色づく世界の明日から 第4話感想 溶けていく――。

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怖がらなくていい。大丈夫。きっと受け止めてくれる。

(主観的)あらすじ

 お婆ちゃん――月白琥珀が日本に帰ってきました。彼女は活発で、お調子者で、物怖じしなくて、そして魔法が大好きでした。どんなに恐れられようと、何枚始末書を書かされようと、魔法を使うことをまるで遠慮しません。
 彼女は言います。「魔法は人をちょっとだけ幸せにするために使うものだからね」

 写真美術部の活動にもついてきました。最近になってようやく打ち解けてきた瞳美と違って、あっという間にみんなと打ち解けます。すごいと思いました。さすがはお婆ちゃんだと、瞳美はひとり納得するのでした。
 琥珀が間に入っただけで瞳美とみんなとの関係も目まぐるしく変わっていきます。下の名前で呼ばれるようになりました。それから、未来から来たことを打ち明けることもできました。また少しみんなに近づけた心地がしました。

 一方でただひとり、葵だけは瞳美を下の名前では呼んでくれませんでした。何やら思うところがあるようです。
 「・・・いつか帰るの?」
 彼にはいつも少し遠くの将来のことを考えるクセがあるようです。彼はまず瞳美がいなくなったときのことを考えていて、それからそれとおなじように、高校を卒業したあとは絵をやめることを考えていました。
 瞳美が新しい絵を楽しみにしていると伝えても、彼はその返事を曖昧に濁します。

 葵。コイツってばメンドクサイ男だよ。実に奥ゆかしくヒロインムーブしやがりますね。
 おかげでせっかく瞳美に琥珀という絶好の比較対象が現れたというのに、全体としてはそこまで瞳美にコミュ障っぽさを感じなくなってしまいます。そりゃまあ琥珀と話しているときの瞳美はもちろんメンドクサイ子だなあと思わされるわけですが、それも葵ほどじゃあない。葵と話しているときの瞳美はいっそ積極的な女の子に見えちゃいます。
 いいぞ、もっとやれ。琥珀とは逆のアプローチで瞳美という主人公をどんどん引っかき回してくれたまえ。

月白琥珀

 「はーい、注目! クラスのみんなにリーフティーのお土産だよー!」
 ラインナップはダージリン、イングリッシュブレックファスト、アールグレイ、セイロンオレンジペコー、アッサム。
 このなかから選ぶなら私ならアールグレイ・・・ああ、でもトワイニング社じゃないのか。じゃあイングリッシュブレックファストかな。まあもしトワイニングだったならアールグレイよりレディグレイの方が嬉しいんですが。
 イングリッシュブレックファスト、いいですよね。本来ミルクティー向けであるあの濃厚な味わいをミルクも砂糖も入れずにブラックで飲むのも趣きがあるものです。
 ちなみに実はイギリス人はあんまりリーフから紅茶を淹れません。あっちでも日本と同じでティーバッグが主流です。紅茶にだけは全力というイメージがありますが、案外そういうものです。そもそも紅茶よりコーヒーの消費量の方が多いしね。どこの国でも趣味人以外にとってお手軽は大正義です。
 なんかひとりで6箱ももらっている強突く張りなクラスメイトがいましたが、合計720gもの茶葉を彼は使い切れるんでしょうか。だいたい360杯分くらいありますよ? ・・・半年分くらいか。そのくらいなら余裕だな。

 あ、ちなみに先生がたがお土産を辞退していたのは生徒に対する公平な立場を維持するためだと思われます。
 近年はこういうのどんどん慎重に厳格になっていきますね。たとえ当人同士がそのあたりを気にしなくても、周りがどう思うかはわかりませんから。この手の職業の方々はなにかと気にしなきゃいけないことが多くて本当にお疲れ様です。

 「Gaoth agus Solas.Breath of the breeze.Shower of the light. 絵に込められた情景よ、現れ出でよ、わが前に!」
 それから、イギリス魔法では詠唱の枕詞がゲール語になっているんですね。訳すなら「風と光。風の息吹よ。光のさんざめきよ」といったところでしょうか。

