ID:INVADED 第4話考察 模倣犯のイド

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人は――俺がまだ人ならですが――、人は衝動だけで行動を決定したりしない。

イドの主:墓掘りの模倣犯
現実における犯行手口:被害者を樽に詰めて窒息死するまで監禁、その様子を録画配信
世界の姿:向かい合い延焼する2つのマンション
被害者の立ち位置:火事における唯一の生き残り
カエルちゃんの死因:火事と無関係に焼かれて死ぬ
ジョン・ウォーカー:未観測

ダメな人

 「大野さんはダメな人でね、全部やり直すために家に火をつけたんだよ。家族が寝ているのにね。たぶん、私がそれを見てたんだと思ってる」
 「『大野さんのこと覚えてない』『何も見てない』って、私何度も言ったんだけど・・・。大野さん、ダメな人だから」

 墓掘りの模倣犯のイドの世界は、十数年間止まったままでした。
 ダメな人だから。逃げた人だから。逃げきれなかった人だから。
 猟奇的な殺人を行った割に、イドの世界には今回の殺人を想起させる心象風景がほとんど見当たりませんでした。せいぜいカエルちゃんを殺したくらい。
 彼の殺意は、十数年前から延々と引きずりつづけてきたものでした。

 彼の世界では今回の被害者の少女以外全員が焼け死んでいました。十数年前の彼の家族の死が放火殺人だったと知る者は少女以外に存在しないということです。
 残るたったひとりの目撃者さえ殺してしまえば、彼は自分の過去を完全に闇へ葬り去ることができたわけです。
 そういう殺人の願望を、十数年間も延々と。

 ひとつ、勘違いしてはいけない要素があります。
 他のイドの世界ももちろんそうなのですが、ここはあくまで模倣犯の無意識がつくりだした世界だということ。つまり、あの幼い少女は彼が思い描いた当時の少女のイメージ。彼自身の心象風景の一部。彼女の発言は現実の彼女の思考を再現したものではなく、あくまで模倣犯自身の記憶をベースにつくられているということです。
 だから、彼女は幼い割に近所のオッサンの家庭事情なんてものをやたら詳しく知っていたんですね。

 ・・・となると、なおさら救いがたいことを言っていますね。彼は被害者が実際には放火を目撃していなかったことを承知のうえで、それでも彼女を殺害したということになります。
 なんという小心者。どんだけ人間不信なのか。そこまでしなきゃ人生やり直せないというのか。というか、そこまでしてでもやり直さなきゃいけないものなのか。
 「燃やしちゃったんだね。面倒で」

 ちなみに、放火殺人当時近所に住んでいた彼女は5歳くらいだったはずなのに、イドの世界ではなぜか10歳当時の姿で登場しているんですよね。
 ・・・その姿を知っているということは、引っ越したあともずっとストーキングしていたということ? あげく、さらにそのまま5年以上経って墓掘りというきっかけができてからようやく殺人を決行したと? ・・・怖っ!

 十数年来の胸のつかえがようやく取れたんです。そりゃあ逮捕されたとき(殺人の完遂が成ったとき)清々しい表情にもなりますよ。
 イドの世界での彼は自分も火だるまになって死にました。最後の目撃者の死をもって、過去の彼は確かに消滅したわけです。
 警察に逮捕され、これから長いこと服役することになるでしょうが、それでも自分の過去を殺しきった彼は満足なのでしょう。(むしろ今回の事件のせいで放火殺人のことを警察に知られてしまったわけですが、ミズハノメを知らない彼はそのあたりをまだ理解していません)

 そんなに思い詰めるくらいならもっと早く事に及んでもよかったでしょうに。
 ・・・それができないから「ダメな人」なんでしょうけれど。
 墓掘りが世間を騒がせて、そしてその模倣をするチャンスにさえ気付かなければ、この人は一生あの子を殺さずに終わったかもしれません。拭いきれない不安を胸に抱いたまま。

衝動ときっかけ

 「――そのとき思ったんです。俺には殺せると。だから殺したんです。理由なんかなかった」

 花火師が“地獄”を見たのをきっかけに連続殺人犯になったように。模倣犯の男が墓掘りを知ったことで十数年来の殺人衝動を再燃させたように。案外、きっかけというのは大事なのかもしれません。
 ドロドロとした殺人衝動が胸の内にあったとしても、きっかけさえなければ、私やあなたや、人は、案外それを死ぬまで自分の胸の中だけのものとして封じ込めていられるものなのかもしれませんね。

 というか、そうでしょう?
 殺人に限らず“やっちゃいけないこと”を、あなたはこれまでの生涯のなかで、何度やってみたいと思ったことがありましたか? これまでいくつの衝動を我慢してきましたか?

 「で、どうするんだ。殺せるならこれからも殺していくのか?」
 「いえ。人は――俺がまだ人ならですが――、人は衝動だけで行動を決定したりしない」
 「お前は人間だよ、鳴瓢。それは俺が保障してやる。ただ、弱いんだ。人として」

 フロイトによると、人間の深層心理にはイドの他にもうひとつの無意識領域があるそうです。
 超自我、スーパーエゴと呼ばれるものです。それは個人的な衝動であるイドとは異なり、多くの人が自然と共有するもの。社会のルール、道徳、常識、誰かに喜ばれたいという良心、誰もが憧れる理想。人間が人間たるためのドグマ。そういった当たり前の通念が、身勝手に暴れようとするイドの衝動を抑制してくれています。
 普通は、そうなっています。

 たとえ心のなかで何人の人間を殺してみたところで、それを現実にさえしなければ、人は殺人犯ではありません。

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