジュプリキュアは総集編でした
ローラ・アポロドロース・ヒューギヌス・ラメールは「タイトルは そうね」というセリフにはシックリ着ました!!☆☆♬
土日の7時30分から8時30分までに始まるアニメ的に感慨深さがありましたね!!☆☆♬
それからまなつが滝沢 あすかとの出会いを振り返る際、その道筋を通りがかった時、番長の「許さねぇ―!!」というセリフはやっぱり面白かったです!!☆☆♬
それから私のお母様もチョンギーレという名前にはやっぱり面白さを感じました!!☆☆♬
>今日はプリマジが終わってから行った岡山県玉野市のうどん屋・うえさかでは
おかやま山陽高校がある地域でもテレビで紹介されたのを機に行きつけました!!
おでんである関東煮がほどよい甘さで何とも言えない良さでした!!☆☆♬
それから天カスもサクサクなのがうれしかったですね!!☆☆♬
それだけにうどんはまったくを以って普通の味わいだったので、今度は夏から秋にかけて食べに行った時、旨味が普通以上に感じられることも願いたいです!!☆☆♬(厳→咲→超大輝)
あと玉野市内に3件のあるドラッグストア・ザグザグはその内の2件に立ち寄り2件ともプリキュアのティッシュが売られてあったのがうれしかったですね!!☆☆♬
とはいえその内の1件は売り切れ中でしたが(笑)
番長の取り巻きの右のほうが私の推しです。やる夫っぽい顔のやつ。
さすがに再登場はありませんでしたね・・・。
記事タイトルの「毎年やってるやつ」というくだりを見て、「プリキュアシリーズで総集編やるのって去年からじゃなかったっけ?」と思ったんですが……ああ、疲ぃ様謹製キャラクター考察のことね、失礼しました(正直ちょっと紛らわしいな)。
とにかく、2年連続で総集編回が導入され、そして2年連続でクリスマス回が消滅したプリキュアシリーズ(その補償なのか動画配信で歴代クリスマス回やってたりする)。……にもかかわらずハロウィン回はシレッと復活していたのは何故だったんでしょうね?
東堂いづみ、ハロウィン好きなのか?
それとも、プリキュア作品にハロウィン回を捩じ込むよう東堂いづみに圧力かける謎の勢力でもいるんでしょうか……?
まー、ワーウルフとかフランケンとかドラキュラとかのコスプレ(藤子不二雄A先生へのオマージュ?)するプリキュアも可愛いんだけどさ……
やっぱり見たいじゃねえですかミニスカサンタ姿のプリキュアが!!!(そこかい)
他人が見てそんなに面白いものじゃない自覚はあるのですが、ちょっと目眩がぐわんぐわんする体調だったので今年も筆を濁しちゃいました。(正直今もまだしんどい)
おもちゃ屋さんのバンダイナムコがバックにいますからね。商品を売り込めるイベントはあればあるだけありがたいので、定着しかけのイベントこそ繰り返し刷り込みに来るでしょうとも。ハロウィン回を観て育った子が大人になればまた自分の子にハロウィン文化を継承してくれるので、これはもうプリキュアに限らずあらゆる子ども向けアニメの生存をかけた戦いなわけですよ。
クリスマスはまあ、とっくに定着しているのでやらなきゃやらなくても。