 まあそういう話は割とどうでもいいとして。

 「ほい、君にもお土産! 同じクラスでまたよろしく!」
 「そんなふうに言われたら断れなくなっちゃうじゃないー」

 琥珀は強い子ですね。威風堂々、傲岸不遜。多少の悪評が出ても自分の筋を通す。良くも悪くもわかりやすい子だから多くの人に好かれるし、警戒されている人からもそこまで悪くは思われない。
 自分らしさを隠さないところが瞳美と好対照になっているんですね。

 「私、ベイクドチーズケーキのセット、みかんジュースで」
 「じゃあ私も同じものを」
 「あ、私も」
 「カステラとハーブティーをお願いします」

 空気を読む気がまるでありません。まあ実際読む必要なんてないはずなんですけどね、こんなの。好きに頼めや。
 それでも瞳美は驚いたような顔で彼女を見つめます。瞳美のなかにはそんな選択肢はありえませんでした。

 歓談のあいだ、琥珀の視線は話者の間をせわしなく動き回ります。
 対して瞳美は基本うつむきがち。興味のある話題のときだけ話している人の方を見ます。
 どちらが優れているという話ではなく、私なんかはむしろ瞳美みたいな子の方が好きではあるんですが・・・ともかく、琥珀はこういうところがあるから早々に初めて話した人たちの輪のなかにも溶け込めるわけですね。
 興味の幅がすごく広いんです。自分に関係ないような話題にも食いつくんです。
 「私も見に行っていいですか?」
 だから、自分からどんどん新しい世界に飛び込んでいけます。

 自分と関係ないようなことの何が面白いんだって、私みたいな引きこもり気質は思っちゃうんですけどね。
 でも、そこはほら、彼女は自分らしさをガンガン押し通していくタイプでもあるので。
 「うわー、かわいい! もっふもふー! 癒されるー! 頬ずりしたいー!」
 とりあえず好奇心で飛び込んでみてから、自分の好きなものを探していくんですね。
 撮影会にも、カメラはそこまでやりたいと思っていないので大量のお菓子を持ち込んで、自分なりに楽しみかたを見つけて。
 部の名前にムリヤリ“魔法”を引っ付けて、押しかけ同然に仲間に加わって。
 私にゃ絶対できないな、こういう生きかた。カッコいい。

 「こんなに早く受け取ることになるとは思いませんでしたよ」
 「私もです!」

 始末書。一応お叱りの場面ですが、先生がたの顔は笑っています。
 ちなみに文面はこうなっています。
 「このたび、私、月白琥珀は、誓約書の内容に反し、担任に無断で魔法を使用し、写真の風景を教室に出現させた上、自身の魔法の力を制御出来ず、校内設備・公共物に損害を与えてしまいました。また周囲の方々を危険に晒してしまい、多大なるご迷惑をお掛けしましたことを深く反省いたします。魔法の使用に関しては、これまで度々のご指導を頂きましたが、再三のご注意にも関わらず、今回このような事態を引き起こしてしまいました。これも自分自身が魔法使いとして未熟であったためだと痛感しております。今後、このような事のないよう、これまで以上に鍛錬を怠らず、魔法で多くの人を幸せにできる魔法使いになれるよう努力を重ねて参ります。つきましては、本始末書を持ちまして、ここに深くお詫び申し上げます」
 そりゃあ笑うしかないですよね。
 コイツ、周りに迷惑をかけたことは反省しても、どうやら魔法を使ったこと自体は微塵も反省する気がないらしい。

 「魔法は人をちょっとだけ幸せにするために使うものだからね」
 彼女には信念がありました。
 「私はみんなの笑顔が見たいの。魔法でたくさんの幸せな笑顔を届けたい。せっかく神様から授かった力だもの。世界にお返ししなきゃね」
 彼女は自分のしていることが正しいと信じることができました。
 正しいことをしている自分を信じることができました。
 だから、やめません。
 誰に何を言われても、誰にどんな目で見られようとも、少なくとも自分だけは自分がやるべきことをやれていると知っています。

