映画 HUGっと!プリキュア ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ 感想その2 なぜミデンを救わなければいけないのか。

私、世界中のみんなを幸せにしたい。ミデン。もちろんあなたもね!

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※ 鑑賞済みの方向けにネタバレをガシガシ盛り込んで書いています。

 「空っぽのまま一生を終えたボクの絶望、お前らにわかるまい!」

 ミデンに想い出はありません。
 彼は新品未開封で誰の手にも届かぬまま朽ちていったフィルムカメラです。彼を知る者は誰もいません。彼に触れた者は誰もいません。
 人知れず生まれて、人知れず消えていったひたすら孤独な魂。
 ・・・そんな縁もゆかりもない赤の他人を救うことに、はなにとってどんな価値があったというのでしょうか?

 彼が救われる事なんて誰も望んでいませんでした。
 彼を大切にしたい人なんて誰もいませんでした。
 彼と友達になりたい人なんて誰もいませんでした。
 誰もが彼に無関心でした。

 友達と手と手をつなぎあうことから始まったプリキュアシリーズ。
 誰とも手をつなぎえなかった人に視線を向けることに、プリキュアとしていったいどんな価値があったというのでしょうか?

救済の系譜

 『ふたりはプリキュア』ではひとりの少年と知り合いました。実は彼は敵の組織の一員で、プリキュアはその事実に大きく悲しみましたが、結局どうすることもできずに消滅するのを見守るだけでした。

 翌年『ふたりはプリキュア Max Heart』でも闇の化身である男の子と出会いました。彼のことは救うことができました。新たに仲間に加わったシャイニールミナスの出生が彼とよく似ていて、共感してやることができたからです。
 『ふたりはプリキュア Splash Star』で知り合ったふたりとは長い時間をかけて友達になって、一緒に戦うこともできるようになりました。
 さらに『フレッシュプリキュア!』ではお互いの思いのたけを全力でぶつけあい、ついにプリキュアの仲間として深い絆をつなぐほどにまでなりました。
 友達のことならどんなことがあっても救いたい、救ってみせる。プリキュアである前に普通の女の子である彼女たちは、そういう私的な理由をもって闇に囚われた人々を救済しはじめました。

 ところが『ハートキャッチプリキュア!』において、今度は初めからプリキュアと敵対するために生まれてきた姉妹と出会いました。友達になりようがない彼女とは戦うことしかできませんでした。彼女の心を救うことができたのは、結局プリキュアではありませんでした。

 翌年の『スイートプリキュア』になって、ようやく悲しみの化身というどうしようもない存在をも受け入れられるようになりました。彼の生まれてきた理由が他人事ではないと知って、自分のためにも彼を救いたいと思えたからです。
 『オールスターズ New Stage』3部作では、それぞれどうしても友達になりたい大好きな人たちと手を取りあうために、奇跡を起こすことができました。
 『ドキドキ!プリキュア』においては助けを求めてくれない相手にも手を差しのべることができました。どんなに嫌われても、向こうから離れて行ってしまっても、“自分が”あの子のことを好きなんだという思いをひたすら貫いて。
 自分のなかにその相手と友達になるべき意義を見出せたなら、それがどんな人をも救う理由になりえました。

 『ハピネスチャージプリキュア!』にて、プリキュアは何もしてあげられない他人と向きあうことになりました。『ハートキャッチプリキュア!』のときとはまた違う理由で友達になるのが難しい相手でした。このときは、事情を理解できなくとも寄りそってあげることならできるということで解決しました。
 けれどこの解決はプリキュアの側に大きな負担がかかりました。他人を他人のまま救うこのやりかたは、プリキュアにとってあまりにも見返りがなさすぎたんです。当代のプリキュアは自分の幸せとみんなの幸せを両立させるために大変な苦労をすることになってしまいました。

 そこで『Go!プリンセスプリキュア』では各個人の自己研鑚を奨励しました。それぞれが自分自身を幸せにするための努力を尽くせば、誰も一方的な負担を強いられずに済みます。
 『魔法つかいプリキュア!』では自分が周囲に愛されていることを信頼しました。プリキュアが困っている人を救おうとするように、他のみんなだってお互いを救おうとしてくれているはずだと。
 『キラキラプリキュアアラモード』においては誰もがかけがえのない個性を持っているとして、お互いに手を貸しあう互助関係をつくりあげました。誰かが欠けたら解決できない問題が増えるから、誰ひとりとして取り漏らすわけにはいかない。
 プリキュアという名の普通の女の子が他人を他人として救済する意義を、ずっと模索しつづけました。

 その歴史の先端に『HUGっと!プリキュア』と野乃はながあります。
 「フレフレ私! フレフレみんな!」
 はなはいつも自分を励ましながら、同時に深い事情を知ることのできない人々をも応援してまわります。
 そういうことが当然のようにできてしまいます。
 いったいどうして? それは、みんなと一緒に輝く未来を目指したいから。

他人

 ミデンはプリキュアにとって他人でした。
 もしミデンが世界中の想い出を自分のものにしようと暴れはじめなければ、おそらく何の縁も結ぶことなく、そもそもその存在自体知らないままだったことでしょう。
 どんなに彼が悲しみに暮れていようと、その涙の冷たさすら、彼女たちは感知することがなかったでしょう。

