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三ツ星カラーズ 第6話感想 西郷隆盛像に成り代わるため斎藤は夜も盗撮しなければならない。

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事件も門限には勝てねえか。

子どもタイム

 そうなんですよね。
 さっちゃんって本当は賢い子なんですよね。
 あんだけウンコについて深く語れる子が頭回らないわけがないんですよね。

 「私はもう知ってるよ。わかってる。私の弱点。気づいてたよ。私、かわいすぎる!」
 このわざとったらしい道化ときたら。キミ絶対クリティカルな弱点を探られないよう自分からわかりやすいツッコミどころを晒しに行ったでしょ。
 「琴ちゃんはアレだな。高いトコから落ちると骨が折れる」
 これも話題自体を陳腐化させて琴葉を傷つけないように誘導したでしょ。琴葉自身が興味持っちゃったせいで無駄骨だったけど。

 カラーズの実質的なリーダーはこの子といっても過言ではありません。
 ミッションを立案するのはだいたいこの子で、作戦行動中先頭に立つのもだいたいこの子で、困ったとき結衣が真っ先に意見を求めるのもだいたいこの子なんです。
 なので実際は結衣がリーダーだと気づいたときは、泣き虫の彼女を矢面に立たせることで、いざというとき大人にお説教を躊躇させるのが狙いとすら考えてしまいました。この子ならそのくらいの腹黒い発想はできるはず。やらないけど。

 まあ、ちょっと冷静に自分が子どもだったころをふり返ってみれば、結衣がリーダーやっている理由もよくわかるんですけどね。
 3人のなかではあの子が一番ユニークです。おとなしそうな顔をして一番突飛でエゲつないことを思いつくクソガキです。情け容赦ありません。子ども特有の狂気的思考術を最も素直に発露できてしまうのが結衣という人物です。

 「たくさんある雑草のなかでも食べれるのは少しなんだよ?」
 「クサいけど、きっとおいしいよ!」

 つながってない。その論理はつながってないですよ、結衣さん。

 要するに彼女は幼いんですよね。
 学年バラバラなグループを組んで遊ぶときって、しばしば年少の子に最大の発言力を持たせていませんでしたか? ああいう感じです。何を言いだすか予想できないワクワク感があるというか。何が面白いんだかわからない遊びをさせられるカオスがあるというか。

 ちなみにそこらへん一番ダメのが琴葉です。あの子は興味の向く範囲が狭すぎて、ゲームの模倣かその延長線上でしか遊びを発想できません。私はこのタイプでした。琴葉ほど人の感情の機微を上手に察知できる繊細な感性は持ち合わせていませんでしたけれど。
 そういえば私、友達のなかで唯一ぷよぷよを持っていたのですが、そのくせ仲間内で一番ヘタクソでした。階段積みすらできませんでしたね。得意な型? カエル積みですけど?

 「じゃあ私コンロ取ってくるから。ポポタン見つけたら洗って待ってて」
 こういう、遊びとしては貧乏クジなポジションを率先して受け持とうとする彼女がステキ。それでいてノリが悪いわけでもないというところがまたステキ。

 この子、比較的他のふたりと距離を離しがちなところがあるんですが、たぶんそこらへんって自分の発想力の貧困さに負い目を感じている部分があると思うんですよね。本当はちゃんと必要とされているのに。アホっ子の結衣ではさっちゃんの欲しがっているツッコミを投げ返してはあげられないというのに。

ヒーロータイム

 「銅像になれば夜でも町を見守れるからって、さっちゃんが」
 ここ、心底感心しました。西郷隆盛が盗撮魔だとかなんとか、よくあのアホな会話からうまいことカラーズらしい活動に結びつけられたなと。
 しかもただ遊びの口実としてでっち上げたわけでもありません。カラーズに門限があることを気にしてのクレバーな解決案でもあるんです。
 今回の感想文でさっちゃんの扱いが良いのは9割方このセリフのおかげです。

 もっとも、
 「琴ちゃんの言うとおりだ。この町が滅びそうになっても私たちは生き残らなくちゃいけないだろ、リーダー」
 こっちは明らかに自分たちの生存を優先していて、彼女にとってヒーローとはなんぞや?と困惑させてくれるのですが。いえまあ、現実にはレスキュー隊とかインフラ事業者とかの生活基盤を優先確保するのが早期の秩序回復につながるので、間違ってはいないのですけれども。
 「町を守るために食べれる雑草を見つけておかなきゃってことだね!」
 上野住民が飢え死にの危機から救われたのは結衣の脈絡ない発想の転換というか、恣意的な翻訳のおかげですね。

 カラーズの言動は思いっきりクソガキそのものなのですが、それでも上野の大人たちが彼女たちを優しく見守っているのは、行動原理の根底に善性が見てとれるからなのでしょう。
 平和な町の平和を守る彼女たちの活動はしょせん虚構のお遊戯でしかありませんが、それでも彼女たちを突き動かし、そして日々育んでいるものは、現実においても通用する、とてもかけがえのないものです。夢に現実を変えることはできませんが、現実を変える力となりうるのは夢だけです。善く生きようとがんばる子どもたちを好ましく思わない大人がいるものか。

 「事件も門限には勝てねえか」
 「なに、心配すんな。明日はまた違う事件が起きんだよ」

 今の彼女たちはまだまだ力足りず、本当の意味で平和を守ることはできません。大人たちに守られた虚構のゆりかごの中で、好き者オヤジがあつらえたニセモノ事件と闘うことは、現実には平和に寄与しません。
 ですが、子どもたちには明日があります。明日、明後日、明明後日、毎日違う事件と闘って、やがて大人になったときには、いつか必ずホンモノの事件に対峙する日が訪れます。そのときこそ彼女たちの力の見せ所。その日のために大人たちは子どもたちの善性を愛するのです。
 今日より明日を、私たちの生きた現在より子どもたちの切り開く未来を、もっとずっと幸せなものにするために。

 追伸:ののかの地位が順調に斎藤と同じところまで落ちつつあることに私は言葉にできないほどの多幸感を感じております。

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