 琥珀はどこにいても琥珀のままだから、何も恐れずどこへでも行くことができるんです。

葵唯翔

 その真逆をいくのが、瞳美じゃなくて意外と葵。もちろん瞳美もたいがいですけどね。

 「これ、掃除してたら見つけたんだけど――。本当に就職するの?」
 「ダメ?」
 「ダメじゃないけど、いいの? 美大とかそういう道は?」
 「別に画家になりたいわけじゃないから」

 そりゃあまあ、必ずしも好きなものを仕事にする必要なんてまったくないんですけれどね。今どきはインターネットのおかげでたいがいのものは趣味に留めつつでも自由に自己表現出来ますし。

 「あの。新しい絵、楽しみにしてます」
 「・・・うん」

 だけど、絵を趣味として割り切るつもりならそれも良い選択だとは思うんですけど、どうもこの深刻そうな顔はそういうつもりじゃなさそうです。

 「あの人、美術部のザンネンな人でしょ。絵にしか興味ないって噂の」(第2話)
 葵の校内での評判はどういうわけかあまり芳しくないようです。そのせいなんでしょうか。
 「あいつ今日シフト?」
 「さあ、わかんない」
 「また屋上とかじゃないの?」
 「絵描くときひとりでふらっとどっか行っちゃうからな」
(第2話)
 写真美術部のメンバーはみんな気のいい人たちのように思えるんですが、それでも葵は絵を描くときひとりになることを好みます。
 そもそも美術部ってどうして彼ひとりになってしまったんでしょうね。

 せっかく今は自分の好きな絵を描けているというのに、葵の意識にあるのは将来のこと。琥珀と違って自分の好きなものに夢中になって楽しんでいる様子はなく、その表情は何かにつけ愁いを帯びがちで、儚げで。
 「・・・いつか帰るの?」
 せっかく自分の絵を好きだと言ってくれた子に対しても、気になるのはやはり未来のこと。この今が終わってしまう日のこと。

 ものっすごくメンドクサイ人ですね。
 おそらく彼は今の自分が充実していることを自覚しています。今自由に描けている絵のことが間違いなく大好きです。
 なのに、彼が目を向けてしまうのは充実した現在ではなく、それが終わってしまう未来。
 今が楽しければ楽しいほどに、わざわざつまらないことばかりに目を向けてしまう。
 難儀な性格ですね。そんなんだから気になる子を名前呼びする絶好の機会で出し惜しみなんかしちゃうんですよ。

 「雰囲気あるよね、モノクロって。モノクロ写真って水墨画と同じで、色彩が無い分見ている人のイメージが広がりやすい気がする。色が少ない方が大事なものがよくわかるのかもしれないね」
 それはキミ自身の願望だろう。
 余計な情報に気を取られたくないなんてのは、情報の取捨選択に疲れた人にしかわからない感覚です。

 瞳美はそういう視点を望んでいる人物ではありません。
 彼女はきらびやかな色彩に感動しました。
 色が見えないくせにやたらめったらたくさん絵の具を使いたがる子でもあります。
 アクティブに新しい世界へ飛び込んでいく琥珀を尊敬しています。
 次もまた新しい絵を見てみたいと、心から楽しみにしています。
 「あなたは秘めた力を持ってると思う。でも今、瞳美の魔法は少し迷子になってるみたいね」
 ただ、今はまだ少しだけ、自分の足で新しい場所へ踏み出す勇気が足りていないだけで。

 「色彩が無い分見ている人のイメージが広がりやすい気がする。色が少ない方が大事なものがよくわかるのかもしれないね」
 「あー、やっぱいい! 先のことはわからない方がワクワクするって自分で言ったんだから。自分の未来のことは自分で決めるわ」

 似たようなことを言っているのに、この差よ。
 ホント対照的なふたりです。

 さて、瞳美はこのふたりに挟まれてどう変わっていくのやら。
 前回は葵に、今回は琥珀に後押しされて、それでいてどっちにしろ周りに溶け込んでいく結果につながったんですから面白いものですね。

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