 かつて『映画 ドキドキ!プリキュア』にクラリネットというキャラクターが登場しました。彼は使われなくなった道具たちの悲しみが集まった存在でした。そもそも使われることすらなかったミデンとは多少出自が異なりますが、自分を孤独に追いやった人々を憎んでいるという意味では似た立ち位置でした。
 残念ながらこのときのプリキュアは彼に救済の手を差しのべることができませんでした。他者の思いを弄ぶありかたが邪悪すぎたとか、映画自体の趣旨が彼を救うためのものではなかったとか、そういう理由も大いにありましたが、そもそもプリキュアに彼を救いたいと思わせるきっかけが存在しませんでした。
 劇中で彼が人々を憎むようになった過去の出来事は語られませんでした。どんな人とともに、どんな想い出をつくってきたのか、どうして忘れ去られたのか、そういったものは一切描かれませんでした。
 ・・・なにせマシューの代わりに必殺技で消し飛ばされるためのチョイ役(異論は認める)でしたからね。

 ミデンの境遇は彼と少し似ていて、けれどミデンは彼と違って救われるべきキャラクターとなりました。
 なぜなら、あのときと違って今代のプリキュアにとっては、あらゆる他人の存在が輝く未来へ至るために必要となるものだからです。

 「はぐたん。私ね、大きくなったらなんでもできる、なんにでもなれるって思ってたの。なのに何も、なにもできないよ・・・」(第10話)
 自分を疑ってしまうことがどうしてもあります。自分を好きになれなくなってしまうことも。
 こんな自分がこれから幸せになれるはずがないと、未来の明るいことを信じられなくなってしまうことがあります。
 なにせひとつの視点からは一面的な姿しか見えませんから。もし悪いものが見えてしまうとまるでそのもの全部が悪いものであるかのように思えてしまいます。
 本当はひとつのものの姿なんて、視点を変えて別の角度から見たらいくらでも違った姿に見えるはずなのに。

 「いつでもがんばり屋さん。誰かのために一生懸命になれるところ。失敗してもガッツで乗り越えるところ。素直で表情がクルクル変わって、見ているだけで元気になれるところ。まだまだいっぱいあるよ。私が憧れた、はなのステキなところ」(第11話)
 だから他人が必要なんです。どんな自分でも好きになるために。自分の輝く未来を信じられるようになるためには。
 いくつもの他人の視点が必要なんです。絶対に。

 はなはミデンに必死でしがみつきました。振りほどこうともがき暴れまわられても、「お前と話すことなどない!」と言われてしまっても。
 「私は話したいの!」と、それでも食い下がりました。
 彼がはなにはない視点を持っていたからです。

 彼は想い出を持たない悲しみを知っていました。
 はなたちの想い出がいかにキラキラ輝いて見えるかを知っていました。
 その心情を、残念ながらはなは正しく理解してあげることができません。でも、だからこそ、はなの代わりに見えないものを見てくれるミデンがはなには必要なんです。

 はなは気付いていませんでした。あるいは忘れていました。
 今は当たり前に一緒にいてくれるさあやたちだって、元々は他人だったことを。
 その絆に自分がどんなに助けられていたのかを。
 その絆を守るために自分がどれほどがんばっているのかを。
 そのことを、今回ミデンは教えてくれました。とても大切な視点だと思えました。

 はなたちは自分ひとりでは輝く未来へ至ることができません。
 はなが落ち込んだときのように、さあやが自分を見失ったときのように、ほまれが諦めかけていたときのように、ひとつきりの視点では一度の失敗で全部がどうしようもなくなってしまったかのように見えてしまうからです。
 これまで積み重ねてきた想い出が、たった一度の失敗に至る道程として全部無価値だったように見えてしまうからです。
 いつでも前を見てまっすぐ歩みを進めるためには(矛盾しているような文面ですが)いくつもの多様な視点が必要になります。

 だから、はなにはミデンも一緒にいてほしい。
 自分には持ちえない他人の視点として、いつもこちらを見ていてもらうために。

 代わりにはなもミデンの代わりに彼のつくるステキな想い出を一緒に見守ります。

今作のエンディングすごくいいよね

 「表はこんなにきらびやかなのに、ミデンのなかは真っ暗だった」
 一時的にミデンの視点を共有したさあやが、ミデンに見えている光景がどのようなものであったかを語ります。

 真っ暗闇のミデンの世界の外側には色とりどりのステンドグラスが張り巡らされ、さらにその上では55人ものプリキュアが楽しそうに踊っていたわけですよ。
 途中ではなが闇の中に沈んでいったり、最後にカメラのシャッターが開くようなかたちで舞台が展開していく演出があるのは、多分そういうことですよね。

 きっとミデンには外の世界があんな感じで見えていたわけですよ。あのダンスムービーは今作の物語がミデン視点からはどう見えていたかを表現しているわけですよ。たぶん。
 最後にシャッターが開いたということは、きっとミデンもあの場に出てこられたんでしょうね。
 はなの説得が届いたラストシーン、暗転解けて気がつけば55人のプリキュアみんながミデンを見守ってくれていたように。

 そう考えると恒例のダンスムービーもひときわエモーショナルに感じられるなあと、4回目観に行ったあたりでふと泣きそうになりました。(うん、それだけ)

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